●リプレイ本文
●長い10分
硝煙の臭い。履帯が軋み、途切れない銃声。既に夜は開け、東の空に太陽の輪郭が現れていた。
「物量に押されるのも、そろそろ慣れてしまいそうですね」
斑鳩・八雲(
ga8672)がショットガンをリロードしながら零す。
「しっかしまぁ、危ねーものが背中にあるもんだ。コレがやられたら俺たちも無事じゃすまねぇだろうに‥‥」
「ノーマンウェルズの補給基地を思い出すわね‥‥」
須佐 武流(
ga1461)がオイルタンクを見上げて呟く。つられてセレスタ・レネンティア(
gb1731)もオイルタンクを見上げ、くるり、と残存戦力を確認するかのように周囲を一瞥する。
「今は一分一秒でも貴重です。撃破より時間稼ぎが重要かと思われます」
神撫(
gb0167)の進言により、正面は遅滞作戦が取られることになった。航空支援まであと10分、持ち堪えるために。
「それでは、作戦通りに」
各々は覚醒し、或いはAU−KVを装着し、戦線に散っていった。
●正面
M113車載の12.7mm機関砲が、途切れず薬莢を排出していた。既に会敵から3時間。砲身が熱を帯び、限界も近い。
「斑鳩さん、カバーします」
「よろしくお願いします」
セレスタがアサルトライフルを手に塹壕に飛び込む。斑鳩はショットガンを右手に、左手に刀を抜刀したまま塹壕を飛び越え、数m進んだ所でキメラの群れを引き受けた。着物のすそがヒラヒラと風にゆらめく。セレスタの迷彩と比べて場違いな衣装に見えたが、朝焼けの中でそれがひどく頼もしく見えた。
塹壕からの攻撃は続いていた。セレスタの指示で、器用に斑鳩の陣取る場所だけは射線から外れている。斑鳩は足元に接近してきた犬をショットガンで薙ぎ払ってゆく。反動のある火器を片手で扱うのは容易ではない。が、斑鳩はそれを実践して見せた。1匹目には2発叩き込んだ。続いて2匹目に1発。2発目は僅かに照準がズレた。散弾が犬を掠めるが、怯まず斑鳩の首元に飛び込んでくる。リロードのために右手だけでショットガンを持ち替えながら、数歩後ずさる。くるん、と器用に銃身を回転させ、排莢する。が、間に合わない。牽制に左手の刀を振り上げた。
と、瞬間、犬が断末魔を上げて足元に落ちた。セレスタのライフルから放たれた弾丸は、斑鳩の窮地を救った。
「助かりました」
塹壕まで引き返した斑鳩がセレスタに声を掛ける。
「まだです、カバーするので、よろしくお願いします!」
ライフルのマグを取替え、セレスタは再びダットサイトを覗く。草原の奥、背の高い草むらの中で蠢く群れを、セレスタは見逃さなかった。
「自走砲、十二時方向の茂みを砲撃してください!」
素早く無線機から指示を出す。返答の代わりに、榴弾砲の重たい発射音が次々と轟いた。
「では、もう一度行ってきます!」
斑鳩はセレスタと視線を交わすと、再び塹壕を飛び出した。
●左翼
チェスター・ハインツ(
gb1950)のM−121ガトリングが、IFVの30mm砲と共に、林の手前、街道沿いで弾幕を形成している。
「傭兵は戦うためにいるのです。グラップラーは走り回ってなんぼです。ピンチな場所があれば知らせて下さいな」
早坂冬馬(
gb2313)が左翼部隊長らしき士官に声を掛けと、部隊長は弾幕を張り続けるIFVの装甲板をコンコンとノックしながら、
「すまんな、道沿いはこいつで充分だ。林の中に入ってくれるか?」
と答え、部下にも素早く指示を出した。
早坂を先頭にして、歩兵小隊が林の中に散開する。犬の群れは街道沿いだけでなく、木々の間も抜けて接近しつつあった。
何時の間にか、チェスターも林まで下がり、木々を遮蔽物として利用し、早坂と共に弾幕を作る。
早坂、チェスターの攻撃と、ペイロードライフル、更には30mm砲の掃射は効果的に犬達を減らしていった。減らしていったが、2人共同じイメージを受けた。キメラの攻撃に厚みが無い。
「‥‥いやに軽いな」
「本命は中央か、右翼でしょうか?」
早坂の独り言にチェスターが答える。
2人の行動は早かった。早坂が街道へ出ると瞬天速で中隊司令室方面へ戻る。チェスターは部隊長に声を掛けていた。
「多分、こちらは囮です! 敵の攻撃が薄いので、戻ります!」
「了解した! 俺達で充分だ。ソイツを1両連れてってくれ!」
チェスターは返事もそこそこに、街道から竜の翼で戻っていく。後を追いかけるようにIFVが向きを変えた。
●右翼
「‥‥こんなかさばる代物、こういう状況でもなきゃ使う機会無いよな。良かったな、出番があって」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が大口径ガトリング砲をリロードしながら1人ごちる。右翼はユーリとシェスカ・ブランク(
gb1970)が担当し、2両のIFVと共に射線の通る草原に陣取っていた。民家の開口部から歩兵小隊が射撃を続けている。
「此処を抜かせる訳には、いかないんだよ!」
シェスカがシエルクラインで犬を仕留める。
「こっちも、綺麗に掃除するか」
ユーリが呟き、リロードの終わったガトリングを再び掃射する。二人の頭上を、民家の屋上から放たれたらしきRPGが白線を残し飛んでゆく。
大口径ガトリング、シエルクライン、そしてRPGの着弾による煙が晴れたとき、2人は我が目を疑った。
敵がいない。
第1波を凌いだ所で、右翼から迫る犬は数えるほどに減っていた。厚みが無かった。
「くそ、こっちは陽動か?」
シェスカが竜の翼を使い、中央へ戻ってゆく。
「なんてこった‥‥」
ユーリは大口径ガトリングを抱えながら、無線機を取り出し、神撫に通信を入れた。
●危機
その綻びは、1両のAPCから始まった。3時間を越えて射撃を続けていたM113車載の12.7mm機関砲がジャムを起こし、そのまま使えなくなる。発砲できなくなれば、ただの装甲車だ。車長は正面から車両を後退させた。そして、6両の火力が5両に減った隙を、犬達は目聡く見つける。
塹壕を数匹の犬が飛び越えたのを、斑鳩とセレスタは見逃さなかった。セレスタは正面に遅滞攻撃を続け、斑鳩は塹壕を越えた犬を追う。しかし、数の暴力はこの混戦で効果を発揮し、斑鳩1人では如何ともし難い状況であった。さらに悪いことに、数両のM113が、独自の判断で動き始め、塹壕を突破した犬を追いかける。戦線が、崩れ始めていた。
神撫の元に、左右両翼の攻撃が薄い、という報告が相次いで届く。つまり、両翼からの攻撃は正面から火力を引き抜くための小賢しい陽動だった。遊軍として飛び回っている須佐に連絡を入れている時、ちょうど神撫は突破して来たキメラを見た。
塹壕を抜けたのは10を超えるくらい。神撫の指示で、セレスタは戦線の回復に躍起になっていた。M113を元の位置に戻すようあちこちに通信をする。ジャムを起こした車両の穴は、右翼から戻ったユーリが埋めた。ユーリの大口径ガトリングの火力は、M113のそれを凌駕している。さらに左翼から戻ったチェスターによるM−121ガトリングの掃射も始まった。1度開いた穴は、再び閉じられようとしていた。
「こりゃ、キリが無いな」
「航空支援までもう少しです、裏は神撫さん達に任せましょう」
ユーリにチェスターが答える。と、塹壕から出て攻撃していた斑鳩から声。
「2匹、行きました!」
弾幕を縫ってユーリの手前までキメラが迫った。イアリスに持ち替え、犬に向かって振りかぶる。しかし空を切り、爪がユーリの肩を捕らえた。
「やってくれた!」
忌々しげにユーリが叫ぶ。チェスターの眼は2匹を追っていて、M−121ガトリングがユーリを襲った犬を粉砕する。しかし、もう1匹は取り零した。ユーリが肩の傷も構わず、再び大口径ガトリングを手に取った時。
「航空支援まで‥‥のこり3分。後ひとがんばりです」
神撫が司令室の前に陣取り、近づいたキメラを切り伏せ、無線機に呼びかける。7人の傭兵、そして他の兵士達にも声が届く。
「ふふ、意地の見せ所ですね。伊達で能力者になった訳ではないこと、示させて頂きましょう」
斑鳩がソニックブームを放つ。セレスタのライフルがそれに続く。
塹壕を抜けた犬は須佐を中心に殲滅が図られた。しかし両翼から戻った早坂、シェスカを合わせても手が足りていない。犬は司令室に徐々に迫っていた。
神撫が中隊指揮官の脱出を進言するため、司令室に駆け込んだ時。犬達が司令室の入り口目掛けて駆けて来た。食い止めるため、左翼から戻ったIFVが入り口の前で急停車する。犬に向けてターレットが回る最中、車長は迂闊にもハッチを開いた。開いたハッチに飛び込まんと犬が跳躍する。
最初に気付いたのは須佐だった。瞬天速で一気にIFVに取り付くと、急所突きで犬を蹴り飛ばす。そのままターレットに飛び乗ると、首を出しかけた車長を押し込んでハッチを閉め、犬達を見下ろして啖呵を切った。
「貧乏暇無しってかね? だが、ここから先に進みたければ俺を倒してからにすることだな!」
怒鳴りつけて、ターレットに飛び乗ろうとした犬を再び急所突きで蹴り飛ばした。彼らは斑鳩の言葉通り伊達や酔狂ではない。啖呵を切るだけの実力は備えていた。
「いったい、どれだけの敵が来てるんだ?」
シェスカが竜の爪を使用し、シエルクラインを発砲する。その弾丸は先ほどチェスターの横をすり抜けた犬の息の根を止めた。
まだ塹壕を抜けた犬は残っている。
神撫が流し切りでキメラの横合いを突く。早坂は限界突破でキメラに打撃を与えていった。
「能力者が背負うのは千人分の命、千人分の戦い、千人分の殺戮、千人分の苦痛、千人分の業。それを、たかが畜生が裁いてくれるのか?」
4人と1両は、網を潜り抜けた犬を確実に減らしていった。
●火の鳥
それは、全員の無線機に鳴り響いた。
『こちらサンダーバード。遅くなった。塹壕の南側にデカい花火を落とす! 一生モンだ、孫に語れるぜ。見逃すなよ!』
北からジェットエンジンの轟音が近づく。
「空飛ぶ騎兵隊の到着だ! みんな巻き込まれるなよ!」
神撫が無線に叫ぶ。セレスタの的確な指示で前線が塹壕から少し下がる。キメラの群れはまだ正面に攻勢を続けていた。
全員の頭上を戦闘機が通過した直後に、それは落ちてきた。塹壕の向こう、キメラの群れが業火に包まれる。クラスター爆弾と呼ばれるそれは、上空で子弾をバラまき、小型キメラのフォースフィールドを貫くのに充分な火力を発揮した。
『サンダーバードより各員。花火はお終いだ。庭掃除はガンシップがする。遅れて済まなかった』
通信を残して、戦闘機は左旋回しながら上昇するルートを取った。続いてレシプロの大型機が近づき、まだ爆発の煙が残る平原に105mm榴弾砲の砲撃を始めた。
キメラの群れは、完全に沈黙した。
「無事に終わった‥‥」
セレスタがIFVのハッチ横に腰掛け、缶コーヒーを開ける。夜半からの戦闘で既にぬるくなったコーヒーを一口啜ると、IFVがディーゼルの咆哮を上げて動き始めた。コーヒーの苦味と、動き出したIFVの、お世辞にも静かとは言い難い振動が、セレスタには却って心地よく感じられた。
「あれがAC−130の攻撃か。噂には聞いていたが、凄まじいなぁ」
ガンシップの攻撃を目で追っていたシェスカの横を通りすぎる時、セレスタの横のハッチが開き、いかにも老練そうな車長が顔を出し、シェスカに声を掛けた。
「傭兵さんよ! この後連隊本部に戻るんだろ? 戻ったらアニーに伝えといてくれ。花火が来るのが遅いって!」
周囲の兵士達から笑いが起こる。釣られてか、無表情だった早坂にも笑顔が見えた。
「最近はどこぞがうるさくて支給されないそうですからねえ。よければ、どうぞ」
「こりゃ、すまんね」
早坂が差し出した煙草を、兵士は硝煙で黒く煤けた手で受け取った。
一仕事終えた兵士が、旨そうに煙草を燻らせるのを横目に、須佐とチェスターが負傷者に肩を貸して司令室に戻ってくると、神撫が基地指令から大歓待を受けていた。両手を握り締めぶんぶん振りながら、君の的確な指示のお陰だとか言うので、ちょっと恥ずかしそうな顔になっていた。
「‥‥何とか、なったな」
「ええ、何とかなりました」
ユーリの独り言に斑鳩が返事をする。二人の視線の先には、ガンシップが砲撃を終了して帰投する姿があった。広い草原に、長く影を落とし、レシプロ特有のエンジン音を轟かせて東へ去ってゆく。太陽は完全に輪郭を見せて、ついさっきまで戦場だった大地を朝陽が照らしていた。