タイトル:【AA】撤退戦マスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/12 00:10

●オープニング本文


 ピエトロ・バリウスの戦死とユニヴァースナイト弐番艦の大破の報せは、勝利に酔いかけた欧州軍本部をその黒い翼で一打ちした。しかし、前線の兵士にとってはその知らせは終わりを意味しない。
『あの男なら、ここを守るか。そしてここには奴が‥‥』
 アフリカ北部の地図を前に、深く渋みのある声が響く。その指が差すのは、ピエトロ・バリウスのアフリカ軍団を支えてきた優秀な将帥達が殿軍として支える場所だ。いまや、命を賭して守ろうとした主が彼らを狩る。いや、それは主とは似て非なる存在ではあった。
「我々はここで死ぬ訳には行かぬ」
 砂に塗れた顔の将軍が言う。
「必ず、逃げ延びてみせます」
 別の場所では、うら若き士官がハンドルを握り締める。彼らは生き延びねばならない。主を、この手で救える日まで。


 バリウスの薫陶は、UPCアフリカ軍団の末端までよく行き渡っていた。
 負け戦であろうが勝ち戦であろうが、前線に構築したラインを綻ばせる事のリスクを知っていて、それが指揮官の戦死という理由であっても、容易に動かすべきものでない事も知っている。
 後任の人事などは政治屋があたふたと右往左往すればよい話で、前線の彼らの興味は、そんなところには無い。
 例えば、サッカーに於ける良いディフェンダーの条件が、味方が自陣に戻るまで有効なディレイが出来る選手とするなら、ローレンツ・グライスナーは「良いディフェンダー」になろうとしていた。
 逃げて、生き残れば良いだけの撤退戦など存在しない。戦力を引き抜いて後退させる事は、敵にイニシアチブを与える事に他ならず、それは敵地に侵攻するより困難を極める。
 グライスナーの掌握する部隊は、チュニジア方面へ撤退する友軍を支える「腱」であった。撤退に乗じて圧力を増す敵を押し留め、後退する友軍を支える。今、グライスナーの指揮する部隊が戦線から引き抜かれると、後退中の全ての友軍が取り残され、危機に曝される。


 ところが。
「至急だ、と云ってきてます。中将の幕僚を危険な前線に残しておくなと‥‥」
「馬鹿も休み休み云え、と伝えろ」
「しかし准将」
「マーカス、君は知っているだろう! サハラの砂の中を、ここへ向けて後退している友軍が、幾ら残っているか」
 彫の深いドイツ人の将官は、砂漠に据えられた簡素な拠点の、簡素なCICの中で、珍しく激昂していた。
「准将、お気持ちは分かりますが、中将を失ってなお、これ以上将官を失う訳にはいきません」
「ハインリッヒ・ブラットはどうした。当座の手当てで、すぐに大西洋の向こうに戻るのか」
「そこまでは‥‥分かりかねます」
 まったく難儀なものだ、とグライスナーは溜息を吐く。前線の兵士に、政治力を考慮してトリガーを引く余裕など無いと云うのに。
「マーカス、損耗率の低い隊を中心に再編してくれ。それから、リーブマン中佐をここへ。彼に指揮権を預ける」


「夜明けを待って、損耗の多い部隊から優先的に、後退を開始する。最終的にこの拠点は放棄するが、明日以降、前線から到着する友軍を受け入れるため、一部部隊はここに残り、防衛を続ける。何か質問は?」
 グライスナーは険しい表情のまま、集まった士官の顔をくるりと見回す。歩兵部隊を預かる若い曹長と目が合い、彼が手を挙げる。
「我々はいつまでここに残るんです?」
「撤退する部隊が最後に到着する予定は三日後だ」
 曹長に向けて喋ってから、グライスナーはまた顔を上げて全員を見渡す。
「部隊の到着を確認してから、共に引き上げてくれ。指揮はリーブマン中佐が執る」
 グライスナーの横で、リーブマンが立ち上がる。グライスナーより幾分若く、前線の指揮官らしい鋭さを両目に蓄えている。
「幸いな事に、援軍もある。ここで我々が崩れて、チュニジアまで陥れられる訳にはいかない。よろしく頼む」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
オブライエン(ga9542
55歳・♂・SN
ミカエル・ラーセン(gb2126
17歳・♂・DG
井上冬樹(gb5526
17歳・♀・SN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
杉崎 恭文(gc0403
25歳・♂・GP

●リプレイ本文

●砂
 オアシスのように、それは砂の中に突然現れた。
 緑ではなく、埃っぽいグレーのオアシスは、後退してくる友軍に安堵と勇気と束の間の休息を与え、戦線の喉元たるそこを堅守している。
 携帯電話のカメラが、シャッターを切る電子音を立てる。別の景色を収めようとアグレアーブル(ga0095)は周囲をきょろきょろ見回して、撮るのを止めた。
 砂しかない。
 オアシスたる前線拠点の周囲をぐるっと回って、そこから広がる砂一面の景色を何枚も収めたが、どれもこれも砂ばかりで、見分けが付かない。
 どこを撮ったものか、彼女自身もわからないけど、それが砂漠らしいのかも知れない。でも彼女の赤毛を埃っぽいギシギシに変える砂には、少しうんざりだ。

 二度目のブリーフィングは、全員が集まったところで行われた。基本方針に、大きな変更は無い。
「地味だよね」
 ミカエル・ラーセン(gb2126)が人の悪い笑みを浮かべて、井上冬樹(gb5526)の横顔へ囁く。ぴくりと冬樹が反応して、おずおずと喋り始める。
「‥‥でも‥‥大事な仕事だと、思います‥‥。‥‥戦いは‥‥未だに、慣れないけど‥‥」
 自信なさげな冬樹の姿が期待通りで面白くなったのか、ミカエルはさらに追い討ちを掛けた。
「大丈夫だよ。酷くても撤退が壊走になるだけだし」
 嬉しそうな声を作るミカエルに、冬樹は何か反論しようと口を開いた所で、デスクの向こうからの声に遮られる。
「小僧、名前は?」
 声の主であるグライスナーを、二人は同時に振り向く。ミカエルは慌てて人当たりのいい笑顔を作ると、はきはきと答えた。
「ラーセンです。ミカエル・ラーセン」
 ミカエルの顔を、グライスナーは見ていない。手元のリストを追っていて、代わりに冬樹が、ミカエルとグライスナーを交互に見ている。
「学生か‥‥正規軍志望か?」
「はい」
 人当たりのいい笑顔は、ドイツ軍人らしい眼に射竦められ、その表情のまま固まった。
「ではラーセン、後学のために教えよう。軍の仕事なんぞ、その九割が地味で危険で、遣りきれない仕事だ。それでも続けられるのは、ここに仲間が居るからだが、君には勤まるか? 自信が無いなら、進路を変えるのも手だ、今ならまだ間に合う」
「いえ、そんなつもりでは‥‥正規軍志望は変わりません」
 固まった笑顔のまま、ややしどろもどろになりながら言い訳を試みるミカエルを見て、グライスナーは表情を緩めた。
「なら、その時が来たら、我々はラーセン君を歓迎しよう」
 ミカエルの顔に張り付いたままの笑顔は、引き攣った頬で少しだけ形が変わっていた。
「准将、提案があるんだけど」
「どうぞ、お嬢さん」
 威勢良く手を挙げた愛梨(gb5765)は、グライスナーの返答を待たずに席を立って、中央に据えられたデスクへつかつか歩み寄る。
「准将、あなたに戦死されちゃ、あたし達も困るのよ」
 人差し指を真っ直ぐ伸ばして、デスクの上の地図をなぞる。
「これが准将の後退ルートだけど、他のルートは?」
「幾つかあるが、考えられない。友軍が展開していて相互に支援を得られるのは、このルートだけだ」
「では、このルートはバリウス中将にも予期されている可能性が高いですね」
 いつの間にか、愛梨の横に立っていたナンナ・オンスロート(gb5838)が割り込む。
「そういう事。‥‥当初の予定ルートは周知して、実際のルートと時間はずらしましょう。准将は無事に帰還することに専念して頂戴」
 孫娘ほどの年齢の二人の言葉を、グライスナーは大真面目に聞いて、「尤もだ」と頷いて喋り始めた。
「作戦は予定通り周知する。予定ルートの変更はここに居る者以外には極秘とするように‥‥。愛梨君とオンスロート君、ルートの選定を頼めるか?」
 名指しされて愛梨は少し驚いて、目の前の祖父ほどの年齢の男の目を見た。それから、なるほどそういう事か、と納得する。今日初めて会った相手でも、信用できると踏んだなら意見に耳を傾け、良案があれば容れる度量のあるあたりが、ピエトロ・バリウスから一目置かれる理由、かも知れない。
「准将、後は私達が引き受けますので、必ず無事に」
 真剣な眼差しのナンナを、グライスナーが見返す。彼女の目は揺るがない。二人が何か喋る前に、オブライエン(ga9542)が補足した。
「その子は、バリウス中将の護衛に就いていたんじゃ」
「傍に居ながら、みすみす‥‥しかし同じ轍は踏みません。今度こそはなんとしても、准将の安全を確保します」
 澱みなく言い切るナンナの瞳には、決意が溢れていた。
 グライスナーは彼女の瞳を見ながら、その胸の内を少しだけ探る。目の前で人が死んで、自棄になっている訳ではなさそうだ。恨みを雪ぐでもなく、もっと純粋に作戦の失敗を悔いるのに近いと感じ、良い傾向だと思った。
 弔いの感情などは、基地のロッカーに仕舞ってくればいいのだ。彼女もグライスナーも、まだ最前線に居る。死んだ戦友を悼む時間は、無事に帰ってから幾らでも作れる。

●一日目
「民生品だし武装も無い。不安だろうが我慢してくれよ」
 ジーザリオのドアを開けると、館山 西土朗(gb8573)が促す。
「済まんな、乗り心地が良くて有難いくらいだ」
 まだ陽は高い。
 ブリーフィングで愛梨からもたらされた提案によって、グライスナーの撤退は周到に偽装された。当初の予定通りであると周知され、コースも時間も、別のものが用意された。さらに用いられる車両は西土朗の私物で、軍の所有車両は使われなかった。傭兵が数名、何か所用で移動するだけであるかのように。
「准将」
 助手席に乗り込むグライスナーを、西土朗が呼び止める。グライスナーは動きを止めて西土朗に向き直り、言葉を待った。
「バリウス中将の‥‥いや、中将の姿をしたバグアの始末は、俺たちに任せてもらうぜ。あんた方は、いろいろ複雑だろ?」
「そうだな」
 西土朗の思わぬ申し出に、グライスナーは少し顔を伏せる。
「指揮官をやられた悔いだとか‥‥まんま中将の姿だとか‥‥ま、縁もゆかりも無いコッチがやっておくぜ」
「ありがとう」
 礼を言って、やや沈黙があってから、顔を上げて西土朗を見る。それから、穏やかな表情を作り、グライスナーは言葉を続けた。
「弔い合戦なぞ、する気は無いんだ。まだここには仲間が居る。全員がバリウスの旗下だった連中だ。連中が、まだ生きてる仲間の為に戦って戦果を残すのが、一番の弔いだろうからな。結果的にバグアをやれればなおいい。‥‥ただ、バリウス中将は戦友だった。戦友を手に掛けるのは、忍びない」

 グライスナーを乗せたジーザリオが出発して数時間。
 陽が傾くにつれて、この小さな前線拠点を取り巻く圧力は、徐々にその力を増し始めていた。
 背中越しにトレーサーの光が追い越して、その光の筋の先に、悪趣味なキメラの姿を、杉崎 恭文(gc0403)は見ている。
 大して効いていないであろう機関砲の掃射で、キメラは蛇のような長い胴をくねくねと動かす。
 耳元を風切り音が掠め、それが暁・N・リトヴァク(ga6931)の放ったライフル弾だと咄嗟に判断すると、恭文はキメラとの間合いを詰める。
 走る恭文の横をもう一度、風切り音が通り過ぎ、目の前のキメラが盛大にのた打ち回り始めた。
 そのまま懐へ入り、少し重心を落とす。のた打つ長い胴に合わせて、右手を振り下ろす。
 弾かれた胴に合わせて、さらに一度、暁の放った銃弾がそれを穿った。気味の悪い色の体液を撒き散らす胴を蹴り飛ばし、さらに間髪を入れず爪を一閃する。
 一度飛び退いて距離を取った所で、また暁のライフル弾の一撃が加えられた。
 既にこいつは虫の息だ。
 後は後続に任せられる、と恭文は判断して、次の標的を探して、くるりと周囲を見回した。
 コンクリートで出来たオアシスに集る害虫は、その数を増やしている。
 元より消耗戦は覚悟の上だ。自分のようなタイプを動かすためにも、優秀な指揮官を失くす訳にはいかない、そのためにも、ここで支えないとならない、と恭文は思うのだ。

 陽が落ちて、圧力は最高潮に達した。
 押し寄せる洪水のように害虫共はコンクリートのオアシスに迫り、それを押し戻すため、息つく間も無く、残された面々は駆けずり回っている。
 後退中の友軍が近づき、その支援のために、斑鳩・八雲(ga8672)は愛梨と共に向かう。
 バイクのシートに跨り、腰に差した刀の位置を少しだけ調整する。ショットガンを背負っているのを思い出して、八雲はこの取り合わせに可笑しくなった。
 笑みを浮かべる八雲を怪訝そうに見る愛梨と目が合って、八雲は説明を始める。
「ああ、散弾銃と刀で、ちょっと可笑しくなりましてね。祖父が見たら、きっと卒倒します」
 八雲の言葉に、愛梨は納得したような表情を見せる。けれど、彼女はその取り合わせを肯定して見せた。
「そお? 別に普通じゃない?」
 八雲は愛梨に穏やかに笑って見せる。
「アフリカに、ドイツ将校ですか。‥‥知ってますか? 六十年前のドイツ将校は、ここで負けたんです」
「なら今度は、負けないようにしないとね」
 応えてから、愛梨はスロットルを捻る。後輪が砂煙を巻き上げ、加速を始める。
「‥‥その通りです」
 穏やかな笑顔のまま、八雲もスロットルを捻る。よく回るエンジンが甲高い音を上げ、彼の言葉は掻き消された。

●二日目
 期限は見えている。明日までだ。けれど押し寄せる洪水のような宇宙人の攻勢は終わりを見せず、全員の体力と精神力を少しずつ、しかし確実に削り取って行く。

 暁が交代に入るタイミングに合わせたかのように、ヘリが戻ってくる。
 ペアを組む恭文と離れると、暁はヘリパッドに向かい、着陸機に纏わりつくクルーに混じってタラップを押し、コックピットの横に架け、「お疲れさん」と声を掛け、ごく自然な動作でそれを行った。
「お疲れ! 二十ミリが空なんで、頼むよ」
「了解‥‥どうだい、上は」
 パイロットに声を掛け、何気なく雑談を始める。二十ミリは早速整備クルーが取り付いて、何やら作業を始めていた。
「飛ばされすぎだぜ、中佐は人使いが荒い」
 コパイロットが割り込んで軽口を叩くのを、暁は懐かしく聞いていた。昔を思い出す感覚。
「キースだ。そっちはラリー。あんた傭兵さんだろ? よろしく」
「暁ノワール‥‥暁でいいよ」
 親しげに握手を求めるパイロットの手を握り返し、ファミリーネームまで名乗ろうとして止めた。砕けた空気に水を差したくない。
「大変なのは、よくわかるよ。俺も昔、乗ってたから」
 キースと名乗ったパイロットにペットボトルを差し出しつつ、話を続ける。と、ラリーが突然乱暴に肩を組んでくる。
「お、話せるね! よし、次の出撃まで時間もあるし、とっておきのビールをやるよ!」
 嬉しそうなラリーに釣られて、暁も笑顔になっていた。どうせ体温と同じくらい暖かい缶スタウトが出てくるんだろう。でも彼らと呑めるなら、それもいい。

「皆疲れてますね‥‥」
 ナンナが呟く。辺りが暗くなっても、銃声は途切れずに続いていた。
「それでも、だいぶ勢いが削がれたと云うか‥‥敵さんも疲れましたかね?」
 彼女の横でショットガンの手入れをしていた八雲が応える。
 攻勢に曝され続けた代償として、疲労感は基地全体に広がっている。周囲を見回しても、視界に入る全ての顔がすべからく消耗していた。
「いいや、まだまだ。みな目が死んでないしの」
 オブライエンは、ここに居る全員の中でも最年長の部類に入る。彼の経験は、果てしない篭城戦に於いて士気の低下が危険である事を、よく心得ていた。
 指揮官たるリーブマンや、周囲の若い傭兵、或いは兵士達と積極的にコミュニケーションを図り、その意思が折れないよう、注意を払っている。
「准将が無事だと連絡があったのも、良かったかも知れません」
 交代で前線から戻ったばかりのナンナには、八雲の言葉は初耳だったらしく、表情が明るくなった。何としても撤退戦を成功させると意気込んでいた彼女にとって、その報告は感慨深い。
「お、ようやく笑顔になりましたね」
 八雲に指摘され、はっとする。頬の上に手を動かし、自分の表情を確認した。
「ずっと、思い詰めた感じでしたから」
 思い詰めていたのか、と気付かされる。とりあえず、目的の一つは達成された。けどまだ、気は抜けない。
「‥‥壊走にならなくて、良かった」
 呟くミカエルは、横になったまま暗くなった空を見上げていた。銃声は、減りつつある。

●三日目
 交代のタイミングで擦れ違った恭文の挙動を見て、アグは何か気付いた所があったらしく、少しだけ楽しそうに恭文と、それからペアを組む冬樹を交互に見ている。
 二人がしているのは他愛も無い雑談で、いや、雑談でも無いかも知れない。どちらかと云えば、恭文が一方的に喋っているし、「井上さん」と、さん付けなのだ。
 恭文が話題に困りつかえる事三回、「いい天気ですね」などと言い始めた所で、アグは堪え切れなくなった。
「変わろうか?」
「え?」
 きょとんとしてアグを見る恭文。冬樹も似たような表情でアグを見る。
「順番。私まだ疲れてないし、二人で休憩してくれば」
「あ、いや、それは」
 慌しく両手を動かして否定する恭文の姿が可笑しい。冬樹はまだきょとんとしている。きっと彼女はそういう性格なのだろう。だとすると、恭文の苦労はいかばかりか、とアグは思う。
 疲れていない、は本当かも知れない。二人のお陰で、疲労感はどこかへ消えていた。

 西土朗が隣に腰掛けるのに気付いて、オブライエンはそれとなくペンダントを閉じた。
「砂ばっかりで、息子に持っていける土産も無いな」
 恐らく、西土朗はペンダントの中身を察しているのだろう。オブライエンの視線の先には、アグと冬樹、恭文の姿がある。
「子供らが、居ていい場所じゃないのう、ここは」
 呟いて、二人は黙った。基地は撤退準備を始めていて、移動を始めた部隊もある。兵士の中にも、まだ若い者は何人も居る。
「一つずつ、終わらせてくしかねぇな。とりあえずここはもうすぐ終わり。そしたら、次の戦場を終わらせに行く」
 立ち上がる西土朗を見送り、オブライエンは銃を取った。
 亡き妻子の顔が、再び脳裏をよぎる。
 一つずつ終わらせるしか無いなら、まずここを終わらせよう。無事に終わらせて、家族に元気な姿を見せなくては。
 コンクリートのオアシスから聞こえる銃声は、途切れつつある。