●リプレイ本文
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報道部は勇姫 凛(
ga5063)にとって、余り好んで足を踏み入れたい類の場所ではない。
それは凛が持っている能力者とは別の顔と、この地方局の報道部は、芸能部を併設している所が主な原因であった。
動機が見えない、と凛は思うのだ。被害者が木沢にせよ別の誰かにせよ、そうした動機があった筈で、それを探りたいと凛は思っている。
「何か分かったら、こっちからも教えるから、知ってる事教えてもらえない?」
デスクの横に立って懇願する凛を見て、記者は急に嫌らしい笑顔を作る。
「じゃあさ、熱愛報道の真相聞かせてよ! 軍のエースと現役アイドルの道ならぬ恋――」
大袈裟に尾ひれを付けて話す記者に、凛は耳の先まで朱に染めて否定した。
「そういうのは、今は関係ないんだからなっ!」
「うーん‥‥」
照れる凛を見て冷静になったのか、記者は少し考え込む。
「じゃあさ、ヒメが巻き込まれていた! ‥‥って書いていい?」
別の条件を突き付けられ、凛は返事に窮した。
「実はさ、あの事件追っても、あんまり部数伸びないんだよね――」
言いながら、デスクの引き出しをごそごそと探り始める。真ん中の引き出しから、茶色い大判の封筒を取り出すと。それを凛に渡す。
「‥‥開けていい?」
「どうぞ」
封筒はそれほど重くない。書類の入っているような感触がしないと思ったら案の定、中からは数十枚の写真が出てきた。
日付の刻印は一番古くて十五年程前。それから半年前の新しいものまで、満遍なく25枚ほど。どれも撮影場所はまちまちだが、どれも別の女性が一人で、笑顔で映っている。
「木沢が撮ったらしいんだよね、相当女癖が悪かったみたいで」
「女癖?」
別人ばかりの写真を捲りながら、凛は記者に訊ねる。
「とっかえひっかえ、って奴だったみたいよ?」
一通り見た写真を、封筒に戻す。一、二枚、見覚えのある顔があった気がしたが、思い出せない。
「何でこれ、記事にしないの?」
「さっきも言ったけど、部数伸びなくてね」
封筒を返し、疑問の表情を浮かべている凛に、記者は説明を加えた。
「ぶっちゃけ『行方不明男性の爛れた女性関係』って見出しじゃ、目を引かないの。『殺人被害者の〜』なら、別なんだけどね」
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現場百遍。
片倉 繁蔵(
gb9665)はまた温泉宿に部屋を取り、そこを拠点として周辺の探索を始める。
何しろ分からないのは被害者の身元で、それが行方不明の木沢なのか、それとも別の誰かなのか、警察もまだ掴んでいない。
繁蔵の探索は空振りに終わった。頭部と右腕の発見現場付近、それから温泉宿の周辺、さらに付近の山中を歩けるだけ歩いたが、遺留品一つ見つからず、さらには木沢が泊まっていた部屋と同じ部屋をわざわざ用意させたのに、室内からは何も見つからず、手詰まりであった。
「手伝ってくれても、もう話せる事はありませんよ?」
従業員が繁蔵に声を掛ける。
中年に差し掛かった女性従業員の代わりに、繁蔵は押入れから布団の組を持ち上げ、せっせと運び出していた。
「別に、何か聞き出そうってんじゃないのでな」
やや困惑した表情の従業員にそっけなく返事をする。それでも強く止めようとしないのは、彼女の仕事が減るからだろうか。
「しかし、これだけ部屋があると布団を干すのも一苦労だな」
部屋数と、運び出してカートに乗せた布団の組を鑑みて、何気なく呟く。
「やですよ、こんなに干すなんて‥‥手が回らないし、専門の業者さん入ってるんですよ」
ふとした切欠で何かに気付く、なんてのはよくある話だ。繁蔵がこの部屋を隈なく探して見付からなかった答えへのヒントが、浮かんだ。
「業者?」
「はい、毎回、回収した布団はクリーニング業者さんに」
「自分のとこで洗濯はせんのか?」
「しませんよ。お客様のお召し物のクリーニング室しか、ありませんしねぇ」
「じゃあ、どんなに汚れててもそのままか」
「はい。‥‥ほら、お客様もいろいろ、なされますでしょ?」
いろいろ、を殊更強調して答える従業員を見て、繁蔵は一つ確信を得た。
クリーニング業者は、毎日一度この山道を大型のワンボックスカーで登ってきては、クリーニング済の布団と交換に使用済の布団を持ち帰る。
「さあー、事件の日っても、その後もクリーニングしてますし、廃棄しちゃってるかも知れないし‥‥」
作業場は山を降りた市内にあり、従業員の若い男は、繁蔵を警戒するでもなく、友好的に答えた。
「新品と入れ替えられてるやも知らん、という事か」
「後は、クリーニングでどうしようも無い時とかですね」
「どうしようも無い?」
「ええ、酷い汚れとか、酷く壊れているとか」
事件当日。もし布団の上で争った形跡があったとしても、宿の従業員は確認をせずクリーニングに出し、ここへ来た布団は廃棄処分になってしまえば、証拠は隠滅できるだろう。ただあまりに危うく、狙って出来る工作の類とは思えない。
「ああ、台帳見れば分かるかも‥‥当日の」
「台帳?」
「ええ、在庫管理台帳」
そう言って男が持ってきた資料には、いつ何組廃棄した、何組の新品を購入した、と事細かに書かれていた。
事件当日の出入りは一件。一組の布団が、汚損のため廃棄、と記されている。
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事件のあった温泉宿から車で二時間。
隣県の小さな都市に、松永は自身を院長とする病院を開業していた。診察科は外科、整形外科、美容外科。それ程大きくない病院で、患者数はそこそこ、と云った印象を榊 那岐(
gb9138)は受けた。
「申し訳ありません、松永は学会の出席で出ておりまして――」
那岐としては、本人と対面したい所であったが、仕方が無い。但しこれで、事件当日を含め、傭兵仲間では誰も、松永の顔を見ていない事になる。
「そうですか。大した用事じゃなくて‥‥実はまだ僕の所にも警察の方が来たりするので、ほかの方はどうなのか気になって」
何となく取り繕ってみると、那岐の相手をしていた看護師は同情的な表情を見せた。
「ああ、まだ院長先生の所にも来ますよ、警察の方」
呼び方が「院長」と、身内のものに変わったのを聞いて、那岐はもう少し突っ込んで聞けそうだ、と思った。
「大変ですね‥‥話を聞かれるのは、院長さんだけですか?」
看護師が足を崩して座りなおす。態度は大分砕けてきている。
「いいえ、私達も。同じ事を何度も何度も聞くんですよ、疲れちゃって」
「どんな事です?」
「いつも同じですよ。どこに居たかとか、誰と会ってたかとか」
むくれる看護師の表情を見て、どんな捜査が行われているのか分かった気がして、少し同情する。
「何度も何度もでしょ? 院長先生も疲れてるみたいで。まるで院長先生が犯人みたいで」
そう言って、大きく溜息を吐く。恐らく相当嫌気が差しているに違いない。話を合わせていれば、いつまでも愚痴が出てくるだけだろう。少し突っ込んで聞きたいが、それで機嫌を悪くされても困る。
那岐は考え、少しだけ水を向けてみる事にした。
「何か、新しい事を話したりしたんですか?」
「いいえ、何も。だって私達なんか当事者じゃないんだから」
やや憮然とした表情を見て、那岐は失敗した、と思った。ところが。
「あ、でも」
「なんです?」
「行方不明になった人、前うちに来た患者さんに似てるなって、話してたんですよ。名前まで覚えてないけど‥‥」
「木沢って人ですか?」
思わず半身を乗り出す那岐に、看護師はちょっと驚いたように身を逸らす。
「いえ、そんな名前でカルテ無いんで、別人じゃないかな、って。ほら、うちは美容整形をするでしょ?」
美容整形で手を入れた顔が似ていた、という事だろうか。那岐は聞き直そうとしたが、もう看護師は席を立って、ナースセンターの奥で何か別の作業を始めている。
日本人ってのは、どうしてこうなんだ、と那岐は思う。いつも核心はぼかし、語らない。
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コールを待たずに電話は繋がり、相手は慣れた口調で社名を名乗る。久遠 蛍(
gc0384)は一呼吸置いてから、受話器に喋り始めた。
「お忙しい所恐れ入ります。三好様をお願いできますでしょうか」
「申し訳ありません、三好は休職中でして‥‥」
思いもよらぬ回答で、思考が途切れる。が、蛍はすぐ気を取り直して、次の言葉を続ける。
「三好様と連絡を取りたいのですが、ご自宅のご連絡先をお教え願えますでしょうか」
「申し訳ありません、個人情報になりますので、三好本人に確認をしてから――」
少し無茶だった、と思う。勤務先がおいそれと教えてくれる訳も無く、宿帳の住所を見せて貰う事も叶わなかった。恐らく警察は正確な住所を知っているだろうが、それを教えて貰うのは難しい。
一つ分かった事は、湯治と称して温泉を訪れた三好は、あの事件の少し前から、病気療養の名目で長期の休暇を取っていた、という事。
ご近所さんが噂好きなのは真理だろう。けれどご近所さん全員がそうなのでは無くて、恐らく近所付き合いを形成する程度の広さのコミュニティの中に、必ずそういう類の人が含まれて、そこから広まるんだろう。
つまり蛍のすべき事は、細川家の近隣住民から「そういう人」を引き当てる事なのだが、得てしてあっさりと見付かったりする。
「普通の人よ、ゴミの分別も守ってるしねぇ」
所謂「オバちゃん」は、品定めするような目付きで蛍を見た後、嬉しそうに語り始めた。
「最近は旦那さんと喧嘩もしてないみたいよ」
「そうそう、お土産貰った頃くらいからよね、温泉行ったって」
「あのまずい温泉饅頭!」
「それよそれ!」
まるっきり蛍を置き去りに、彼女らは仲間内で会話を広げて姦しくやっている。
「喧嘩って?」
愛想笑いを止めた蛍が、会話に割り込む。
「旦那さんも奥さんも、いい人なんだけどねぇ。ただ奥さん、男好きみたいでね。浮気してたって」
「そりゃもー毎晩旦那さんの怒鳴り声と奥さんの泣き声で大変だったんだから!」
他人の不幸がまるで遊園地のアトラクションか何かのように語られるのを見て、蛍は愛想笑いを作り直すのを止めた。
「旦那さん興信所まで使ってね、そりゃもうこじれて」
それでもよりを戻すそれなりの理由があるのだろうか。けどそれは、彼女らの口からは出て来そうに無い。
「あんたみたいな探偵さんが調べるって事は、また奥さんやっちゃったの?」
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アンジェリカ 楊(
ga7681)は、どうしてここに居るのか、また考え始めた。
ここ、と云うのは、細川の自宅の事だ。隣にクラウディア・マリウス(
ga6559)が座っていて、正面に細川本人が居て、麦茶の注がれた三つのグラスは汗をかいている。
二人は細川宅の付近で聞き込みを始めた。人当たりの良いクラウのお陰で引き出せた話は、すべからく「よく知らない」か「普通の人」で、悪い評判は聞かない。そんな事をしているうちに、アンジェは目敏く、細川本人を見つけた。暴走しては、と気に掛けるクラウをよそに、アンジェは細川に声を掛けていた。
そしてこれだ。
「えっと‥‥ちょっと失礼なこと聞くかもですけど‥‥ごめんなさいっ」
ぴょこんと頭を下げ、クラウが先手を打つ。
「お二人は、私を疑ってるんですね‥‥」
細川が顔を伏せて、クラウが少し悲しそうな表情になる。
「いえ、そういう訳じゃ――」
「なんで一人旅に近場選んだの?」
アンジェがフォローに入ったクラウに台詞を被せ、彼女の努力を見事に打ち消した。
「変な事根掘り葉掘り、悪いとは思うわ。でも納得いかないの。だって殺人事件かも知れないし、私達はそこに居たんだもの」
彼女の言葉は、理知的な説得と云うよりは、熱意とか執念とか云うべき感情をそのまま投げたものだった。けれどそれに動かされたのか、細川の警戒心が解れたのを見て取って、クラウは安堵する。
「別にどこでも良かったんです」
ぽつぽつと話し始める細川を、二人は黙って見ていた。
「ほんとに大した理由じゃなくて、ただ、浮気されてフラれて、殺してやりたいくらい頭来たから、気晴らしにって」
そう語る彼女の表情は、クラウには嘘を吐いたり、適当に誤魔化したりしているようには感じられない。
「でも、アイツが居るなんて、ほんとに知らなくて‥‥」
急に、恐怖に怯えるような表情になり、クラウを驚かせる。
「アイツって?」
「‥‥木沢です。フラれた元彼‥‥」
納得しかけていたアンジェの眉が、再び曇る。
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「やらしいな、おい」
遠慮なくずけりと、徳井は言う。ケイ・リヒャルト(
ga0598)と杠葉 凛生(
gb6638)の二人を指しての事だ。「いかにも」な想像を掻き立てる風体の二人を揶揄して、徳井なりのユーモアだった。
「そういう発想が、スケベだってんだ」
やり返す凛生に反応せず、徳井は合鍵でドアを開ける。失踪した木沢の現住所に、三人は来ている。
覗き込んで、二人ははっと息を飲んだ。2LDKの室内に、生活感はまるで無い。それどころか。
「碌に家具もありゃしない」
言いながら奥へ進む徳井の後に続く。六畳のフローリングの部屋にぽつんと、テーブルとテレビだけが置かれていた。
「奥さんは? 結婚してたんでしょう?」
ケイだ。
「半年前に別れたらしい。その後の足取りは不明」
「不明って、どういう事?」
簡単に言い放つ徳井に、ケイが突っかかる。元妻も行方不明、という事なのか。
「‥‥そういう事だ。転居先ももぬけの殻。実家にも戻っちゃいない」
「この部屋は、最初からこうだったのか?」
室内を見て廻っていた凛生が質問を投げる。
「何かを運び出してたって話は、少なくともまだ聞いてない」
離婚の際に、元妻の家財を運び出していたのは目撃されている。けれどそれ以降、似たような目撃談は無い。
「こりゃ、益々木沢が怪しいって事か」
凛生の言葉に、ケイが頷く。
もし木沢が犯人で、遺体が誰か別人なら。
犯行は、木沢が姿を消していた四十分間で行われたと仮定できる。部屋で殺害後、遺体を切断し、旅行バッグに入れ、宿を出るまで、四十分。
どうもケイにはしっくり来ない。一人でその作業をするには、時間が足りない。
逆に、木沢が被害者なら。
「誰かに怨みでも買ってるか。金か、仕事か、もしくは女か」
「女癖は悪かったらしいが」
呟く凛生に答えて、徳井はぽつんと置いてあるテレビの前にしゃがみ込み、そのまま続ける。
「被害者なら、動機は怨恨だ。て事は、木沢も、てめえを殺す決心をさせるくらい、酷い事してたって事だな。‥‥犯罪者、とまでは言わないが」
がらんとした室内を見回す。近所付き合いも無く、擦れ違ったら挨拶をする程度で、仕事は何をしているのか、知らない住民ばかり。さらに離婚後、こんな部屋で半年も暮らしていた事が、ケイと凛生には到底信じられない。
「‥‥犯罪者の心理なんて、わかりゃしない」
二人に背を向けたままの徳井が、小さく呟いた。