●リプレイ本文
絶え間なく銃声が響く。うすく積もった雪は軍靴と履帯に踏み荒らされ、ぬかるみを作っている。
双眼鏡を取り出し、ジャック・クレメンツ(
gb8922)は戦車の陰から顔を出した。丘の上のトーチカまでは、まだ二百メートルほど。
そのまま戦車の横まで廻り込んで、装甲板を二度ノックする。
「ストライカー、もう少し前進して援護を、ストライカー3の乗員を救助する」
ノックは聞こえなかっただろうが、無線は聞こえたらしい。応答の代わりに、ディーゼルエンジンが黒煙を残して、ゆっくり前進する。
前進に合わせて、サンディ(
gb4343)が少し先行する。後姿を見送って、翠の肥満(
ga2348)がやけに嬉しそうな表情を見せた。
「フッフフ‥‥新しい得物を試すには丁度良い戦場だ」
誰に言うでもなく呟く。どうやら新品のガトリングシールドを試せるのが、嬉しくて仕方ないらしい。
「派手にいきましょうか?」
クラーク・エアハルト(
ga4961)が翠の背中に声を掛ける。返事は待たずに、街道から少し外れた、背の低い木を目指して走る。翠もクラークに続いて、重いシールドを抱えて走り始めた。
一番派手に攻撃を仕掛けてくるのは両腕がアサルトライフルになったタイプらしく、そこかしこで土煙が上がり、銃声が途切れない。
単純にばら撒かれる弾数が多いせいでかも知れないが、それにしても、キリが無い。
戦車の陰に潜んで、叢雲(
ga2494)は頭を出せずにいた。アサルトライフル型の攻撃は、戦車の複合装甲を貫ける程の威力は無いらしく、きんきんと跳弾する金属音が響いている。
「ヘリでもあれば、楽に行けそうなのにな」
叢雲の隣で、同じように頭を出せずにいる暁・N・リトヴァク(
ga6931)が呟く。
「きっとあれですよ、縄張り意識とか面子とか」
厄介な事だ、と叢雲は思う。敵はバグアだけ、とは行かないらしい。
「冗談じゃないよな‥‥ま、仕事はちゃんとやるけどね」
あっけらかんと宣言して、暁は戦車の陰から飛び出す。敵の攻撃は少しだけ緩んだ。
叢雲も暁の後を追う。隙を窺い、躊躇せずに出ないとまた頭を抑えられ、釘付けにされる。
まったく厄介な事だ、と叢雲はまた思う。どういう仕掛けで奴らは給弾しているのか。リロードする間に三十発ばら撒いて来るのは、反則じゃないのか。
動き出したハンヴィーの後を追って、遠倉 雨音(
gb0338)とフェイス(
gb2501)は走り出した。
「皮肉なものですね‥‥鹵獲されて、攻めあぐねて、トーチカの有用性を証明して」
前を行くハンヴィー越しに敵陣を見て、雨音が一人ごちる。
「ま、鹵獲された後の事まで考えて、陣地を構築は出来ませんから」
フェイスが応える。と、十メートル程横に着弾したグレネードが炸裂した。咄嗟に腕で顔を庇った雨音と、素早く伏せの姿勢を取ったフェイスを炸裂の衝撃が包んで、それからすぐ、ばらばらと破砕された弾殻が襲う。
直撃は避けた。致命傷には至らない。なにしろ、二人は能力者である。
けれど二人は同時に、前を行くハンヴィーを見た。ルーフに設置されたグレネードの射手が、車外に身を曝していた。
「被害は?」
フェイスが声を掛けると、すぐに応答があった。
「大した事はない、後で治療すればどうとでもなる!」
どうやら、雨音と同じように、咄嗟に腕で庇ったらしい。片腕から出血があるが、致命傷では無さそうだ。
また二人は、動き出した車両の陰で前進を始める。トーチカが彼らの射程に収まるには、まだもう少し遠い。
街道沿いの小さな木。
その裏に、シールドを携えて、クラークと翠は潜んでいる。遮蔽物にも足らないような木しか無いが、何も無い場所に身を曝すよりはマシという物だ。
敵の射撃が途切れた隙を見逃さず、ようやく射程に収める辺りまで進んだが、なかなか射撃は途切れてくれない。
「数が多いってのは、厄介ですね」
「数には数で、対抗しますよ」
クラークに翠が嬉しそうに応えて、ガトリングシールドを示す。なるほど、ガトリングの火力なら、敵の頭を抑えるのに打って付けに違いない。
サブマシンガンを構えて、クラークはトーチカまでの道のりを見渡した。大した遮蔽物は無い。が、小さな岩陰を見つけた。身を屈めれば、遮蔽に使えそうなくらいの、小さな岩。
「ストライカー各車、もう少し前に出る、援護を」
『了解、射線に入るなよ』
クラークが飛び出す間を計るのに合わせて、翠は街道を挟んだ向こうを行くサンディを見る。同じように木陰でタイミングを窺う彼女と、目が会った。
『グリーン!』
「頭、抑えますよ」
短く伝えて、ガトリングシールドを構える。バレルがスピンアップを始めると、翠はまた嬉しそうに笑う。
「行きますよ」
真横でタイミングを計るクラークに伝える。声が弾んでいて、クラークは少し呆れて笑みを零す。
直後、戦車砲の発射音が轟く。同時に翠は身体を乗り出し、トリガーを引く。
「ヒャーーーホゥ、撃ち甲斐があるゥッ! 単発の銃じゃ得られない快感! オーラララララァッ!」
高いテンションをそのままトリガーに乗せる勢いで、銃口をトーチカへ向けた。翠の目の前を、敵弾がまるで光のように通り過ぎる。
翠は怯まず、さらにガトリングを左右に振り向ける。
「怯える暇もォッ! 竦む暇も与えねえェッ! その前にくたばれェェェェェェッ!」
彼のガトリングに合わせるように、翠の背後から戦車砲の轟音が響く。
放たれた百二十ミリの弾丸は、トーチカの分厚いコンクリートを少しだけ削って、砕け散った。セオリー通り、充分な厚さで防御陣地として機能しているらしい。
「さすがに‥‥」
クラークは呟いて、岩陰から身を躍らせた。やはり攻めあぐねただけあって、砲撃だけでは埒が明かない。接近するのが手っ取り早い。
「移動する! 援護射撃を!」
無線に声を掛けて、また走る。戦車砲の給弾のタイムラグで、敵は再び頭を上げていた。
足元に、キメラの放ったライフル弾が跳ねる。直後に、今度は大口径の弾丸が炸裂した。足元を掬われ、クラークは咄嗟に受身を取って転がる。
伏せたまま、クラークはトーチカに視線を走らせる。厄介なのは、戦車の装甲に対抗できる、大口径の榴弾タイプ。
丁度、姿を曝していた敵を視界に捉えた。デキの悪い戦車砲は、別の目標を見つけたのか、バレルになっている両腕がクラークから外れている。
彼がアイアンサイト越しに敵を見た直後、トレーサーの光が悪趣味なキメラを襲った。
『くたばれぇ!』
無線越しに翠の声。テンションは高いまま、彼の弾幕は危険度の高い敵を正確に狙っていた。無数の弾丸に叩かれ、キメラの上体が揺らぐ。
透かさず、クラークはトリガーを引いた。追い討ちをかけるクラークの弾丸が、キメラをよろめかせた。
右肩に当てたストックに左手を沿え、ジャックは少しだけ銃身を上に向ける。
伏せたクラークと、制圧射撃を続ける翠の後姿を左目に捉えて、右目でスコープを覗く。
スコープの奥で、クラークと、それから翠の弾丸を強かに食らってよろめくキメラ。頭部と思しき箇所にレンズの中心を合わせて、ジャックは呼吸を止め、人差し指に僅かに力を込めた。
ぱたり、とスコープの奥で、キメラが倒れる。
ジャックは右目を離すと、次のターゲットを探して、トーチカに視線を走らせた。
ドライバーズハッチにはダメージが無く、拍子抜けするくらいあっさりと開いた。
覗きこんだフェイスは、今にも泣き出しそうな表情のドライバーと目が合う。
「頼む、早く出してくれ! ちくしょう」
「足は、動きますか?」
聞きながら、フェイスは頭をハッチの中へと捻じ込むと、ドライバーの負傷具合を確認するように、視線をシートの足元へと向けた。
どうやら、壊れた車体に挟まれたりはしていない。
「痛くて動かせねぇ、きっと潰されてる」
ドライバーの泣き言を聞き流して、フェイスは彼の両肩に腕を伸ばす。
「いいですか? 引っ張りますよ」
「そっとだ、そっとやってくれ!」
頷いて、フェイスはドライバーの肩に腕を入れた。力を込めると、ドライバーの身体がシートから浮く。被弾時に車体が潰れていなかったのは幸いだろう、ひしゃげた車体に挟まれては、彼を助け出すのは絶望的だ。
「痛いですか? もうちょっと我慢して下さい。後で、タバコくらいなら奢ります」
ドライバーに声を掛けて、フェイスは彼を一気に車外へと引きずり出す。
「くっそ、そっとやれって言ったろう!」
友軍が用意した担架が運ばれる。ドライバーの恨み言を聞きながら、フェイスは彼を横たえ、煙草をその口に銜えさせた。
「だらだらいつまでも痛むより、いいでしょう?」
もう一度、ドライバーズハッチから中を覗く。
着弾時に破砕されたのか、ペダル類は原型を留めない程に破壊されていた。
自走は、出来そうに無い。
何本目かの弾頭矢を放ってから、雨音は手近なハンヴィーの陰に入った。間を置かず弾頭矢の破裂音がして、トーチカが雪煙に包まれる。
暁と目が合う。と、手振りで雨音に合図が送られる。トーチカへ近づくサンディと、叢雲を指していた。
サンディの進む先に、彼女の行く手を阻んでいるキメラを確認すると、雨音はサブマシンガンに持ち換える。
「頭を抑えます」
無線に短く告げる。雨音はサブマシンガンを肩付けして、トリガーを引いた。
丁度同じ敵を、ジャックのスコープは掴まえていた。雨音がトリガーを引くのと同じくらいに、彼のライフルも弾丸を放つ。
初弾が有効打を与えたのを確認すると、ジャックは次弾を薬室に送る。
「ストライカー各車、突入班を援護してくれ」
ジャックの指示で、戦車砲が矢継ぎ早に放たれる。
着弾で土埃が舞うトーチカに向けて、暁はトリガーを引いた。何度か立て続けに引くと、拳銃のスライドが止まる。リロードの間が惜しいのか、暁は小銃に持ち替え、またトリガーを引いた。
強固な防御陣地に、ただ無策に射撃戦を繰り返すだけでは、埒が明かない。
幸いにしてメンバーの中に居た、近接戦闘を得意とするサンディを中心に、懐に飛び込んでしまわない事には、状況は打開されない。
逆に言えば、懐に飛び込んでしまえれば、勝負は決する。
「一気に突入する。援護は任せたよ」
言い残して、サンディはトーチカに向かって走る。
「スモークを」
叢雲が彼女の背中を援護するように、トリガーを引く。同時に、戦車から放たれたスモーク弾がからからと乾いた音を立てて、トーチカの前に転がる。
あっという間に広がり始めるスモークを見て、クラークもまた、接近するために立ち上がった。
サンディの開いた血路を広げるために、戦場全体が慌しく動き始める。
翠は重いガトリングシールドを担いで、また駆け出した。流石に、何も見えない煙の中へ、弾幕を撃ち込む訳にはいかない。
目の前の一匹に向かって、サンディは突きを繰り出す。切っ先は頭らしき部位の中心を捕らえて、そこを深く貫いた。
素早く剣を抜くと、今度はそれを横に薙いだ。後ろへばったりと倒れ込むキメラをそのままに、サンディはまた動く。
後ろには雨音もフェイスも、翠も居るし、止めは任せて、敵を翻弄するように、立ち止まらず、動き続けていた。
彼女のすぐ横で、グレネードが炸裂する。爆風を受けながら前転し、また立ち上がると、素早く周囲を見渡した。道の向こうでグレネードタイプが一体、それから数メートル先のトーチカの陰からライフルタイプが二体、彼女をターゲットしている。
考える前に、身体が動く。サンディはグレネードタイプとライフルタイプ、それぞれの位置を確認すると、キメラ達のちょうど間をすり抜けるように走った。
ちらりと横目でキメラの動きを追う。
サンディの動きに合わせて、銃口が着いて来ているのを見て、彼女は射線から逃げるように、身体を投げ出した。
直後、サンディのすぐ後ろをグレネード弾が飛ぶ。
くるんと受身を取って、グレネード弾の着弾方向を見る。丁度弾丸は炸裂し、二体のライフルタイプが弾き飛ばされている。
彼女は立ち上がって剣を構えると、残るグレネードタイプに向けてまた走り始めた。
トーチカの入り口に、クラークと叢雲が取り付く。
マガジンを変えるクラークの横で、叢雲の持つ十字架から放たれた榴弾が、トーチカ内部に飛び込む。
直後に、小さな爆発が起こり、CICの液晶画面はノイズで小さく揺れた。
クラークの姿が、トーチカの中に消える。
「後は、時間の問題です」
腕組みをして画面を見つめるシューメーカーに、副官が報告をする。
「彼らに」
視線を画面から離さずに、シューメーカーは小さく呟く。
「足を向けて眠れんな。彼らが来るまで、我々は主導権を失っていた」
トーチカから出るクラークの姿が画面に映る。それから、カメラは少し動いて別の入り口を映した。クラークと同じように、クリアリングを進める暁とジャックの姿があった。トーチカは四両の戦車と四台のハンヴィー、それから傭兵らの攻撃に曝されてなお、原型を留めている。
「皮肉なものだ」
また呟いて、シューメーカーは席を立った。