タイトル:選抜射手マスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/31 23:20

●オープニング本文


 一般人だけの部隊を、キメラの出現が予想される地域に投入するにはどうすれば良いか。
 答えは単純で、「投入しないこと」である。勝ち目は、遠浅の海岸の砂粒一つほども無い。
 或いは重火器を併せて投入する。対物ライフルでもあれば、砂粒一つが掌で一掬い程度には広がる。
 これに能力者が加わると、一掬いが途方も無く広がる。彼らの登場以降、これはセオリー、基本的なドクトリンになったと云える。何時の時代の戦争も、人的被害は一番嫌われてきた。
 数日前、この廃墟と化した小さな街に現れたキメラの群れは、大人の男性程ある猫のような姿をしていて、猫がそうするように足音も立てずに近づき、悪趣味な事に口から実弾を吐いた。この実弾は個体によって差があるようで、散弾だったり、分隊支援火器のように数をばら撒いたり、スナイパーライフルのように恐ろしく正確であったりした。
 猫の習性なのか、じゃれ付くかのように「動くもの全て」を見境いなく撃つ厄介なキメラ共は、投入された能力者の活躍によって一掃された。

 部隊は、街の中心を通るロータリーの手前で止まった。
 本来なら、それほど大きくないロータリーで、路線バスの一台でも通れば道幅を占領する程度なのだろう。けれど周囲の建物が悉く倒壊している今は、見通しが利き広く感じられる。
 道路沿いにある、背丈くらいの瓦礫に背を付け、様子を窺う。先頭を行くのが指揮官らしく、右手をすこし上げて後続を制した。
「オーケー、異常なさそうだ」
 指揮官が右手を降ろしたのを合図に、後続の一人が雪を踏んで近づいてきた。背中の無線機は、降り続く雪でうっすらと濡れている。
「ヴァルチャー1−6よりヴァルチャー・リーダー、定時連絡、異常なし」
 言うだけ言って復唱も聞かず、指揮官はマイクを返すと、そのまま後続に声を掛けた。
「マクナブ、ロータリーの中まで先行してくれ」
「危険はいつも俺ってね」
 マクナブと呼ばれた男は、5.56mmの軽機関銃を構えると、色の濃いゴーグルを掛ける。
「信頼してるんだ」
「嬉しくないね!」
 まだ若い指揮官とマクナブは、気を使わない間柄のようで、軽口を言い合うと、拳を軽く合わせてから、ロータリーに向かって走り出した。
 雪の上に足跡を残しマクナブが走り出すと、他の五人は各々瓦礫から身を乗り出して、左右を警戒する。
 と、ロータリーの中央に辿り着く直前に、小さな破裂音が静かな雪の中に響き、走っていた筈のマクナブはばたりと倒れこんだ。
「ちきしょう、狙撃だ!」
 誰かが叫び、盛大に発砲音が鳴り出す。
「撃ち方やめ! おいやめろ! 撃ち方やめー!」
 指揮官が制し、発砲が止む。
「どこから撃たれた? 誰か見たか!」
「見てません!」
 また誰かが答え、指揮官はぐるりと周囲を見回した。まだ高さが残っている建物は三つある。一つはロータリーの右奥、二百メートル程向こうの五階建て。外観からもそれと分かる程損傷が酷い。もう一つは正面、百五十メートル程先の区画で、恐らくロータリーは見通せる。もう一つは左奥、ここからは瓦礫の陰で見えないが、一番距離がある。
「‥‥正面か?」
 撃たれたマクナブに視線を戻す。左足に弾丸を受け、致命傷ではない様子だが、立てずにもがいている。彼が起き上がろうと寝返りを打った時、また小さな破裂音が響いた。白い雪が、みるみる赤く染まる。
「まただ! マクナブが撃たれた!」
 三度誰かが叫び、発砲音が鳴り出す。
「こちらヴァルチャー1−6、狙撃を受けた、一名負傷、救護ヘリを要請する!」
『ヴァルチャー1−6、了解した。手配するが悪天候で到着まで時間が掛かる、持ち堪えろ』
「クソッ!」
「軍曹」
 苛立たしげにマイクを戻す指揮官に、衛生兵が駆け寄る。
「二回目は右足みたいだ、多分あの出血量はすぐ処置しないとヤバイ」
 深刻な衛生兵の表情と、両足を動かせず倒れるマクナブを交互に見て、指揮官は考えた。衛生兵の言う通りに、すぐさま駆け付けマクナブを収容し、手当てをすべきだろう。しかし敵がどこに潜んでいるか分からない状況で、迂闊には近づけない。かと言って、悠長に敵を捜索し安全を確保する余裕も無い事は、倒れるマクナブの下に広がる赤黒い色が証明している。この危機的状況で、善後策を練る時間も無い。
「俺が行く」
 指揮官が声を掛けられた時、彼の纏まらない思考は途切れ、状況に流された。
「ハーベイ頼む。ドクターと行ってくれ、援護する」
 志願した男と衛生兵に指示を送り、銃を構える。
 走り出した二人を見送っていると、また小さな破裂音が聞こえ、ロータリーの中で二人がぱたりと伏せた。
「まただ! クソッタレが!」
 誰かが叫ぶ。
「ハーベイ! ドク!」
「平気です、俺は撃たれてない!」
 呼びかけてすぐ、衛生兵から返事がある。ハーベイと呼ばれた男は、返事の代わりに、左足の太腿を押さえてもがくようにくるりと寝返りを打った。
「ハーベイ動くな!」
 あっという間に広がる血の色に、指揮官は咄嗟に声を掛けた。撃たれたハーベイは痛みに悶えているが、代わりに立ち上がりかけていた衛生兵が、ぴたりと動きを止める。
 こちらに向き直ったハーベイが、雪の上で上体を起こした時、もう一度破裂音が鳴った。今度はハーベイの右肩が弾け、起こした体がまた雪の上にどさりと落ちた。
「ちくしょう、遊んでやがる!」
 マクナブもハーベイも、まだ息はある。けれどドクはロータリーの真ん中で釘付けにされ、残りも瓦礫の陰から迂闊に出れずにいる。指揮官はまた考え始めた。けれど時間は多く残されてはいない。

●参加者一覧

紫藤 文(ga9763
30歳・♂・JG
レオン・マクタビッシュ(gb3673
30歳・♂・SN
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 瓦礫の陰から真っ先に立ち上がったウラキ(gb4922)を筆頭に、同行した六人の反応は素早かった。
「急ごう。一刻を争う」
 ぐるりと周囲を見回したサンディ(gb4343)が、全員に声を掛ける。彼女が装備品から弾頭矢を取り出すのを合図にして、各々動き出す。
「あの二人を助け出すまでは考え事禁止だ」
 両手を一つパチンと合わせて、レオン・マクタビッシュ(gb3673)はライフルのセーフティーを外した。

●収容
「これで、目晦ましを」
 サンディが弾頭矢を示すと、杠葉 凛生(gb6638)は彼女のやりたい事を理解した。
 隊列の先頭に出て、様子を窺うウラキに続いて、指揮官に近づく。
「しっかりしろ、血路を開きに行くぜ」
「ああ頼む‥‥あんたらが頼りだ」
 若い軍曹の声と目は存外にしっかりしていた。いい傾向だ、と杠葉は安堵した。隊員達には隊員達なりの信頼関係やら士気やらがあるだろう。所謂「報酬分働く」傭兵達とは違うもので、その拠り所が折れたら、目も当てられない。
「マクナブ、ハーベイ、今助ける!」
 指揮官の声と同時に、負傷したマクナブの所まで身を屈めて走り抜けるウラキの背中を、杠葉は見送る。咄嗟に止めようかとも思ったが、走るウラキに反応した発砲音に気付いて、神経を研ぎ澄ます。
 二発。発砲された位置までは分からなかったが、両方とも同じ方向から。
 サンディに視線を送ると、彼女はロータリーから見える三つのビルそれぞれから射線を奪うように、矢を放つ。
「さて、スコアをひっくり返してきますか」
 紫藤 文(ga9763)が呟く。弾頭矢の炸裂音を聞く前に、杠葉はシールドを構え直した。

 マクナブの横に伏せて、ウラキは彼の意識がまだしっかりしている事に安心した。駆け抜ける際に発砲を受けたが、当たってはいない。
 弾頭矢が巻き上げる雪煙を、顔を伏せてやり過ごしてから、ちらりと振り返って、シールドを構えて進む杠葉と黒瀬 レオ(gb9668)、それから二人の陰を進むレオンの姿を確認し、またマクナブに向き直る。
「今からあんたを運ぶ‥‥良いね‥‥?」
 ウラキの言葉に、マクナブは力強く頷いた。

 自力で走る衛生兵と入れ替えに、盾を構えて進む杠葉の後について、黒瀬は進む。警戒しながらで速度が上がらず、走ればすぐの僅か数十メートルがもどかしい。
 時折シールドが何かを弾く金属音が聞こえる。恐らく、巻き上げた雪煙に反応して撃って来ているのだろう。
 と、一発が前を行く杠葉の肩口に当たる。
「杠葉さん!」
「大丈夫だ、大したことない」
 くるりと肩が動くのを確かめてから、杠葉は答える。手当ては必要だが、致命傷にはなっていない。能力者である杠葉や黒瀬より、今は負傷した兵士の収容が優先された。
 倒れるハーベイの横で黒瀬は止まり、レオンが担架の準備を始めるのを確認して、それを庇うように盾を構える。
「頼む‥‥置いてかないでくれ」
「置いて行く訳ないだろう、すぐに連れ出してやる」
 弱音を吐くハーベイに、レオンは作業を続けながら応える。倒れたまま動けずにいるハーベイの不安げな視線は、きょろきょろと揺れて黒瀬とぶつかった。
「大丈夫です」
 諭すように黒瀬は視線を返し、もう一度レオンを見て、それからシールド越しにぐるりと周囲を見回した。雪煙が落ち着いてしまうまで、猶予は少ない。

「足は動かせるか?」
 杠葉の問いかけに、マクナブは小さく首を横に振った。寒さか、それとも出血によるものか、どちらにせよ容態は良くない。
「よし‥‥担架に‥‥」
 シールドの陰で担架を広げたウラキが杠葉に声を掛ける。
「了解、急ごう‥‥いいか、今から担架に乗せる、痛むかも知れんが、我慢しろよ?」
 もう一度、杠葉はマクナブに声を掛ける。そのまま上半身を抱え起こすため、手を伸ばす。ウラキは下半身へ。
「いくぞ‥‥いち、にい、さん!」
 杠葉の掛け声で、マクナブの身体がひょい、と持ち上がる。被弾した足に痛みが走ったのか、苦痛に呻き声が漏れた。
「気絶でもしてた方が楽だったか? 大した根性だ、基地に戻ったら幾らでも時間はある」
 そう言って、杠葉はマクナブの顔を覗き込む。目が合うと、マクナブは小さく笑う。
「よし行こう」
 ウラキと杠葉が立ち上がり、担架は慎重に素早く動き出した。攪乱のための雪煙は、収まろうとしている。

●捜索
 負傷した二名の収容は、杠葉が軽傷を負ったのみで成功した。ロータリーの手前、全員が身を潜めていた瓦礫からさらに十数メートル程下がった廃墟の中に、二人は収容され、応急処置が行われる。
 これで終わり、ではない。
 マクナブとハーベイを狙撃した敵は未だ健在であり、その所在も掴めておらず、これをそのまま放置はできない。
 杠葉と黒瀬を残し、他の四名は「敵」の捜索に向かう。
 狙撃に使えるポイントは限られる。攻撃を受けたロータリーへ射線が通る地点は、ざっと周囲を見回した所廃墟となった幾つかのビルだけで、四人は分散してそれぞれの建物へ近づく。

 ロータリーから見て右奥のビルへ、そのロータリーを回り込むようにして、レオンとウラキは近づいていた。
 身を屈めて、数メートル先の遮蔽物の陰へ、レオンは走りこむ。崩れた壁に背中を預けて、ゆっくりと上半身を乗り出し、先を窺う。
 恐らく市街地の中心部だったのだろう。ただの瓦礫となった廃墟が続いている。
 身体を戻し、ウラキを見た。視線が合ってすぐ、レオンは手で合図を送った。指を指し、一つ先の遮蔽物へ。
 すぐに、ウラキが雪を踏む音が近づいて、そのままレオンを追い抜く。
 レオン・マクタビッシュにとって職業病のようなもので、敵の位置が掴めていない不利な状況だと云うのに、緊張感が心地良い。
 ライフルのグリップから伝わる冷たさと、耳鳴りがするようなしんとした空気が、頭のてっぺんから爪先までを研ぎ澄ます。
 今度は先行したウラキから、合図が送られる。彼の手振りを確認した後、その奥の瓦礫を目標にして、レオンは飛び出した。
 どうにもレオン・マクタビッシュは、どこまでも一兵士であるらしい。

 十メートル程先の建物に走るレオンを見送った後、またウラキから彼に合図を送った。
 ウラキの指は、下を指している。
 レオンはウラキの意図を理解して、援護のため少しだけ上半身を乗り出す。
 不審な動きは、無い。
 バイポッドを立て、スコープを覗くと、ウラキは銃身を少し左に振り向け、廃墟ビルをその円の中に捉えた。上から順に、敵影を探ってゆく。
 最上階付近は、もう半分崩れている。とても身を隠すのに適した場所には見えないし、事実何の動きも無い。
 少し銃を下に向け、四階と三階。砲撃の痕か、外壁がぱっくりと大きく口を開けていて、そこには何も居ない。
 同じように二階と一階をスコープ越しに確認して、ウラキは銃のストックを肩から外した。
(「ハズレ‥‥か‥‥?」)
 身を乗り出して様子を探っていたレオンを見ると、彼も小さく首を横に振った。何も見ていない、という事だろう。
 背嚢からベレー帽を取り出し、一度大きく息をつく。
 そのベレー帽をなるべく目立って、動きがあるように放り投げると、二人はそれを追った。
 白と灰色だけの景色の中で、ベレー帽は鮮やかな色でくるくると回転しながら放物線を描き、一発の銃声に曝される事もなく、雪の上にぽすん、と落ちた。

●処置
 負傷した二人は、まだ原型を保っている小さな廃墟に収容された。
 散乱したままのテーブルの上に、担架ごと乗せられて、衛生兵が応急処置を始める。
「マクナブさんっ! 聞こえますか? もう少しですから、頑張って下さい! 大丈夫、ベテランの能力者揃いですから」
 衛生兵を手伝っていた黒瀬が、マクナブに声を掛ける。ベテランの能力者云々は嘘だ。何しろ黒瀬自身が、傭兵として暮らし始めてからまだ幾らも経っていない。
 けれど嘘を吐いても、そう声を掛けたくなる程、マクナブの土気色した顔には不安を覚えた。
 声を掛けると、しっかりと返事はする。目も開けて、意識はしっかりしているのが救いであった。
「体温が‥‥保温をしたい」
 衛生兵の言葉に、黒瀬は答えるより早く上着を脱いで、それを差し出す。
「これで、大丈夫ですか?」
「ああ、充分だ‥‥ありがとう」
 黒瀬と衛生兵とでそれを広げ、マクナブに掛ける。毛布の一枚でもあればベストだが、この状況では「何も無し」よりも大分マシである。
「どんな様子だ?」
 付近を警戒していた杠葉が姿を見せる。
「なんとか‥‥」
 それだけ呟いて、黒瀬はマクナブを見る。ハーベイは止血の処置を済ませて、取り敢えずは安心に見える。が、マクナブの場合は、止血をして保温をして、なお安心できない。顔色が良くない。
「出来る事はやった‥‥後はヘリを待つしかない」
 黒瀬の代わりに、衛生兵が答える。手は尽くした。もうこれ以上、出来る事は無いだろう。
「‥‥ハッピーエンドじゃなくちゃ、嫌ですからね」
 また小さく呟く。杠葉には聞こえたのか、彼の手が黒瀬の肩を二、三度叩いていった。

●殲滅
 もう紫藤から、サンディの姿は見えなくなった。
 何時の間にか、雪を踏む足音も遠くへ消えていて、しんしんと凍てついた空気が紫藤の頬を撫でてゆく。
「後ろの皆も頼りになっから、無理しないようにな」
『私の事は心配いらない』
 無線越しにサンディに声を掛けると、勇ましい応えが返ってくる。紫藤はちょっと苦笑いを浮かべながら、幾つ目かの瓦礫を越えた。

『全員生還が目標だからな』
 紫藤の声はレシーバーを通してサンディの耳に届く。フミがどの辺りに居るのかは、もうサンディには分からないし、きっと振り返っても見つけられないだろう、と思う。
「当然だ、全員生きて帰るんだ」
 無線に小さく応え、サンディは少しだけ身を乗り出した。ロータリーから左奥に位置するビルまで、あと一ブロック程の距離まで接近している。
 一度深呼吸をする。それから剣の柄を握り直し、フミの準備が終わるのを待った。

 丁度ビルを正面から見渡せる位置、小さな建物の瓦礫の陰に、紫藤はライフルを据え付けた。
 スコープを覗き、一度ビル全体を確認する。今の所、何かの気配は感じられない。
 気配が無い、という事は、紫藤の位置は敵にバレてはいない、という事だ。尤も、こちらも敵の位置は分かっていないが。
 ボルトを操作し、初弾を薬室に送り込むと、ゆっくりトリガーに指を掛けた。
「ここからは引き受けた、警戒よろしく」
 無線の向こうのサンディに告げて、紫藤はビルに目を凝らす。

 フミの声を聞いて、サンディは遮蔽物の陰から身を躍らせた。なるべく注意を引くように走る。
 と、数発の銃声がしんとした空気に響いて、サンディの駆けた後を追ってきた。
(「アタリ!」)
 銃声を聞いて、紫藤はビルに視線を走らせた。三階建ての小さなビル。動くモノの姿は無い。
 廃墟の陰へ飛び込んだサンディは、壁越しにビルを見ると、少し呼吸を整え、剣を構え直した。ビルへ近づくのに手頃な遮蔽物に目星を付け、また飛び出す。
 数メートル先の廃車の陰。案の定、また銃声は追って来て、その一発が彼女の右足に突き刺さる。
 車の陰へ、転がり込むようにして隠れると、サンディは右足をすこし動かす。深手は負っていない。多少出血はあるが、大した傷ではない。
『サンディさん?』
 レシーバーから、フミの声が届く。
「大丈夫。もう一度注意を引く」
 答えて、サンディは車の陰から飛び出すよう、身構えた。
 トリガーを絞る紫藤に、サンディの姿は見えない。が、サンディを追うキメラの姿は捉える事が出来る。
 彼のレシーバーにサンディの声が返ってきたのと、ビルの最上階から覗く猫の顔を見たのは、同時だった。
 素早く銃を振り向け、猫を照準すると、紫藤は迷い無しにトリガーを引く。
 発砲音はウラキとレオンにも届く。二人は紫藤とサンディの援護のため、転進する。
 紫藤の放った初弾は、猫の顔を横合いから強かに叩いた。が、致命傷にはならなかったらしく、その顔を紫藤が潜む方向へと向ける。
 ボルトを引いて、二発目を薬室に送ると、今度は致命傷を与えるために照準した。
 紫藤も、彼の友人であるウラキも、彼らの戦場での仕事は、たった一度のトリガーで終わる。
 その「仕事」をすべく、紫藤はトリガーを引く。スコープ越しに猫と目が合い、その直後、猫は動かなくなった。

●帰還
 ローターが巻き上げる雪煙が、廃墟の町に広がる。
 ゆっくりと高度を下げるヘリは、キメラを殲滅してから程なく、悪天候の中を掻き分けて到着した。
「負傷者から先に!」
 杠葉が声を掛け、ウラキと共に担架を持ち上げる。担架に付いて護衛するように、レオンも歩き始めた。
「ヘリ来ましたよ!」
 声を掛ける黒瀬に、マクナブはぎこちなく笑顔を作って見せる。
「ハッピーエンド、ですよ」
 担架を見送る黒瀬が呟く。マクナブに声は届いていないらしい。
「ま、なんとかなった‥‥かな」
 ヘリに担架を載せたウラキの横に、紫藤が立つ。ウラキはそのままヘリのキャビンに乗り込み、紫藤に手を貸すよう、右手を差し出した。
「‥‥今日は寒いな、‥‥後で飲むか、相棒」