タイトル:図書館の夏―Annieマスター:あいざわ司

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 11 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/02 01:38

●オープニング本文


 別荘がある生活、というのがアニーには想像できない。
 正確には、彼女の想像の範囲を超えている。
 そもそも別荘に厳重なセキュリティ付きの大袈裟な門扉があるのは普通なのか。
 その大袈裟な門扉から、陸上競技のトラックが作れそうな距離を歩いて、ようやく玄関である。
 さらに、その玄関は恐ろしく大きな邸宅のものと来ている。主人が居ないのに何人も常勤していて、使っていなさそうなのに埃一つ無い。
 おまけにこの部屋数。長い廊下は角を折れてその先もずっと続いていて、とてもじゃないが数える気力は無いし、案内無しでは目的の部屋にも辿り着けないのだ。
 で。
 書庫に入って、当然カノン・ダンピールの姿は見当たらず、本しか見えないのだ。
 どこかの図書館かと思う蔵書量は、ミートパイを出された時の途方も無さに似た眩暈を感じる。
 ご丁寧に、書棚それぞれに梯子が架けてある。棚の向こうは見えない。
 至極適当に、通りすがった棚から1冊取り出してはぱらぱらとページを捲り、また棚に戻して歩く、という動作を何度か続けた。
 すると。
 その1冊を手に取ったのは全く偶然だった。
 何とはなしに、適当に開いたページを目で追う。

 暫くして、アニーはぱたり、とハードカバーを閉じた。
 何となく読む積もりが、つい数ページ読み進めてしまった事実は、この際どうでもいい。
 読んだ箇所だけ抜粋すると、内容はこうだ。
 突然の出来事に戸惑い、瞳を潤ませる一哉。彼がどう反応すべきか、決定する隙も与えず、左手は一哉の頬に添えられ、彼の顎は少し反らされる。やがて息遣いがすぐ近くに感じられ‥‥、この続きは割愛する。
 アニーはそれ程想像力が豊かでない。こんな別荘がある生活についてもそうだ。全部で幾つあるのか知らないが、使わないのに維持し続ける感覚が分からない。それから毎日昼に出されるフィッシュフライのフィッシュが、一体全国で毎日幾つ消費されているのか、考えて気が遠くなるのだ。世の中にそんなに沢山「フィッシュ」が居るのか、と。
 だから、この「一哉」と相対している「主人公」が、男性であるという状況は、今一つピンと来ない。
 ただ一つ確実なのは、アニーの頭の中で妙なアラートが鳴り続けている、という事だ。

 書棚の間にきょろきょろと視線を走らせる。アニー以外に、人の気配は無い。
 意を決して、作戦行動中と同じくらい真剣な眼をして、書棚の間を闇雲に歩き始めた。
 取り敢えず、早くカノン君を見つけなくてはならない。あんな妙な本が置いてあるこの書庫は、彼にとって良くない気がしてならない。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / ロジー・ビィ(ga1031) / 夏 炎西(ga4178) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 優(ga8480) / リュドレイク(ga8720) / 神撫(gb0167) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 平野 等(gb4090

●リプレイ本文

 ――書棚の間にきょろきょろと視線を走らせる。
 アニー以外に、人の気配は無い。
 意を決して書棚の間を歩き回る。まるで作戦行動中であるかのように真剣な眼差しで、しかし闇雲に――


●迷子の迷子のリュドレイク
「広い図書館、ですね」
 呆然とするリュドレイク(ga8720)。
「個人でこの規模‥‥さすが伯爵です‥‥あれ? アニーさん? アニーさ〜ん?」
 ひとしきり図書館を見渡して、はてと首を傾げた。
(アニーさんははぐれてしまったようですね‥‥って、ユーリも居なくなってる)
「どこに行ったんですか、二人とも!」
 この状況、二人がはぐれたというより、リュドレイクが迷子になっただけとも言う。
 それはともかく。闇雲に歩いても無駄だと判断した彼は、まず外周に出て棚の間の通路を覗きつつぐるりと一周することにした。
 と、その途中、見知った人影に出くわし、足を止める。
「ああ、良かった。人がい――」
「っだああああ、手伝いって‥‥なんだこの蔵書は! っつかこんなもののために書庫があるのが納得いかねえ!」
 リュドレイクの姿に気付かず喚く神撫(gb0167)。
 一瞬たじろぎつつも、すぐに気を取り直し、どうしたのかと声を掛けるリュドレイクに、神撫は険しい表情で振り返る。
「いや、ここの蔵書がね。それはもー‥‥異常なのさ」
 神撫がリュドレイクの疑問に答える。薔薇とか百合とかそんなのばっかりかよ! と文句を言いつつ。
「はぁ‥‥ところで神撫さん、アニーさんを知りませんか?」
「アニーさんを? なんなら、一緒に探すか?」
「ぜひ。どうやら、俺、迷子になったらしいので」
 冷や汗を浮かべるリュドレイク。それに苦笑する神撫。
 二人で肩を並べて歩き出すその傍ら、神撫はふいに立ち止まり、首を傾げた。
「ところで――」
 思い出したように口を開く。
「そのアニーさんだが変に毒されることは無いよね、さすがに‥‥もういい大人だし。分別はあるよな?」
「えっ、何が?」
「いかん。自分で言っててちょっと不安になってきた‥‥早いところアニーさんを探そう」
 きょとんとするリュドレイクをよそにその歩を早める神撫。
 とはいえ、これだけ広い図書館。はたして、そう上手く探し出せるものなのか。


●プリン販売作戦?
 ヨグ=ニグラス(gb1949)は伯爵の趣味を調べるため、将来プリンを販売してもらうために、どうしたらカプロイアを掌握‥‥ではなく、協力的になってもらえるか勉強するために別荘にいた。
 図書館の片隅に篭って本を調べていると、なにやら見知った顔がちらほら通り過ぎてゆく。アニーを探すリュドレイクと神撫だ。
「おや、リュドレイクさん、どうしました?」
 二人は始め、尋ねる声が本の山の中から聞こえてくる事に驚いたが、それがヨグの声と気付き、本の山を避けるようにして歩み寄る。
「いえ、アニーさんを探しているんですけどね」
「アニーさんおっかけてるですか? アニーさんってあの人でしょ? 食堂に変なのいっぱい持ってきた人。大将さん怒ってましたよ?」
「確かに間違ってはいないですけど‥‥それ、本人の前で言ったらめちゃくちゃ失礼ですからね」
 ヨグの言葉を聞いたリュドレイクが渋い顔をする。
「んむ〜? 自重するです」
 ぱっと笑い、椅子から立ち上がるヨグ。
「それにしてもこの図書館はいろいろ本があってゴイスーです」
 と同時に、ヨグは、傍らにある本を手にとった。
 表紙にはなにやら白百合の花と、手を繋いだ女性が二人。表紙を確認しておいてから、ひとしきり唸る。
「‥‥ところでリュドレイクさん、男の人と女の人がわいわいキャッキャッはわかるですが、何故に女の人と女の人がわいわいキャッキャしてるのでしょう?」
「さあ、俺もそう言うのは良く解らないんですよね」
「そうですかー。とりあえず伯爵が好きかも知れないので積読候補に挙げておきましょう」
「あー、まあ、ほどほどに」
 リュドレイクは逃げるように、その場を離れた。


●薔薇の道と百合の道
「おや、アニーさんどうなされました?」
 夏 炎西(ga4178)が真剣な様子で駆け回るアニーを見つけて声をかけた。
「カノン君を探しているんです。なんかこの図書室には男性と男性が恋愛をするような本が置いてあったりして、なんかカノン君にここはふさわしくないと思って‥‥」
「興味深いと思います。何ゆえ男性同士の恋愛小説を好む女性がいるのかと。何か理由がある気がします‥‥あ、アニーさんの事じゃありませんよ?」
 慌て、笑って取り繕う。
 しかし当人は今の言葉に気を悪くした様子も無く、炎西の疑問にふと考え込む。
「そうですね、恋愛において‥‥男性と対等でありたい、受身でなく積極的になりたい、そういった気持ちの表出でしょうか。或いは、恋愛対象として女性を登場させない事で、小説の登場人物たちを読み手に独占できるようにしている‥‥とも思えます」
 最後の言葉が的を射ていた。たとえ架空のキャラクターであれ自分の好きな男性が他の女といちゃついているところなど見ていられない。そんな複雑な乙女心が薔薇とかやおいと呼ばれるジャンルを成り立たせている理由のひとつでもある。げに恐ろしきは女性の独占欲かな。
「誰が買ったんだろう。使用人かな?」
 言っておいて、部屋を見渡した。
「でもこの部屋、全部ソレ関係の本ばっかりみたいだし」
 大泰司 慈海(ga0173)はリサに読み聞かせるのにセーフな本を探していたのであるが、どうやら本棚で何か凄そうな同人誌を見つけてしまったようだ。

「マウラ、よくやった。これは、ご褒美だ‥‥」
 マウラの頬にオリンの手がそっと優しく添えられる。
「閣下‥‥」
 マウラの頬は上気している。
 オリンの唇がマウラに近づいていく‥‥

 こんな内容の『オリたん×マウたん本』とか描写が躊躇われる『無頼人×勝新君本』などいわゆる『生もの』と呼ばれているジャンルの本がそこにはあった。
「うん、マニアックだよね」
 慈海もぱらぱらと本を捲ってみるが、その内容については特に感慨を抱かなかった。現実の女の子が好きなので、あまり、こういった趣味は理解できない。
「うーん。俺は衆道とか二次元とかには萌えないみたい」
 そうして本を漁る途中、カノンを探して歩き回っているアニーと炎西を見つける。
「あれ〜アニーちゃん。こんなとこで会うとは奇遇だね。アニーちゃんは薔薇な本とか興味あるの? 意外だねっ」
「ばっ、薔薇な趣味? 私がですか??」
 早とちりに、慈海はアニーを腐女子だと勘違いしたようだった。アニーは微妙に動揺しながらも、慈海の言葉を否定しようとするが――
「コレどう思う? 面白い?」
 そう言って『オリたん×マウたん』同人誌を手渡す。
「え? 何ですかこれ‥‥?」
 思わず受け取ってページを捲るアニー。
「えっ? えっ?」
 見る見るうちに顔が赤くなりボン! と何かが破裂した。
「あ。安心してね。俺こう見えても口は堅いから。アニーちゃんが腐ってことは、神撫くんとかには秘密にしとくよ★」
「え、いや、あの‥‥その‥‥」
「慈海さんは何か誤解しているようですが‥‥」
 炎西がアニーにフォローを入れる。
「ああ、大丈夫大丈夫。炎西さんの趣味も秘密にしておくから」
「いえ、ですから‥‥」
「こ、こんなの‥‥」
 ページを捲っていたアニーはどうやら見てはいけないものを見てしまったらしい。口からエクトプラズムを吐いて白目を剥いたりしている。
「ん? この本、そんなに気に入った? 持って帰っちゃいなよ! こんなに蔵書あるから1冊くらいバレないって♪」
 そう笑う慈海は、有無を言わせずアニーの鞄に『オリたん×マウたん』本を突っ込む。
「うん、俺いいことした!」
 一人満足すると再び本を漁る作業に戻っていく。
「アニーさん、大丈夫ですか? アニーさん!?」
「ん‥‥はっ! あれ? 私は何を?」
 炎西がアニーをぐらぐらと揺する。と、アニーは意識を取り戻し周囲をきょろきょろ見回した。
「まあ、思い出せないなら思い出さないほうが幸せでしょう。とにかく、カノン君を探しましょう」
「そ、そうですね」
 さっきのことは無かったことに(記憶的にも)して、再びカノン探しに駆け回るアニーと炎西。
「それにしてもカノン君が心配だわ」
「成人男性が読んでも、さほどショックを受けたり逆にアブナイ道に目覚めたりはしないんじゃないでしょうか。一般の方には、曰く理解しがたいファンタジーとしてしか、捉えられないと思いますよ」
 だから心配ないと炎西は言う。
 けれど、そうは言われても心配してしまうのが人間な訳で。


●四人
「おーい、アニーさーん」
「おや、アニーさん」
 と、そこにリュドレイクと神撫、それと先程合流した優(ga8480)がやってきた。
 優はバグア・キメラの分析書やSESの専門書の閲覧を目的にこの図書館にやってきていたのだったが、本を探しているうちに偶然アニーと出合ったのだ。
「あっ、優さん‥‥」
 いささか慌てた様子のアニーを不審に思う優。
「どうなさいました?」
 微妙な様子のアニーに何があったかを尋ねる優。いわゆるやおい本の置かれているこの図書室がカノンにふさわしくないと思った事、カノンを探していることを告げる。
「うーん。そう言うのはある種の娯楽本ですので深く考える必要は無いと思いますよ」
 もちろん、と言葉を続けて――
「実際にそういった関係がある事と趣味は別ですし、嗜好も趣味も人それぞれですので、私はその関係については否定しませ‥‥その本は何です?」
 優がアニーの鞄を指差す。
 指差した先にあるのは『オリたん×マウたん本』。
 アニーは、カバンから取り出して唖然とした表情で表紙を見詰める。
「あ、その、これは‥‥私、知りません!」
 きっぱりと否定するアニーだが、動転していて、優の動きには気付かなかった。彼女はスッと手を伸ばして本を摘むと、アニーの手からするりと引き抜く。
「――って何するんですか!?」
「なるほど、アニーさんにもこういう趣味がありましたか。まあ、人それぞれですし、構いませんが‥‥」
 アニーの抗議をよそに『オリたん×マウたん本』の中身をぱらぱらと眺める優。
「どれどれ‥‥」
 リュドレイクも覗いて――
「なっ!?」
 ――鼻血を噴き出した。
「いえ、だから‥‥その、違います。私じゃないです!」
 必死に否定するアニーに、いぶかしげな表情で何かあったのかと尋ねる優。
 それに答えたのは炎西だった。
 黙っておくのも酷だろうと、見ていた事を一通り話して聞かせる。
「なるほど、慈海さんが‥‥あの人にも困ったものですね」
 溜息混じりに本をアニーに手渡した。
「まあ、これもある種の娯楽本ですから、気になされずとも‥‥あ、いや、閣下と大尉さんというのはなんとも微妙ですね。本人に見つかったら銃殺されてもおかしくない‥‥」
「えっ、あ、そんな、銃殺なんて‥‥それは困ります」
 慌てるアニーに、優はおかしそうに笑う。
「冗談ですよ。とはいえ、本人の目に入ったらどうなるかは想像もつきませんけどね」
 いや、まったく。本人がこれを見たらどんな反応をするか非常に見ものではある。おそらく机に拳を叩きつけてこれを書いた人間を連れてくるように命じるだろう。南無三。
「しかしこういうのはカノン君やユーリには見せたくありませんねえ。まあ、世の中そういう事もある、と理解した上で対処法を学ぶのは、それはそれでアリだろうと思わなくもなかったりしますが‥‥」
 リュドレイクがそう言うと、アニーは断固として見せるべきではないと言い張った。
「まぁ、そこまで言うなら見せないほうがいいのかもしれませんが」
 先程の言葉はどこへやら、アニーがムキになって、彼はあっさりと納得する。
 そんな中、書庫整理のバイトで図書館にいた平野 等(gb4090)が、アニーを発見して近寄ってきた。
「いやー、アニーさん。先ほど読んでいた本はいかがでした?」
「え? えっ?」
 いきなりの言葉にアニーは訳が分からないと言う風に辺りを見回す。そんなアニーにスーツに革靴の等が一気に畳み掛ける。
「さっきの本の続き、コレですよー。いやー、変わった恋愛小説もたまにはいいですよねー。ごちゃついた障害乗り越えて結ばれる二人とか何かもう燃え? 萌え?」
 一種問い掛けるかのような彼の言葉に、彼等はさあと首を傾げるしかない。
「うんまあどっちでもいいんだけど、小説っていろんなことが疑似体験できるから心構えのひとつとして勉強しとくには持ってこいですよねー。ぶっちゃけありえないってコトも予備知識として持っとくのも何か役に立ちそうですし、いろんな方面に広い視野を持って物事に対する偏見をなるべく無くして事象に臨むって姿勢を養うのはいいことですよー」
 どうやらアニーが薔薇本を読んでいたのを見ていたようである。反論や疑問の隙は与えずに捲し立てる。図書室なので声量は落としてあるが。
「で、どうでした? なかなかいいでしょう? あ、続きもどうぞ」
 押し付けるようにしてアニーに手渡される、薔薇小説の山。
「いえ、結構です。こんな、こんな不自然なの‥‥」
 皆の説明で少しずつ内容を察しつつあるアニーは、拒絶の言葉をあげる。
「そうですかー? 面白いですよ。それに社会勉強になりますしー」
「そ、そうかな?」
「そうですよー。というわけで是非どうぞ。では、俺は書庫整理のバイトがあるのでこれにて失礼します」
 等は有無を言わさず薔薇小説をアニーに押し付けると、早足で去っていってしまった。なんとも確信犯的である。
「どうしよう‥‥これ‥‥」
 一方のアニーはただ呆然とするだけであった。
「まあ、放置でいいんじゃないかな? 近寄らなければ実害はないし」
 神撫はあっさりと切って捨てる。
「そうですかね?」
「そうそう」
 不安げにたずねるアニーに対してもきっぱりと言う。おかげでアニーの不安はいくばくか取り除かれたようだった。


●ソラとクラウディア
 柚井 ソラ(ga0187)とクラウディア・マリウス(ga6559)は、カノンの手伝いで、リサに読み聞かせるのに適切な本を探していた。
 とはいえここはもともとそういう場所なのか、何故かは解らないが、同性の恋愛を取り扱った書物が多い。ソラもクラウディアも、まだ恋愛感情を理解していない身だが、ここの蔵書が異常であることはなんとなく理解できた。
「うーん。まともな本がないですね」
「そうだね。これじゃあ、読み聞かせなんてとてもできないよ」
 ソラの言葉にクラウディアが同意する。二人は書架から本を取り出してはページをめくり、そして元に戻す。そんな作業を繰り返していた。
「おーい、なにやってるんだい?」
 と、そこに等が訪れる。
「あ、実は俺たち本を探してるんです‥‥その、まともな本を」
「あー、確かにここの本は特別なのが多いからねえ。でもそういうのもたまにはいいものだよ。それからね‥‥」
(ソラ君、なんかお話してるみたいだけど‥‥ま、いいや)
 等に捕まっているソラを放置して、クラウディアは一人ふらふらと本を探しに歩く。
「‥‥だからね、って、あれ? クラウディアちゃんは?」
「えっ!? あ、あれ? クラウさんっ!?」
 周囲を見回してみるがクラウディアの姿はない。
「クラウさんを探さなきゃ。失礼します!」
 ソラは等の傍を離れると、駆け出してあたりの書架中を見て回った。
「クラウさん? クラウさん!?」
 ソラは泣き出しそうである。心細いのと、クラウディアを一人にしてしまったことに対する責任感との間で押し潰されそうだった。とにかく走り回って、声をかけながらクラウディアを探すソラ。
「クラウさーん!」
 と――
「はーい?」
 返事が聞こえた。
「クラウさん、どこですか?」
「やっほー、ソラ君、ここ、ここだよう」
 ソラが声のした方向に行ってみると、そこには書架から本を漁るクラウディアの姿があった。
「クラウさん‥‥よかったぁ」
 ソラは心底安心したように言葉をつむぎだす。
「あ、ソラ君。ねね、これ、何が書いてあるのかなっ? 日本語みたいなんだけど、よくわからないのよね。日本人のソラ君ならわかるでしょ?」
 一人でふらふらしていたことについては深く考えていないらしい。安堵の言葉を漏らすソラを放っておいて、半ば強引に訪ねてくる。
「ん? クラウさん何か良い本見つけたんですか?」
 そう言ってクラウディアから本を手渡されたソラは絶句した。
「これは‥‥古典?」
 クラウディアが手渡したのは日本の古典文学の本で、ソラにも理解するのは難しかった。だが‥‥古典であるのに、その内容を見てなんとなく薔薇臭を感じ取ったのか、ソラは慌てて本を閉じる。
「ん、ああ、これ、古典みたいで俺にもあまり読めないです。それより、あっちに綺麗な装丁の本がありますよ」
「はわ、本当ですかっ? いってみよっ」
 慌てるソラに首をかしげながらもクラウディアはそちらに興味を引かれて駆けていく。ソラはそれに安堵し、本を手放すのを忘れたまま書庫をうろつき、暫くしてアニーとその一行に出くわした。
「アニーさん、皆さん!」
「ソラ君にクラウディアちゃん。どうしたんです、こんなところで」
 ソラが声をかけると、アニーがなぜこんなところにいるのかと尋ねてきた。ソラは事情を説明し、カノンの手伝いをしていると言った。
「なるほど‥‥それにしてもやっぱりこの図書館はそういう本ばかりみたいね。ところでソラ君、その本は?」
 そう問われて、ソラは初めて自分が薔薇の香りのする古典を手にしたままだということに気がついた。
「ち、違うんですっ」
「え? 何が?」
「これ、クラウさんが持ってきてくれたから、返しにいかなくっちゃって思って、それで‥‥」
(‥‥悪いことなんにもしてないのに、何で俺、こんなに必死になってるんだろ)
 言い訳をしながらソラは嫌な汗をかいていた。
「そういえば皆さんはどちらへ?」
「カノンさんを探しています。ここの本はどうも特殊すぎるので、カノンさんの目には触れさせたくないとアニーさんがおっしゃいまして」
 とは炎西。
「でしたら俺たちもご一緒して良いですか? このままだとうっかりと迷子になってしまいそうで」
「いいんじゃない? 旅は道連れ世は情けって言うしね」
 ソラの言葉にリュドレイクが答える。アニーもそれに賛同し、ソラとクラウディアはアニー一行に合流した。
(あれ? 何してたんだっけ‥‥うーん、なにか忘れてるような‥‥ま、探検みたいで楽しかったし、いっかっ)
 クラウディアはすでに当初の目的を忘れて、図書館の探索で満足してしまったようだった。


●薔薇実演
「えーっ? 俺がやるのか?」
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)はロジー・ビィ(ga1031)の恐るべき提案に頭を抱えていた。
 曰く、
「カノンの社会勉強の為、薔薇を体現して差上げるのですわ!」
 とのことだったが、言うは易く行うは難しである。
「俺がやったら色々拙い気が‥‥ごにょごにょ。ああもう、何の罠ですかこれは。好きに弄ればいいと思うよ!」
「ひゅーひゅー。じゃあ、さくっとやっちゃってくださいな」
 開き直ったアンドレアスにロジーが退路を断つように責め立てる。
 アンドレアスはカノンの手を握ると優しく囁いた。
「‥‥お前の為な‥‥噛んだ。仕切り直し!」
 頭をわしゃわしゃとかきむしると、こほんと小さく咳払い。
 再びカノンの手を握り、アンドレアスはカノンの前へと跪く。食い入る様に真剣な眼差しで、カノンを見詰める。
「お前の為なら、命も世界もくれてやる。代わりに、お前の心が‥‥欲しい」
 そっと掬い取った手に、誓いのキスを送りながら。
 ガタン。
 何かが落ちる音。
 どうやら熱演中のアンドレアスの耳には周囲の物音が全く入っていないようだが、そこにはアニーと能力者一行がいた。
 音の主は、床にぶちまけられたアニーの(無理矢理に押し付けられた)薔薇小説の山だった。アンドレアスとカノンの営みを目撃し、そのあまりの衝撃に全身の力が抜けていた。
「なっ、なっ、なっ‥‥!」
 あまりのことに言語機能が退化し「な」しか言えなくなったアニーに、ロジーは優しく微笑みながら言う。
「今、カノンは社会勉強中ですの」
 口元に、スッと人差し指。
「”しー”ですわよ?」
 薄っすらと微笑んで、くすくす笑う。
「薔薇――それは周囲に薔薇が咲き乱れるような雰囲気を醸し出す、男性同士の恋愛物語。百合――それは周囲に百合の香が立ち込めるような雰囲気の、女性同士の恋愛物語。アニーも良い御年ですもの‥‥その嗜好が実際に在るのはきっとご存知でしょう? それを過大演出で記したモノですわ」
 諭すようにロジーが言う。
「アニー‥‥真実をご覧になって。確かに万人に勧められるモノではありませんけれど、こう言った文化も在りましてよ」
 アニーを背後から抱きしめながら。
「ひっ‥‥ひゃはい。でも、でも‥‥」
「アンドレアスも決して本気では‥‥いえ、本気かもしれませんけれど‥‥」
 そう言ってころころと笑う。
「心だけじゃ、足りないから‥‥」
 そう言って伏せ目がちになりつつ、手を離さない様にアンドレアスは立ち上がった。そっとカノンの頬にかかった髪を払いつつ、後ろに回りこむ。そして――
「‥‥優しく、するから」
 抱きしめ、耳元に紡いだ声は、今までと違った甘い囁き。気だるさの混じった――甘い囁きで。耳元から全身に犯していく。

 優しくするから‥‥。
 その一言が呪縛となり、カノンをその場に縛り付けていた。この後何があるの? それは‥‥抱きしめた彼だけが、知っているような気がしながらも。
「って、アニー!! いや、これは‥‥! その、違ぁッ!」
 そこまでやってからアニー一行に気がついたアンドレアスが慌てていい訳らしき物をはじめるが時すでに遅し。一部始終を見られた後だった。
「これはあくまで解説の為にだな‥‥って聞いてねぇー! カンナ、フォローしてくれ。頼む」
「やれやれ、仕方が無いですね。いいですかアニーさん。これは特殊な趣味で、英国では多いんじゃないかと思いますが、犯罪性のあるものではありませんよ」
「微妙にフォローになってねえええええええ!」
 アンドレアスの頼みに応じてフォローらしきものを入れた神撫だが、むしろアニーには特殊な趣味という部分が強調されて聞こえてしまった。
「‥‥そうですか。アンドレアスさんはそう言う趣味だったんですね。失礼します!」
 アニーは目元に涙をためながら駆けていく。
(カノン君が、カノン君が‥‥まさかアンドレアスさんがあんな人だったなんて)
「次の作戦であったら、どんな顔されんだろ‥‥」
 がっくりと肩を落とすアンドレアスであった。


●それから
 その後、お茶会をしながら、カノンはリサにどうにかして見つけた健全な本の読みきかせを行いつつ、アンドレアスはアニーに対して誤解を解くのに一生懸命になっていた。
 ソラやクラウディアも一部始終を見ていたが何のことだかさっぱり理解できず、ぽやぽやとお菓子を食べている。
 そして優は、
「アンドレアスさん‥‥大丈夫です。私は気にしませんよ。それに皆さんもきっと理解してくれますよ。 如何にカノン君に対して真剣なのかを」
「ちっげえええええええええええっ!」
 さりげなくトドメの一言をアンドレアスに刺していた。

 了
(代筆 : 碧風凛音、御神楽)