●リプレイ本文
●闇
「随分と暗いですね‥‥」
拠点を出てすぐに、街路灯も月明かりも無い森は暗闇に包まれた。
セレスタ・レネンティア(
gb1731)の運転するジーザリオのヘッドライトに、前を行く2台が浮かび上がる。
ヘッドライトがロービームで照らす範囲だけ白く明るく、コントラストが周囲の森を一層暗く見せていた。
「こちら救出部隊、応答願います」
助手席に座る遠倉 雨音(
gb0338)が無線に呼びかける。
応答は無い。
出発直前に呼びかけた時は、早く来てくれ、と、切迫した状況を伝える一言のみが返ってきていた。
「応答は無くても、聞こえているかも知れません」
ステアリングを握り、正面を向いたままのセレスタが言う。無言で頷いて、遠倉はもう一度マイクを掴む。
セレスタの前を行くジーザリオは、ケイ・リヒャルト(
ga0598)が運転していた。
「怪我はもう大丈夫? 無理しないでね」
横に座るナレイン・フェルド(
ga0506)が、ケイの体を気遣う。先日同行した任務の怪我は癒えているのだが、虫嫌いのナレインはまだ引き摺っているらしい。
「見えない敵ね‥‥、虫‥‥」
「虫だったら、きっと見えてるわ」
「そうね‥‥。虫‥‥じゃなければ、問題無いわ」
そう言うナレインは、自分を納得させるように何度か頷く。
「闇の中からの奇襲、蔦に巻かれた亡き兵士‥‥植物型じゃないかと思う。それなら納得できるわ」
ケイが自分の推測を口にする。
「そうよね」
友人の推測に賛同するのと、その推測が虫じゃなかった事で、ナレインの声色に少しだけ安堵の色が乗った。
先頭を行く幡多野 克(
ga0444)のジーザリオに搭載されたレシーバーには、遠倉と入れ替わりに呼びかけたシフォン・ノワール(
gb1531)の声に、応答があった。
『また少し落ち着いた。奴ら車を1台引き摺っておしゃかにしやがった』
「‥‥敵の姿は見えた?」
『済まない、見てない。どっかから伸びてきやがるんだ』
応答の背後に、突如銃声が混ざる。それと同時に無線は切れた。
「‥‥切れた」
抑揚の無いシフォンの声が、イリーナ・アベリツェフ(
gb5842)の緊張と少しの不安を却って増幅させ、身体を強張らせる。
イリーナのほんの少しの変化に幡多野は気付くが、そのままステアリング操作を続けた。
ブリーフィングと、無線で聞いた状況と。総合すると、幡多野もまた、敵の正体は植物タイプではないかと考えていた。
『えと、止まって欲しいですっ!』
レシーバーが突然鳴って、イリーナはマイクを取り上げる。声は車列の一番後ろ、セレスタ車の荷台にAU−KVを着込んで乗っているヨグ=ニグラス(
gb1949)から。
『んと、左の森に人が倒れてるです!』
3台が急停車し、ばたばたと8人が降りる。
セレスタと遠倉、それから第一発見者のヨグが周囲をカバーし、ナレインが倒れた兵士に駆け寄る。
「大丈夫?! しっかりして!」
一度抱き起こそうとしたのを止めて、兵士の頭のほうへ回りこみ、数回頬を叩く。反応は無い。
イリーナが横に来て、練成治療を施すのを見てから、兵士の鼻先へ自身の頬を近づける。息はある。
「危険な状態です、車へ」
治療を終えたイリーナが声を掛け、ナレインとシフォンが慎重に兵士を抱き上げる。木の枝に引っ掛けたような細かい傷はあるが、致命傷になるような目立つ外傷は無かった。
駆け寄った幡多野が兵士の首元を確認する。締め付けられた跡があり、彼は自分の予想が正しいであろう事を確信する。
セレスタが先導し、車へ運ばれる兵士を見送り、幡多野は視線を木の上へと転じる。ケイもそこを見ていた。
「やっぱり‥‥植物?」
ケイが呟き、幡多野が小さく頷く。2人の視線の先には、蔦に首を巻き取られ、吊るされた兵士の遺体。
「普通の木です。足下に引き摺った跡があるです」
周囲を調べて廻っていたヨグが、2人の傍へ戻る。
「‥‥急がないとね」
遺体から視線を切り、シフォンが歩き出す。ヨグとケイもそれに続いた。亡くなった兵士の為にしたい事は沢山あるが、まずは救出が先決だった。
「油断は‥‥出来なさそう‥‥だね‥‥」
呟いて、幡多野も後に続いた。
●包囲
6名居た偵察部隊は半分に減っていた。車両は1台が、まるで操作ミスにより事故を起こしたように、路肩の木にめり込みひしゃげている。
兵士の周囲をぐるりと守るように展開し、負傷者の収容を急ぐ。
「後もう少しだから‥‥辛いかも知れないけど、車まで急ぎましょう!」
負傷した足を庇うように、ナレインが肩を貸す。
「済まない‥‥他の皆は? ヤツらに引き摺られてったんだ」
「大丈夫、必ず助けるから」
勇気付けるようにやわらかい笑顔を見せると、安心したのか、兵士の全身から力が抜けた。
脱力した兵士を支え、車両に乗せる。車内ではイリーナが、先に収容した兵士に治療を行っている。
イリーナの姿を見て、ナレインは少し顔を顰めた。偵察隊と合流し負傷者を救出した際の傷がそのままになっている。
偵察部隊の車両は道の真ん中を塞ぐように止まって、兵士達はその周囲で必死に抵抗をしていた。
散発的に続く銃声は、攻撃が止んでいない事を示していて、救出に来た8人は車から飛び降りると、素早く散開する。
丁度車から降りた時、1人が何かに引き摺られるのを、ケイから借用の暗視スコープを着けた遠倉が見つけた。
咄嗟に、引き摺られていく方向に弾幕を張る。
「左です!」
遠倉が叫ぶ。シフォンが反応して、閃光手榴弾のピンを抜く。
「‥‥皆目を閉じて」
遠倉の手によって弾幕が張られている辺りに投げ込まれた閃光手榴弾が炸裂すると、兵士を引き摺る動きが少し止まった。
その隙を突いて、イリーナが兵士の元へと走る。ヨグもそれに続く。
首を絡め取られもがく兵士をイリーナが抱きとめ、ヨグがその蔦を切り落とす。
「蔦が引っ張ってるですっ!」
ヨグの声に反応したかのように、またどこからか蔦が伸びる。兵士を引き摺ろうとした先から、その触手は伸ばされた。
盾になるようにヨグが立ち、イリーナは兵士を抱きとめたまま庇う。
鋭利な蔦は、2人の身体に幾つも切り傷を付ける。
1本がぐるぐるとイリーナの左手に巻きつく。引き摺られる力に彼女が抵抗する。
もう一度、ヨグが閃光手榴弾を投げる。暗闇が青白く照らされた直後に、シフォンが放った銃弾によって、蔦はぽとりと地面に落ちた。
「敵は植物タイプです!」
ヨグとイリーナが攻撃を受けた蔦の先を確認した遠倉が、ペイント弾を撃ち込む。1本の木の幹が白く染まった。
「えと、大丈夫です?」
「大丈夫です、ありがとう」
イリーナは気丈に笑って、負傷した左腕をそのままに、兵士を抱き上げて車へと向かう。
「皆が頑張ってるから、しっかりしなきゃ」
兵士をイリーナに託してから、ナレインはすぐ振り返り、もう1人の兵士の横で交戦しているセレスタの元へ走った。
セレスタの死角から伸びていた蔦を蹴り飛ばす。
「ケイちゃん!」
友人の名を叫ぶ。ケイは、ナレインに蹴り飛ばされずるずると引き返す蔦の先を見た。
「見〜つけた」
蔦の本体へ向けて、ペイント弾が放たれる。後はケイに任せると、セレスタのほうへ向き直る。
セレスタは兵士を庇い、足に絡む枝をそのままに、銃口を森へ向けていた。
暗視ゴーグルを装備していない彼女は、自身に攻撃してくる枝葉を目で追い、その先の本体を見ている。
狙いを定めた1本にバースト射撃を撃ち込むと、足下の枝がするすると戻ってゆく。
「大丈夫?」
「なんとかなりそうです‥‥!」
ナレインに答えて、手ごたえのあった1本に向けて射撃を行う。
横合いから幡多野がペイント弾を使い、その1本にマークする。
セレスタが少し射線を上へずらしたのを合図に、幡多野が刀を構え直し、懐に飛び込んだ。
「未知を‥‥恐怖で受け入れるか‥‥。それとも‥‥」
ざわめいていた枝が動きを止める。
刀を一度払い、周囲を見回す。ケイがマークした木が蠢き、彼女の肩に枝を突き立てていた。
丁度同じような箇所に幡多野も攻撃を受け、ジャケットの肩口が裂けている。
片手の小銃で牽制射撃を加えた後、彼はもう一度、木の懐へ向かって走った。
●脱出
生存者3名は、それぞれ幡多野とケイの車に収容された。
イリーナが自身の傷も省みず付きっ切りで介抱し、最悪の事態は脱したが、まだキメラに囲まれた死地に居る。
「無理はしないでね?」
ナレインが車に乗り込む。
セレスタと遠倉、それからヨグの3人が残り、撤退支援をする。
「任されました」
返事をして、ヘッドライトに浮かび上がるペイント弾の幾つかのマークに向かって、セレスタはありったけの弾を撃ち込む。
「車‥‥出すよ‥‥」
幡多野がアクセルを踏み込む寸前に、荷台にシフォンが飛び乗る。
「ケイ姉様も! 行ってください。背中は任されるですっ!」
途切れない発砲音の中、ヨグの声を合図に、2台は走り出した。
「大丈夫、よね? 皆無事よね?」
殿を置いてきた事を不安がるナレインに、ケイは「大丈夫」と笑顔を見せる。
「‥‥心配しても仕方ない。‥‥今できる事をする」
レシーバーから聞こえたナレインの声に答えて、追い縋るように伸びる蔦に向かって、シフォンは弾幕を作る。
車の速度に合わせて、殿の発砲音がだんだんと遠くなり、追い縋る蔦も無くなる。
「‥‥どう?」
発砲を止めたシフォンは車内を覗き込み、兵士の様子を窺う。
「危機は脱した‥‥みたい。イリーナさんが‥‥見てくれてる‥‥」
介抱を続けるイリーナに代わり、幡多野が答える。シフォンは一つ頷くと、無線機を取った。
「‥‥偵察隊の後退が完了したわ‥‥。隙を見てそっちも離脱して‥‥」
●夜明け
包囲から脱出し拠点に戻る頃には、空が少し明るくなり始めていた。
救出された4人は命の危険を脱していた。介抱を続けていたイリーナが、そのまま医務室まで付き添っている。
戻ってすぐ、拠点の入り口にまるで歩哨のように立ったままだったナレインは、セレスタの運転するジーザリオのヘッドライトが見えると、顔を綻ばせた。
ジーザリオは速度を落とし、入り口で止まる。
「ナレイン姉様! えと、印を付けたやつで終わりだったみたいです。攻撃は――」
言いながら車を降りるヨグは、最後まで言いたい事を言えなかった。笑顔のナレインが、ヨグを抱きしめたためだ。
驚いた表情をヨグは一瞬見せるが、すぐにナレインと同じくらいの笑顔になる。
ヨグに続いて車を降りたセレスタと遠倉も、ナレインに順番に抱きしめられた。2人は苦笑いだったが、悪い気はしなかった。
陽の光は、昨夜何も見えない闇であった森に、鮮やかな緑を取り戻させた。
夜が明け、拠点から遺体の収容に向かった部隊に、ケイは同行していた。森の中に分け入り、ドッグタグを回収している。
「大切な人も居たハズだものね‥‥」
また一つ見付け、呟く。それが偵察部隊のものか、それとも2度派遣された援軍のものかは分からない。
「これで、7個目ですね」
遠倉がもう一つ差し出す。ケイは受け取ると、胸元に抱きしめるように、大事そうに両手で包んだ。