タイトル:アンブッシュマスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/21 02:13

●オープニング本文


 グレシャムは一人、廃墟と化した小さなビルの屋上に居た。
 サイトを覗き、銃身をゆっくり左から右に振り向けながら、目に入った動くモノの数を数える。
『グレシャム、どうだ』
「街道に沿って8頭、残りは見えません。距離はまだ3km程」
 ロッフェラーに答えてから、小さく舌打ちする。‥‥クソッタレが。
 サイトから視線を切り、一度振り返る。半マイル程先のブロックに、ここと同じくらいの高さのビルが見えた。抽出ゾーンに設定されたのは、あの屋上のヘリパット。
 クソッタレが。
 もう一度、今度は小さく声に出した。
 彼のライフルが、装填された10発の7.62mm弾をヤツらの顔へ届けられるようになるまで、まだ1kmある。
 仮に届けられるまでに近づかれても、それは致命傷ではなく、衝撃を与えるだけなのだが、ビルの下に居るロッフェラーら4人の使う銃は、もっと射程が短く、ヤツらに与える衝撃も弱い。
 グレシャムは5階建ての屋上から、階段を使って降りる分余計に長く走らねばならず、しかしその火力は、少しでも長くここに留まる事を期待される。
 往々にしてこんな状況では、マークスマンであるグレシャムと、分隊支援火器を装備するミラー軍曹が割を食う。
 サイトの先を見据えながら、こんな時は人間相手の方がマシだ、と、グレシャムは思った。
 恐れる事を知らない、ただ突っ込んでくるだけの阿呆はタチが悪い。

 グレシャムの居るビルより、すこし先。ジーニーは街道の左翼に、マイクと展開していた。
 先程の、ロッフェラーとグレシャムの交信は聞こえていた。手元のライフルの有効射程は800mから。あと2km、ヤツらが近づくまで、じりじりと待たねばならない。
 一目散に走って、抽出ゾーンのあるビルに逃げ込むのは、あまり利口な作戦とは言えない。ヤツらは今こそ優雅に歩いているが、ひとたび走り出せば、チーム全員がアサルトライフルと20kgの背嚢を背負って半マイル進むのよりも早く、あのビルに到達できる。そうなれば、あの胴体から3つ生えた顔にディナーを提供してやる羽目になる。
 ぐるりと周囲を見回す。横にはマイク。右翼に、ロッフェラーとウィルソンのペア。ミラーは100m後ろ、それからグレシャムは‥‥見えないが、ミラーと同じあたりのビルの上。
 見渡してから、廃墟みたいだな、と思った自分がちょっと可笑しくなった。「みたい」も何も、廃墟なのだ。もうこの街には人っ子一人居ない筈で‥‥いや、俺達が居るか。けれどここに住んでいる訳じゃない。という事は、普段はそこらじゅうのビルは、あの胸糞悪いキメラ共の巣になっていて‥‥。
 ジーニーは妙な事に気付いた。どこも普通、人が居なくなれば動物が住み着いて、動物共なりの生活音がするものだが、この街は静かすぎた。
「大尉」
 ロッフェラーを呼び出す。注意しておいて、し過ぎる事は無い。
 回収される直前に全滅なぞ、笑い話にもならない。

 指先から衝撃が抜けると、目標をサイトで捉えたまま、左手は素早く次弾を送り込む。
 サイトの中の3つの顔は、何事も無かったかのように速度を変えずゆったりと歩いている。
 えいくそ。人とさして変わらない大きさ相手だとこんなものか。注射針程にも感じていないのか。
 再び弾丸を、真ん中の顔の眉間に届けるために照準する。
 人差し指にそれと分からない程度微かに力を込めると、グレシャムの手に合うよう調整されたそれは、2発目の弾丸を眉間へと送り込んだ。
 ちくしょう。走り始めやがった。効かないなら効かないで、いっそ気付かないでいればいい。
 3発目を装填しながら、今度は長細い鼻っ面の先を狙う。
 こんな時ばかりは、エコーが盛大に試射している対物ライフルの威力が羨ましい。あの馬鹿デカい奴だってかすり傷一つ付けられないというのに。

 射程にヤツらが入って、牽制となる射撃を加えられるようになってから、急にあの3つの顔は速度を緩めた。
 バーストを切りながら足下を狙ってやる。
 蚊に刺された程にも感じていないんだろうが、それでも連続して刺されると煩いんだろう。
 何匹か、さらに左へと広がり、視界から消えた。
 回り込もうってのか。犬っころの分際で小賢しい。
「大尉、4匹消えました。左です」
 目の前には6匹。大尉のペアが後方に下がったのを確認して、横のマイクに手で合図を送る。今度は、下がった2人の支援を受けつつ、こちらが後退する。
『ミラーと同じ位置まで下がったら左を見ろ。2ブロック先の交差点』
「了解」
 ちらりと振り返る。2ブロック先。ここからおよそ150m。
「マイク、先に行け。角のショーウィンドウの奥を確保」
 ジーニーが抱えていた分の指向性地雷も引っ手繰るようにして、マイクが走る。ヘリはまだ来ない。

 コレクティブレバーを器用に操りながら、アニーはフランス製の大柄なヘリを、地表に這うように滑らせていた。
『包囲される可能性がある』
「了解しました。10分後に到着予定です。ピックアップ地点を変更しますか?」
『状況をもう少し見る。迂闊に降りるとヘリも危険だ』
「ヘリオス8了解、交信終わり」
 アニーは遠目に廃墟の街を見ながら、少し考え、振り返って機付長の軍曹に声を掛ける。
「軍曹、降下ロープを用意してください。ラペリングで戦闘区域に」
 後部キャビンで背中越しにアニーの声を聞いた機付長は、表情を変えずロープを取り出す。
「だそうです」

●参加者一覧

ベル(ga0924
18歳・♂・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

●降下
 廃ビルの隙間を縫って、ヘリは高度を下げる。左右のドアから延びたロープがふわふわと揺れる。
 やや前のめりだった機体がかくんと水平に戻り、ホバリングの姿勢を取ると、ドアから垂れたロープに、まず橘川 海(gb4179)が取り付く。
「行ってきますっ!」
 キャビンに声を掛けると、ロープが静止した瞬間を見逃さずに降りる。
 橘川のすぐ後に、翠の肥満(ga2348)が取り付いた。
「今だから言いますがね‥‥高いトコ、こわっ!」
 本当に怖いのか、サングラスの奥からは見て取れない。反対のドアに取り付いた叢雲(ga2494)がちょっと呆れたような笑みを見せる。
「行きますよ」
 叢雲が促してから一呼吸、ゆらゆらと動いていたヘリが静止すると、2人は同時にキャビンを蹴った。
 機付長が次を指示する前に、ベル(ga0924)がロープを取る。逆のロープには綾野 断真(ga6621)。両手のグローブを確かめるように一度指を組んで、ロープを掴む。
 表情を変えないまま、ベルは先に降りた叢雲の足が地上に着くのを確認すると、自身もキャビンから飛び出した。綾野もそれに続く。
 地上に降り、綾野は正面のベルに目で合図を送ると、そのまま逆方向に走る。
 ベルが、先行した翠と叢雲を順番に目で追う。2人共、移動方向についての同じサインを出していて、その意味を理解するより早く、ベルは叢雲の居る方向へと走り出した。
 ロープが風に煽られ、大きく動く。
 降下のために待機していたリュドレイク(ga8720)と遠倉 雨音(gb0338)が、一度降りるのを待った。
「静止させます!」
 アニーの声が2人の耳に届き、同時にロープの揺れを打ち消すように、機体が小さく動く。
 揺れが止まり、まずリュドレイクがキャビンを蹴って降下する。さらに遠倉が続き、2人の足が地面に着いたのを確認すると、アニーはヘリに少し高度を取らせた。
 リュドレイクと遠倉は、綾野が向かった方角へと走る。
 2人の動きを目の端で捉えながら、叢雲はロッフェラーが遮蔽物に選んだ瓦礫の陰へと飛び込む。
「救援に来ました。殿を務めるので後退をお願いします」
「助かる」
 叢雲と視線を合わせずバースト射撃を続けるロッフェラーを、そういう人物だと理解したのか、彼も十字架を構える。
「彼女を援護してやってくれ」
 ロッフェラーが示す先、道路の中央に橘川が居る。近接戦闘をする彼女は、どうしてもやや突出した形になる。
 サブマシンガンのトリガーを叢雲が止めて、タイミングを合わせたようにベルが瓦礫伝いに前進する。少し先にある廃車の陰に入ると、橘川に近づく1匹に牽制を加えた。
 足下に着弾したキメラは、進むのを躊躇う。
「よし、後は頼む」
「任されました」
 返事をして、2人の後退に合わせて叢雲が弾幕を形成する。
 なるほど、牽制を加えつつ後退が非力な彼らには一番確実な方法だ、と翠は思う。イベリア半島の長旅に付き合った頃とは半分面子が変わっているけれど、やり方は変わっていない。
 彼が知った顔であるジーニーの肩を叩く。
「牛乳配達人到着! ケガはッ?」
「怪我は無い。鉛の牛乳を奴らにくれてやってくれ」
 窮地だと言うのに、翠と同じノリでジーニーは笑った。
 ジーニーと位置を入れ替え、翠がライフルを構える。
『5秒後に斉射、リロードします』
 無線越しの叢雲の声に合わせて、5秒をトリガーに掛けた人差し指で数える。サイトは橘川に取り付こうとしている2匹目を捉えていた。
 翠のライフルからのトレーサーが、橘川の横を掠める。弾丸は彼女に飛び付こうとしていた3つの顔の胴を打ち、それを叩き落とす。
 倒れた所を、くるんと半回転してさらに奥へと弾く。
 頭が3つある犬って何だっけ? と、一瞬思考が逸れる。弾いた犬とは別の個体が目の端に入り、思考が戻る。
 棍棒で振り払うが、犬の反応が僅かに早く、懐に飛び込まれた。シールドで爪を防ぐが、顔の1つが棍棒を持つ手元に噛み付く。
 咄嗟にベルが飛び出して、噛み付いた犬にバースト射撃を加える。
 腕を振り払い、棍棒を薙いでキメラを押し返す。
 赤いマントが、風にはためいた。

●屋上
「背嚢は放棄して、ロープでヘリに」
 無線に呼びかけつつ、ラウル・カミーユ(ga7242)が降下のため、キャビンから身を乗り出す。
『登れってか。無茶な作戦を立てる』
「廃ビルの階段を下るよりいいでしょ?」
 ヘリがぴたりと静止する。
「そんじゃ、いってきまーす」
 笑顔を残して、ラウルが降下する。もう1本のロープは、同時にグレシャムの手に握られる。
 グレシャムの居た狙撃ポイントに立ち、戦域を見渡す。道路の先まで良く見通せた。
「さて、少しくらいは倒しておきたいとこだケド‥‥っとッ!」
 早速、橘川が押し返した1匹を狙い、一撃を加える。真ん中の頭に矢が立った犬は、それきり動かなくなった。正面はあと5匹。3匹は間合いを取っている。2匹は橘川から離れ、道路の左右に散った。
「みどりん、そっちに――」
『見えてます』
 言い終わる前に翠の声が返ってきて、同時に翠のほうへと向かった犬が飛び掛る。
 ラウルが2射目を番える間に、橘川が追いかけるように動く。彼女が薙いだ棍棒は、犬に届かなかった。
 翠がライフルで庇うようにして、後ろに倒れ込む。キメラはそのまま飛び付き、翠の左足に爪を立てる。
 倒れたままの翠が、ライフルの銃床でキメラの顔を力任せに殴りつけると、キメラが飛び退く。
 犬が起き上がる所に、橘川の突きが入るのをラウルは見ていて、自身の放った矢が突き立つのも見えた。
『無事です、なんとか』
 誰かが何か言う前に翠の声が聞こえたので、ラウルは交差点の方向に視線を移した。
 デルタはそろそろ交差点を通過する。
「そろそろ、皆下がって」
『了解』
 短く叢雲が答える。
『ここは確保します』
 綾野の声も聞こえた。

●挟撃
 ラウルの声を聞いて、遠倉は交差点まで下がっていたジーニーとマイクに手で合図を送る。「後退しろ」という意味だ。
 ジーニーが頷いたのを確認すると、遠倉はキメラに向き直る。
『雨音さん、10時の方向です』
 リュドレイクの声に反応し、銃口を振り向ける。バーストを切るサブマシンガンの乾いた発砲音は、リズム良く繰り返される。
 ここまでは順調に進行していると言っていい。
『リロードします』
 またリュドレイクの声。彼が弾幕を張っていた方角をフォローするように、銃を向ける。リュドレイクのマガジンは素早く交換され、再び射撃が始まる。
「こちらも、リロードします」
 空のマガジンを外しつつ、もう一度振り向く。ジーニーとマイクの2人はヘリパットのあるビルへ向かった。他のメンバーも間もなくビルへ辿り着く。
 視線を動かし、道路を挟んだ向こうに位置取る綾野を見た。
 綾野は、2人より少し前に居たリュドレイクが後退するのを援護するように、ライフルの射線を集中させる。
 廃ビルの陰を遮蔽物にして、リュドレイクはゆっくり下がる。回り込んだ4匹は、1匹動かなくなった。残り3匹、じりじりと距離を縮めるのを牽制しつつ動く。
 じりじりと後退するリュドレイクは、正面のキメラに気を取られ、廃ビルから飛び出してきた1匹に気付かなかった。
 綾野がそれを確認した時には、左の頭がリュドレイクの足に噛み付いている。
 素早くエイムを犬の胴に向け、放つ。
 同時にリュドレイクも、真ん中の頭にサブマシンガンの銃口を当て、トリガーを引いた。
『大丈夫、動けます』
 キメラがぐったりと動かなくなる。
「我々も、下がりましょう」
 綾野が振り向くと、他の4人も交差点へと近づいていた。

●回収
 屋上へと通じる階段はしっかりと残っていた。
「断真さん、踊り場の先です」
 綾野がリュドレイクを追い越して、階段を昇る。彼の直後に遠倉が続き、視線は踊り場から続く廊下の先を見ている。
 ゆっくりと踊り場へと昇る綾野にも、キメラの低く唸る声が聞こえた。銃口を廊下へと向けたまま、立ち止まらずに進む。
 身構えるキメラを、その廊下の先に捉えた時、綾野の反応の方が早かった。
 ライフルのトリガーを引くのに合わせて、遠倉も飛び出す。綾野の初手で怯んだキメラは、彼女のサブマシンガンの弾丸をしたたかに受け、動かなくなる。
「鮮やかなものだ」
 彼らに先導されていたジーニーが、3人の手際を素直に褒めた。
「ありがとうございます」
 答えて、遠倉はそのまま廊下の監視を続ける。
 先頭を行くリュドレイクが階段を昇り、デルタのメンバーが続く。
「まだ下で吠えてますっ」
 デルタ6人の後に続き、橘川と叢雲が踊り場に辿り着く。入れ替わるように、遠倉が階段を昇る。
 最後尾グループの3人は、まだ1階下に居た。
 伏兵を警戒し、充分に索敵をしつつ進行し、速度が上がらない。
 下で吠えていた筈の、キメラの声が止まったのに、彼らは気付いた。
「来ますね」
「急ぎましょう!」
 遠倉が先頭に声を掛ける。その声を受けてリュドレイクが速度を上げる。
 殿を受け持った3人は、階段の途中で待機していた。駆け上ってくる敵に対して、少しでも足止めをするため。
「そろそろ来ますね」
 翠が呟く。ラウルはいつも通り飄々と構えているし、ベルの表情には変化が無い。
 何時の間にか、弓から銃に持ち替えていたラウルがトリガーを引くのを切欠に、3人は一斉に射撃を始める。
 撃ちながら少しづつ後退していく。が、キメラ共は怯む様子が無い。
 リロードで弾幕が薄れた隙を突いて、1匹が懐に入る。キメラはベルの足に噛み付くと、そのまま引き摺り落とそうと後ずさる。
 表情一つ変えないままのベルが、左手で手摺を掴み体を保持したまま、右手で拳銃を、自分の足に噛み付くキメラの額に突き付け、3発、4発と続けてトリガーを引く。
 ベルに噛み付いたキメラが力なく口を離すと、苦し紛れか、ベルの隣のラウルに飛び付く。
 ラウルが体を捻り、爪の直撃を避けるが、足に掠める。もう一度飛び掛ろうと、キメラが向きを変えた時、体勢を立て直したベルが銃口を近づけ、無造作にトリガーを引いた。

●離陸
 ヘリパットでアニーは待機していた。ローターはいつでも離陸できるように回り続け、ブレードが引き起こす風が、埃を巻き上げている。
 先行してきた5人と、デルタのメンバーは既にここに居る。リュドレイクと橘川が、屋上への入り口を確保し、スナイパーの3人、叢雲と綾野、遠倉が周辺警戒。
 なかなか姿を現さない3人に気を揉み始めた頃、翠とベルが到着する。
「ラウルさんもすぐ来ます」
 ベルが言うのと同時に、階下にフラッシュパンの閃光が見えた。
『ヘリに乗ってください!』
 アニーの声が無線に乗る。まだ現れないラウル以外の7人はヘリに乗り込んだ。
 全員が、階段のある方向を見つめる。
 アニーが機体を少しだけ浮かせた時、ラウルは屋上に辿り着いた。
「カミーユさん、ダアアアアッシュ!」
 翠が叫ぶ。アニーがコレクティブレバーを手繰り、ヘリをラウルの方向に少し近づけた。
「お待たせ」
 走ってきたラウルが、半身をキャビンに乗せるのと同時に、機体は高度を取り始めた。綾野と叢雲の手で引き上げられる。ヘリパットでは、追いついたキメラが盛んに吠えている。
「遅いよ」
 言いながら、グレシャムが煙草を差し出した。