●リプレイ本文
●地元警察にて
ワーナーはすこぶる機嫌を損ねていた。
理由は目の前に居るマヘル・ハシバス(
gb3207)と夢姫(
gb5094)にある。
こんな事務作業なぞ、担当が勝手に処理すればいいだけの話なのだ。それがわざわざ自分の所に回ってくるとは。
しかも、マヘルの最初の質問が、傭兵を呼んだ理由、なのだ。
「君達は、いちいち説明しないと仕事できないのかね?」
言ってしまって、また後悔する。夢姫がマヘルの背中に隠れるような仕草を見せたためだ。
「‥‥まさか、君達も幽霊がどうの、と信じている訳じゃあるまい? 我々はキメラの可能性を考慮したんだ」
内心慌てて、フォローにもならないフォローを入れて、視線を逸らす。
(「煩いだけで、御しやすい、て所でしょうか」)
ワーナーから視線を切らずに、真っ直ぐ見つめたまま、マヘルはこの「小男」をそう評価した。
「捜索願いが出たのは、いつですか?」
マヘルの背中からひょこっと顔を出し、夢姫が訊く。
「2週間前だ。女は1ヶ月前から入院している」
「誰が捜索願いを出したんです?」
夢姫が畳み掛ける。
「‥‥女の友人だ。当日、バーで知り合った男が居る筈だ、って」
「被害届とかではなく、ですか?」
尤もだ。当日知り合った二人で、女が被害に遭っていれば、一緒に居た男を、普通の神経をしていれば疑う。
「病院に担ぎ込まれた時に、男が一緒だ、置いてきてしまった、早く助けに行け、と半狂乱だったらしい」
なるほど、と夢姫は納得した。強盗なり殺人なり、自分を襲おうとした男を助けに行けと泣き叫ぶ人間は居ない。
「教会の周辺の様子は、わかりますか?」
今度はマヘルが聞く。
「君の友人が、今頃途方に暮れてるんじゃないか?」
妙に勿体付けた言い回しをする。マヘルはマヘルで、そんな態度を取られた所で、ワーナーという男の評価を一段下げるだけで、それは夢姫も同じ事なのだが、当のワーナーはさも愉快そうに、嫌らしい笑みを浮かべる。
「どういう事でしょうか?」
何の感慨も表さずにマヘルが返す。それでも気が付かないのか、ワーナーは嫌味な表情を顔に貼り付けたままでいる。それでこの小男の、ちっぽけな自尊心が満足するならそれで構わないので、マヘルも夢姫も、黙って話を聞いた。
「あの一帯はもう何年も前から、廃村と云うやつだ」
●廃村にて
レヴィア ストレイカー(
ga5340)とヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、ワーナーの予想通り、途方に暮れていた。
「誰も居ねぇな‥‥」
「誰も居ませんね‥‥」
教会を含め、どの建物も原形は留めていた。しかし手入れをされている気配が全く無い。どの家も藪は高く深く、門扉は崩れ、窓枠は歪み、例えばレヴィアとヤナギが、他愛も無い茶飲み話として、幽霊でも出そうな雰囲気のこの「ただの廃村」を引き合いに出せば、どこかで尾ひれが付き、何十人目かが口伝で聞かされる時にはもう「幽霊が出る」事になっていて、或いはレヴィアなりヤナギなりが見た事になっていて、もっと話が広がれば、何時の間にかレヴィアとヤナギが幽霊としてここに出た事にされて‥‥。と、怪談話なんて物の大半は、そうして作られる。
聞き込みをしようにも誰もおらず、時折通るだけの車を目で追いながら、レヴィアはひとつ溜息を吐く。
「これが根も葉もない噂である事を願うよ‥‥。哀れに死んでいった子供らが居るのは辛い」
ヤナギもこの妙な噂を鵜呑みにはしていなかった。自分で見聞きした事以外は信じない、けれど。
「火の無い所に煙は立たない、ってな」
尾ひれが付くような噂の発生源がある、とも思う。
2人は村内をぐるりと一周して、件の教会の前に戻ってきた。
外壁は赤茶けてくすみ、蔦が絡み、鳥の声も風の音も聞こえないような錯覚に囚われ、何故か2人は視線を切ろうとしても、それが出来ずにいる。
日中にしては余りに暗く見通せない、窓から覗く室内に、吸い込まれるように。
●市役所にて
「あの地区には、もう何年も前から誰も住んでませんよ?」
職員は気さくな男で、幡多野 克(
ga0444)とファファル(
ga0729)が、自分達が何故ここに来たのか、あらましを伝える前に何だか合点がいったらしく、詳細な住宅地図を取り出してきた。
「何か、出て行くような事件でもあったのか?」
「軍の‥‥戦闘が‥‥あったとか‥‥?」
少し予想外な男の言葉に、幡多野はレヴィアとヤナギが、今頃現地でどんな顔をしているのか、ふと気になった。
「戦闘なんかありませんよ。ただ、バグアのせいではあるかも知れませんけどね。年寄りだけで暮らしているのを‥‥そう、世界が妙な事になれば、老後の世話をする権利を押し付けあってる情けない子供達でも、親孝行するって事ですよ」
男はよく喋った。目の前の幡多野とファファルが、久々にこの街に外貨を落としにやって来た観光客であるかのように、日本人旅行者の群れを率いる日本人ガイドがやるように、過疎に至った理由に尾ひれを付けて話すのだ。
「一組村を出れば、うちもうちもって続いて、後は本当に親不幸な子供を持った年寄りしか残らなくて、で、病気なりなんなりしちゃえば、入院してもらったほうが目が届くからって‥‥よくあるでしょ?」
そう言って笑う男の顔はまったく嫌味を感じさせないが、喋っている内容がいささか明け透けすぎる、とファファルは思うのだが、それは飲み込んで、愛想笑いも返さず、次の質問を投げる。
「あの教会に関する噂は知ってるか?」
「ああ、知ってますよ。夜になると地下のセラーから神父の声がするって‥‥うちの親父があそこの神父さんと同世代だから」
「セラー?」
まだ何か言いかけていたのを、ファファルは遮った。
「そうです。ワインセラー。趣味が高じてってやつらしいですよ。火事で焼けちゃったけど」
2人が聞いた話と違う。けどそんなものだ、とも思う。噂話なんてのは百人に聞けば、同じモチーフで百通りの話がある。
「その‥‥神父さんは‥‥どうされたんですか‥‥?」
幡多野が聞く。その答えは、単純にして明瞭だった。
「十年前の火事で、亡くなりました」
●病院にて
病院に向かったレイン・シュトラウド(
ga9279)と天宮(
gb4665)の2人は、全くの空振りに終わった。
結論から言うと、女の容態は悪く、面会は叶わなかった。医者に止められてしまえば、抗う術も無い。
「記憶喪失、と言われる状態です。事件前後の記憶がすっぽり抜け落ちているようで」
若い主治医は、眼鏡の奥の目を無表情に2人へと向けたまま言う。
「原因は何ですか?」
天宮が聞く。
「外傷は無いので、心因性のものだと考えていますが」
「火傷も?」
レインだ。聞いていた噂では、熱風がどうとか言っていた。
「何も。ここに搬送された直後に、男を助けに行け、と騒いで興奮状態でしたが、ここの所は落ち着いています」
主治医は明確に言い切った。つまり、熱風という話は、火傷を負う程高温でなかったか、もしくは眉唾か、どちらか。
●地下にて
火事は本当だった。
ドアを開けると、部屋の奥が黒く焼け焦げている。
在りし日は、日曜日に礼拝も行われていたのだろうが、今は面影も無く、正面のステンドグラスは無残に崩れ、そこから薄く射し込む光が聖母の像を照らし、そこだけ色があり、残りは吸い込まれるような黒に染められていた。
「こ、怖くないもん。8人もいるんだから。だいじょーぶ」
「先の見えない闇に何かを想像してしまうんですよね‥‥」
先頭を行く天宮の後ろに隠れるようにして、夢姫が続く。さらにその後ろを行くマヘルは、苦手なのに何でこの依頼を請けたのだろう、と今更ながらちょっと考えた。
「何かを伝える手段として、彼らは俗に言われるような心霊現象を引き起こしているだろうから、怖がる必要はないと思うよ」
レインは2人とは対照的で、心霊現象だとかそう云う話に興味があるようで、表情に怯えは無い。
「ホラーゲームとかだと、殿の特殊部隊員とかが良く死ぬのよね‥‥」
レヴィアは怖がりなのだ。けれど任務であるので恐怖心を抑える事が出来て、けれど何か喋ってないと不安になり、よりによって口を出たのが、殿を行く彼女にとって良くない想像であった。
後続の会話を聞きながら、幡多野と天宮は祭壇の裏を通り、小さな扉から奥へと抜け、短い廊下の突き当たりに、下り階段を見つけた。
ヤナギがランタンを、階段の先に続く闇へとかざす。
「暗いな‥‥」
思わず零す。それほど暗く、コンクリートの煤けた壁面しか見えない。
「行きましょう」
天宮が促し、先頭を行く2人は、階段へ一歩を踏み出した。
一行は慎重に慎重を重ねて進む。視界が、各自のランタンで照らされた箇所以外は全く無く、さらに通路が狭いことも原因となった。
市警察が懸念していたように、キメラの仕業であったとして、こんな狭く見えない場所で待ち伏せでも受けようものなら、今度は彼らが怪談のネタを提供する羽目になりかねない。
ゆっくりと進む8人の足音が、こつ、こつ、と、コンクリートの廊下に響く。
どのくらい進んだろうか。もうだいぶ来たようでもあり、まだ少しも進んでないようでもあり、小さな光源では照らせない闇が、8人の前と後ろに続き、それが感覚を狂わせる。
もう雪も融けてしばらく経つというのに、地下は肌寒く、その冷気は地下の奥、闇の向こうから、階段へと流れている。
「セラー、という事だったな」
ファファルが足を止める。
「なら、この冷気はどこから来ている? 流れがある」
彼女の言葉に、全員が足を止めて、その頬を撫でてゆく空気が動いているのを確かめた。
「何か、奥に居るのかな」
レインが事も無げに言うので、前に立つ夢姫が声にならない悲鳴を上げて、首を竦める。
「もしくは、セラーじゃないか」
ランタンを通路の奥へと、ヤナギがかざす。小さな光源が照らす小さな灯りの端に、コンクリート以外の何かが映ったのを、幡多野は見逃さなかった。
「何か‥‥居ますね‥‥」
「大丈夫ですか?」
天宮が駆け寄る。彼もそれを見つけていて、それは行方不明の男である、と判断した。
それはまさしく捜索願いが出されていた男で、男はそこで息絶えていた。
●教会にて
「正体さえわかってしまえば、何ともないですね‥‥」
教会を取り囲むパトカーをぐるりと見回して、誰に言うともなくマヘルが零す。
男は死んでいた。
遺体はこれから検死にかけられる。現場で見た限りでは、目立った外傷は見つけられなかった。
駆け付けた警官は、女とはぐれる前に飲んでいたという証言から、アルコールによる中毒が死因ではないか、と推定した。但しこれは推定であり、検死結果が待たれる。
調書に幽霊が死因と書く訳にもいかず、キメラによるものとも書けなかった。キメラなんてのは居なかった。
8人は男を発見し、そのまま通路の奥へと進んだ。火災で歪んだドアがあり、開けると小さな部屋に出た。地下壕、もしくはワインセラーと噂されていた箇所。
ところが、部屋はがらんとしていて、何も無かった。
経年によるものか、火災によるものか、天井に亀裂が入り、光が射し込んでいた。
噂にある爪の音は、この亀裂が崩落する音。それから声は、いわゆる笛の要領で、ここから吹き込む風が鳴る音を、誰か聞き違えたもの。
冷気あるいは熱風は、そこから階段へと風が通って発生するものだ、と警察は推定した。幽霊が風を起こしていた、などと書く訳にもいかず、そもそも幽霊なんて誰も見ていない。
役所の男の話通りで、不幸な子供達も居なければ、戦闘も行われておらず、火災で志半ばに生涯を終えた神父が居た、古い教会であった。
●再び地元警察にて
「女は、目の前で男が倒れたショックで、今の症状になったんじゃないか、って事」
医師から聞いたまま、ヤナギが報告する。
幽霊の正体見たり、というやつで、現実というのは割と面白くない。レインは少しがっかりしていた。
彼ら8人の報告を、ワーナーは妙な面持ちで聞いている。
妙な、とは、この8人が何を言っているのか分からない様子で、それでも少ない威厳を保つようにたっぷり虚勢を張って、報告にいちいち頷きはする。
けれどワーナーも、横に立っている警部補も同じ表情で、兎に角彼らの話だけは聞いているふうであった。
報告を終えて、彼らの話では行方不明者の捜索依頼があり、後は戻って報酬を受け取るだけ、という事で執務室を出て行った後、ワーナーは大仰な椅子をくるりと回転させる。
横の警部補を見ると、彼もワーナーと全く同じ、分からないふうな表情をしていて、最初に口を開いたのはワーナーであった。
「彼らは、何の事件の調査をしていたんだ?」