●リプレイ本文
神経を逆撫でするロックオンアラートを聞いて、自分に当たらなければいい、と誰もが思うだろう。
アラートが鳴り止み、一呼吸してレーダーとHUDに目を遣る余裕が出来た時、全部の味方が無事ならいい、と誰もが思うだろう。
「有能な兵士」である条件には、敵のエースを向こうに回して遣りあう力は、必ずしも必要とはされない。
求められるのは、状況を瞬時に判断し、最適な解を導き出せる能力である。
例えその解が、手を伸ばせば届く所で悲鳴を上げている、味方を見捨てる事だとしても。
ブルードレッドを見失い、ジャミングの影響下に置かれた直後の8機は、素早く態勢を立て直しにかかった。
ステラ・レインウォータ(
ga6643)が真っ先に反応し、指示を飛ばす。
「交信途絶‥‥何かあったのでしょうか」
空域に接近する敵部隊が複数。それから、見失う直前に接敵した味方機が、20km先に。
「‥‥まずいな」
自機をリュドレイク(
ga8720)の斜め前に付け、ファファル(
ga0729)が零す。突破口を開くにも、どこから手をつけるべきか。
「まったくうまい具合に奇襲されたな」
神撫(
gb0167)も機体を九頭龍・聖華(
gb4305)の横に付け、侵入しつつあるヘルメットワームの編隊と正対する。残りの4機は機首を落とし、ワイルドキャット隊を見失ったエリアへとブーストをかける。
20km先。17,000フィート下。
KVの足なら、そう遠くない。
●20km先の味方
一足早く機首を廻らした4機は、速度を上げて、ワイルドキャット隊をロストした空域に近づく。
高度計が表示を読む隙もないほどに動き、シートに押し付けられるGを感じながら、鷲羽・栗花落(
gb4249)は、その両目でHUDを睨み付けていた。
雲の中なのか、それとも地表に紛れているのか、時折何かがちらちらと太陽光を反射するだけで、味方の姿も敵の姿も、まだ確認できない。
(「無事でいて、お願い!」)
トリガーに指を掛け、前に目を凝らす。
ステラ機は、まだワイルドキャット隊とコンタクトを取れていない。
『――ですが、おそらく交戦状態です』
報告を聞きながら、翠の肥満(
ga2348)も、鷲羽と同じ、反射する太陽光を見ていた。光はくるくると動き、空戦機動を取っているように見える。
高速で下降を続け、その光が、鷲羽と翠の見るHUDのシーカーを慌しく反応させ始めた時には、後続のステラと、遠倉 雨音(
gb0338)の肉眼でも、それが交戦中の機体であると、はっきり確認できた。
「行くよアジュール、皆の命を守るために!」
鷲羽機のコンテナから、無数のミサイルが白煙を残して飛んでゆく。同時に彼女は、「アジュール」を右に一度捻り、シーカーが捉えた目標に高度を合わせる。
目標は6。ステラ機が捉えていた機影も6。シーカーは5つまで捉え、けれどまだ、飛んでゆくミサイル達に、「アジュール」が目標の姿を覚えさせるまでは少し時間が足りなかった。
第一波はそれでいい。飛んできた幾つものミサイルを見て、敵機が回避機動を取ってくれれば。それが狙い。
キャノピーの上に伸びる白線を見ながら、彼女は再び動き回るシーカーと「アジュール」に、今度は少し時間を与えた。
『第二波を!』
間髪を入れないステラの声と被るように、翠も無線を開く。
「ワイルドキャット、こちらスカルライダー、貴隊の姿を確認した。これより支援に入る――というわけで早く逃げてくれい、おケツは任されたっ!」
後半は無線に乗ったかわからない。鷲羽機と同じ右方向に機をブレイクさせつつ、トリガーを引き続ける。
「慌てろ慌てろ落ちろ落ちろ‥‥!」
弾道を目で追いながら呟く。
こちらも目的は鷲羽機の第一波と同じだった。敵機が散ってくれればいい。そしてあわよくば、撃墜できればいい。
翠がロケット弾を戦闘空域の真ん中に撃ち込んだ直後に、ステラと遠倉も自機をブレイクさせた。それとほぼ同時に、ワイルドキャット隊も動く。
「ブレイク!」
アラートを聞きながら、ステフはCAS機に指示を送る。
自分も逃げつつ、けれどレーダーから目を離してはいけない。高度を更に落として、地表を這うように飛行する。
教練通り、マニュアル通りに対処する。けれど、マニュアルに無い事態が訪れた。
『スカルライダー、ステラよりワイルドキャットへ。当空域の管制を一時的に当機が掌握します』
ただ、付近を飛んでいたパトロール機が支援に来てくれただけだと思っていた。ところが。
地の性格のまま「何を言ってやがるんだ」と、インカムに叫びそうになり、思い留まる。訳がわからない。
『ステフ! どういう事だ?』
CAS機のフライトリーダーも、事態を把握できなかったのか、呼びかけたステラに対して復唱もせず、怒鳴りつけてくる。
無理も無い。
爆弾だけを山ほど抱えて、対空装備は一つも無く、ただ逃げるしかない状況で、自分を安全な所まで誘導するガイドが2人立候補したのだ。
『繰り返します。こちらスカルライダー、ステラより――』
復唱が無いので、ステラからもう一度声が届く。
キャノピーの上を、影が二つ通り過ぎた。高度を違えて、ステラ機と、その直衛に付いている遠倉機とすれ違う。
「ステフよりワイルドキャット、ユーアーアンダーマイコントロール」
『どういう事だ? 明確にしてくれ!』
遠倉機が攻撃を引き付けるように動き、さらに翠と鷲羽がワームを散らした後、戦闘エリアの中心に飛び込んだ事によって、攻撃の目はこちらから逸れた。
それでも、まだ散発的に続くプロトン砲の攻撃から逃れるように、機体を引き起こす。
鷲羽が撃墜した敵機の火球を見ながら、ステフは再び無線に呼びかけた。
「ステフよりスカルライダー、承服できない。ワイルドキャット隊はこちらのコントロール下にある!」
何だってんだ。いきなり横から出てきて指揮系統混乱させるくらいなら、大人しくしていればいい。
苛立ちをそのまま声に乗せて、ステフはもう一度無線に叫ぶ。
「繰り返す、承服できない!」
ワームは鷲羽と翠の、最初の一撃で半分に減り、更に残りも彼らに追い駆けられている。
●前門と後門
後続組として残った4機は、先行した4機を追いつつ、深追いしない程度に殲滅を図るという、実に器用な行動を取る羽目になった。
丁度付近を飛行中だったユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は、兄の居る飛行隊が急に慌しく散ったのを見て、即座にロックオンキャンセラーを作動させる。
アラートが何度も反応を繰り返す中、防空識別圏に侵入する敵機に牽制を加えつつ、先行した4機と、それからワイルドキャット隊と合流を図るのだが。
プロトン砲の火線が数条、彼らの横を掠めたきり、ワームからの攻撃は止んだ。
「‥‥どういう事だ?」
ファファルが不審を口にする。
神撫のウーフーが捉えている敵影は、こちらに向かってはいなかった。
侵入方向から真っ直ぐ、こちらには目もくれず飛んでいる。飛行予想ルートの150km先には、ブルードレッドが居る。
「神撫さん!」
状況を察したリュドレイクが、後続組のコントロールを担当していた神撫に声を掛けた。
「これは‥‥一杯食わされたかの」
九頭龍が機首を廻らせ、後を追う。ファファルの機体もそれに続く。
要するに、ヘルメットワーム共の目標は最初からブルードレッドであって、他は捨て置いてもいい障害でしかない、という事だ。
『ステラさん! 敵の目標はブルードレッドです!』
ワイルドキャット隊のコントロールを掌握できないまま、ステラは判断を迫られた。
ここで地図を広げて、時間を掛けてブリーフィングできるならどんなにいいか、と思う。が、状況の変化は、そんな暇を与えてはくれない。
「迎撃します!」
先行チームがワイルドキャット隊を確保し、後続チームが追い縋る敵機を牽制、合流後にAWACの復帰まで後退しつつ迎撃、というフライトプランは崩れた。
ブルードレッドへの進路を取るワームを追い駆けるように、4機は飛ぶ。
迎撃と言いつつ、まるで追撃を加えるかのように、ワームの後姿を拝んでいる。
「たとえ何があろうと食い破るまでだ‥‥」
ファファルの見るHUDには、12機のワームが悠然と飛ぶ姿が映っていた。
「‥‥今だ」
彼女の声を合図に、リュドレイクと神撫がトリガーを引く。丁度、翠と鷲羽がやったように、敵の群れの中心にロケット弾を撃ち込み、回避行動を取らせるため。
無数のロケット弾がヘルメットワームの編隊に飛び込むと、3つほどが爆散し、残りはそれぞればらばらの方向に散開した。
「止めを頼むぞ!」
九頭龍が、ロケット弾によって散った1機をロックする。
シーカーの色が変わった所で、トリガーを引く。その弾丸はヘルメットワームを一度よろめかせ、ふらふらと編隊に復帰しようと動くそれを、今度はリュドレイクが捉えた。
リュドレイクの放ったレーザーが、ヘルメットワームを四散させた直後に、ファファル機からのミサイルが、そのすぐ横を飛行していたワームも大破させる。
「これで5機!」
撃墜数をカウントしつつ、神撫も手近な1機をHUDの正面に入れた。これで6機。
「有象無象が‥‥」
「敵増援を後方に確認! ブレイク!」
苛立たしげなファファルの声を受け取るように、レーダーを確認した神撫が叫ぶ。丁度、九頭龍の攻撃で7機目が落ちた。
真後ろから飛んでくるプロトン砲を避け、機首を上げつつ左に捻る。そのまま操縦桿を引き続け、機体が垂直になった辺りで、光の束が翼端を掠める。
そのまま射線に入るのを嫌い、操縦桿をニュートラルに戻した所で、今度は直撃を受けた。
コンソールがダメージ箇所を知らせる。見ると、神撫だけでなく、他の3機も、プロトン砲の中でダメージを受けている。
「っ‥‥まだだ」
ファファルが自機をリュドレイクの機体と交錯させる。向きを180度変えるだけだと言うのに、前後を敵に挟まれこの有様である。
「させんよ‥‥まだ、やれるが、どうするかの?」
上昇を続け、増援のワームより高度を取りながら、九頭龍が訊く。
数的不利を作られ、状況は良くない。まだAWACは復帰しない。ワイルドキャット隊のコントロールは掌握できていない。
翠と鷲羽は撤退を進言した。フライトプランは破綻している。ブルードレッドへ向かう敵機に対しても、完全に後手に回った。追いつける望みも薄い。
選択肢は、そう沢山は用意されていなかった。
●指揮権
ワイルドキャット隊を襲っていたワームの最後の1機を、翠と鷲羽が2機がかりで追い回している。撃墜は時間の問題であった。
空域から離脱するワイルドキャット隊と、ステラ機を先導するように、遠倉が位置する。
彼女の良く知るシリングの弟というのは、よくよく強情であるらしい。或いは任務に忠実である、と言うべきか。
結局今に至るまで、彼はステラに対して、コントロールのハンドオフを許していない。
考えて見れば当然だ、と遠倉は思った。
二つ同時に、違う指示が来れば、誰だって困る。
最初から任せておいても良かったかも知れない、と思い、そして自分が直掩に付いていた、ステラの事が気になった。
任せておいて、つまりワイルドキャット隊などほおっておけば、彼女のプランは作戦を成功させたに違いない。
けれど、ブルードレッドをロストした時点での、8人の判断は「ワイルドキャット隊の支援に入る」であったのだ。
もし気に病んでいるようなら、謝らないとならないな、と遠倉は思った。
『弟シリング、君になんかあったら、僕が姉シリングにとっちめられちまわァ!』
『何かあっても、とっちめませんよ。軍人だってのに』
軽い調子で翠が声を掛けるが、まだ混乱を招いた事を根に持っているのか、どうもむくれている。それとも、元々こういう奴なのだろうかと、姉の顔を知っている何人かは、それを思い浮かべてみる。
『堕ちてお姉さんを悲しませるような事には、なるなよ』
『それはそっくりそのまま、姉に言ってくださいよ。あいつだって飛んでるだろうに』
レシーバーからの神撫との遣り取りに、ファファルは少し可笑しくなった。
けれど、それより疲労のほうが勝るのか、2、3度頭を振ると、溜息を吐いた。
「疲れた‥‥」