●リプレイ本文
●監視
マヘリアの自宅は、連隊本部から程近いアパートの一室である。
建物の死角になり、けれども見通せる場所に車を停めて、朝から監視を続けていた。
アパートのすぐ裏手のマンション屋上に、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が双眼鏡を持ち込んでいる。
ちょうど、ユーリの居る場所からだと、玄関から続くキッチンと、リビングがよく見えた。
誰が彼女の元に訪ねて来たのか、ここからだとよく分かる。
ユーリは部屋だけでなく、彼女のアパートの横の通りを歩く一人一人にまで、目を光らせていた。
誰か訪ねてきた場合は、仲間が尾行する手筈になっている。
仮にマヘリアが自室を離れた場合でも、ユーリはそのまま監視する事になっていた。
無実ならいい、と思っている。
アニーの意思を尊重するつもりでいる。
気持ちのいい話ではない。けれど、決めたことなら、口を挟むべきじゃない。
見誤らなければいい、と思っている。アニーも、ユーリ自身も。
まだ、監視は始めたばかりだ。今日1日で、どんな結果が出るのか、まだ分からないけれど。
どうやら、マヘリアは外出するらしい。ラフな格好で、バッグに財布を入れて、ドアを開けている。
手元の無線で、下にいる仲間と連絡を取る。服装と、持ち物と、特徴を伝えて。
そのまま、アパート付近の道に、目を走らせる。裏手なので、出てくる所を直接監視はできない。でも、アパートからどこかに行くには、今見ている2本の通りのどちらかを通らないとならない。それを見逃さないように。
アパートから、市街へ向かう通りに、彼女の後姿が確認できた。そのまま見えなくなるまで、双眼鏡で追う。
通りの向こう、別のマンションの陰に、後姿が消えた。
「無実‥‥だと良いな」
消えた場所を追いながら、小さく、確認するように、言葉に乗せた。
●追跡
タバコの煙か、寒さか、吐く息が白い。
ユーリから連絡があった直後。マヘリアと面識が無いヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、アパートの入り口から少し離れた場所で、そのドアが開くのを待っていた。
服装、容姿はユーリから聞いた。出てくれば分かる。
早朝からこの場所で、紫山有紀(
gb5238)と2人で、アパートの入り口を監視しているが、まだ人の出入りは無い。
時刻は10時すこし前。尾行にはうってつけに、人通りは増えてきている。
タバコをもう一息、ヤナギが吸い込んだ所で、ドアが開いた。
聞いていた服装と一致する。ショートカットがいい目印になる。
「やってみなきゃ真実は分かんねェ‥‥兎に角行動だ、な」
呟いて、紫山に一度目配せをする。紫山もマヘリアの姿を確認したようで、一度頷いて見せた。
彼女は2人の居る方向に、通りを歩いてくる。
不自然にならない程度に目で追い、横を通り過ぎた所で、慌しげに最後の一口を吸い込む紫山を静止した。
後を追うのに、ゆっくり最後の一口を楽しむくらいの、時間の余裕は必要だと、ヤナギは思った。
幸いにして、ヤナギの顔も紫山の顔も、マヘリアには知られていない。
慌てて追いかけて、ボロを出すことも無い。
どうせなら徹底的に、とヤナギは思っていた。
マヘリアはアニーの親友だとは聞いている。
それを疑わなくてはならない心情は、どんなものだろうか。
「‥‥っし! んじゃ行きますか‥‥っと」
最後の一口をゆっくりと消して、紫山と共にマヘリアの後を追った。
●尾行
アパートから徒歩で15分程に位置するショッピングセンターに、マヘリアは入った。
紫山はヤナギと共に、着かず離れずマヘリアを追っている。
マヘリアの行動は実に普通な食材の買出しで、誰に会うでもなく、誰と電話するでもなく、食品コーナーで商品を見繕い、買い物籠に入れてゆく。
彼女は事務方であり、当直勤務などは無く、一人暮らしの一週間分の買出しと言われれば、納得できる量である。
ショッピングセンターに入った事で、2人の目の届かない場所に行かないのは確実であり、その点も幸いした。
自宅監視を続ける仲間に連絡を取るヤナギを見送って、紫山はそのままマヘリアの後を追う。
買い物籠を抱え、ショッピングセンターの食品売り場で、自然に振舞えているか不安だったが、案外他人なんか見えていないものだ、と気づいてから、それほど不安にならなくなった。
むしろ気にしてこそこそ動くほうが目立つに違いない。籠の中の食材に、何の料理をするのか連想させる統一性が無いのは愛嬌だろう。
追われている事に気づく素振りも無く、マヘリアはレジに向かう。
後を追う紫山の元に、ヤナギも戻ってくる。
ヤナギと目が合うと、一度視線でマヘリアを指し、もう一度ヤナギと視線を合わせた。
ヤナギも状況を飲み込んだらしく、再び連絡のために離れる。
マヘリアは実に普通に、会計を済ませて、ショッピングセンターを出ようとしていた。
●女性客
ショッピングセンターを出て、ファーストフード店で昼食を取った後、午後1時過ぎにマヘリアが自宅に戻ってから、翠の肥満(
ga2348)はアパート5階の掃除を続けていた。
そろそろ陽も傾きかけている。
2時過ぎに一度、裏手でマヘリアの部屋を監視しているユーリから連絡があった。
どこからかマヘリア宛てに電話があったらしい。
だが、その通話の相手を知る術は無く、結局、電話以外の方法で誰かコンタクトを取って来ないか、警戒し続けるしかなかった。
わざわざ清掃業者の作業着をでっち上げ、愛車にグリーン清掃サービスとダミー会社のロゴまで貼り付けた翠の苦労が報われたのは、夕方になってから。
マヘリア宅を訪れたその女性を、彼女は笑顔で出迎え、室内へ招き入れた。
顔を見た限りでは、マヘリアと同年代。
服装と容姿を確認し、忘れないうちに、グリーン清掃サービスは作業を中断し、撤収を始めた。
愛車に戻り、作業着から着替え、タバコに火を点ける。
タバコを咥えたまま、アニーから受け取った資料をひっくり返し、ついさっき見た女性客の人相に当てはまる人物が居ないか確認する。
マヘリアの友人とされる人物の写真と、女性客の顔が一致した。
写真から、アパートの入り口ドアに視線を移す。
翠の顔から、いつもアニーをからかう時に見せる表情が消えていた。
マヘリアとアニーの関係については、翠も良く知っている。
その友達がスパイかも知れない、と云う。
タバコを深く吸い込んで、気の毒そうな表情を一瞬見せた後、愛車のキーを回す。
「さあ、どこへ連れて行ってくれるんだ、ミズ・敵だか何だかわからん誰かさん」
翠の視線の先には、先ほどの女性客。マヘリア宅への滞在時間は30分程。
女性は、ちょうど車のドアを開け、乗り込もうとしている。
30分程走り、郊外の一戸建てに辿り着く。
女性はガレージに車を入れる。恐らく自宅なのだろう。翠の手元の資料にある、現住所と一致する。
既婚、2人暮らし、とある。夫であろう男の姿は見えない。
翠はそのまま、女性の自宅で監視を続けたが、結局それ以降、姿は見えなかった。
●男性客
翠が女性客を追い、入れ替わりに須佐 武流(
ga1461)がマヘリアの自宅を監視していると、意外な顔を見つけた。
エヴァンスである。
彼の顔は知っている。
知った顔を見つけて、須佐は少し驚いた。しかもエヴァンスは迷わず、マヘリアの部屋へと続くアパートのドアを開け、中に入ったのだ。
2人の顔を知らない澄野・絣(
gb3855)にあらましを説明すると、澄野も驚いた顔を見せている。
程なく、アパート裏手から部屋を監視していたユーリから、男が部屋に入ったと報告を受けた。服装からエヴァンスに間違い無い。
部屋の灯りが、消えた。
1時間半程。
エヴァンスだけが、アパートから出てきた。
予感があった。
エヴァンスを追跡し、状況によっては捕らえ、もう一度マヘリアの元へ、引き立てないとならない。
須佐は澄野を促し、アパートから出たエヴァンスの後を追った。
●訪問
アニーと共に、神撫(
gb0167)はマヘリアの部屋への階段を昇っている。
エヴァンスが部屋を出てから、1時間程置いた。ロジャー・藤原(
ga8212)も入れて、3人で部屋へと向かう。
突然3人で訪ねたにも関わらず、マヘリアは笑顔で出迎えた。
ロジャーがお土産に持ち込んだケーキの箱を引ったくるようにして、室内に招き入れる。
しばらくして、どうやってたぶらかしたのか、ロジャーはマヘリアを伴って出ていった。
「‥‥始めるけど、いいかな?」
アニーの表情が硬いことに、神撫は気づく。
「ん、大丈夫。始めましょう」
ついさっきまで、エヴァンスがここを訪れていた事は、アニーも知っている。マヘリアはエヴァンスから情報を得ていたのではないか、とアニーは考えていた。
「慰めることは、俺には出来ない‥‥けど、俺も同じ気持ちだって事は知っておいて」
「ありがとう」
硬い、作った笑顔で、アニーは返事をした。
ロジャーが連れ出してくれたとは云うものの、外に居るのにも限度があるだろう。盛大にひっくり返す訳にはいかない。
書棚、机の引き出しと、それらしい場所を調べてゆくが、証拠に繋がりそうな資料はどこにも無い。
尾行や訪問客の追跡で決定的な証拠でも掴めていれば、盛大に家捜しする所だが、そんな証拠も掴めなかった。
強いて言えば。
つい先ほどまで、この部屋に居たエヴァンスが、何かのカギなのではないか、という気がしていたが、アニーは相変わらずマヘリアを疑っていたので、あえて何も言わずにいた。
だから、たった2人で、ロジャーとマヘリアが戻るまでの短時間で、部屋を捜索する神撫がそれを見つけたのは、まったく偶然だったかも知れない。
神撫が、ドアの閉まったままの寝室に入り、乱れたままのシーツにやや顔を顰めた後、ベッドサイドのテーブルに付いた小さな引き出しを開ける。
小さなメモ帳に、それはあった。
日付と、時間、それから場所が記されたページ。
全部で6箇所、記されたそれは、ページの上から5箇所目までは、アニーに貰った資料にあった、マヘリアが身元不明の人物と接触記録があった場所と、時間。
6箇所目は一週間後。筆跡がそれまでのものと違う。
●逮捕
エヴァンスの後を、澄野と須佐は追っていた。
マヘリアの部屋を出た後、寄り道もせず真っ直ぐ連隊本部へと続く道を歩くエヴァンスの後を追う。
顔見知りである須佐はやや離れて、澄野がエヴァンスにより近い位置で歩く。
夜になり、人通りもだいぶ減って、無警戒に歩くエヴァンスの表情が一変したのは、連隊本部に彼が辿り着いた時だった。
基地のゲート前で、警備のチェックを受ける。
恐らく、何時も通り顔パスで通り抜けようとしたのだろう所を、警備員に呼び止められるのが、澄野から見えた。
付いて来ている筈の須佐に連絡を入れ、様子を窺う。
澄野は物陰に隠れながら近づこうと試みたが、そんな手段を講じる間も無く、呼び止められたエヴァンスはそのまま拘束された。
「どういう事なの?」
隠れるのを諦め、警備室に詰め寄る。
「何者だ、貴様」
「シリング少尉の依頼で、内通者の捜査をしてるの。何があったか、教えてくれる?」
エヴァンスが拘束される光景を目の当たりにして、内密にしている場合ではないと判断した。アニーはまだマヘリアの元に居るはず。何かあってからでは遅い。
「ならば、容疑者としてロブ・エヴァンスを拘束した、とシリング少尉にお伝えください」
いつの間にか須佐も追いついていて、2人で顔を見合わせた。
「終わりか? ‥‥ならば、連絡を」
須佐の言葉を合図に、澄野も電話を取った。
●真相
ロジャーが、神撫とアニーをダシに使うと、マヘリアは乗り気で着いてきた。
2人を部屋に残し、夜道を歩きながら、くだらない話に興じている時、ロジャーの元に連絡があった。
エヴァンスを、容疑者として拘束した、という報告。
ロジャーは元々、マヘリアが内通者であるか、そうでないかに関わらず、真実を話す気でいた。
友人が突然訪ねてくれた、とばかり思っていたマヘリアは、ロジャーの話に「あー」とバツの悪そうな顔をして、
「エドワード大尉?」
と聞いた。
ロジャーは少し、質問の意味を考えた後、マヘリアが何を聞こうとしたのか分かったのか、
「いや、アニー」
とだけ答えた。
「あー‥‥」
マヘリアはさらにバツの悪そうな表情になる。
「あたしじゃなくて、アニーに謝らないと」
小さく零してから、マヘリアは笑顔をロジャーに見せた。
「今度は、仕事抜きで口説いてくれる?」