●リプレイ本文
●ジュニアとハバキとクラウ
子供は残酷だ、と空閑 ハバキ(
ga5172)は思った。公園で遊ぶジュニアに近づいたら「おっちゃん」と呼ばれた事が、ではない。‥‥いや、ちょっとある。
そりゃあ確かに四捨五入すれば30だが、童顔で得てして若く見られるのに、とか、そういう事ではない。
ジュニアは「事件」以降、父によく教育されたのか、ジュニアと同じ目線で――四捨五入すれば30だと言うのに――遊びの輪に加わろうとし、KVごっこに混ざろうと試みるハバキを悉く退けた。
まったくジュニアと同じ目線で、ムキになったハバキがどうしてもごっこ遊びに入れてもらおうと試みるのを横目に、クラウディア・マリウス(
ga6559)が、「お父さんから聞いたの。模型のこと、教えて?」と一言、声を掛けただけで、ジュニアはあっさりと折れ、見た目はそれほど歳が変わらない筈のクラウを「お姉ちゃん」と呼んだ。
兎も角、「クラウお姉ちゃん」のお陰によって、「兄ちゃんだ!」と言い張るハバキは「じゃあハバキな! 俺の部隊に入れてやる!」と言う、ジュニアの鶴の一声によって、KVごっこに混ざる事に成功する。
子供は残酷だ。
彼らと一緒に跳び回るクラウの姿を見て、ぼーっとそんな事を考えていると、腰の辺りを突付かれる。
「ハバキ曹長、戦場で止まるとは、素人だな!」
ジュニアだ。どこかの士官のような、一端な事を言う。けれど迫力は全くない。
ちょこっとだけ、士官のように偉ぶった表情を見せた後、にこにこと笑うジュニアに釣られて、ハバキも笑う。
「申し訳ありません大尉、ハバキ曹長、直ちに参戦します!」
この部隊ではジュニアが大尉で、新入りのハバキは一番下っ端らしい。走り出したジュニアに着いて、輪に加わる。
ウッドラムには、最初に全て話していた。毎日、護衛も兼ねてジュニアと一緒に居る事。その間に、ジュニアから不審者の情報を引き出す事。当日は指定場所にジュニア達を行かせるつもりで、更に自分も一緒に行き、必ず無事に帰す事。
普通の親なら、わざわざ行かせる事も無い、と反対されても可笑しくないのだが、「親友が借りがある」と言った所で、ウッドラムはあっさりと初対面のハバキと、それからクラウを信頼し、全て任せた。尤も「何も貸しちゃいないが」と彼は笑っていたが。
ちび達に混ざって遊び、すっかり打ち解けた頃。
「今日はクラウお姉ちゃん来ないの?」
と訊くジュニアを、ハバキは他のちび共から少し離れた所へと連れ出した。
「これ、なーんだ?」
「おぉ!」
持ち込んだ勲章をちらりと見せると、ジュニアにはそれが勲章と解るのか、目のキラキラが増して、多分無意識なのだろうけど、右手が伸びる。
ジュニアの手からさっと避けて、再びポケットに仕舞う。
「ハバキ、軍の人か?」
「ジュニア大尉、実はハバキ曹長は傭兵で、現在極秘任務中なのであります」
わざとジュニアの耳元で喋る。ジュニアはまた盛大に目をキラキラさせて、でも緊張もしたのか、ゴクリと唾を飲む。
「そこで、ジュニア大尉にお願いがあります」
内緒話のまま、ちび共の中で求心力があるジュニアに、何かあったら指示を聞いて欲しい事、それから、その時は他の子供達の隊長となって欲しい事を伝える。
ジュニアの目のキラキラは、これ以上ないくらいに輝いていた。
「秘密の任務中だから皆には内緒、な? 男の約束だ」
「分かった、約束!」
キラキラさせたまま、真剣な目で、ハバキの目をしっかりと見て、ジュニアは秘密の約束をした。
あっという間に子供達に懐かれたクラウお姉ちゃんは、ごちゃごちゃと一斉に喋るちび共の話から不審者の風体を聞き取った。
ちび達は「じーさんだった!」と言っている。ハバキを「おっちゃん」と呼ぶくらいだから、多分彼らの父親より少し上くらいの中年。それから、スーツを着ていたらしい。
元来明るい彼女は、ちび共と一緒に公園で走り回るのも満更ではなかったのだが、自身は別の調査を始めた。けれど毎日「クラウお姉ちゃんは?」とハバキが訊かれるらしく、後ろ髪を引かれる。
クラウが防犯カメラの映像を調べたのは、市警察の記録からだった。公園全体、それからちび達が男と接触した箇所を映すアングルのカメラは無く、「公園に来た中年のスーツ男」というだけでは、特定もむずかしい。
それから市警察の伝手、と言うよりは、ベックウィズから掛けられた圧力によって、市外の警察、それから周辺国の警察にも連絡し、同じような事案が無いか調査した。これには、クラウと鳴風 さらら(
gb3539)が2人で手分けをして、膨大な資料の山を掻き分けた。
すると、場所も発生時刻も全くバラバラだが、同じような「事件」が報告されている。
その全てが、今回と同じように、見知らぬ男から子供が模型を貰ってきた、と云う、親からの通報だった。ただ、殆どが「不審者の通報」なので、現場周辺の警戒を行う、等の対処が行われたのみで、解決している事案は無い。
一件だけ、同じように約束の時間が指定され、そこに男が現れた事案があった。けれど、逮捕されておらず、問い合わせても「捜査上の機密です」とにべもない。
流石に、伝手という名前の圧力も、ここまでは及ばないらしい。
クラウと鳴風は、問い合わせた地元警察のぞんざいな対応にうんざりしつつ、調査を打ち切った。
●おもちゃ屋とマヘルとレールズ
子供達から集めたワームの模型を並べて、マヘル・ハシバス(
gb3207)は一つ一つ丹念に見比べていた。
見れば見るほど、精巧に出来た模型である。見たことのあるそれと全く変わらない。バグア側から設計資料を貰ったと云われても、信じられる。
ワームの模型は全部で8体。そのどれもが、同じヘルメットワームを模していた。
今度は、模型それぞれの差異を調べる。塗装、細かな造形、プラスチックの分割、それから表面に施されたモールド、幾つかのギミック。
それらの細かな差異を、8体それぞれ照らし合わせる。
模型をぐるぐると調べるマヘルの横で、レールズ(
ga5293)は玩具メーカーに問い合わせしていた。
地元のおもちゃ屋になりきって、ワームの模型の発売情報を問い合わせている。
「最近、子供達が戦わせたいけど敵役が無いって言うんですよ。そちらの製品にワームのフィギュアとかそれに類似するものはありませんか?」
『いやー、無いですねー』
「あ、そうですか‥‥新しく作るって事も今のところないでしょうか?」
『ウチとしても発売できるもんならしたいんですけどね。なんせ資料が無くて』
もう何社目だろうか。どこも同じ回答だ。「作っていない」もしくは「作りたいけれど資料が無い」のどちらか。
そうだ。
資料が無いのだ。
KVの模型なら、各メーカーに問い合わせるなりすれば、外観の資料を入手できて、ライセンスを取得して模型を販売する事も可能だろう。
だがバグア相手にそんな交渉が通じるとも思えない。
ワームに良く似た模型なら、幾つか販売しているメーカーもある。けれどその精巧さは、今横でマヘルが調べている模型とは、比べるべくもない。
ところが、両手で数えられない程度に電話した所で、状況が変わった。
国内のとある中堅おもちゃメーカー。模型の他にも、家庭用ゲームソフトだとか、幅広く展開している。
ここに電話した時。応対に出た営業担当は、実に明るい声で、「発売予定はありますよ」と答え、レールズがどんなものか聞くと、「資料が入手できたのでかなり精巧なものになりますよ」と、悪びれもせず答えた。
どこから資料を入手したのか、どうやって資料を入手したのかは聞けなかった。「卸しますよ?」と店名と住所を訊ねられたレールズは、誤魔化して電話を切る以外になかった。
マーブル・トイズ・カンパニー。恐らく、これが当たりの社名。
レールズが電話中に取ったメモを纏めていると、横で模型を調べていたマヘルが声を掛ける。
「どれも、個人で作ったものでは無いですね。工業製品として作られています」
「こちらも、当たりのようですよ?」
纏めたメモを、マヘルに差し出す。
「では、ここから金型が発注されているか、ですね。確認できれば、裏が取れます」
2人の得た情報は、ウッドラムに知らされた。ウッドラムから今度はベックウィズに知らされ、デルタが調査する。
これ以上は、報告待ち。
ウッドラムの妙な予感は、的中し始めていた。
●ウッドラムと黒桐と鳴風
黒桐白夜(
gb1936)はここ数日、ウッドラムの身辺を調査していた。けれどこの調査はとてつもなく膨大で無謀と思えた。
退役したとは云え、彼の仕事上、怨まれる心当たりは嫌と言うほどある。家族にとばっちりの可能性もある。それから友人、知人。殆どどこからか軍に繋がる。ここも可能性がありすぎる。
それから、関わった任務。鳴風は、デルタが関わった一連の事件との関連を気にしていた。
ヨーロッパ開放同盟と名乗るテロリスト集団との関わり。黒桐もそれを充分承知した上で、マヘルとレールズの持ち込んだ玩具メーカーの情報と共に、デルタに託した。
当日。
ジュニアとチビ共は、ハバキ、クラウ、それからマヘルとレールズの護衛付きで現場に向かった。
ウッドラムは、家族と自宅に。黒桐と鳴風も残った。
「何か、いろいろと厄介そうですよ?」
デルタから調査情報を持ち帰った黒桐が、そう言いながら戻ってくる。
2人の視線が黒桐に集まる。
「ヨーロッパ開放同盟は、マーブル・トイズ・カンパニーと関わりがありそう、って事」
ソファに座っていた鳴風が立ち上がり、黒桐の手の調査資料を覗き込む。
「鳴風に言えばわかるって。金型作ったのは、こないだの工場だってよ」
鳴風の体が一瞬、びくりと反応する。座ったままのウッドラムは、「こないだの工場?」と聞き返す。
「ええ、そう言ってました」
「工場は、あなたの後任さんと一緒に、先日潰したのよ」
聞かれる前に鳴風が答える。ウッドラムは作戦の詳細を知らないようだし、伏せておきたかった。
「なるほど‥‥」
返事をして、そのまま何か考える風に、窓の外を見る。それ以上は聞いて来ないようで、鳴風は少し安心した。
「思ったより大変な事態だな。‥‥親としては、現場に行きたい所だが。君らの友達に、任せたしな」
そう言って、ウッドラムは煙草に火を点けた。彼の妙な予感は、的中した。
●不審者
ハバキがジュニア達より先に、一歩前に出る。覚醒しても外見が変わらないのは、こういう時に便利だと思った。
クラウは男を挟んだ向こう側のベンチに。マヘルは、2人を見渡せる位置に。丁度3人で囲めるように、待機している。レールズは車に走れるように、準備していた。
「俺、あんな精巧なHWの模型見たの初めてで」
「ありがとうございます」
50近い男。スーツを着ている。手元にはビジネスバッグのみ。ハバキの質問に、澱みなく答える。
「私共の社は、KV模型の分野では後発でして。少々勝手なやり方ではありますが、子供達の生の声が聞きたいと思いまして‥‥申し遅れました、私は――」
あっさり名刺を差し出してきた。
マーブル・トイズ・カンパニー、CEO、グレン・エヴァンス。そう書いてある。
結局男は、身分をあっさりと明かし、ジュニア達の代わりにハバキと、発売情報や商品として企画した意図などを話した。身勝手に配って、生の声を聞きたかった、と云う以外は、実に普通で、ありふれたおもちゃメーカーの言葉だった。
捜査機密として、クラウと鳴風が詳細を教えられなかった一件も、おそらく同じ状況だったに違いない。
何せ本人が、「こういうやり方は控えるように、注意されたりもしたんですが‥‥」と頭を掻いている。逮捕に至る理由も無く、注意のみ。
マヘルと鳴風が関わった工場への作戦と、関連はある。けれども、あの工場と取引していた企業は数十に上る。その全てが、ヨーロッパ開放同盟と呼ばれるテロリスト集団に繋がっている訳でもなく、その確認はまだ取れていない。
結局、ここでも逮捕できる程の理由は無く、市警察に再び注意を受けて、男は帰った。
●
後部座席に、男が乗り込む。
運転手付きの、いかにもな高級車。シートに着くと同時に、運転手は車を発進させた。
「何も、社長自ら行かなくてもよろしいでしょうに」
車内は静かで、運転席と後部座席で、充分に会話が出来た。
「本業はおもちゃ屋なのでね。子供達の話は聞くものだ。ビジネスのためにも」
運転手が諌めるのは何度目だろうか。毎回この答えで、聞く耳を持たない。いつもなら、ここで会話は終わる。
「若い男が居た。多分、他にも居ただろう。私は気付かなかったが」
「‥‥警官ではなくて、ですか?」
意外な言葉に、運転手は驚く。
「傭兵や、探偵の類ではないかな。どちらにせよ、そこまで手を回せる妙なのを引っ掛けたらしい。子供達の親を調べてくれ。‥‥手は出さんようにな」
「わかりました」
「‥‥それから、ロベルトに連絡してやってくれ。奴が大喜びしそうな話だと思わんか?」