●リプレイ本文
●籠の鳥
心ここにあらず、と云うのか。どうも、いつもの落ち着いた優(
ga8480)の姿ではない。遠倉 雨音(
gb0338)には、その理由がおおよそ察しがついたが、それでも何も言わず、黙っておく事にした。遠倉は優を信頼していたし、今頃ヘリで飛び回っている筈のアニーも信頼していた。それに、遠倉自身も、優と同じ想いを抱えていた。それを彼女の場合は自制して表に出さないようにしているだけであったし、その自制を、理由も鑑みず他人に強いるような性格でもなかった。むしろ、優の分は自分でカバーすればよい、と、遠倉はヘリのキャビンで考えていた。
その優はと言えば、神撫(
gb0167)と同じくらい、見て分かるほど何時もの優ではなかった。ブリーフィングから上の空で、覚醒すればいつもの冷静な自分を取り戻せるかと思ったが、無理だった。何度も何度も、居なくなった友人達の顔が去来し、その度にアニーが重なる。焦り。ヘリの速度すらもどかしい。いっそアニーのヘリに乗せて欲しい。そんな事をぐるぐる考えた後、右手のプロミスリングを見つめる。その繰り返し。優にとって、橘川 海(
gb4179)や澄野・絣(
gb3855)が前向きに、ヘリの中で作戦相談をしてくれているのが救いだった。妹は、生きていればあれくらいの歳だろうか? お姉ちゃんは大丈夫。ちゃんとやれる。大切な友人を、ちゃんと守れる。
何でこの依頼を請けてしまったのか。ふとそんな事を考えてしまうくらい、神撫は憔悴していた。会わせる顔が無い、と言うのは今の神撫を指すのだろう。それでも顔を、アニーの顔を見ずには居られない。きっと面と向かっても、謝罪の一言しか言葉にならないに違いない。もっと沢山、話したい事は頭の中を埋め尽くすだろうに。きっとそれらを言葉に出来ないうちに、アニーは「神撫さんのせいじゃないですから、謝らないでください」とだけ言って、ちょっと寂しそうに笑うんだろう。そんな顔は見たくない。見るくらいなら、ここの7人、飛んでいるアニーも含めて8人の代わりに、自分が倒れればいい。
報告書を読んで、優と神撫と遠倉と、それからアニーに何があったのか、不知火真琴(
ga7201)は知っていた。知っていて、3人の様子にも気付いていたのだが、そのままにしていた。アニーとは知人である。神撫なども面識はある。けれどそれだけ。不知火自身は当事者ではない。そこに無遠慮に踏み込むような事はしない、それが不知火のやり方だった。勿論、求められれば手は差し伸べる心積もりはあるが、それを押し売りにするのは違う。今はただ、楽観的に前向きに、ただ作戦を素早く終わらせようと考えていた。それがアニーにとって、一番の助けになる筈だから。
不知火と同じく、美環 響(
gb2863)も、アニーらと面識があった。そして、作戦でツーマンセルを組む予定の優の様子がおかしい事と、出撃前の情報でどうやらアニーの様子もおかしいらしい事を聞いて、気に掛けていた。ただ優の様子については、どうせ一緒に作戦行動を取る事になるので、その時にサポートすればいい、とも思っていた。今は、姿の見えないアニーの方が気掛り。何度か依頼でアニーと同行している美環は、アニーが覚醒すると人の話を聞かず突っ走るのを知っている。たった1人で、4体のキメラ相手に、陽動とは云え。
橘川のすぐ後ろに、彼女の愛車が載っている。元来前向きで明るい橘川の性格は、友人の澄野と、ともすれば落ち込んでしまいそうなキャビン内部の空気を明るくしていた。アニーとは1度会ったきりだが、知人のピンチに黙っている訳にはいかない。今回の任務には澄野も、不知火も一緒だった。橘川の呼び方を借りれば、絣さんと真琴さんも。彼女らと一緒に、着いたら真っ先にバイクで飛び出して、ばっちり観測をして、素早く終わらせる。お母さんに悲しい手紙は書きたくない。誰かが悲しむのは、見たくない。
KVでなく、身一つで依頼を請けて戦場に立つのは、澄野はこれが初めてだった。ついこの間、グリーンランドでひと悶着あった時も、彼女は愛機のコックピットに居た。戦場の空気を、キャノピー越しにではなく、直接顔に、手に、黒く整えられた、長い髪に受けるのは、初めての経験だった。不安はあった。面識は無いが、アニーの事もそう。一緒に戦場に向かう仲間の様子もそう。そしてなにより、自分自身が、初めて直接、硝煙の匂いに触れるという事。それでも、ヘリに乗り込んで、友人である橘川と話していたら、だいぶ楽になった。海さんも一緒。大丈夫。
8人の中で、一番作戦の成功を楽観視していたのは九頭龍・聖華(
gb4305)だろう。言葉少なだが、九頭龍の一言一言は、他のメンバーの気持ちを随分と楽にした。細身の身体に、設置予定の地雷を幾つも抱えて、九頭龍はヘリに乗り込んだ。沈んでいるメンバーに、何があったのか、九頭龍も知らない訳ではない。彼らの気持ちもよく分かる。九頭龍も故郷を滅ぼされているのだ。それでも、だからこそ、作戦の成功しか考えていなかった。きっと、あっという間に、バグア共は地雷に引っ掛かって、アニーのヘリもすぐに帰ってくる。そう信じていた。
そんな8人の想いを知ってか知らずか、アニーは相棒のヘリと共に、厄介なカメを相手にしていた。饒舌になってカメを罵っているのは覚醒しているから。けれど、何時ものように突っ走らず、ずっと考え事がもやもやと燻っていた。それでも、彼女は軍人だ。作戦の遂行を目指して、カメの周りを小賢しく飛んでいる。もちろん、簡単に落とされてやる気はさらさらない。
けれど。
●火の籠へ
ヘリから飛び降りると、8人は一斉に持ち場へと散った。夜闇に紛れて、地雷を設置するため。これからここを通るであろう、バグア共の輸送車を、火の籠の中へ招待するため。
橘川のAU−KVが、バイクのまま道路とは垂直に突っ走る。本当ならブーストで飛ばしたかったのだが、夜露で凍っているのか、捻るスロットルに合わせて後輪が横滑りする感覚を受けたので止めた。二輪好きを自負しているのに、凍結に気付かず転倒したなどなれば、恥ずかしいやら情けないやらで手紙にも書けない。
九頭龍も、橘川と逆の方向に走り出した。抱えてきた地雷を設置班に託し、「ちと行って来るぞ」と、折角よく喋るようになったのにたった一言だけ残して、走ってゆく。
2人は、道路から離れて、近づく輸送車の灯りを観測する。視界を遮る物は無く、暗闇の中に連なるライトがよく見えた。ついでに、恐らくアニーのヘリと思われる火線も。
まだ、時間はある。けれども、早く。
そんな相反する妙な気持ちで、2人は近づく車列を観測していた。
澄野の暗視スコープは、設置の終わった地雷もよく見えた。彼女が指示を出し、遠倉が設置する。それから簡単に土を被せて偽装。日中なら見つかる偽装かも知れない。けれど、夜目にはそれと分からない。
本来なら、もっとしっかりと偽装すべきなのだろうが、遠倉には急いで、1つでも多く設置したい理由があった。優や神撫のそれと同じ理由である。
澄野も、遠倉のそれを汲んで、素早く次々と指示を出してゆく。
『観測地点より、1.5kmまで接近したようじゃの』
九頭龍の声が、2人のレシーバーから聞こえた。
何時の間に仕込んでいたのか、迷彩服の裾から、とても出てくる大きさとは思えない地雷を次々と取り出して見せた美環の「ショー」は、落ち着きを失くしていた優の心に、少し余裕をもたらした。
彼の育ちがそうさせるのか、ほんのちょっとした笑いが余裕を産んで、その余裕が良い結果をもたらす事を、美環は良く知っていた。
そのお陰か、優も、地雷の設置中は、美環も見た事のある、冷静で効率的に作業を進める優に戻っていた。
道路右側の路肩へ、手動起爆の地雷を設置する作業は順調に進む。
『こちら観測班、1kmまで接近しましたっ!』
しかし、橘川から連絡を受けた所で、いつもの優は、上の空な優へ戻ってしまう。
彼女は、起爆を美環に託した。
神撫が、何か思う所があるのに、不知火は気付いていた。
神撫は、恐らく自己犠牲だとかそういった類の事を考えているのだろうと、不知火は気付いていた。
それでも2人は、優や美環とは反対側の、道路左の路肩への設置作業を黙々と進めている。
『観測班じゃ、500mまで近づかれたぞ』
『そろそろ限界ですっ!』
丁度設置作業を終えて、観測していた2人から連絡が入る。
「真琴さん、お任せします」
彼もまた、起爆は不知火に任せ、自身は剣を抜いた。
●キメラの網
アニーの砲火の網を潜り抜けた8両の輸送車が、起爆地点に迫るのを、じりじりと待っていた。
灯火は消してある。ヘッドライトだけがゆっくりと揺れる。
もう100mも無い。起爆スイッチを持つ手に力が入る。
8人が、丁度、呼吸を止めた瞬間。
『やった?』
轟音と、何かに引火した炎が立ち上り、同時にアニーの叫び声がレシーバーから漏れる。
加重式を踏んだ1両目を避けるように、後続が左右に割れた。
路肩に設置した地雷を、美環と不知火は起爆させた。2度の轟音。
地面を蹴って、スロットルを開けた橘川は、失敗したと思っていた。加重式と手動式を逆にすれば、一網打尽だったのに。行く手を塞がれた5台は、ハッチを開くと中型の蜘蛛を吐き出した。
「出てきたか。行きましょう」
神撫がランタンの灯りを目立つように光らせ、キメラの網の中に飛び込んだ。吐き出す糸が絡まるが、構わず群れの中心へと向かう。
優も、我を忘れたかのように、群れの中へ飛び込んだ。何度か蜘蛛を薙ぎ、そのまま神撫のように、群れの中へと飛び込む。
連携なんて考えちゃいない。美環からはそうとしか見えなかった。それでも、無理に止めようとせず、2人の動きをサポートするように射撃を繰り返す。
神撫の後を追った不知火も、ねばねばした糸に絡め取られながらも、敵中に切り込んでいく。
キメラの真っ只中に飛び込んだ優と、神撫が、その攻撃を一身に受けつつ、それでも数を減らしていった。
手元に一つ残した手動式の地雷。九頭龍はそれを、車列の最後尾の車両の下に投げ込んだ。まだ蜘蛛を吐き出し続けるそれは、九頭龍が押した起爆スイッチによって、轟音と共に、4つ目の炎を上げた。
幸い、キメラは彼らの手でそれほど苦戦する相手ではなかった。それでも、群れの中心に飛び込んだ優と神撫は少なからずダメージを受けていた。
時折、思い出したように味方と自分の位置を確認する。出過ぎている。頭では解った。けれども、優は戻らない。
神撫は位置の確認すらしようとしなかった。ただひたすら、全ての攻撃を受け止め、目に映る敵を全て切りつける。
やはり、遠倉の不安は的中した。彼女の信頼する友人は、敵中に飛び込んだまま、戻ってこない。止めるタイミングも失った。今は、暗視スコープで標的を示してくれる澄野の指示に従って、援護を繰り返すしかなかった。
『どうなった?』
またアニーの声。4回目、九頭龍の起爆音の直後。バイクで戦域全体が見渡せる程度に近づいていた橘川が答える。
「輸送車両4機破壊、アニーさんも撤退してくださいっ!」
敵は、確実にその数を減らしていた。
●籠の外
4両は、まだ延焼し燻っている。残りの4両は、運ぶべき物を失い、動きを止めた。
ヘリのローター音が近づく。アニーの乗機ではない。彼女の機は、キメラを引き付けたまま、逆方向に離脱し、その後、キメラは航空支援によって殲滅される。
「間に合ってよかった‥‥」
『ありがとう神撫さん。実はもうちょっとで、弾切れでした』
まだ、辛うじて無線は届く。神撫にアニーが答えた。
案の定、彼は結局、それしか言葉にならなかった。もっと言うべき事があった筈なのに。言わなくてはならない事もあった筈なのに。
そして案の定、アニーは彼を責めなかった。責めてくれたほうが、幾分楽だったに違いない。
アニーの機体は、ミサイルを撃ち尽くし、ロケットランチャーの残弾も僅かとなった所で、作戦は終わった。片方のスタブウィングはもぎ取られ、キャノピーに30mmの穴が開いている。
そしてアニーの中で燻る、もやもやは消えていない。
アニーの無事が伝わり、全員に安堵の空気が流れた。帰投のためのヘリが降着する。
結局、不知火に誰も助けを求めなかった。気持ちの整理が付いたのか、それともまだ抱えているのかは解らない。
けれど、それでいいと思った。必要な時に、必要なだけ、居てあげればいい。そう思っていた。
KVから降りて初の実戦だった澄野も、一緒になって無事終了を喜んでいる橘川も、結局最後まで楽観して疑わなかった九頭龍も、微笑みを浮かべて優雅にヘリに乗り込む美環も。
誰も、何も抱えずに戦ってなどいやしない。
右手のプロミスリングと、アニーのヘリが飛び去った方向を、優は交互に見遣った。何時の間にか、隣に遠倉が立っている。
「無事に、終わりました」
柔らかく微笑んで、優にそう告げる。
優は一度、遠倉と視線を合わせた後、他のメンバーへと向き直った。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。そして、ありがとうございます」
そう言って、ゆっくりと目を閉じる。彼女は、ここでようやく、泣く事を自分に許した。