●リプレイ本文
アニーは思い出した。
自分達が何を作ろうとしていたのか。
アニーは思い出した。
今目の前にある、標高30cmの「物体」を前にして。
●伊達巻のなりたち
数時間前に遡る。
アニーの出した依頼はこうだ。曰く、「伊達巻に巻く物のレパートリー募集」と、それだけ。
ところが、何時もの通り5、6人で良かったのに、20人近く集まったこの光景を見て、ちょっと謝礼も出す予定だったのが経費で落ちるかとか、余計な事が気になりだした。
そして、連隊本部にある食堂の片隅を借りてちまちま焼いていたクレープ状の玉子焼きは、結局食堂全部を借り切る事になり、お料理教室の様相を呈してきた。
ここでアニーはちょっと不安になった。
連隊本部には、ある意味キメラより恐ろしい、減給、降格、或いは停職といった攻撃を繰り出す、「始末書」という怪物が居るのを、彼女は知っている。
何故「レパートリー募集」と云う、伊達巻が何か知っている事が前提の依頼に、伊達巻を知らない面々が居るのかは、アニーは疑問に思わなかった。
きゃいきゃいとかしましい彼らのテンションに飲まれ、そこまで考えが至らなかったのかも知れない。
ここでアニーが気づいていれば、また違った結果をもたらしていたかも知れない。
わいわいと騒ぐうち、集まったうちのおよそ半数が「伊達巻」を知らないらしい、という事が判明する。尤も、大泰司 慈海(
ga0173)のように、知っていて言わなかったりする手合いも居る訳だが、そもそも「伊達巻」を知らないその半数は疑問に思わない。アニーを含めて。
まず「伊達巻とは何か」から話そう、とか言い出したのは一体誰であったか。兎も角、一同の耳目を集め、最初に語りだしたのは叢雲(
ga2494)だった。
「伊達巻とは、蛇態真氣(だていまき)と呼ばれる、古代の日本のつわものが会得していた氣の一種が起源なんです。蛇態真氣は選ばれた才と厳しい修行に――」
長い。
要するにこうだ。神の使いとされる蛇に対する信仰からの表れで、修行しその技を会得したものは、あたかも蛇がとぐろを巻いたように見える氣を発する事が出来る。時代が進み、氣の存在は廃れたものの、信仰の名残りとして、とぐろを巻くその姿を模した伊達巻が誕生した、と。
長い。
流石にアニーも、これを丸々全部鵜呑みにはしなかった。鵜呑みにするようなら、今頃作戦士官なんて位置に納まっていない。
聞いてるうち、叢雲さんは頭のいい人だ、とアニーの思考は逸れていった。
大概、こういう場所で、こういう状況で、咄嗟にユーモアを出せるのは、頭の回転が早いか、語彙のセンスが良いか、噺家のように語り上手か、もしくはその全てに該当するかに決まっている。
アニーは叢雲の話術に心底関心しつつ、何気なく周囲を見渡すと、真に受けてる面々が居た。
最も興味深げに聞いていたのは雨衣・エダムザ・池丸(
gb2095)だった。せっせとメモなど取っている。
彼女は初対面のアニーにおどおどと挨拶してくれた。きっと引っ込み思案だったり人見知りだったりするのだろう。でも努力しようとしている素直で純真な姿は凄い。なかなか出来る物ではない。けれども悲しいかな、雨衣が信じてメモを取るそれはジョークだ。
橘川 海(
gb4179)も雨衣の横で、真剣な顔でうんうん頷きながら聞いている。すぐ後ろに居るリュウセイ(
ga8181)の呆れ顔には気づいていない。2人目の被害者と言っていいだろう。
柚井 ソラ(
ga0187)は、形容すると「あぁまたやってます叢雲さん‥‥」みたいな表情をしている。こちらは大丈夫なようだ。
伊達巻を知っている面々、須佐 武流(
ga1461)や神撫(
gb0167)など日本出身組は流石に分かっているのか、面白がって聞いている。恐らくちゃんと後でフォローしてくれるに違いない。依神 隼瀬(
gb2747)は神撫の隣で実に楽しそうに聞いている。ちょっと何か企んでいる類の顔だな、とアニーは思ったが、そのままにしておいた。
リュドレイク(
ga8720)とユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の2人はもう話を聞いていない。聞いておらず、ホイップクリームでも作るのか、何やら準備を始めている。
ここでもう一つ、伊達巻にとって不幸な点があったとすれば、御影 柳樹(
ga3326)が割烹着に着替える、と部屋を一度出た事だ。軌道修正が出来る筈の人物が減る間に、混乱は深まる。
伊達巻を知らない組であるアンドレアス・ラーセン(
ga6523)やクラウディア・マリウス(
ga6559)が叢雲の話を真に受けつつ、その横で伊達巻を知っている筈の不知火真琴(
ga7201)も、「なるほど」などと真剣に聞いている所で、今度は大泰司が語り始めた。
「初めまして! よろしくね!」
と、初対面のアニーにちゃん付けで挨拶したこのファンキーでノリの良い沖縄出身のオヤジは、今にして思えば叢雲以上の相当な食わせ者だった。
「伊達巻の発祥は諸説あってね、仙台の伊達氏のご息女に代々伝わる――」
長い。
要するにこうだ。伊達氏。日本の室町〜安土桃山時代の戦国大名。奥州探題。転じて仙台藩62万石。その伊達氏の息女に代々伝わる華やかな巻き髪が発祥で、伊達巻とはそれを模したものであり、本来はその艶やかな黒髪を真似て、黒い、と。
長い。
嘘を付く時は、話の中にちょっぴり本当を混ぜるのがコツらしい。その「ちょっぴりの本当」が、嘘に実感を持たせる。
まさにこれを、この食わせ者のオヤジは実践してみせた。叢雲の話は聞いた事の無い妙な出版社の本が引用元らしい。流石にアニーもこれは見抜く。ところが、大泰司が流暢に澱みなく喋ってみせた伊達氏云々のくだりは本当だ。アニーはこれを信じた。
そして、彼の流暢な嘘が、どうやらロジー・ビィ(
ga1031)の琴線に触れたらしい。
ついさっきまで、ふんふん鼻歌交じりで楽しそうに自分の荷物からエプロンやら三角巾やらおたまを取り出していた彼女は、その手を止めて「おぉ、黒ですわね!」とか言いつつ、ぴこぴこハンマーをぴこぴこぴこぴこ鳴らしている。
さらにここでもう一つ、伊達巻にとって不幸な点がある。アニーは、彼女の荷物にちらりと見えた、大量の花火セットに何の違和感も感じなかった。
クラウの後ろでただ座っていたアグレアーブル(
ga0095)は、初めて表情らしい動きを見せて、何やらうんうん頷いているし、柚井は「む、伊達巻にも地域差があるんですね。お雑煮みたいで奥が深いです‥‥」とか感心している。
かくして、伊達巻とは別に、「黒くて卵で色々巻いたもの」は、DATEMAKIとして、一同に受け入れられた。
●伊達巻作り
アニーがちまちま作っていた伊達巻は、数個の卵と食堂で出るフィッシュフライを拝借したもので、ここに集まった面々の作る「伊達巻」の材料としてはとても足りない。
大泰司の実に鮮やかな嘘の後、一行はぞろぞろと買出しに出かけた。
こういう時、ブラット准将公認の依頼という「大義名分」は便利である。アニーは全て連隊向けに領収書を切り、その領収書がどこをどう回って准将の所まで辿り着くのか知らないが、誰の懐も痛めず、大量に食材を買い込んだ。
いや、懐は痛めている。多分、おそらく、これには税金が充てられる。だけれどアニーの想像力はそこまで至らず、それでも「上様」の宛名だったり、日付未記入だったりはしなかった。彼女は「始末書」という怪物が居るのを知っている。
買い込んだものはと言えば、白身魚、ラムレーズン、牛肉、バナナ、米、鰻の蒲焼、和カラシ、いちご、海老、黒ゴマ、めんつゆ、ほうれんそう、コーヒーリキュール――
長い。
要するにこうだ。三世代同居の家庭が数週間分の食材を一度に買出しした時のような、バラエティと量に富んでいる。リュウセイが「何人分作るつもりだよ‥‥」と気にしていたが、多分間違いなくここに居る人数では消費しきれないであろう量だ。材料から出来上がりが想像できない。
長い。
ちゃんとした伊達巻、という表現が、それを指す場合に正しい表現かは一旦置いて。「ちゃんとした伊達巻」を作るチームの買い込んだ食材は実に「ちゃんとして」いて、白身魚やはんぺん、えびと、後は仕上がりさえ巧く行けば、何の問題も無い、実においしい手作り伊達巻にありつけるだろう。
ところで、アニーは「ちゃんとした伊達巻」を知らない。
雨衣も橘川も知らない。と云うより、例の大泰司の「黒い伊達巻」を鵜呑みにしている。柚井まで。
「黒い、って事は、黒砂糖とか黒酢、ですかね?」
頭上にハテナを浮かべて、口元に右の人差し指を当てて何か考え込む柚井。
「黒く、て、厚くて、ふわふ、わ、してる、気がしま、す」
割烹着を着込んで、おどおどと喋る雨衣。
「蛇態真氣とか、巻き髪とか、そんな歴史がっ‥‥」
何か納得して一人でうんうん頷く橘川。
「ありゃ嘘だ」
3人のハテナを、リュウセイが一言であっさり切り捨てた。
「あー、あはは‥‥。先生にもよく嘘教えられたんですよね‥‥」
橘川の表情がくるくる変わり、今度は乾いた笑いになる。そんな嘘教えるのは先生とは言わないんじゃないか、とアニーは思ったが、突っ込まないでおく事にした。
「神撫さん、上手なやり方教えてください!」
依神はついさっきまで、叢雲の話が面白かったので実家に伊達巻を奉納するんだとどこかに電話を掛けていたが、何時の間にか戻ってきている。
「じゃあ、本物を見せてやりましょう」
神撫と叢雲、そしてリュウセイが作り始めたのは実にオーソドックスな「ちゃんとした伊達巻」で、白身魚をすり身にする所から始め、卵に砂糖を加え、長方形になるようバットに流し、オーブンで焼き色が付くまでふんわりと焼き上げ、巻き簾で丸くして‥‥と、実にちゃんとしている。
「すり身じゃなくて、はんぺんを代用しても作れるんだぜ!」
リュウセイと神撫ははんぺんを使った、所謂「ご家庭でも簡単に」的なバージョンも作って見せた。
須佐はちょっと変化球を投げてきた。生地にクリームチーズとレモン汁を加え、チーズ風味伊達巻。それから、えびの剥き身がゴロッと入っているえび入り。
こちらもすり身の代わりにはんぺんを代用し、手軽に作れそうである。
御影も割烹着に着替え、その巨躯に似つかわしくない手さばきで、鯛を捌き、すり身にし、生地を作る。ちょっと高値な鯛のすり身を使用した伊達巻がどれほどか、出来上がりが楽しみな一品。
雨衣と橘川は、リュウセイに教わりながら作業を始めた。
「まずは、はんぺんを練り込み――」
「よし、雨衣ちゃん! はんぺん一緒にやろう!」
「はんぺ、ん、って、どん、な、物です、か?」
「はんぺんってのは魚の――」
「はんぺんは反遍と書き、古来中国から伝わる――」
叢雲だ。彼しか居ない。けれども今度は、「長い」と書く前に苦笑いの神撫に止められた。ちょっと期待した表情を見せた依神は、実に残念そうにしている。
兎も角、こうして「ちゃんとした伊達巻」の製作は始まり、アニーも伊達巻がどんなものか知る事になり、到着を待ちわびているであろう蔡にも、「ちゃんとした伊達巻」が届く事は確約された。
しかし。
●DATEMAKI作り
溶き卵を熱したフライパンに落としてみると分かるが、卵というのはあっという間に固形になる。すり身を加えた生地をオーブンでふっくら焼き上げるのより、何倍も早く。
黒いのは嘘、とリュウセイが一刀両断にしたのを聞いていなかったのか、それとも聞いてたけど解っていないのか、クレープ状の生地を手に楽しそうに調理を始める一団。
「ったく、イギリス人ってのは茹でるか揚げるかだ」
アニーの作ったフィッシュフライ巻きを串ごと器用に持ち上げ、アスが呆れ声を上げる。
「でも、アスさんも酢漬けか塩漬けのヘリングですねっ」
全く悪気の無いクラウの一言が、アスに突き刺さった。
「そ、そりゃあ実家から‥‥」
「伊達巻ってドルチェみたいなものなんだねっ! アグちゃん、一緒にやろっ!」
クラウはアグレアーブルを誘ってフルーツを小さくカットし始める。もうアスの言い訳は聞いていない。
そのアグレアーブルはと云えば、何やら刺身を取り出して、ダイコンのツマやら紫蘇と一緒にワサビのソースで和えている。
「柚井くん、ワサビ楽しみだったみたいだから」
それだけ見ると普通に美味しそうに見える。で、それを卵で巻く。‥‥案外普通である。見た目は。
「む、別にワサビ楽しみだった訳じゃ‥‥」
ちゃんとした伊達巻作りを手伝っていた柚井が手を止め、アグレアーブルの「刺身巻き」を見る。が、反論もそこで止まる。楽しみだった訳ではない、が、案外普通なのである。
「黒が無いですわ!」
横からロジーの声。
伊達巻にとって不幸な点が、ここにもある。ついさっき、彼女ははんぺんに興味を示した。そしてそのチャンスを、大泰司は見逃さなかった。
「はんぺんってのは、メレンゲをすり身と一緒に固めた――」
長い。
要するにこうだ。甘くない白いすり身だから、甘くて黒くしろ、と、このナイスなオヤジはロジーに吹き込んだ。
最初、ロジーはクレープ状の玉子焼きに海苔を敷き、巻く中身を何か自分で作ろうとしていた。していた所で、アスに止められた。
「むぅ‥‥どうしてですの〜?」
とむくれるロジーは、男なら大泰司でなくともちょっとからかいたくなる程愛らしかった訳だが、どうもアニーがアスに聞いた所によると、彼女は料理の才能が負の方向で溢れており、――極まれに成功する事もあるらしいが――、デコレーション以外をさせるのは危険極まりないらしい。
で、中身の作成を止められたロジーは、はんぺんを手元に、先程から何かせっせと拵えていた。
その、拵えていたのがこれだ。
アグレアーブルの横に出ると、彼女の作った「刺身巻き」に、ペースト状の黒いモノを上から掛けた。
どこで道が逸れたのだろうか。
多分、最初から逸れるメンバーだったに違いない。
クラウがアグレアーブルと一緒に作ったドルチェは、白い粉砂糖で飾りつけられ、金串にリボンが添えられ、もう既にお正月ではない。
不知火は何故かチキンライスを作っていた。
「何作ってる?」
と聞く叢雲に「チキンライス〜」と嬉しそうに答え、
「何作ってんだ?」
と聞くアスに「チキンライスです!」と元気に答え、
不知火はこれを卵で巻くと言う。
「DATEMAKI出来た〜」
と高らかに宣言し、ロジーやらクラウやら、雨衣や橘川らにお披露目して、
「すごーいっ! 負けてられないねっ、アグちゃん!」
とか
「黒を入れてみては?」
「じゃあ刻み海苔を」
とか遣り取りをしているが、流石に世間知らずの雨衣でも何か引っかかったようで、「おいし、そ、うで、す、けど‥‥」と、消極的に疑問を訴えている。
だが、雨衣は正しい。
この料理には、もう別の名前が付いている。
神撫とリュウセイ、それから須佐の指導によって、依神と橘川、柚井の焼く伊達巻が、黒から食欲をそそる茶色へと、焼き目の色にグラデーションが付き始めた頃。
本当なら3人に混ざって、ちゃんとした作り方を教わりたかった筈のユーリが、どこからかブッシュ・ド・ノエルを持ってきた。
持って来たんだ、と一同が錯覚するほど、どこからどう見てもブッシュ・ド・ノエルだった。
勿論玉子焼きベースである。ラムレーズンを加えたチーズケーキを巻き、鮮やかにデコレーションして見せ、リュドレイクと2人して、満足そうに眺めている。
このブッシュ・ド・ノエル風伊達巻は女性陣の心を痛くくすぐったらしく、パティシエ並のケーキ作りの腕を見せたユーリは一躍時の人となる。
付け加えると、アニーは既にこの頃から、自分達が何を作っていたのかすっかり忘れている。甘い伊達巻の香りと、ドルチェの色とりどりなフルーツと、ケチャップの焦げた良い香りと、目の前のブッシュ・ド・ノエルに惑わされている。
女性陣に混ざって、目をきらきらさせる柚井も含めて、早速試食会が始まる。持っていく用にはもう一個作る気らしい。
チーズケーキと卵、それから甘さを抑えたキャラメルクリームが合わない訳はなく、大好評なのだが、ユーリとリュドレイクが完成させたこの料理は、もうケーキだ。
ロジーが随分静かに自分の作業をせっせせっせとこなしているのを、誰か気づくべきであった。
ロジーが皆の所を回っては、出来上がった伊達巻もしくはDATEMAKIを、ちょっとづつ貰っていくのに、誰か疑問を持つべきであった。
「さぁ皆さんご注目ですわ〜!」
ころころ笑う彼女の澄んだ声と、ぴこぴこぴこぴこ鳴るハンマーが、皆の注目を集める。
そこには。
ちょっとづつ切り分けて持っていった伊達巻もしくはDATEMAKIが、30cmほどの高さで積みあがり、刺さった花火がぱちぱち音を立てていた。
「今からこのクロカンブッシュにデコラティヴな仕上げをいたしますわ!」
彼女の手には、さっきアグレアーブルの「刺身巻き」に掛けた、ペースト状の黒いモノが抱えられている。
半数の人間、例えば男性陣の大半は、「開いた口が塞がらない」という状態を実感して、
残りの半数、例えば女性陣に加えて柚井などは、「おおぉ!」と感嘆の声を上げ、
そんな中、ロジーは仕上げと称して、伊達巻もしくはDATEMAKIのタワーのてっぺんから、ペースト状の黒いモノを掛けた。
甘くて黒いソースは、するするとタワーを伝って、伊達巻も、ドルチェも、オムライスも、ブッシュ・ド・ノエルも、刺身巻きもフィッシュフライもう巻きもヘリングもキッシュも、纏めて全部黒く染め上げる。
アニーは思い出した。
自分達が何を作ろうとしていたのか。
アニーは思い出した。
今目の前にある、標高30cmの「物体」を前にして。
●お届け
割烹着のおかん、を自称していた御影は、30cmの「何か」を前にがっくり膝を付いた。
「‥‥僕は出来る限りやった、やったさぁ‥‥」
彼は鯛を下ろす所から始め、見事な「ちゃんとした伊達巻」を何本も作って見せ、お手本として披露し、何度も軌道修正を試みた。
しかし、彼の健闘虚しく、今や伊達巻はDATEMAKIに駆逐されんがばかりの勢いである。
「大丈夫ですよ御影さん。御影さんの伊達巻おいしいですっ」
橘川が何か盛大に勘違いをした慰めの言葉を掛ける。彼女は美味しい伊達巻も食べられて、さらに雨衣と一緒に作った伊達巻も巧く行ってご満悦だ。
リュウセイの教え方が良かったのか、練習好きの橘川には苦にならなかったようで、力作を雨衣と一緒に摘んでにこにこしている。
どこからか、重箱が用意された。
「まず一番下‥‥に伊達巻ですかね」
神撫が例のブッシュ・ド・ノエルとクロカンブッシュを交互に見遣ってから、「ちゃんとした伊達巻」を最下段に詰める。
橘川と雨衣の力作を。
それから、2人に指導したリュウセイの、はんぺんを練り込んだ伊達巻。
須佐の変り種チーズ風味と、食感が良さそうなえび入り。
依神と、それから柚井が作った、焦がさず出来た練習の賜物。
叢雲と御影の作った、魚を下ろす所から始めた実に美味しそうな一品。
神撫の伊達巻は、依神がこっそり和カラシを大量に練り込んだモノとすり替えて。
これだけ見ると、しっかりおせち料理である。
「うーん、完璧日本って感じだ」
アスが言う。誰も異論は無い。ここまでなら。
2段目に来て、ちょっと雲行きが怪しくなる。
まず、真ん中にユーリとリュドレイクのブッシュ・ド・ノエルが鎮座した。ブッシュ・伊達・ノエルとでも言うんだろうか。
それから、クラウ作のドルチェ。フルーツが実に色鮮やかな切れ目を見せている。
そこにアグレアーブルの刺身巻きワサビソース和えが入る。
甘いクリームの香りと、ワサビの鼻を衝く香り、それから刺身の生の匂いを混ぜたものを、一度想像してみるといい。
さらに、大泰司が作った「黒いカステラっぽい何か」が入る。このオヤジは「伊達巻だ」と言い張っているが、アニーは今ひとつ納得が行っていない。なぜなら、上にバニラアイスが乗って、もう巻いてもいないからである。
ここへ、不知火がオムライスを入れる。本人は「伊達巻だ」と言い張っているが、10人に聞いて10人が「これはオムライスだ」と答えるに違いない。
最後に、アスがヘリング巻きを入れた。
「日本‥‥か?」
「多分‥‥」
アスが言う。アニーは消極的な肯定に留めた。
3段目。
「蓋が閉まらないですけど、見栄えのインパクトが違いますわ!」
嬉しそうなロジー。
標高30cmのロジー作伊達巻クロカンブッシュは、重箱の最上段に、一際存在感を放って鎮座した。
黒い。
多種多様な食材の香りが混ざると、こういう匂いになるのか、と思わずにはいられない。形容はむずかしいが、兎も角食欲はそそらない。
重箱の横に、白ワインの瓶を添えて、アスは悦に入っている。
アニーは不安になった。
これをシャオさんに持っていくのか。
今のアニーなら分かる。
これは「伊達巻」じゃない。