タイトル:【D3】Intentionマスター:あいざわ司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2010/06/08 03:56

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


 居心地の悪い事と云ったら無い。
 ロベルトの目の前の豪奢な机には、彼のボスであるエヴァンスが座っていて、その横にヴォルコフが立っている。
 ヴォルコフがここに居る理由は、エヴァンスの言葉で明らかになった。
 ロベルトは、彼のボスが自分のグループ企業として設立したPMCを任され、バグアの勢力伸張を狙って、地球側の戦力を減衰させるために活動してきたが、どうも成果は芳しくなく、ここ最近は機会を窺い雌伏していた。
 ところがエヴァンスにとって、それは歯痒いものであったらしく、またボスの期待に沿うものでなかったようで、「少し休んでリフレッシュしたらどうか」と告げられた。解任である。
 要するにお払い箱で、もうロベルトは必要無いのだ。
 それはいい。
 妙なのはここからだ。
 聞けば、後任はヴォルコフが就くと云う。更にヴォルコフ自身が指揮を執っていたPMCと統合する、と聞かされる。
 およそ一年程前になるだろうか。ロベルトは彼の名前で傭兵を集め、ヴォルコフと、ヴォルコフの指揮するPMCを襲い打撃を与えている。しかもこれは、エヴァンスの指示で手配したのだ。
 どういう意図で今回の解任、それから統合に至ったのか、その説明がエヴァンスの口からもたらされる事は無かった。
 只の解任劇なら、別のパトロンを探せばいいだけの話だが、どうもそういう訳にはいかない。すんなり引き下がるには、腑に落ちない点が多すぎる。
「時に、ロベルト」
「はい」
 考えるのを一旦止めて身構える。表情は変えずに、そのままエヴァンスを見据える。
「君は、肉を食べるかね?」
「肉、ですか?」
 質問の意図を測りかね、少し逡巡する。が、これだけの質問で真意など測れないのも知っている。
「好き嫌いは特に無いですが」
「そうか。私も食べるんだが、そこの少佐はベジタリアンでね」
 神経質な男の眉がぴくり、と動く。ヴォルコフが菜食主義なのは当時からモスクワでは有名な話だったが、だから何だと云うのだ。
「ロベルト、君はバグアの統治をどう思う?」
 そら来た。ロベルトは脳細胞を素早く活動させる。真意はここだろう。ロベルトは不要になったが、組織を知りすぎている。さっきの菜食主義の話もこれも、思想を測るもので、正解に辿り着けず間違った答えを出せば、不穏分子として消されるだろう。
「特に期待はしていません。人類のそれと同じでしょう、インドに於けるイギリスのように、或いは、ポーランドに於けるドイツのように」
 ロベルトの出した回答は、自分の本心を喋る事だった。親バグア派として媚びるでもなく、中庸を選んだ。
 支配地域の現状はロベルトの耳にも入っている。が、それが地球規模となるとどうだ。膨大な数の人類を全て抹殺する訳にも、全て捕虜として扱う訳にもいかず、結局は過去人類同士の紛争に於ける占領地と変わらないのではないか、とロベルトは踏んでいる。
「そうか、私も全く同じ想いだよ」
 ロベルトの回答が正解だったのかは分からない。けれど、エヴェンスが意見を合わせてきたから、今この場でどうにかされる事は無さそうだ、と確信した。
「バグアにも多様な思想があるだろう、少佐が肉を食べないようにね。だとしたら、宇宙人が女王陛下になるだけの話だ。人類が犯してきた罪と同じ罪を、また繰り返すだろうよ‥‥」

 車をショッピングセンターの地下駐車場に入れると、ロベルトはエレベーターでそのまま地上階に出た。車はエヴァンスに与えられたもので、これ以上は使えない。
 食品売り場でシリアルとミルクを買い求め、現金を支払おうとして、財布にロベルト名義のクレジットカードしか無いのに気が付いた。一度セーフハウスに戻る必要がある。
 ショッピングセンターを出て、買い物袋を抱えたまま五分程歩き、ロベルトとして取引のある銀行へ向かった。受付を済ませ、貸し金庫へ。
 金庫の中の書類、現金を全て鞄に移して、代わりにミルクとシリアルを紙袋ごと、それから地下駐車場に置いて来た車のキーを預けた。もうここへ来る事は無いだろう。
 銀行を出て少し歩いて、チェーン店のカフェに入った。美味しくもない紅茶を頼み、トレーを持って店内の目立たない席を選んで、腰掛ける。
 スチロール製のカップから紅茶を一口啜り、トレーに携帯電話を二つ、取り出した。一つはロベルトとして使っていたもの。もう一つは別の偽名で、エヴァンスとその周辺には番号を知られていないもの。
 エヴァンスに知られていない方を内ポケットに収め、もう一つはカップの蓋を開け、湯気を上げる紅茶の中へ素早く放り込んだ。街中で携帯電話をくずかごに入れる馬鹿になって目立つ気は、さらさら無い。
 トレーを返し、カップと鞄を持って店を出る。そのまま少し歩いて、ごみ収集用のコンテナの中へ、カップを投げ込む。
 その足でタクシーを拾う。ブラックキャブが認可制なのは、ロンドンの幾つかある良い所だ、とロベルトは思う。客席に間仕切りがあり、運転手の「行儀がよい」のは、今のロベルトに好都合だった。
 車が動き出してから、周りの風景でも見るように首を動かして、後ろを確認した。尾行されている気配は無い。
 航空券を手配しなければ、と思う。目的地は香港あたりの、人種の坩堝になっている所が良いだろうか。いっそラスト・ホープ、という手もある。
 けれどその前に、やる事がある。
 ロベルトは内ポケットから携帯電話を取り出した。伝手を使って、ULTへ。

 数時間後。
 本部の液晶パネルに、妙な依頼が上がった。
 依頼主はイギリスの実業家。依頼内容は、グレン・エヴァンスの身辺調査。
 自社がマーブル・トイズ・カンパニーと取引を開始するに当たり、信用に足る組織、人物か調査して欲しい、という事らしい。
 まるで興信所か何かと勘違いしたような妙な依頼は、殆どの人々に無視され、話題として取り上げられもしなかった。
 グレン・エヴァンスの名前に、聞き覚えのある者たちを除いて。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
優(ga8480
23歳・♀・DF
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
鳴風 さらら(gb3539
21歳・♀・EP
レオン・マクタビッシュ(gb3673
30歳・♂・SN
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA

●リプレイ本文

 これは賭けだ。
 ULTで集めた傭兵なんてのは素人の集まりで、云わば蝿のようなものだ。羽音を消す術も知らず、視界の端を横切らない技術も無い。
 その「蝿」がたかれば、必ず何か反応を見せる、とロベルトは踏んでいる。
 エヴァンスがただの「間抜けな馬鹿者」なら、たかる蝿を振り払おうとはしないだろう。それなら捨て置けばいい。グレン・エヴァンスという酔狂な馬鹿者は、取るに足らない。
 ところが、振り払う手を動かした場合。
 その動作は、ロベルト自身が掴んだ幾つかの事実と幾つかの推論を補強し、エヴァンスがただの「間抜けな馬鹿者」でないと証明するだろう。
 真実にまでは辿り着けなくとも、振り上げた手がどこまで伸びるか、見極められる。その手は恐らく、ロベルトを脅かすのだ。
 ロベルトの手の中の、十四人のリスト。
 顔も知らない十四人は、ゲームの主導権をロベルトに戻す筈だ。
 相手に流れを握られたままのカルチョに、勝ち目は無い。

 出迎えたアニーの左腕に、誕生日に贈ったプレゼントを見つけて、神撫(gb0167)は嬉しくなる。が、今日ここを訪ねた理由は、余り嬉しいものではない。
 ブリーフィングの後、各々目的に合わせて散ったのに、連隊本部を訪れたのは結構な大所帯になった。
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)は、アルヴァイム(ga5051)と真っ直ぐエドワードの所へ。
 レオン・マクタビッシュ(gb3673)と優(ga8480)は神撫と共に、アニーから情報を得るため。
 遠倉 雨音(gb0338)も、藤村 瑠亥(ga3862)とアニーを訪ねたが、この二人は神撫らとは少しだけ、目的が違う。
「軍には、機密関与資格とかあって――」
 喋りながら、アニーが書棚から幾つかのファイルを引っ張り出すのを、神撫は見ていた。
「私も全部知ってる訳じゃないんだけど、いい?」
 数冊のファイルをちょっと重たそうに抱えて振り向く。余所余所しい敬語も無くなって、大分近く感じられるのに、仕事の会話なのが神撫には恨めしい。
 ファイルの束をひょいとアニーから拾い上げ、数冊をレオンに託す。残りは神撫の手元に。
「それから、調べられない事は無いですけど、すぐ分かるのはULTでも掴んでる事くらいしか‥‥。もうちょっと時間掛ければ別、なんですけど」
 デスクの前で、アニーを待ったまま立っている二人に告げる。
 雨音と瑠亥は一度顔を見合わせた。二人が求めたのは依頼主の情報だ。
 アニーの云う「時間を掛ければ」とは、恐らくエドワードあたりが手を廻して、気の遠くなるような時間を掛けて裏を取って、というプロセスを指すのだろう。今の二人には、それを待っている時間の余裕は無い。
「どうする? 直接出向いてみるか‥‥」
 雨音の横顔に、瑠亥が声を掛ける。ちょっと考えた後、何かを決意したように、雨音の瞳に力が篭る。
「そうですね、訪ねてみましょう。‥‥アニーさん、ありがとうございます」
「気をつけてください」
 礼を言って下がる雨音と瑠亥の背中に、アニーは声を掛けた。何故だか二人の後姿に、胸騒ぎがして仕方ない。
「それで、ロブ・エヴァンスについてなんだけど」
 神撫の声に、アニーは振り返る。と、彼女より先にマヘリアが答えた。
「エドワード大尉が感心してたわ。入隊時のメンタルチェック通ったのも納得な精神力だって」
「精神力?」
 神撫に、今度はアニーが答えた。
「ずっと、何も喋らないらしいの」
「表情も変えず、俯いたりもしないで、ずっとただ捜査官の顔見てたんだって。ずっとよ? 信じられる?」
 自供は全く取れていないどころか、声を聞いたことが無い捜査官すら居る有様らしい。
 神撫は、資料を捲るレオンと顔を見合わせた。ここで有益な情報は、得られそうに無い。

 フェイス(gb2501)は、ウッドラムの自宅近く、ジュニア達がよく遊ぶ公園を訪れていた。
 子供達が駆け回るのを見ながら、緋沼 京夜(ga6138)と三人並んでベンチに腰掛け、煙草を吹かしている。
 こんな時に、煙草は便利なツールかもしれない、とフェイスは思う。火を点けるまでに言葉を交わす切欠を与えてくれ、二、三口吹かす時間は適度な間を与えてくれる。
「お仕事は、どうです?」
 ちょっと遠回しに聞いたか、とフェイスは思った。けれどウッドラムは、フェイスと京夜がここへ来た訳を察していた。
「エドの糞野郎には会ったか? 半分は、奴の手引きだよ」
 再就職先を決めた理由の半分は、エドワードの手引きらしい。残り半分は、恐らくウッドラムの軍人としての矜持だとか、その辺りにあるのだろう。
「何だか統合されて、役員人事も変わったそうですが」
「そうらしいな」
 吸いさしの煙草を揉み消しながら、ウッドラムが答える。
「らしい?」
 京夜だ。広場の真ん中を走る子供達の先頭、ひときわ小柄なジュニアの姿を目で追っていたが、隣のウッドラムに視線を移す。
「そう。らしいのよ。まだ情報が入ってきてなくてね。伝聞なんだ。申し訳ない」
「それは、秘密裏に統合も人事も行われているって事ですか?」
「いや」
 否定して、ウッドラムはフェイスと京夜を交互に見る。
「戦場に居た期間に応じて、メンタルケアのため休暇を取る事を義務付ける、とか社内規定で決まってね」
 懐から新しい一本を取り出して、火を点けないまま銜える。
「しばらく休みを取らされてるんだ、統合の直前くらいから」
「なるほど‥‥」
 フェイスも、新しい一本を取り出す。
 ウッドラムが元デルタ隊員なのは、隠す事でもないし周知なのだろう。件のおもちゃ屋と、彼の職場であるPMCが推測通り黒であるなら、組織改変し何か行動を起こす時期に、居てもらっては困ると考えても、おかしくはない。
「ウッドラムさん」
「ウッディ、でいい」
「では、ウッディ」
 銜えていた煙草を灰皿に置いて、フェイスはウッドラムに向き直る。
「私だけでなく、私の仲間も同じように考えています」
 そう前置きして、真っ直ぐウッドラムの顔を見る。
「ウッディ、あなたは危険な立場にあるかも知れません。具体的に何が、というのはまだ掴めていませんが‥‥。あなたと、あなたのご家族の身を案じています」
「ありがとう、気をつけるよ。フェイス‥‥だったな、君の仲間にも、よろしく伝えてくれ」
 ウッドラムは、優しげに微笑んで見せた。子供達の歓声は、まだ途切れない。

 ロブ・エヴァンス個人に、妙な金の出入りは無い。
 綾野 断真(ga6621)は膨大な経理資料を追いかけ、そう結論付けた。
 ヨーロッパ開放同盟と名乗る組織の拠点とされた工場襲撃作戦。当時、現場にあったKVは、あの事件で逮捕された能力者の名義となっていた。
 KV運用のコストに見合う資金がどこから出たのかは、断真個人の力ではどうにもならないレベルに行き当たる。
 組織の資金源、つまりスポンサーだ。最も巧妙に隠蔽される事柄であり、それこそエドワードのような立場の人間が何人も部下を動かし、時間を掛けて細い糸を手繰り、その糸は企業を超えて警察、軍、国に繋がっている場合もあるだろう。
 断真は視点を変え、マーブル・トイズ・カンパニー周辺の資金の流れを探った。
 統合する前のPMCに、資金が流れている。同じグループ内企業だ、不自然ではない。
 それからKV。会社の名義で一括して登録されている。これも、民間軍事企業なのだ。おかしくは無い。
「‥‥なかなか、捉まりませんね」
 目頭を押さえる。着慣れないスーツに違和感。
 ふと断真の目に、例の玩具屋が出資している事業リストが留まる。何とは無しに、リストを上から追う。
 よくあるイメージ戦略の一環だ。対バグアの技術研究だとか孤児支援だとか、およそ世間から気に入られそうな事業に広告費を投資する。
 ご多分に漏れず、この玩具屋も広告費をそこへ充てていて、三十近い事業の名前が連なっている。
 ここが資金の隠れ蓑になっている場合もある。馬鹿に出来ない。
 改めて見直す断真に、ふと違和感が襲う。
 スーツの着心地、ではない。リストの事業名。
「‥‥ああ」
 何度か見直し、その正体に気付いた。
 三十近い全ての事業は、自然環境、或いは希少動物保護などに充てられ、人間へ向けた物が、一つも無い。

 グラスゴー。
 OZ(ga4015)にとって、それ程詳しい土地ではない。が、彼が求めていたものは、地図を当たるとあっさりと見つかった。
 地図と、それから彼が集めた幾つかの資料を抱え、手近なカフェに入る。煙草が吸えて、周りに他の連中が居なければ、どこでも良い。
 PMCの活動記録。京夜から送られてきた分も含めて、手元に広げる。
 どうも、面白い事に気がついた。愉快でならない。
 職場を開放し、子供達に見学させる。社会科の授業の一環となったり、或いは企業イメージアップの戦略となり、どこもやっている事だ。
 だが、このPMCは、見学に来る子供達を選別していた。
 学校単位で、生活水準が平均的かそれ以上の学校は受け入れているのに、スラムの生徒を受け入れているような学校だとか、或いは孤児院だとかは、打診を受けても悉く断っている。
「‥‥どう思うよ?」
 電話の向こうには京夜が居る。彼自身も、OZに送った資料はまだ見ていない。この「妙な発見」は初耳だ。
『単純に、売りたいんじゃないか? 本業は玩具屋だろう、金があって、買う見込みがある所を選んでいる』
「社のイメージ犠牲にして売り上げか?」
 尤もだ。普通に考えれば、京夜の云う通り売りたいのだろう。だが、それにしては失う物が大きすぎる。
 電話を切って灰皿の横に放り、今度は地図を広げた。
 グラスゴー。忘れていない。以前襲撃した貨物船の行き先だ。積荷は密輸される武器だ、とウッドラムは言っている。
 あのコンテナの中を確認した訳じゃあない。けれど煙が立つくらいに怪しい積荷って事だ。そしてグラスゴー。港から遠くない工業地帯に、マーブル・トイズ・カンパニーが幾つか所持する工場の、一つがあった。
 武器は間違いなく、ここに入った。恐らく、貨物船襲撃と同じような事を何度も行っているのだろう。独自の武装勢力を作って発言力を高め、利益を得る。
 OZの推論は、筋は通っている。
 PMCが見学を受け入れる理由は何だ。それも子供を選んでまで。京夜の云う通り、売り上げのためか。
 見えて来ないが、他の連中が集めた情報を統合すれば、きっと答えは浮かぶ。
 OZは愉快でならない。彼が引っ掛けようとしている獲物は、予想以上に大きく、その分楽しませてくれそうだ。

『ロベルトさん?』
 受話器を上げると、無遠慮な男の声。
『電話、ありましたよ』
「‥‥誰からだ?」
 少しだけ眉を顰める。もちろん接触がある事を想定し手配もしていたのだが、もう少し慎重だと思っていた。こうもあっさり、接触を図るとは。
『遠倉って名乗りました。若い女の声で』
 ファイルケースから、リストを探り出す。十四人の中に、その名前はあった。
『報告様式聞かれたんで、私書箱を指示したんですけど‥‥』
「どうした?」
 男が口篭る。余り良くない事態に違いない。
『確認したい事があるから直接会いに行くって言うもんで、手筈通りそっちの住所教えましたけど』
 奇特な事だ、とロベルトは少し呆れた。リストの名前、遠倉雨音はデルタ事件に幾つも関わっているのだ、接触すべきはエヴァンスと気づいていそうな物だが。
「わかった、それでいい。有難う、もう回線は処分してくれ。それから報酬はいつもの口座に」
『へへっ、毎度どうも』
 電話が切れる。男の卑下た笑いを、ロベルトは聞いていない。受話器を持ったまま、考える。
 或いは、エヴァンスと気づいていて、こちらにも手を伸ばしているのか。
 ようやく受話器を置く。
 厄介な十四人を抱えたものだ。云われずとも気付いてよく働くのは美徳だ。けれど、余計な仕事にまで手を出すのは、ただのお節介だ。
 ファイルケースを鞄に収め、デスクの引き出しを漁る。住所を教えた以上、もうここは使えない。

 助手席のドアを開けて、アスが乗り込む。恐らくエドワードの所から拝借して来たのであろう資料は、幾つか走り書きがあって、それをアルの前に放ると、アスはシートを倒した。
「どうだ?」
「胡散臭ぇなんてもんじゃねぇよ」
 ぶっきらぼうに答えて、両手を頭の下で組む。アルは資料をぱらぱらと捲り始めた。
「家族殺されて親バグア? 妙だろ」
 アスの話を聞いたまま、アルは資料を目で追った。ロブ・エヴァンス、尋問には終始黙秘。ジェレミー・エヴァンス、MIA、戦闘中行方不明。帰還した友軍機のガンカメラが、事件性など無い事を証明している。
「大切な人間亡くして決意するんは、サンディみたく、真っ直ぐにだろ、普通‥‥」
 返事はせず、ちらりとアスを見る。倒したシートに体を預けたまま、虚空を見つめていた。ブリーフィングで会ったきりのサンディ(gb4343)の顔を、アルも思い出していた。

 ヴォルコフがドアを開けると、エヴァンスは豪奢な机に高価そうな葉巻を広げて、それをしげしげと眺めていた。
「吸われるので?」
 声に気付き、エヴァンスは顔を上げる。
「少佐か。‥‥いや、吸わないよ。取引先の営業が持って来てね。良かったらどうだね?」
「いえ、私も嗜みませんので」
 神経質そうなヴォルコフの眉間に少し皺が寄る。エヴァンスは笑って見せた後、葉巻を木箱に戻し、蓋を閉じた。
「‥‥そうだな。こんな物のために、林を切り開いて」
「社長」
 ヴォルコフには、与太話に付き合っている暇は無いらしい。言葉を続けようとしたエヴァンスに割り込む。
「周囲を嗅ぎ回っている連中が居ます」
 少しだけ驚いた表情を、エヴァンスが見せる。
「ロベルトの差し金かね?」
「恐らくは。ULTに妙な依頼が出てたようですし。スペインで動いているのと、直接、社長を張っている連中が居ます」
「直接‥‥工場まで探られても厄介だな」
 尾行されていると告げられて初めて、エヴァンスは問題が深刻であるような表情を見せ、腕組みをして考え込んだ。
「処分しますか?」
 ヴォルコフの問いに、小さく頷く。
「‥‥ロベルトはよく働いてくれたが、知りたがり過ぎた。残念だが、彼には消えてもらおう」
「ULTからの連中は、どうしましょう?」
「スペインはどうでも良いが、私や工場を荒されるのは困る‥‥。そこだけ頼む」
「では、早速手配します」
 一礼をして部屋を出るヴォルコフを見送って、エヴァンスは受話器を取った。

 市警察の庁舎に、ワーナーは警視と云う階級に見合った一室を与えられていた。
 彼はすこぶる機嫌が悪い。
 その原因はデスクの上の書類の山で、これは彼に与えられた通常の業務なのだが、この小男は不快感を露骨に表に出す。警視の階級に見合う仕事はこなせても、見合う人望は得られていない。
 突然、内線電話のコールが鳴り、彼の手を止める。
「何だ!」
「エヴァンス様からお電話です」
 怒りを思うままぶつけて、オペレーターがやや萎縮するのを感じ、後悔する。この小男の底が知れる辺りであり、限界であった。
『これはワーナーさん、お忙しい所申し訳ない』
「とんでもない! ロブならもうここには居ませんよ?」
 後悔などもう忘れたように、声のトーンが上がる。
『私の愚かな息子がお手を煩わせました。しかし警視には感謝しています、息子の罪を暴いてくださった。息子の不正を公にしてくださった事で、私は社員とその家族達を路頭に迷わせずに済みました』
 電話口からの「おべっか」を、ワーナーは気分良く聞いていた。
『実は別件でお願いが。実は、私共の会社が、産業スパイに入られました』
「それはまた、穏やかじゃないですな」
 もう機嫌はすっかり良くなっている。エヴァンスは、ワーナーの扱い方をよく心得ていた。この小男を動かすのに、賄賂は必要ない。権力で以って恫喝するか、気分良くおだてるか、そのどちらか。
『それがどうも、そのスパイが、例の手配中のロベルト・サンティーニのようでして』
 ワーナーが初めて、警察官らしい表情を見せる。ロブの実家に、指名手配犯が潜り込む。産業スパイ以上の何かがあるに違いない、と彼の警察官である部分は感じた。
「分かりました、捜索を強化するよう伝えます」

 スペイン南部の小さな街は、小さいながらも都市圏のベッドタウンとして機能しているらしく、人通りも活気もあり、高級住宅街らしく街並も上品だった。
 門扉に「売家」の看板が掛けられている。敷地は周囲の家と変わらないくらい広い。ただ違うのは、その家の敷地だけ、最低限の管理しかされていない様子である事。
「不思議なんです」
 マヘル・ハシバス(gb3207)が呟く。視線は閉ざされた門扉の奥、主のいない家を見つめている。
「家族をバグアによって亡くしているのに、何故‥‥」
「犯罪者の心理なんて分からないケド」
 マヘルの言葉を、鳴風 さらら(gb3539)が引き継いだ。
「納得いかない、わよね」
 グレン・エヴァンス。今回の調査対象。デルタを取り巻く一連の事件で見聞きしたその名前と、マーブル・トイズ・カンパニー。
 裏で全ての糸を引いているのは、この男だと踏んでいる。
 ただ、それでは納得が出来ないのだ。家族を奪われた男が、親バグア派として活動している動機が。
 売家となったここにグレン・エヴァンスが暮らしていた僅か二年間。その間に、男は妻と息子を相次いで喪っていた。
 彼の妻イヴは、エヴァンス家がスペインに居を構えてすぐ、不幸な事故に見舞われる。
 新居から、彼女の生家のあるマンチェスターへ空路を移動中、ワームと遭遇した。護衛に就いていた空軍機はすぐさま全力で防衛に努めたが、網を潜り抜けたワームが一機、その銃口を旅客機に向けていた。
 プロトン砲に焼かれた旅客機は空中で爆散し、フライトレコーダーと主翼の一部が発見されたのみで、遺体も遺留品も見つかっていない。
 イヴは長男であるジェレミーを溺愛し、その才能を伸ばすために彼女の後半生は充てられた。ジェレミーも母の期待に応え、「理想の息子」となるべく努力を怠らなかった。
 次男のロブが生まれると、母は二人の兄弟を比較し始めた。兄を引き合いに出し、弟を詰る。
 かと云って、ロブは母に疎まれていた訳でもなく、兄と同じようにクリスマスプレゼントを与えられ、母子三人連れ立って歩き、息子達に等しく慈愛に満ちた笑顔を向けるイヴの姿もあった。
 彼女なりの躾、教育だったのかも知れない。母の期待に応える兄。弟にも兄と同じように、期待に応えて欲しかったのかも知れない。
 ただ、弟のロブは、歳を重ね、自我が芽生え、兄と自分を比べた時、自分は兄のようにはなれない、と悟る。
 仕事一辺倒だったグレンが自身の会社を軌道に乗せ、優良な部下も揃い最前線から退き、家庭を顧みる余裕が出来たのはこの頃で、丁度スペインに移る数年前に当たる。
 士官学校へ向けて自身を高める兄ジェレミーと、相変わらず兄と引き合いに詰られる弟ロブと、二人の息子を見比べたグレンは、「出来る兄、駄目な弟」と印象を抱き、兄を溺愛する。
 母に詰られ、父から疎まれた少年ロブの心中は如何ばかりだったろうか。兄と同じにはなれない弟は、両親に気に入られるため、生き方を変えた。考える事を止め、唯々諾々と返事をし、言われた通り、決して逆らわず、「良い子」になった。
 スペインに移ったのはイヴの肝煎りで、ジェレミーの配属先に近い、というのが唯一の動機だった。
 妻の事故死を知ったグレンは、軍の責任を追及する構えを見せたが、ジェレミーに諭され、止めている。
 不可抗力であり軍は全力を尽くしたと、ジェレミーは軍を擁護する。実際に、空軍に問われるべき落度は見つからなかった。
 ジェレミーの戦死は、その僅か半年後。
 哨戒飛行中に敵部隊と遭遇、友軍の倍の敵機は、一般人でありKVでも無い彼らの戦闘機を、次々と地中海へ叩き落した。僅か一機がようやく帰還に成功している。
 遺体も、機の残骸も発見されていないジェレミーは、行方不明とされた。ところが、グレンはジェレミーの悲報に接すると、すぐに葬儀をあげた。
 グレンがおかしくなったのはこの頃だ、と彼を知る人は言う。
 ジェレミーの葬儀の直後、グレンは宗教に傾倒した。大地の神を信じ、地球のあるべき姿を信ぜよ、さらば救われる、という教義を掲げ、規模も小さく、活動が問題視されている事も無い、何て事無いものだ。
 ただ、これもすぐ止めていて、それからは仕事一辺倒の頃に戻ったように、家を顧みなくなったと云う。
「エヴァンスさんも可哀想な人よねぇ。家族いっぺんに亡くしちゃって」
 マヘルが、ノートに書き留めていた手を止める。エヴァンス家の隣人であった老女は、彼らに好意的で、同情的だった。
 黙ったままのマヘルとさららを、老女が不思議そうに見つめる。
「エヴァンスは、一日も早い戦争終結を望んでるんじゃないでしょうか」
 家族を喪ったエヴァンス。悲劇を繰り返さないために、この戦争を終わらせる必要がある。けれど、人類に勝ち目は無いと考え、ならば。
「うん‥‥」
 マヘルの推理に、さららが消極的に返事をする。彼女は彼女で、それでは納得が行かない。
「なんかもっと、悪意が透けて見えるのよ‥‥。巧く言えないけど。‥‥私達は、ハイジャックの飛行機の中に居たのよ」
 段々と声のトーンが下がるさららに釣られて、また二人とも黙る。遣り取りを黙って見ていた老女が、痺れを切らして喋り始めた。
「エヴァンスさん、どうかしたの? エヴァンスさんの事聞きに来たの、あなた達で三人目なのよ」

 受話器を上げる。あて先はさらら。アスの横には神撫が立っていて、アスが話すであろう順に、資料を整理している。
 エドワードは相変わらず出し渋り、はぐらかし、のらりくらりとアスの問いを躱していたのだが、今日のアスは折れなかった。
 情報を引き出そうと対峙するのでなく、頭を下げ、友人としてお願いするに至ると、エドワードが折れた。
 まずイベリアの風。
 バグア襲来以前より活動記録が残っていて、古いものはアスの年齢と同じくらい前になる。ここ数年活動の記録はない。
 所謂民族の自治独立を謳うような、武装グループ。手配中のリーダー、ロベルト・サンティーニは実行犯ではないらしい。教唆するような立場にあり、偽名で、恐らくはロシア系の諜報官ではないかと云われている。
 目下調査中だが、資金源やロベルトの正体にまでは、まだ辿り着けていない。何せ事はバグア襲来前まで遡り、さらに国家間の問題になる。
 ヨーロッパ開放同盟。
 ここ数年活動が確認され始めた、新しい組織ではないかと目される。イベリアの風を母体とし、幾つかの組織を統合して出来たらしい。
 バグア襲来の少し前、「エコテロリスト」と云われる存在が現れる。このグループは、自然環境の保護を訴え、武力を行使した。
 イベリアの風と統合された組織は、これに当たるらしい。いずれも単体では小さな組織だったが、ヨーロッパ開放同盟に加わってから、組織力と資金力の裏付けを得て、活動が目立つ。
 この小さな環境保護グループの中に、ロブは偽の身分を使い入り込んでいた。
 マヘルから得たエヴァンス家の情報と見比べると、ロブが活動を始めたのは丁度兄の死後。
 欠けていたパズルのピースが見えてきた気がして、考え込むアスの横で、神撫はエドワードに食ってかかった。
「やっぱ、あんたは食えないよ。知ってるなら教えてくれてもいいじゃないか」
「何をだ?」
「マヘルさんが言ってたよ。同じ事を聞くのは警察と軍と、彼女らで三人目だって」
「ふむ‥‥」
 また、たっぷり間を置く。
「君らの仲間はどこに居る? 連絡を取るべきかも知れん」
 妙な事を言い出したエドワードに、二人は顔を見合わせる。
「どういう事だ?」
「察しが悪いな」
 アスの疑問に呆れて見せてから、エドワードは語り始めた。
「他人の弱みを探って論う仕事って話した事があったか。‥‥いいか、名乗って聞き込みするのは警察の仕事だ。我々はしない。じゃあその二人目は誰だ? 知りたい動機のある奴だ。‥‥妙な依頼主が君らの推測通りロベルトだってなら、知ってるのに調べさせる理由は何だ?」
 アスも神撫も何かに気付いたらしく、また顔を見合わせる。それからすぐ、アスは目の前の電話を取り、神撫は部屋を出て走った。
 パズルのピースはまだぼやけている。他にもぼやけたままの奴が居て、俺達が動く事によって、そいつのピースの輪郭が浮かぶとしたら。
 藤村、遠倉、レオン、サンディ。
 二人の頭の中で、アラートがけたたましく鳴っている。

 何度目かのノック。反応は無い。
「留守‥‥でしょうか」
 雨音に返事をする代わりに、瑠亥はドアノブに手を掛けた。少し力を込めた手が拍子抜けするほど、あっさりとノブは回る。
 依頼主の住所は、市内のアパートの一角。実業家にしては不釣合いな小さな部屋で、ここがロベルトのセーフハウスであった事を、二人は知らない。
「開いているようだ」
 回したまま手を止めて、一度確認するように雨音を見た。視線がぶつかり、雨音が頷く。瑠亥はノブに掛けた手を引いた。
 二人の視界に、白い閃光と、砕け散るドアが入る。咄嗟に瑠亥が、雨音とドアの間に入る。
 無意識のうちに覚醒した二人を衝撃波と大音響が包み、全ての音と、視界が遠くなる。
 雨音は真っ直ぐ弾き飛ばされ、向かいの部屋の壁に体を打ち付けられ、気を失った。
 彼女を庇った瑠亥は、螺旋階段の欄干に背中を打ち、五階下まで崩れ落ちるそれと共に落下し、そこで何が起こったのか、うっすらと理解した。
 部屋の窓から、黒い煙が立ち昇る。
 ロンドンの空は黒く厚く、降り出した雨がアスファルトを黒く染めてゆく。

 雨脚はあっという間に強くなり、レオンの足跡と、滴る血の跡を流す。
 路地裏のごみ収集コンテナの陰に隠れて、ようやく彼は一息吐いた。
 こんなのは何年ぶりだろうか。まるで軍に居た頃に戻ったようだ。
「くそっ」
 思わず悪態を吐く。手酷くやられた。左腕が上がらない。
 地雷を踏んだ、事になるのだろう。玩具屋の工場は、探ってはいけない場所だった。探られたくないものがあるのも、これで分かった。
 スライドが戻らなくなった銃から、マガジンを抜く。十二発収まるそれは空だった。
 元の持ち主が数発をレオンに向けて、それをレオンが奪ってここまで使った。SESなんて付いてない。「無いよりマシ」な代物だったが、それも無くなった。
 空のマガジンを銃に戻し、握りなおす。弾は出ないが、鈍器くらいにはなる。
 一度深呼吸をして、立ち上がる。雨が誤魔化してくれるうちに、ここを脱出しなければ。

「サンディさん?」
 背後から声を掛けられ、ぎょっとする。名前を呼ばれた。振り向いてはだめだと思う心と裏腹に、体が反応する。
 振り向いた視界に飛び込んできたのは、嫌らしい男の顔と、爪だった。傘とバッグが宙を舞い、体が車道へ、叩き付けられた。
 逃げなきゃ。そう思って立ち上がる。雨音達の顔が、脳裏を過ぎる。
 立ち上がった足に、激痛が走った。銃弾。敵は一人ではないらしい。
 今更後悔しても遅い。けれどせずにはいられない。甘かった。人の命をなんとも思わない連中が、不審者に声を掛けて、言い訳をする機会を与えてくれる筈も無かった。
 また足を撃たれ、道端に倒れこむ。それと同時にスキール音がして、車のエンジンが遠ざかる。
 攻撃は止んだ。
 結局、エヴァンスの人柄なんて分からなかった。朝会社に来て、夜自宅に帰る。その往復を、ここ何日か追っただけ。
 けれど確信は出来た。
 子供達に夢を与えるおもちゃ屋の経営者、なんて立派なものじゃない。別の目的のために、それを手段にして子供達を、それから私達も弄ぶ悪魔だ。
 雨の中に散らばった荷物。携帯が着信を告げている。
 きっと緊急なのだろう。そして私が襲われたって事は、誰か同じ目に遭っていて、それを伝える電話なのだろう。
 だからバグアも、親バグアも嫌いだ。
 私から無造作に、大切なものを奪ってゆく。

 ウッドラムは、声の主がアスである事に気付いた。けれど、その声が焦りや怒りや後悔を内包しているのには気付いていない。
「こないだ、フェイスと緋沼に会ったよ。エヴァンスの事を調べてるって――」
『それより、あんたは無事か?』
 話を遮るアスの様子に気付いて、ウッドラムは何か良くない事態が起きている、と感じた。
「何か、あったのか?」
『友達が、襲われた』

 セーフハウスが爆破された。
 エヴァンスに知られている場所はもう全て、手が回っていると考えていい。
 ULTの傭兵連中には悪いことをしたが、お陰で確信を得られた。ロベルト・サンティーニはまだ死ぬ気も、捕まる気も無い。
 ゲームにすると後半三十分くらいだろうか。後は、最後のピースを見つけて、それを嵌めるだけ。
 ロスタイム前に、ゲームの主導権は取り戻せるだろう。