●リプレイ本文
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矢張り人の話を聞かなくなるのか、と、そんな事を考える余裕が斑鳩・八雲(
ga8672)に出てきた。もうどのくらい、高G機動に身を晒しているだろうか。
妙な顔つきミサイルの機動には慣れた。いや、避けられるほどまだ見切れてはいない。ただレーダーと目視で振り払う努力をする事と、着弾前に炸裂する時限信管の衝撃には慣れた。
アニーは覚醒してから話を聞いていない。というか、作戦遂行のみを考えているように感じた。
お陰でオブライエン(
ga9542)さんの機体がそろそろ限界だ、と、ブーストで距離を置かれた僚機を視界の端に捉えながら、ラダーを蹴り機体を捻る。
「無茶はするなと‥‥人の事言えませんね!」
自機を追ってきたミサイルが真横で炸裂する。が、それより僅かに早く、斑鳩はディアブロをブーストさせた。スパロー1、オブライエン機にみるみる近づく。
アニー機の盾になったオブライエン機の盾になる‥‥と、ちょっと考えて可笑しくなった。洒落た遊覧飛行にしては、出迎えが盛大すぎる。
●侵入
『ロビン4よりピスケス、チャーリーより照射確認』
『スパロー4、こっちもデルタから来た!』
フォーメーションの最後尾、ファファル(
ga0729)とM2(
ga8024)から通信が入る。これで4箇所のサイロ全てから、ごく短く、全機がレーダー照射を受けた。「生きてるミサイル」の誘導方式はパッシブなのかアクティブなのか、多分そのどちらでもないだろうが、位置とフォーメーションは確認された。
『‥‥メイ、墜ちるなよー』
『だからメイって言うな!』
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)とM2の会話が届く。
「ピスケスより各機、高度四千で空域に侵入してください」
『さて‥‥どれが当たりか‥‥』
『さ、花火のお時間だぜ』
ファファルとアンドレアス・ラーセン(
ga6523)の呟きが通信に乗る。
『スパロー2よりピスケス。洒落た遊覧飛行と思って、気楽に臨んで下さい。そちらに敵は行かせません』
「了解」
斑鳩に短く答えて、アニーはすぐレーダーとの格闘に戻った。ジャミングが僅かに酷くなる。アニーは機体を旋回させ、サイロ群を正面に捉えた。ジャミングからレーダーが復帰する。と、機影が増えていた。アニーは正面に、白煙も残さず飛んでゆくミサイルを見た。
「っ、全機ブレイク!」
レーダーを監視していたファファルの声を合図に、8機が一斉に散る。
「何処からですか!」
遠倉 雨音(
gb0338)が機体を上昇させながら、ミサイルの位置を確認する。どのサイロから発射されたのか、まだ特定できていない。
4発のミサイルは、姑息にも真っ直ぐ飛んで来た後、ブレイクした8機を見るようにして散開した。
定期的に、サイロからのレーダー照射の短いビープは鳴る。誰が狙われているのか、どこからロックオンされているのか。アラートは鳴らない。マニューバも未知数。
手探りの中、「生きてるミサイル」との戦いは始まった。
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M2の駆るウーフーを追い駆けるミサイルを、優(
ga8480)のアンジェリカがさらに追っていた。ホーミングミサイルのシーカーが2基のミサイルをロックしているが、撃てずにいる。
ウーフーの真後ろに、何時でも当てられると嘲笑うかのように1基、もう1基はウーフーの翼下、ハードポイントに付かず離れず飛んでいた。
嫌らしいにも程がある。悪趣味な天秤座の考えそうな事だ。
M2が自機をロールさせる。ラダーを踏み込み、操縦桿を手繰り、振り払うように細かく左右に動く。
「スパロー4、上昇を」
ミサイルが、動きにやや取り残された瞬間を彼女は見逃さなかった。躊躇わずトリガーを引く。M2から返事は無かった。その代わり、彼のウーフーが急上昇する。
キメラミサイルがホーミングミサイルに追われ、M2のウーフーの真後ろで爆散する。
『メイ! ミサイルが!』
『解ってる!』
ダメージを負いながらも、上昇したM2の機体がユーリ機と擦れ違う。もう1基のミサイルはM2機のハードポイントに背負ったまま。スパロー1、スパロー2はアニー機の支援に入ったまま。
このままロビン3、ロビン4とフライトエレメントを入れ替えて、再度侵入を試みるしかない。
●FAC
空域侵入時にレーダー照射される場合、その隊形にも注意しなくてはならない。全機が同時に通過する事により、敵は攻撃目標を1つに選択せざるを得なくなり、脅威を軽減できる。
アニーはFAC教練でこう教わった。
ロビン隊とスパロー隊から次々と届く報告に、教練で教わったそれを思い出した頃には、レーダーに第二波のミサイルが映っていた。
ブレイクした8機を追って散開した第一波のミサイルは、2基1組となって飛んで来た。片方が直進し、もう片方は大きく回り込む。
「ミサイルの癖に!」
妙なセンスのカッシングらしい、実に趣味の悪い兵器だ。どうやら外側は全部機械仕立てらしく、アンドレアスが想像したような顔は無かった。尤も、ノーズアートの一つも描くセンスがあの爺にあれば、こんな兵器は作らないだろう。
『ロビン2、引きつけます』
遠倉の冷静な声がレシーバーに届く。
「ロビン1、頼んだ。ロビン2、回り込むぜ! ‥‥ケツ取ってやる」
ミサイルの癖にサイドオフセット攻撃とは、バカにしてくれる。
オブライエン機の真下に滑り込んだミサイルは、もう1基のミサイルによって回避機動を取っていた斑鳩のスパロー2と交錯した瞬間に、その懐から離れ、スパロー2に直撃弾を見舞った。そして、スパロー2を追っていたミサイルは、交錯したオブライエンのスパロー1に直撃した。
『なかなか、やってくれますね』
「じゃが、2発は減らした」
機体を立て直し、サイロに侵入するルートを取るため降下を始めた時、オブライエンと斑鳩は第二波を見た。4基のうち2基は、こちらかロビン隊を狙ってか、真っ直ぐ飛んでくる。もう2基は、軌道を変えて降下し、アニー機に真っ直ぐ飛び始めた。彼女のS−01は低空を飛行していて、大胆な回避機動は取れない。
オブライエンはほとんど反射的にブーストを使用してミサイルに向かっていった。Gが体をシートに押し付ける。
1基は、アニー機が回避できないと見るやあっという間に接近し、尾翼に直撃した。しかし果敢にも、アニーは機体を旋回させ、もう1基を迎撃しようと試みる。
しかしアニー機が旋回するより早く、ミサイルは直撃コースを取って接近する。
間に合わない。アニーがベイルアウトを考えた刹那、オブライエンの機体がアニー機とミサイルの間に割り込んだ。爆発の衝撃が、雷電の機体を大きく揺らす。
『オブライエンさん!?』
「無茶をするでない。お前さんが墜ちてしもうたら、あの子らが悲しむじゃろうが」
オブライエンの機体の向こうを、第三波となるミサイルが上昇してゆく。
●任務
ユーリの機体を追うミサイルは、ロッテを組むファファル機によって追跡されていた。先ほどからマニューバを駆使して振り払おうと試みているが、なかなか離れない。
推力では勝っているのだろう。ただ白煙が残らず、ロックオンされているのかも解らず、レーダー情報と、目視のみが頼りだった。
旋回してもしつこくロー・ヨーヨーで裏を取るミサイルはまるで弄ばれているようで、トレイル隊形で侵入してしまった8機は、時折アラートによって知らされるサイロからのブリンキングで、完全に位置を掌握され、好き放題ロックされて飛んでくる。
「完全に劣勢だな、こりゃ」
ユーリが呟く。被弾していない機体は無かった。そして今も追われている。
『ロビン3、左にバレルロールで避けろ!』
ファファルの声。瞬間的に反応し、機体を捻る。さっきまでの航跡を、ロビン4からのレーザーがミサイルを貫いてゆく。
爆風に逆らうように、ユーリが機体を立て直すと、レーダーに突然ミサイルが映った。それも自機と後続のロビン4の間。
『やられた! 真下に隠れてた! 回避!』
ユーリはミサイル直撃の振動の中、ファファルの叫びを聞いていた。
ロビン1、遠倉の機体は盾になるようにロビン2、アンドレアスの機体の前を飛んでいた。遠倉の雷電が引きつけ、アンドレアスのディアブロが迎撃する。
が、やはり妙な機動に悩まされた。何度かラージフレアで誤魔化した。が、奴らはすぐ復帰した。何発かは弾幕と、アンドレアス機の攻撃で破壊した。
しかし嫌らしく接近し、まるで戦闘機相手かと思うようなマニューバでこちらの裏を取り、時限信管で爆発するそれを正直持て余していた。
遠倉が2発、アンドレアスも1発喰らっている。
『ロビン1、飛べるか』
「なんとか。スパロー1が限界です」
遠倉がアニーの援護に入ったオブライエン機をちらっと見る。オブライエンも限界だが、低空で対空砲火に晒されたアニー機も既に限界近く見えた。
アンドレアスもオブライエン機の飛ぶ空域を見た。アニー機の後方をオブライエン機がサポートしている。更に斑鳩機も加わろうとしていた。
甘く見ていた、って事は無い。相手が悪かった。名誉挽回は叶わない。
「ロビン2よりピスケス、撤退を進言する、これ以上は危険だ」
苦渋の選択。アンドレアスにしてみれば自分で見つけてきた施設だ。
『ロビン2、ロビン1をフライトリーダーとしてスパロー1、スパロー2と離脱を認めます。残機はロビン3をリーダーにエレメント再編成後、再度侵入』
「おいおい何言ってんだ!」
『彼女、覚醒すると人の話聞かなくなります』
アニーの意外な返答に驚いていると、斑鳩が割り込む。
「そうは言ったって、アニーも限界だろ! 作戦は失敗――」
『話は聞いています! 私はこれでも軍人です! 死亡報告の送り先も登録してあります。私の仕事は任務を遂行することです!』
アニーの叫びに、アンドレアスは答える事が出来なかった。
『スパロー3よりピスケス、低空侵入し再度確認します。ロビン1及びスパロー1は上空支援を』
『オーケー。なら反対側はこちらが』
優とユーリの声が、アンドレアスの代わりに返ってくる。アンドレアス機の後ろに、スパロー1とスパロー2がトレイルで配置に着いた。
『アンドレアスさん』
優の声。
『‥‥大丈夫です』
優は、遠倉とオブライエンに絶対の信頼を置いていた。もう異論を唱える理由は無い。
「ったく、厄介なFACだぜ。最後まで付き合ってやるよ!」
『スパロー4よりピスケス、落ちる気は無いけど落ちる気で探ってくるから、爆撃チームを侵入させて』
『ピスケス了解。‥‥ピスケスよりワイルドボア、高度一千より空域に侵入せよ』
●FOX ONE
ロビン3とロビン4のユーリとファファル、それからスパロー3とスパロー4の優とM2の機体が、木々を掠めるようにして低空侵入する。
『確認後は上昇せずそのまま低空で抜けてください。高射砲を警戒』
アニーの指示がレシーバーから聞こえる。もっと普段から訓練でもしとけ、と小言でも言ってやろうとファファルは思っていたが、考えを改めた。こんな低空を、FACこなしつつ周回飛行出来れば大したもんだ。
『対空砲火来ます』
『こちらも。真後ろに入ってくれよ!』
先頭を行く優とユーリが警告をする。ファファルとM2の機体は、それぞれ2機の真後ろに着けた。先頭の2機が砲火を引き付け、後続のウーフー2機で特定する。
もう爆撃チームは侵入を開始している。チャンスは1度。
2組のロッテは、ぴったり縦列に連なりながら、サイロの上空を通過した。
『ビンゴ! 目標ベータにSAMサイト確認!』
M2の機体が、ミサイルの発射位置を特定する。
上空で援護していた残りの4機が、一斉に高度を下げ、各サイロへ攻撃を加える。対空砲火を、少しでも減らすために。
『ロビン2よりピスケス、ワイルドボアはあとどのくらいだ?』
「あと20秒程です」
『それまで、せいぜい最後の悪あがきですね』
ロビン1、遠倉の機体から発射されたロケット弾がサイロを中心に小爆発を起こしてゆく。
『ロビン3、4及びスパロー3、4は空域を離脱!』
ユーリから報告。
「了解。高度を四千以上取ってください。爆撃が始まります」
全ての機体が満身創痍のまま、サイロに最後の一撃を加える時を待っていた。
『ワイルドボアよりピスケス、目標ベータ確認。待たせたな。デカイ花火落とすから離れてろよ!』
『おせーよ』
アンドレアスが悪戯っぽい声でからかう。
『真打ってのは最後に出てきて、美味しい所だけ頂いてくんだよ』
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「ピスケスよりワイルドボア、ウェイポイントクリア。リターントゥベース」
『ワイルドボア了解。帰投する』
SAMサイトは沈黙した。アニーは全機に帰投指示を出したっきり、一番最後に空域を離脱して、黙って飛んでいた。
『アニー少尉』
声を掛けたのは遠倉だった。彼女の、ぼろぼろの雷電が、アニーのS−01に近づく。
『私達傭兵も、軍人も変わりません。任務を遂行することが仕事ですよ』
すみません、と小さくアニーは呟いたが、無線には乗らなかった。
『誰も堕ちたいと思って出撃してる奴もおらんしのう』
オブライエンが割り込む。アニーは暫く黙ったまま。遠倉は、自分の機体を編隊の中に戻した。
『あれは癖みたいなもんだからほおっておけ。尤も、今日は幾分解ってやっていたみたいだが』
ファファルの苦笑いは、アニーの無線チャンネルには届かなかった。