●リプレイ本文
●接近遭遇
銀色のお下げがぴょこぴょこと揺れる。時々立ち止まっては、きょろきょろと周囲を見廻す。人の流れに逆らうようで、少し邪魔そうに見える。
「アニーさんは色々な意味で魅力的な人ですね」
美環 響(
gb2863)が揺れるお下げを見て微笑む。が、横で聞いている神撫(
gb0167)は真剣な表情でアニーの姿を追っていた。
護衛と言うがまるで尾行だ。こうして気付かれないように彼女の動きに合わせて、獲物が餌に掛かるのを待っているようで、神撫は気に入らない。
道を挟んで反対側から彼女を追っているマヘル・ハシバス(
gb3207)と鳴風 さらら(
gb3539)はもう少し割り切っていた。
ウィンドウショッピングでもする風に歩いているが、アニーには気付かれてはいないらしい。
「アニー少尉が対テロ部隊の人って以前に聞きましたけど‥‥彼女が捕まる事件で、身内にスパイが居る可能性も警戒しているってことですよね」
「敵を欺くには味方からって事ね。これで、もし二重に私たちまで欺かれていたらどうしましょ? なんてのはまぁ冗談よ」
口ではそう言うものの、アニーの犬が逃げるという事態は想定外であり、不自然にならないように彼女を追うのは一苦労だった。
遠倉 雨音(
gb0338)はアニーから離れたビルの屋上に居た。ここからなら、商店街をまっすぐ縦に見通せる。
スナイパーライフルのバイポッドを立てて、双眼鏡を取り出す。丁度、ファファル(
ga0729)がアニーに声を掛けている所が視界に入った。
「――とはいえ。正直なところ、顔見知りを監視するような真似はしたくないのが本音ですが‥‥」
サーの姿も見知っている彼女は、かのおじいちゃん犬の行き先を探すように双眼鏡を動かした。
「ん? アニーか、久しぶりだな」
「あ、ファファルさん! こんにちは」
アニーがぴょこんと頭を下げる。微塵も不思議には思っていないらしい。
「近くで仕事があってな‥‥終えたので休暇がてら散策していたんだ」
言ってから、ファファルは失敗したと思った。聞かれていないのにべらべら喋るのは疑われるかも知れない。
「そうなんですか? 奇遇です。あ、済みません、えっと――」
杞憂だったらしい。サーが逃げて手が離せないとか説明を始めている。そんな事は知っていた。
「逃げた犬を捕まえるのは私の方が適任だろう」
苦笑いでそう告げると、申し訳無さそうな顔で「よろしくお願いします」と返ってきた。ファファルは元々そのつもりだったのだが、アニーは知らない。
●サーと尾行と
「どうしましょうか‥‥」
「どうすっかね‥‥」
アニーがサーを探して走り出した時に、綾野 断真(
ga6621)とロジャー・藤原(
ga8212)はさっと横道に入った。
入って、白地に黒の美しい毛並みのセッターと目が合った。セッターは2人を気にも留めない風にすれ違い、そのまま表通りに出て、アニーの居る方向とは反対に走っていった。
「とりあえず、ファファルさんに連絡を」
綾野がそう言って携帯を取り出す。が、同時にロジャーも携帯を取り出したのを見て、彼は携帯を胸ポケットに戻した。
双眼鏡の端にちらりと、見覚えのある犬の影が映ったのを遠倉は見逃さなかった。追いかけて中心に捉えると、やはりサーだった。商店街を、人の流れに紛れててこてこ歩く。
丁度同時に携帯が鳴った。ロジャーからメール。お姫様の犬を見つけた、と、それだけ。
お姫様の愛犬ならこちらも見つけている。その愛犬が吠える相手は要警戒。そして、彼女の視界の中で、その愛犬が吠えている。
遠倉は双眼鏡をライフルに持ち替え、スコープからサーの姿を覗った。細い路地に向かって吠えている。何に吠えているのか、ここからでは確認できない。
「もう少し、先に行ってみるか」
「そうですね‥‥」
「地理は疎いから、お前が先導してくれ」
ファファルは遠倉からメールを受け取り、それとなくアニーをサーが居るほうへ誘導する。吠えているらしい。追っ手がいるなら、辿り着く前に対処してもらう。出来なければ、また違う方向へそれとなく誘導する。
犬を探す手伝いをしているだけだと云うのに、えらく神経を使う仕事をファファルはこなしていた。
ファファルと遠倉を除いた6人が、先回りしてサーに近づく。道の反対側から追っていたマヘルと鳴風が路地の奥を覗う。
私服の20台半ばくらいの男が、サーに吠えられていた。
「1人だけみたいですね」
「任せましょう、すぐ済むわ」
アニーの前後を警戒していた4人がすぐ取り押さえる。逃げられたらバックアップに入れる。2人はそう判断し、男の監視を続けた。
路地の陰から様子を覗っていた綾野が飛び出す。ロジャーもそれに続き、男に向かう。
不審な男は、吠えるサーに注意を削がれ、全く無防備だった。2人の後から神撫と美環も現われ、抵抗らしい抵抗もできず、男はあっさり囚われた。
「女性を強引にお誘いとは野暮ってもんだぜ?」
うつ伏せに取り押さえられた男にロジャーが声を掛ける。と、意外な返事をした。
「放せ! 僕は味方だ!」
「味方だと?」
「妙な事をいいますね、観念したらどうです?」
神撫と綾野が言い返すが、男は頑なだった。
「シリング少尉の同僚だ! 右のポケットに身分証があるだろう!」
ロジャーが身分証を探り出して、読み上げる。
「UPC欧州軍第33SRP連隊D中隊、マイク・エヴァンス軍曹」
呆れた、というような身振りを見せるロジャー。神撫は「任せます」とだけ3人に告げて、とてとて戻っていったサーの後を追うように、路地から出る。表情から怒りが見て取れた。
神撫が路地から出ると、ちょうどサーを見つけたアニー、そしてファファルと目が合う。
「あれ、神撫さん! 奇遇ですね」
先に声を掛けたのはアニーだった。神撫は笑顔を作りアニーの頭を1度ぽふっと叩くと、そのまま何も言わず、擦れ違ってゆく。
何も言わずに去ってゆく神撫の後ろ姿を、アニーは不思議そうに見送った。
「何をしていたのか、教えていただけますか?」
口火を切ったのは綾野だった。エヴァンスを囲むように綾野ら4人が立つ。美環は先に戻った神撫を追いかけ、護衛を継続している。
「君らのバックアップだ」
エヴァンスの答えは尤もだったが、マヘルは別の疑問を抱いた。
「単刀直入に聞きます。アニーさんが捕まった事件で、身内にスパイがいるんじゃないかと疑ってますよね?」
まいった、と言いたげにエヴァンスは両手を挙げる。
「そうだ。だからエドワード大尉から君らに依頼があった」
身内に内通者の存在を疑っているから私達に依頼があった。ではなぜこの軍曹がここに居るのか、マヘルは納得が出来なかった。
「じゃあ、何であんたがここに? SRPってこんなせせこましい部隊だっけ?」
ロジャーだ。以前にE中隊の依頼を受けた彼も違和感を感じている。
「身内でも信用の置けるものをサポートに付ける。別におかしくはないだろ? さ、任務に戻ってください」
早く行け、と手をひらひらさせるエヴァンスに、4人は配置に戻る。
「気付いた? 吠えられた訳」
エヴァンスに聞こえない程の声で、鳴風が綾野を肘で突く。
「ベルガモット」
「ああ‥‥そう言えば」
ベルガモット。柑橘系の、ボディーデオドラントか何かの匂いが、エヴァンスからふわっと香っていた。
ファファルとアニーは眼鏡店に居た。今度はサーもちゃんとお座りで大人しくしている。
結局、ファファルと神撫の2人がアニーと顔を合わせた。戻ったらエドワード大尉にどう言い訳するか、考えないとならないのだが。
が、それは一旦置いて、ファファルはアニーの眼鏡選びを手伝っていた。
「お前はもう少し着飾ることを覚えろ」
壊れる前と代わり映えのしない、飾り気の無いフレームを選ぶアニーに、ファファルは苦笑いを向けた。
これでいいとか私には似合わないとかぶつぶつ言うアニーの一切の抗議を無視して、ファファルは可愛らしいフレームを選ぶ。
結局、アニーの消極的な抗議は押し切られ、ファファルの選んでくれたフレームを手にする。
プレゼントを申し出たファファルだったが、それは申し訳ないと断った。この点だけは頑なに譲らず、ファファルも折れた。
「――また飲みにでも行こう」
「はい、また是非!」
いい笑顔で、アニーは返事をする。その表情を見て、ファファルは少し安心した。
「今度はペースを考えてな」
「そうします」
お互い苦笑いで去ってゆくファファルの後姿を、サーは大人しくお座りのまま見送った。
●エドワードの思惑
ブリーフィングルーム。
依頼主であるエドワード大尉、そして彼の部下であるエヴァンス軍曹、それから依頼を受けた8人が集められた。アニーは居ない。
「現場の判断で、接触して少尉の無事を優先したのよ。問題無いでしょ?」
「結果的にアニーさんは無事だったんですから」
鳴風と美環が、何故接触したのか、という大尉の問いに答えた。
「エヴァンス軍曹がサポートに入っていたのを教えて貰えなかったのは何故です?」
遠倉が逆に質問をすると、「ふむ」と、例のもったいぶった口調でエドワードが続ける。
「どなたか、エヴァンスに、『身内にスパイ疑惑があるんじゃないか』と聞かれましたよね?」
取り押さえた現場で、マヘルが聞いていた。
「まさに、その通りです。シリング少尉の顔がどこからか犯人グループに洩れている。ですから秘密裏にサポートを付けました。‥‥この回答でよろしいですか?」
筋は通っているが、よろしくはない。一同は納得の行かない表情を浮かべたまま。
「これ以上は、申し訳ありませんが機密に関わります」
「味方も疑わないといけないなんて軍人も大変ですね」
「‥‥ごもっともで」
マヘルの言葉を嫌味と受け取ったらしいエドワードは慇懃に返事をする。と、ずっと黙っていた神撫が席を蹴って、エドワードの前に立った。
「これでも情報取れない場合は貴様の責任だ」
凄む神撫に動じる様子を見せず、エドワードは「その通りです」と、一言だけ応えた。
8人を解散させた後も、エドワードとエヴァンスはブリーフィングルームに残っていた。
「どうだ」
エヴァンスと視線を合わせず、エドワードが訊く。
「はい。ファファル、綾野、神撫の3名はシリング少尉がULTに提出した依頼に複数回参加しています。少尉がヨーロッパ開放同盟に囚われた時も、現場に居ました。3人共、少尉と個人的な交友があります。次に美環ですが、彼も過去シリング少尉救出作戦に参加しています」
エドワードは、エヴァンスの報告を、資料をめくりながら黙って聞いている。
「続いてマヘルと鳴風の2名ですが、この2名は先日ULTに出されたアタッシュケース輸送依頼に参加しています。この時はシリング少尉が事情聴取をしていますので、面識はあるはずです。それから遠倉ですが、彼女はシリング少尉と兵舎で個人的な交友があるようです」
「何も関係ないのは、1人だけか?」
「いえ。ロジャーはシリング少尉と面識は無いようですが、先日E中隊の依頼に参加しています」
エドワードは溜息を吐いて、テーブルの上の灰皿を少し遠ざけた。
「つまり、全員灰色って事か。‥‥シリング少尉の身辺を洗え。個人的な交友関係まで全て。彼女自身も調査対象としろ」
命令の意図を頭の中で認識した後、エヴァンスはエドワードの顔を見た。視線だけ動かし、資料を追っている。
「‥‥ベックウィズ中佐には、報告しますか?」
「まだだ。まだ何も掴んでいない。うちの独断でやる」
エドワードはようやく顔を上げて、8人が出て行ったドアを見つめた。