タイトル:アニーの長い休日マスター:あいざわ司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/27 22:22

●オープニング本文


●追跡
 どうもマヘリアの運転は危なっかしい。時々標識とか信号見てないんじゃないかと思う。これで駐車違反すら取られた事無いらしいから相当強運。私が警官だったら真っ先に捕まえるのに。
「――でね、その店行ったら行列でさぁ‥‥」
 私は笑顔を作って相槌を打つ。ホントは、話しながらちらちら私のほうを見るのが怖いから前向いて欲しいんだけど、それを言うと「あたしの運転信用できないわけ?」とか怒るんだもん。だから言わない。
 でもマヘリアの運転だけは何時まで経っても慣れない。もう4年の付き合いになるのに。あ! ほら、今も一時停止しなかったし。良かった車来てなくて‥‥。
 マヘリアは運転中だけでいいからもうちょっと落ち着いて欲しいんだ。せめて、あのE中隊のハンク大尉がたまに連れてくる、アネットさんくらい、‥‥あそこまで落ち着かなくてもいいか。彼女私より年下なんだよね。それなのに大人っぽくてびっくり――
「アニー聞いてる?」
 相槌を忘れてたらしい。
「ご、ごめん。聞いてる」
「じゃあどうする? 撒いてみる?」
「‥‥撒く?」
 私は嘘を吐いた。ごめんねマヘリア、聞いてなかった。撒くって?
「はぁ‥‥」
 マヘリアの溜息。ほんとにごめん。
「振り返らないで、ミラー見なさいよ」
 言われて、私はバックミラーを覗いた。適度な車間で、白いバンが付いて来ている。それしか見えない。
「見た?」
「うん」
「宿舎出てからずっとよ」
 え?
 私はもう一度バックミラーを覗いた。白いバンが付いて来ている。フロントガラスにスモークが施してあって車内は見えない。車高が普通のバンより高い。不整地踏破用のタイヤかも知れない。テレビアンテナっぽく偽装してるけどおそらく軍事用の通信アンテナ。
「飲み会行くだけだってのに何の用かしらね?」
 そう云えばマヘリアは車出してくれたって事は今日飲む気無かったのかな。
 マヘリアは急ハンドルで横道に入った。この道がどこへ続いているのかは、私は知らない。

●捕虜
 マヘリアはお世辞にも運転上手くないし、私も上手くないけれど、おまけに彼女の車はかわいらしいコンパクトカーだし、狭い路地にでも入れば良かったのかも知れないけど、撒ける速度を維持したまま路地に車を入れるテクニックは無かった。で、何時の間にやら港を走ってた私達の車は、新たに登場した2台目のバンと挟み撃ちにされ、銃を持った覆面の男が車を取り囲んだので、こうして車内で手を挙げている訳で‥‥。
「あんた心当たりある? ‥‥ってもありすぎて見当付かないか」
 ありすぎる! 対テロ作戦も行う部隊の作戦士官なんかやってるんじゃなかったと思うよホントに! あぁ‥‥飲みに出ただけなのに。お父さんお母さんごめんなさい。アニーは碌な親孝行も出来ないまま‥‥いやまてまて! 落ち着けアニー! 冷静に。こんな時こそ冷静に。覚醒は禁止だかんね!

 こんな時マヘリアはホント頼りになるよ。きっと私1人なら取り乱してる。広い倉庫のキャットウォークを歩かされて、2階の管理室みたいなとこに放り込まれて、しかも後手に縛られて、どうしていいか解らなくなってるに違いないもん。
「アニー、あんた、あたしの左のポケットに手届く?」
 背中越しにマヘリアの声。ごそごそっと手を突っ込む。何とか届く。
「携帯入ってるでしょ?」
「あった!」
「静かにしなさいよ」
 ドアの向こうから覆面にちらっと覗かれた。失敗失敗。覆面は8人居た。目出し帽赤と青、ゴリラマスクに後は赤スカーフ。リーダーみたいなヤツがサングラスをしていたな。‥‥いやいや、今はマヘリアの携帯。
「言う通りに操作しなさいよ‥‥」
 マヘリアは誰かに電話を掛けさせてる。電波状況が解らないから通じてるのかもわかんないけど、今はこれと、私が車の中に置いてきた緊急発信用のビーコンを、中佐でもロン大尉でもウッディ大尉でもいいから拾ってくれれば‥‥、あ、思いついた。
「まったく! マヘリアといると何時もこうだよ! 怖い事に巻き込まれて!」
 わざと大声出してみた。背中合わせのマヘリアが一瞬ビクっと震えたあと、返してくれた。
「あんたがいつもボーっとしてるからでしょ! こっちだって迷惑よ!」
「メーワクなのはこっちよ! 1人だったら9mmマシンガン抱えた大男8人に囲まれてこんな思いしなくて済んだのに!」
「おい! 五月蝿いぞ!」
 やった! ドア開けてくれた!
「ねぇ兵隊さん、何でも話しますからこんな倉庫から出して――」

「あんた達、女の子の顔殴るとかモテないわよ」
 マヘリアが庇ってくれる。畳掛けようとしたら失敗した。メガネ壊れちゃった。マヘリアの携帯も壊された。ごめんね。
「お嬢さん方、少々喋りすぎだ。喋るならSRPが我々の情報をどこまで握っているのか教えてくれんかね? こちらも身動きが取れないんでね」
 この声。この顔。手配中のテロリストだった筈。思い出せ、思い出せ私!
「さっきまでお喋りだったのに、今度はだんまりか? ‥‥おい、こいつを連れてけ!」
 男が私の腕を無理矢理抱え上げ、立たせる。
「ちょっと! アニー!」
「大丈夫。心配しないで。大丈夫だから」
 ホントはちっとも大丈夫じゃない。けど精一杯大丈夫な表情を作った。多分マヘリアにはバレてるけど。でも笑って、それ以上何も言わないでくれた。
 マヘリアの電話が繋がってて、ビーコンをキャッチしてもらってて。最短で30分くらい? 普通に考えると1時間かな。それまで、なんとか遣り過ごす! 絶対に!

●参加者一覧

ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
須賀 鐶(ga1371
23歳・♂・GP
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
優(ga8480
23歳・♀・DF
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
風花 澪(gb1573
15歳・♀・FC
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN

●リプレイ本文

●捜索
 マヘリアの携帯は綾野 断真(ga6621)に繋がった。約束の時刻になっても店に現われない2人に気を揉んでいた所で、あの電話である。
 一方通行な電話に不穏な空気を感じ、神撫(gb0167)は即座に2人の所属する連隊本部に連絡を取った。丁度連隊本部でも、ビーコンの受信により場所は特定できるものの、状況が解らず情報収集を行っていた。
 連隊本部と情報交換をし、休日モードからスイッチを切り替え、8人は高速艇へ。おそらく、軍の到着より僅かに、こちらが早く現場に到着する。
「何と言うか、いろいろ巻き込まれますね」
「‥‥一度お祓いでもさせにいくべきかも知れんな‥‥」
 煙草を灰皿で揉み消しながら、ファファル(ga0729)が須賀 鐶(ga1371)におどけて見せる。
「二人とも災難ですね。お休みの日だと言うのに」
 フェイス(gb2501)が零す。
「制限時間もあります‥‥急ぎましょう」
 セレスタ・レネンティア(gb1731)は、出来るだけ軍の到着までに救出したいと考えていた。2人の休日のために。
 8人は4棟並びの倉庫の真横に出た。正面を覗き込んだ優(ga8480)が、4棟の丁度真ん中、2棟目と3棟目の辺りに、2台の白いバンとマヘリアの物らしき車を見つけ、合図を送る。
「作戦開始ーっと♪」
 妙に楽しげな風花 澪(gb1573)の声を合図に、8人は散った。

 倉庫正面に回った須賀、優、そしてセレスタ、フェイスの4人は、真ん中2棟の扉が少し開いていたことから、両端の2棟は放置した。
 セレスタとフェイスが手前の倉庫入り口に張り付く。須賀と優は、倉庫の前に止まったままのバンを回り込み、奥の倉庫入り口に取り付いた。

 一度視線を交わし、フェイスが倉庫側面に回る。セレスタはそのまま、正面から気配を探り、一度中を覗き込んだ。人が居るのは確実。だが正面に大きなコンテナで、それ以上の様子は探れない。彼女は一度離れて、バンの裏に身を潜めた。
 側面に回ったフェイスは、採光用に取り付けられた窓の下に滑り込んだ。掌の中のシグナルミラーをゆっくり差し出し、倉庫内の光景を映す。そっと、ミラーを傾斜させて、映し出される箇所を変えてゆく。
 ミラーに映ったのは赤い目出し帽とスカーフが1人づつ。他には確認できなかった。倉庫の正面に戻り、セレスタの横に身を潜める。
「2人いますね。さて‥‥」
「コンテナがあります。遮蔽に」
 小声で短く、必要な事のみ伝え、2人は再び正面ドアに取り付いた。

「須賀さん」
 彼にしか届かないように短く声を掛けると、優は倉庫の側面へ回った。フェイスと同じように、窓から中を確認するため。
 須賀は彼女の動きを確認すると、まっすぐ入り口扉へと取り付き、中を覗く。がらんとした倉庫内。一番奥に、何かを囲むように3人立っている。
 扉の陰に身を潜めていると、戻ってきた優と目が合う。指を3本立てて、3人と合図を送る。
 優が何故か首を左右に振り、掌を広げて見せた。5人、と言う事であろう。須賀が見た3人はテロリスト。囲まれていたのは?
「‥‥ビンゴ?」
 疑問形にして、小さく優に聞く。優は無言で頷いた。

「それにしてもみんな優しいなぁ‥‥殺しちゃえばいいのに」
 呟きながら、風花は綾野が探索に向かった手前から2つ目の倉庫に向かった。一番手前の倉庫は無人。気配を感じ取るのに敏感な風花は確信があった。裏口を登らず、そのまま綾野のカバーに向かう。
 綾野が2つ目の倉庫を裏口の窓から、ミラーで探る。管理室に2人。サングラスは見えない。奥の倉庫に向かった神撫とファファルに、ちかちかと反射光で合図を送る。合図に気付いたのを確認してから、片手で「2人」と示して見せた。
 と、綾野の後ろから、風花の手が伸び、もう2本合図して見せた。そして、下をしきりに指差す。
 正面からフェイスが確認した2人を、風花も見つけていた。この倉庫にはおそらく、4人。

 綾野と風花の合図を確認した直後、正面に回ったチームから定時報告が入る。セレスタから2名確認、両端の倉庫は使用形跡なし、優から、3名と倉庫1階部分に人質。目標は7人確認できた。あと1人。
 そして、神撫が見上げる3つ目の倉庫の裏口に、ファファルが取り付いた。管理室に1人、と合図が送られる。サングラスではない。という事は、優から報告があった、人質を取り囲んでいるうちのどれかがサングラス。
 神撫は閃光手榴弾を取り出し、ファファルと共に配置に付いた。

●突入
 閃光手榴弾の炸裂音と同時に、綾野は裏口のドアノブを撃ち抜いた。間髪を入れず、風花が飛び込む。
 管理室に居た2人が振り返るが、振り返った時には片方の右肩は風花の月詠の切っ先が貫いていた。同時に、もう1人の顎も綾野の振り上げたS−01のショルダーストックによって蹴り上げられる。犯人が倒れながら引いたトリガーは、天井に穴を穿った。
 炸裂音に続いて、管理室からの銃声で、1階に居た犯人達はキャットウォークへ続く階段を駆け上がろうとした。駆け上がろうとして、セレスタの発砲による跳弾で足が止まった。
 セレスタは発砲直後に、入り口からさらに奥のコンテナの陰へ飛び込む。犯人から彼女の姿は見えなかった。右手にハンドガンを握ったまま、アーミーナイフをくるんと左手で持ち替え、コンテナから再び飛び出した。
 管理室の銃声と、セレスタの発砲に紛れて、フェイスは倉庫の奥まで進み、足を止めた犯人を見た。犯人にとって不幸だったのが、混戦の中で立ち止まる敵を見逃すほど、フェイスはお人好しではなかった。
 管理室に居た2人は負傷して動けず、1階の2人は戦意喪失し、銃を捨てた。

 フラッシュパンの閃光と同時に、裏口から管理室へ神撫とファファルが、そして正面入り口から須賀と優が飛び込んだ。
 ファファルが管理室で閃光によろめく1人を殴りつけ、そのままうつ伏せに押さえつけ、後頭部に銃口を突きつけた。リーダーではない。
 神撫が1階へ飛び降りるのと同時に、優が月詠の柄で3人の中央の背中を殴りつける。男がよろめく横で、もう1人が須賀の体当たりをまともに喰らい倒れる。
 残った1人が慌てて人質に銃口を向けた時、銃を持つ手が神撫に切り付けられ、そのまま倒れる。
 優に殴りつけられよろめいた男は、振り返り際をもう一度、同じようにして優に額を殴られ気絶した。サングラスが、割れた。

 アニーはと言えば。
 フラッシュパンの閃光で、彼女は無意識のうちに覚醒した。そして、何だかよく解らない間に、彼女と彼女の親友を取り囲んでいたテロリスト共が倒れ、そして目の前に見知った面々が現われた。今日逢う約束だった友人達であった。
 この日は、覚醒を解いた後ヘコんだりはしなかった。ただただ、友人達に感謝していた。
 ただ、傍で護りたいという神撫の申し出に、「でももう8人身柄確保です」と言って天然ぶりを発揮したのは、彼氏いない歴7年のなせる技か、神撫に同情せざるを得ない。

●長い休日の終わり
 彼らが事態を収束に導いた直後に現われた軍の特殊部隊は、犯人の身柄を引き取り戻っていった。但し、アニーはマヘリアと共に明後日、つまり彼女らの休み明けに、SRP連隊本部に事情聴取のため出頭を命じられた。
 アニーは司令の計らいだと喜んでいたが、マヘリアは休暇を消化させないと上が五月蝿いからだ、と冷めていた。
 兎も角、少し当初の予定と違ったが、一行は綾野のバーで休息の時間を過ごす事になった。
 そして。

 たっぷり4時間は飲んだろうか。帰り道、千鳥足のアニーと、肩を貸すマヘリアは、秋の夜風に吹かれながら、街灯の下をゆっくり歩いていた。
 いつものお下げが、ちょっと尺の足らないツインテールになっている。壊れた眼鏡はハンドバッグの中。鼻眼鏡を掛けたまま、アニーは上機嫌だった。
「どお? 楽しかった?」
 優しい声色のマヘリア。
「澪ちゃんにいっぱいちゅうされた〜」
 ちょっと回っていない呂律で、くふふ、と愉快そうに笑う。
「彼女、笑いながら人刺しそうよね」
「そんなことない! 澪ちゃんはいい子らよ」
 力説する。尺の足らないツインテールは澪の手によるものだった。酔ってはしゃいだアニーのテンションに、彼女も一緒になってはしゃいでいた。
 年下と見るや少しお姉さん風を吹かすアニーの悪い癖にも乗ってくれて、姉妹のように隣同士並んで座ってはしゃいでいた光景を、マヘリアも思い出す。
「‥‥そうね、いい子ね」
「そうらよ」
 またくふふ、と笑う。
「誰か、いい男はいた?」
 また優しく尋ねる。
「ん〜〜」
 ちょっと考えた後、またくふふ、と笑って、アニーは語り始めた。
「綾野さんは、店長さんらったんらよ。素敵なお店」
 着替えた綾野は様になっていて、見事なフレアはアニーを、いやアニーだけでなく、その場に居た全員を喜ばせた。名前は解らなかったが、オススメのカクテルをアニーはひどく気に入った様子だった。
「あたしは常連になるよ。美味しいカクテル飲めるなら毎日れもいいんら」
「ちょっと、毎日はやめときなさいよ」
 毎日酔ってへべれけになったアニーを送る光景を想像して、マヘリアは止めた。そんなマヘリアの気持ちを知ってか知らずか、アニーはにこにこしたまま。
 秋の夜風は少し冷たくて、それがかえって、酔って火照った体に心地よかった。
「神撫さんは直球なんらよ‥‥」
 ほんの少し、アニーのトーンが下がった。神撫は果敢にも、傍で護りたいという申し出を、酒が入って良い雰囲気になった際に再度試みたのだが、残念ながらもうアニーは良い雰囲気を通り越して酔っていた。
 彼の告白は、「じゃあSRPの入隊試験受けてください!」とからから笑うアニーに砕かれた。
 アニーは解っていて、彼の告白をのらりくらり交わしていたのか、とマヘリアは思い、少し感心した。
「でも、神撫さんは試験受けてくれるんらきっと!」
 思い過ごしだったかもしれない。マヘリアは思いなおした。
 またくふふ、と愉快そうにアニーが笑う。
「フェイスさんは、歳が一回り違うんら」
 1人、カウンター席でハンターのグラスを傾けていたフェイスの姿を思い出していた。
「‥‥楽しかったかな、フェイスさん」
 心配そうな表情になるアニーを見て、マヘリアも彼を思い出していた。カウンター席に居たけど、会話にも混ざっていたし、笑顔も見えた。
「大丈夫よ」
「そっか、ならいいんら」
 また愉快そうにアニーは笑う。
「須賀さんは、ちょこの人!」
 突然叫ぶ。マヘリアは彼が肴として持ち込んだ種チョコを思い出していた。
「須賀さんは、ふーせんなんら」
「風船?」
 怪訝な顔でアニーを見ると、アニーは笑っていた。
「うん、遊園地とかで貰える、ふーせんなんらよ」
「そっか、風船か」
 アニーの言いたい事はマヘリアには伝わっていなかったが、マヘリアは優しく肯定した。
 街路灯が、夜闇の中に2人の影を落とす。雲が無いのか、綺麗に月が浮かんでいる。
「あたしは!」
 また突然、アニーが叫ぶ。
「あたしは、優さんとか、ファファルさんとか、セレスタさんみたいな女性になりたいんら!」
 最初にアニーに飲ませたのはファファルだった。勝負に勝ち負けを付けるなら、ファファルの勝ちだろう。けれどもアニーは酔った後もテンションを上げて、ファファルと同じようなペースで飲んでいた。
 酔い潰す気だったファファルは苦笑いで、途中で諦めた。
 ソフトドリンクを飲んでいたセレスタは、そんな2人の光景を笑って見ていた。アニーが一緒に仕事をしたのは2度目、クールで冷静に仕事をこなす人だと思っていたので、笑顔を見せて楽しんでくれていたのが、アニーにはたまらなく嬉しかった。
 飲みに行く前、殴られた左頬を手当てしてくれて、乱れた髪を梳いてくれて、メイクを直してくれて、最後に鼻眼鏡を、優は掛けてくれた。コンパクトを開いて鏡で顔を見て、2人で笑いあった。
 アニーは空を見上げて、少し力強い声で言った。
「みんなかっこよくて、強くて、優しくて、綺麗で、素敵で‥‥」
 途中で止まった。マヘリアが見ると、空を見上げたままでいる。
「そんな女性に、あたしもなりたいんら‥‥」
 感慨深げにそう言ったあと、また歩き始めた。
「そう、あんたならなれるから、なんなさい」
 マヘリアは優しく答えた。またアニーが、くふふ、と嬉しそうに笑う。
「マヘリア、ありがとお」
 呂律が回っていないアニーの酔いが醒めるのはもう少し先だろうか。心地よい夜風が、ゆっくりと歩く2人を包んだ。