●オープニング本文
前回のリプレイを見る「ありがとう」
ニコール・デュポンはそう言って受話器を置くと、机の上の報告書に目を通した。
――先日の件について
そう書き出された報告書は先日知人のノーラ・シャムシエルに依頼した企業の件だった。
一つは、ニコールが追っている事件に関っている建築会社に関する報告と、そして‥‥
「これが‥‥」
そこに書かれた企業名リストの一つの名前が引っかかった。
製薬会社GMS。
ここの企業は確か‥‥
「僕の‥‥家族を壊した‥‥」
そう黒い、笑みを浮かべながら。
「僕の、可愛いシェネスティーンを奪った‥‥」
「そういえば‥‥ここ、四角形が出来てるな‥‥」
ふと、今まで依頼してきた地図を眺めると、地下水路の終点を中心点とし、その周りに大きく正方形が描かれることに気付く。そう、今回調べる予定の場所を含め。
「いったい‥‥後何施設が残っているんだろう。この手元にあるのは‥‥残り3枚、か」
そう言って開かれたのは青地図。
地下水路で発見した青地図は、残すところ後3枚。そして‥‥
「また‥‥人が居る施設、なんだな‥‥」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
〜 とある研究者の走り書きの抜粋 〜
・βを元に始まったこの実験も、同時進行しているはずだ。
やや、ここが一番遅れているのだろうか。
媒体となるものが届かないのだ、仕方ないであろうが。
何しろ、媒体は高価だ‥‥いくら研究の為とはいえ、そうそう手に入らないのはわかっていた。
εを投入したさい、これはどのように変わるのか細説をたてつづけるとしよう。
・他施設で実験しようとしていたδが投入前に別の媒体を取り入れてしまったことが原因で、受け付けなくなってしまった。
そのため、こちらがεの実験ではなくδを行うことに。
δが送られて来るまで、極力βとの関りを断たねばいけないだろう。
・δが送られて来た。ふむ、中々良質の一品だ。
実験に使いこそし無ければ、この手に取ることもなかったであろう物質に我ながら手が震える。
投入後、何ら変化が見られなかったβであるが、それは2−3日置くと変わってきたように思える。
何故だろうか‥‥
・βのデータ徴収が始まった。
始めは、他の物を取り入れるかを見る為に他の研究施設にてすでにデータが得られていたαとγを注入してみようとする。
反映を待って、1週間。どうやら、取り込まないらしい。
TREAにて得られていた、一つ取り入れると取り入れないという性質は、やはりβであることがわかった。
続いて、対物実験に取り掛かる。
βに対して拳銃での致命傷が入るかの実験。
一発目、命中。しかし、時間が経つにつれ、変形をきたし弾丸が排出された。
その後は、すっきりとついた銃創の跡。風穴が出来たようだ。
二発目:弾き返される。
どうやら、耐性がついたらしい。弾丸が通った後は、硬質化しており、並大抵の力じゃ壊れなさそうだ。
この耐性も持続的ではないようだが‥‥果たして、こんな性質を持ってどうするのだろうか。
βの特徴である食事の摂取も、このδでは中々難しそうである。試しに放って置いたラットはというと、一日後、骨だけが残っていた。どうやって摂取したのだろうか。謎が尽きない。
・後発のεがどこまでの性能を持つ媒体なのかわからないまま、他の施設に移されたことが大変悔しい。
どうやら、完成体の媒体まで後一歩なのは、確かであろう。
●リプレイ本文
暗闇から手を伸ばして‥‥
僕は何を求め続けるのだろう。
1人、あの場所を離れたのは僕だったはずなのに。
それでも、今でもこの胸に抱いていた小さな命を忘れない。
シェネスティーン。
僕の、小さな小さな天使。
調査を要求された施設は、今回も有人だった。一体何を求めているのだろう。地下水路から始まったこの調査も既に4件目になる。未だ謎のβの実験内容が載る書物を見つけるたびに依頼を出すデュポンに疑問を覚えながら百瀬 香澄(
ga4089)は手渡された依頼についての書類に目を落とした。そこには以前より依頼していた関連企業――建築会社の名をトレア建築と言うらしいのだが――についての報告が載っていた。その書類じゃよくわからないことは、電話を通して調べた探偵、ノーラに詳細を尋ねる事で得られていた。
製薬会社、研究、それらの符号にホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は別の事件との関わりを感じざるを得ない。出てきた関連会社の名前には彼がイギリスでノーラと共に調べていた事件に出てきた時の名前もあったからだった。
「ニコール、悪いがポールとノーラとの関係について教えてくれないだろうか」
説明を一時止めた彼女に、個人的で悪いがとの断りを入れ尋ねてみる。
「‥‥そうか、君は彼女達と面識が有るのか。彼女達は単なる幼馴染さ」
「幼馴染。彼らはイギリスにいるのに?」
「僕は幼少のころイギリスにいたからね。何も不思議がる事はないよ」
「しかし‥‥」
「さて、それでは調べて欲しい施設の場所なのだが」
なにやら話をそらしたがっているらしく、ニコールの瞳が複雑な色を示していた。鋭く見ながらも、今はこれ以上聞いても無駄だとホアキンは一歩引く。
「すまないが、一つ頼みたいことがある」
これから出発しようという時、ホアキンは改まった口調でニコールへと話しかけた。
「――なんだろうか」
腕組した手を解かずに、訝しげな様子で聞き返す。いや、密かに片手は袖に隠している光物に指を伸ばしているのが見受けられる。
その様子に少し苦いものを見た表情をしたものの、ホアキンは物静かに告げた。
「軍の出動を是非とも間を置かずに願いたいのだが」
暫し探るように見つめたままであったが、静かに瞳が閉じられる。
「善処する」
その一言が発せられると、聞いていた他の者達も安心したように肩から力が抜けた。なにしろ、前回の施設は調査と軍の介入の間に施設の中身が消えていたのだから。軍が調査に入った時にはβの実験室において数名の惨死体があったという。そう、まるで描かれていた模様に血を付加するように‥‥
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が見た模様は綺麗に描かれた二重円。円の中心には媒体とした属性を示す様な図がそして一箇所だけ印されたルーン文字。そう、一箇所だけ。それは今まで見てきた施設全て違う位置に、全て違う言葉が描かれていた。そして、それは始まりの地下施設から見て施設のある位置と同じで‥‥。その、文字にかかる様にぶちまけられた血液の夥しい量は凄かったという。目的はβの実験だけじゃないのだろうか。そんな、疑問に思うくらいに。
ニコールに聞いた施設の地形は今までと打って変わっていた。今までは近隣には大規模な公園、若しくは人里離れた工場区域だったのだ。しかし‥‥
「旧市街、ですか」
寿 源次(
ga3427)はそう呟くと身を隠しながら周囲をうかがっていた。施設の周りには水路が敷かれており、前回同様今回もここから潜入予定であった。もちろん、そのために今回も潜入ルートについて赤霧・連(
ga0668)を中心につめていた。この時期‥‥水路は大変厳しいであろうが、通用口では人目につきすぎる。青地図によるとこの施設は前施設同様に水路からの進入口があると見受けられる。フェイス(
gb2501)は念のためとばかりにニコールにカードキーの借り出しを申請していた。進入は夜、周囲の様子を確認すると寿は、その場を後にした。
「ほむ、冬場に水路‥‥サムサムガクガクですネ」
夜遅く、進入を目論んだ一同はひたひたと水飛沫が上がらないように気をつけながら進んでいた。赤霧はあまりの冷たさに顔を青く強張らせながら進む。
「この時期は体にきますからね」
ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)はそう言いつつ、涼しい顔のまま速度を緩めない。丁度、入り口とは反対側に、それは有った。
ひっそりと隠れるようにあった電磁式の扉を確認すると、周囲の監視カメラの存在へ探りを入れる。軌道をみつつ、扉が視界に入らない瞬間を確認し素早く開錠を行い滑り込むように内部へと入り込んだ。タイミングは2・3に渡ったものの、無事皆内部の潜入を果たす。まずは先にライフラインを‥‥そう決めていたのか、膳施設での配置と青地図での予想場所へと試みる事とした。
風代 律子(
ga7966)は廊下に出る前に、部屋の天井についている排気口を調べていた。どうやら、ここから潜入捜査を行おうとの魂胆らしい。ぴっちりとした黒いスウェットに身を包んでいる彼女は、勢いをつけて登りあがった。腹ばいしなければ進めない其処は、ひやりとした空気を運んでいた。用心深くキットの中に入っている懐中電灯を取り出すと暗闇の中進みだす。しかし、その方法は思うようには行かなかった。なぜなら排気口自体がセクションごとに区切られており、一旦集合棟へと連結。さらに進むには縦移動もつき、それを行うにはどうやら場所が悪すぎるほど狭かった。風代は仕方なく諦めると、他の者と同様に通常方法により隠密行動を試みる事となった。
「探査の眼を使うよ」
ユーリの言葉に、同意の頷きだけが返ってきた。
施設内の状況は前回調べたTRESと構造自体は似ている。まぁ、青地図とはだいぶ中身は変わっていたものの、元の造りがわかっているだけ、重要な部署については把握できている。どうやら罠の類はここ近辺にはないようだ。若干気配を感じるものの、どうやら監視カメラなどの動作音であろう。
素早く配電盤があると予想されるところに移動すると、持ってきた工具にて検討箇所を開ける。予想通り、綺麗な配線がお目見えしていた。赤・白・黄・青‥‥様々な色の線が入り乱れ、上から下へと流れるように付いている。
動力部分を全て切るのは簡単であるが、どうやらこの施設の扉は全て電磁管理にて行われているらしいのは先の捕まえた者によってわかっていた。その者から奪ったカードキーには、裏に小さく664と記載されている。この施設は4番目の‥‥そう捕らえるのでいいのだろうか。
取り敢えずは‥‥監視カメラやセンサー類、連絡手段を、そう思いながら配電盤に書いてある線と照らし合わせ確かめていく。そんな作業を行っている間、フェイスとハインは近付くものがいないかを警戒しながら見張っていた。この部屋の前にあるカメラは、仕方ないので予め後ろの配線を切断してある。探りながらの結果、ようやく数本の線を選び取り処置は実行された。
青地図どおりに進めば、今までの施設同様にもうすぐこの電子カードを、暗号を使用する扉が出てくるはずだった。寿は今までの経緯を青地図に書き込んでいっていた。以前調べた施設の地図とそれを照らし合わせる。それは、やはりUNO、DOSと同じように‥‥
「相対称」
この町の地図を思い出す。そう、正方形内に収まってしまうこの施設の距離。そして‥‥地下水路の道が、何故かこの施設の下を通って円を描かれている事実を。
最初にニコールに確かめた地下施設の小部屋の配置も、同一円状、いや、二重円とした場合、中に入るのだ。中に入り組んだ道も、不思議に等間隔に有る。何か、何かとてつもない事が裏に潜んでいる気がして、思わず背中に冷たい汗を掻いていた。
もうすぐで角を曲るというころで、百瀬は身を沈める。
奥からの物音、どうやら人が通りかかるらしい。そう判断し、暫し機会をまとうと身構えた。
警備員か、それとも‥‥息を潜め、様子を窺う。
近付く足音に、喉が鳴る。そして、後数歩‥‥風が動いた。
視界の隅に白を確認した時、百瀬は素早く立ち上がり目標の口元を押さえると、首の後ろに手刀を浴びせる。急所突きのようだ。
同時に重力がかかり落ちる体を素早く支えると、捕捉完了とばかり隠れていた物陰へと連れ込んでいた。
無線機で研究員捕獲と聞いたホアキンは、聞きたいことがあるからと百瀬のところまで足を運んでいた。既に警備室へと忍び込んで監視カメラはこちらの操作内にある。
気絶させられた研究員は、百瀬の教えてくれた資料室に閉じ込められていた。其処に、百瀬は既にいない。
ホアキンの気配で気付いたのだろうか、朦朧と瞳を開けようとした所、
「おっと、失礼‥‥」
「ぐっ!」
ホアキンは捕まえた研究者の後ろに回りこむと、口を封じつつやや乱暴に後ろ髪を掻き揚げる。うなじを晒すとそこには。
「――やはり、か」
現れたのはウロボロスの刺青であった。そう、それは彼にとってとても見覚えのあるもの。僅かに瞼を閉じると、静かに息を吐く。
「さぁ、君が知っていることについて教えてもらおうか」
次に開いた時、瞳は冷酷な、厳しい色を映し出していた。
今回はβを避ける方向で資料確保へと一同動いていた。流石に動いている施設だけあり、何度も研究員、警備員との遭遇の危機があった。しかしその度にすれすれでやり過ごし、中には捕らえる事に成功。埃を被った資料よりも、目新しく開かれたであろう物を中心に集められ、研究員が篭っていた場所へと隠密潜行を試みて隙を窺いつつも研究員のPCデータを抜き取れるよう細工をしたりなど、間違いなくギリギリの行動が多く見られていた。まだ潜入を試みたのが深夜だったから良かったのだろう。昼は多いと見受けられる研究員の数も時間を過ぎるごとに徐々に減っていく。警備員のほうも思っていた以上に警備する範囲が少なかった。
そう、あのPASS式の電磁扉以降はまったくと言っていいほど警備はなかったのだ。
警備員から奪った電磁カードと、先に借り出していたカードとはどうやら形式が違うらしい。警備員のは施設の内部の扉を開けることは可能であったが、どうもあのPASS式のほうでは作動できなかった。
ここで借りてくるのを忘れていたら‥‥恐らく内部へは入れなかっただろう。
扉の向こうは、研究員は既に帰った後らしく、そしてたくさんの重要と思われる資料が散乱していた。其処に走り書かれた資料にはMR.CROWの名前と資料に載っていた企業名が多く見られた。それらをカメラに収めるフェイス。ユーリは慎重に今回のβの具合をガラス越しに窺う。注目しているのはβの下にある床の模様であるが‥‥
「同じ模様‥‥そして土」
その呟きにホアキンは暫し頭をめぐらせる。
「これで、4元素揃った事に成るのかな‥‥」
二重円に4元素、そして‥‥ウロボロス。全てが錬金術を連想させる。そう、イギリスでおきていた事件同様に。
「ほむ、そろそろ時間ですね」
赤霧の言葉で時計を見ると既に潜入を試みてから4時間が経過していた。
警備員が異常に気付くとしたら交代時前の見回りだろう。かき集めた資料はニコールから借りたカメラと‥‥ユーリの手元に握られているUSBメモリーの中に。
戻り次第軍の出動を要求はしてある。互いに確認し合うと、潜入時同様シミュレート済みの脱出ルートを目指した。
そして、百瀬はそっと押し込めていた研究員の連行を忘れはしなかった。
密かに依頼したのはニコール・デュポンその人の人物調査。
何故だろう、この依頼を進めていく過程でここを逃してはならない気が百瀬はしていた。後残るのはきっと2施設。そして‥‥再び地下へ潜りそうな予感を胸に抱きながら。
彼女はきっと隠している。そう、この依頼の始まりからずっと‥‥
揺らめく光がふとした瞬間消えようとしていた。
それは一体何なのだろうか。掴んだと思った瞬間、すり抜ける感覚がとても物悲しくて。
「シェネスティーン‥‥僕の、天使‥‥」
彼女をこの腕に抱いたのは一体いつだっただろうか。
遠い昔、延ばした手の先にいたのはまだイギリスを、あの施設から脱走する前。
そう、あの優しい人が伸ばした手を取った時以来。
「どうか、天使を守っててくれますように」
抱えた膝に落ちたのは、冷たい、冷たい一粒の液体だった。