タイトル:呪印を刻む老人〜VH〜マスター:雨龍一

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/23 01:58

●オープニング本文


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 薄暗い室内を蝋燭の灯りだけが照らしていた。

 1つ

 2つ

 3つ‥‥

 たった三本で照らされる。

 銀のものと黒のもの

 二つが折り重なり

 時を止める

+++++++++++++++++++++++

「君は傭兵に心許してるけど、それでいいのか?」
 画面の向こうで彼の人はそう仰っていた。
 僕は、何も言えずただ俯くことしかできない。
「彼らは信念がある戦士だから、助けを求めるならばどこまででもやってきて、君の為に傷ついて死んで行くけど、それでもいいのか?」
 『彼』に言われ、初めて話した遠い親戚といわれる人物。
 だけど‥‥
「道は君が選びたまえ」
 その言葉と共に通信が途切れた。
 僕が進むべき道‥‥このままでは、行けないのだろうか。
 『彼』の手を取るべきなのか、『みんな』の手を掴むべきなのか。
 僕の中で、何かが芽生えているのは事実だった。

+++++++++++++++++++++++

 男が一人追放された

 名立たる男だったのに

 彼の人は 栄誉を無くし

 彼の人は 居場所を無くし

 だが 不屈の精神だけが

 今尚 彼を作りつづける

++++++++++++++++++++++++

「私が欲しいのか」
 黒髪に触れるとそう尋ねてきた
「欲しいに決まっている。私の全てにしたいね」
 銀は持てぬ闇を求めつづける
「わからない‥‥何が貴公を変えたのだ?」
 まだ幼き声ですら、心に響き渡る媚薬となって銀を捕らえて話さない
「私が‥‥変わった?」
 伏せていた瞳が開かれる。そこにあるのはまさに燃え盛るルビー
「ああ‥‥貴公は変わった‥‥あの気高き貴公が‥‥今は見えない」
 そっと黒に反する白に触れる。
「それは‥‥お前もだろ?」
「ああ、そうだったな」
 黒と銀が重なる。
 月明かりも届かない室内で、蝋燭だけに照らし出されて

+++++++++++++++++++++++++

 最初は絶望だった。

 もう後がない、そんな状況だったんだ。

 そしたら、僕たちを救ってくれる人が現れたんだ。

 見捨てられる場所を、救ってくれる。

 その人も居場所が無くなったっていってたっけ。

 僕たちを救ってくれた人。

 あぁ、彼は僕達に降りてきた神様なんだ。

 それなのに‥‥

 だれ? 彼をないがしろにする人は。

 そんな人、僕達が食べてあげるから。

+++++++++++++++++++++++++

「彼の村を訪れるがいいよ」
 そう『彼』は僕に告げる。
 渡されたのは一つの通信機。
「君はいつでも掛けてきなさいとのことだ。興味があるんだろうね」
 ふふっと、いつもより艶が満ちた唇で微笑む。
――サー‥‥あなたはいったい何をしておいでなのでしょうか
 僕はこの質問を口にする日が来るのだろうか。
 そう思いながら受け取った通信機を見つめていた。
 質問の答え、それはまだ出ていない。

+++++++++++++++++++++++++


 鈍い音が響き渡った。
「ど‥‥どうして‥‥」
 銀から漏れるのは苦痛と夥しい量の紅。
「私は‥‥」
 震えるように囁く声も、まるで蜜飴を掬い取るような甘美に晒される。
「ごめん、ジュダ‥‥愛‥‥してた」
 振り切るように去る黒は手にしていた銀を投げ捨てた。
 暴かれる途中の白が再び黒く変わる。
「ごめん‥‥なさい‥‥」
 開け放たれたドアに消える、黒。
 その先は闇に包まれていて‥‥果てしなく、深かった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN
Cerberus(ga8178
29歳・♂・AA
ラピス・ヴェーラ(ga8928
17歳・♀・ST
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

 僕は、どの手を掴めばいいのでしょう。
 僕は、どの道を選べば良いのでしょう。
 僕は‥‥
 これは数日前からずっと考えていたこと。
 そして、今突きつけられている選択。
 『彼』なのか、『皆』なのか。
 僕が選ばなければいけないと言う事実だけが、ここに重くのしかかってくる。
 告げても、大丈夫?
 そんな気持ちだけが僕の中で飛び交う。
 もう、いらない子って言われたくないから‥‥


++++


「なんか、変な依頼じゃないか?」
 そう言って、アンドレアス・ラーセン(ga6523)は依頼を眺めていた。
 この頃決まりになっているカノンからの依頼。これに行き始めてから、すでに何回になっただろうか。
「そうか、今回は私用なのか」
 そう、事件の調査ではない。あくまで、私用のための護衛依頼なのだ。
「‥‥なにが、あるっていうんだ?」
 わからない謎、あの青年は‥‥一体何を抱えているというのだろう。


*+*

 大泰司 慈海(ga0173)は疑問点について調べていた。それは、この依頼の対象でもあるカノンと、その主人ジュダース・ヴェントのことについて。カノンに聞き込みを行った結果、正確ではないものの郵便物などにより主人の名前、そしてカノンの実家について聞き出すことが出来ている。
 「ヴェント」と「トルア」その2つの家が何をしているのか‥‥そこに焦点を定めたのだ。あの青年は知らなさ過ぎる。自分のことも、そして取り巻くことについても。
 記憶喪失? 洗脳? 疑問が尽きない。
 普通ならわかるものがわからない、まして虐待まで‥‥何が起きているのだろうか。
 その切っ掛けにと調べた結果、いろいろなことが発覚する。
 『ヴェント家』、どうやらドイツ系の家系らしいが、現在はフランスの南部にひっそりと居を構えているようだ。詳細については不明な点が多いものの、愛好家の雑誌から現当主についての記事を発見することができた。当時、社交家であり旅行を好きな彼は様々な地方に赴き、各地方において有力者達との交流が盛んだったらしい。しかし、それが突如として表舞台から消えることとなる。それは、7年前。カノンの話が本当なら、姉が失踪したその年からである。何を行って富を成しているかはわからなかった。ただ‥‥
「これが‥‥」
 その記事に小さく載っていたのは、当主が婚約をしたとの記事。華やかで整った容姿の若い男と、カノンにそっくりの、まだ幼い少女。それはまるで白と黒が対峙している様な、写真であった。
 続いて調べたのは『トレア家』であった。トルアを調べたものの、該当する物が無く、類似するところを調べるとこの家に行き着いたのだ。ルーマニアに居を構えているらしいこの一族はどうやら芸術に富んでいるらしい。その方面への進出が見受けられる。そして‥‥
「当主失踪?」
 11年前に突如として当主が失踪、幼き姉弟は遠い親戚の家へと追いやられ、現在治めるのは弟一家らしい。そして、その隣接地方ではある時期不治の病が発生。忘れられた地域になったらしいのだった。


*+*


「あ、みなさんありがとうございます」
 ルーマニアにある空港に降り立つと、すでにカノンが待っていた。その姿はこの間見たときより元気そうで安心する。あれから、ほんの少ししか立っていない。彼は‥‥まだ何かを抱えつづけているのだろうか。
 憂鬱を孕んでアンドレアスが瞳を細める、別れ際になるに従って暗くなっていった表情が今でも胸に突き刺さっていた。
 最後のほうに降りてきたロジー・ビィ(ga1031)がカノンを見つけ、途端に顔を明るく輝かせた。
 先ほどまでは心痛な面持ちでいたというのに、凄いものだ。
 勢いをつけて飛び込んでくるロジーを少し困った顔で受け止めつつも、だいぶ慣れてきたのだろう。しっかりと両手で抱きとめる。
「ロジーさん‥‥相変わらずですね」
「カノンーっ! お逢いしたかったですわ」
 そういうやり取りが、少し初々しく見える。それはきっとカノンが頬を染めつつもロジーを見つめる視線が穏やかだということがあるのだろうか。考えてみれば変わったものだ。最初に会ったときは、あの彼女の言動に脅えていたというのに、今ではすっかり‥‥いや、そういう考えは迂闊かも知れない。
 抱きしめたまま、しばらく離れようとしない彼女を見て、アンドレアスは何故だか心がざわついてくるのを感じていた。不思議だ‥‥この気持ちはなんだって言うんだ。
「今回の依頼は‥‥一体どういう内容と取ればいいのだ?」
「えーっと、僕の護衛? そう言えばいいのでしょうか」
「ん? お前が依頼主ではないのか?」
「あ‥‥そのぉ、僕が頼んだは頼んだんですが‥‥」
 カノンの話を掻い摘んでみると、こういうことだった。
 カノンの主人、名前はジュダース・ヴェント、によればとある村に行って来いと言う話であった。そんなこと、近所の御使い同然なものだから一人行って帰ってこればいい話である。ただ、何故か傭兵達も呼びなさい、そう言われては警戒心が生じる。
 何故だろうか‥‥彼は何を考えているのだろうか‥‥疑問が生じていく。
 集まった者達が互いに顔を見合う。前回の依頼と同じ面々だった。何故だろう、あの依頼から、何かが変わってきたというのだろうか。
「カノンさん、一つ聞きたい事があるのだが、いいだろうか」
 カノンを見下ろしながら尋ねるクリス・フレイシア(gb2547)。最初はただカノンの理想の女性を見て、からかいたいがために来たという奇特な御仁だ。だが、今回は目的が変わっている。
 確かに、乗りかかった船を途中で下船するというのも性に会わないのもある。だが、何よりも彼女自身の哲学的に許したくない事実が出来てしまったのだ。
――僕が死ぬか、また逆か‥‥
 対峙した相手に逃げられるのがポリシーに反するのだ。これは、譲れない。
「君の周りで、生々しい傷を負った人物はいたかい?」
「生々しい‥‥傷、ですか?」
「ああ、そうだよ。もしいたのなら‥‥『御大事に』と、伝えておいてくれ」
 すがすがしい笑顔を向けつつも、内容は実に辛辣である。でも、それは当人にとってのこと。それ以外には、なんとも気遣わしげに聞こえてくるのだから不思議である。
「んー、バトラーかなぁ? 僕が帰ったら、足引きずってたような‥‥はい、伝えておきますね」
 クリスの笑顔につられてか、カノンもゆったりとした笑顔で答えてくる。
「ねぇ、カノン? これは何ですの?」
 そういったロジーは、カノンが肩からぶら下げていたカバンの中に何やら四角いものがあるのを目にした。
「あ、これですか? 今日御伺いする方から持っていけといわれたものですね」
「通信機‥‥でしてよね?」
「ええ、そうみたいですが。どうかしましたでしょうか」
「‥‥いえ、なんでもありませんわ」
 ふふっと、穏やかな笑みを見せロジーは離れていく。
「カノン‥‥くれぐれも道に迷うなよ‥‥」
「ケルベロスさん‥‥」
 初めて逢った時、契約を交わした当初だったらすぐに割って入ったCerberus(ga8178)もまた、変わってきていた。少し、表情を出すようになってきたことと、どうやらカノンに対する接し方も変わってきたのだろうか。
 まるで、成長を促す親鳥のような‥‥ここまで追って来いよというような風に見える。
 カノンもそれを少しずつではあるが、感じていた。
 言葉に、なお重みが増す。
――独りで立て
 そういわれているようで。


*+*


 到着が遅かったためか、村に行くのは翌日早朝からとの話になっていた。
 迎えの馬車が来る。それはまるで中世の話のようである。
 その時刻まで、少々交流を深めようと始めたのが切っ掛けで出てくるのはカノンのこの頃の心境の変化の話。
 最初は自分のことをまったくといって良いほど語らなかったのに、今では結構話してくれるようになった。それだけ馴染んだと言う事だろうか。
 最初は取り留めのない、そんなこと。だが、話を聞いていくにつれ彼の自分を卑下した言動に嫌でも耳が反応するようになる。
「カノン、お前自分を卑下して考えるの止めろ」
「え?」
「そうだよカノたん。それじゃあ何も始まらないじゃない」
「そうですわ。カノンはカノン。わたくしにとってそのままでも『特別』でしてよ?」
「ええ、カノンちゃん。わたしはそんなカノンちゃんが大好きですわ」
「だ、大好きって。と、特別って」
「ほら、カノン‥‥お前は俺にとって『特別』なんだ。もちろん、他にも『特別』はいっぱいいる。だけどな、俺にとってはちょっとだけ『特別』の『特別』なんだぞ?」
「あ、アスさん」
「ほら、カノン君の年齢なら悩んでない子だと生意気かもしれないけどね、カノン君はちょっと真面目に考えすぎちゃってる気がするな〜」
「ま、真面目でしょうか」
「‥‥だな。馬鹿になれとはいわん。だが、せめて卑下するのは止めろ」
「け、ケルベロスさんまで」
「ふふっ 少し休憩です! 紅茶でも飲んでリラックスするですっ」
「ああ、シエラの紅茶はうまいもんな」
「おう、店長さんだもんな!」
「カノン‥‥僕は、君が僕と同じ状況にならないこと願ってる」
「シェスチさんと‥‥同じ状況?」
「うん‥‥僕と同じ状況。それだけは絶対‥‥阻止するから」
「み、みなさん‥‥ありがとう」

「カノン君。君は、気持ちを出すのを怖がっているのかな?」
「慈海さん‥‥怖がってる、じゃないんだと思います」
「ん〜、そしたら、持て余してる?」
「‥‥そうかも、しれませんね」
「カノン君。人が人を好きになる気持ちには理屈なんてないよ。気持ちの伝え方に、決まりや正解などもない」
「え?」
「だから‥‥焦らないで大丈夫。そして、失敗しても、大丈夫だよ」
「‥‥失敗は‥‥ダメなのです」
「何故だい? 何故、否定しちゃうのかな?」
「だって‥‥壊れちゃうもの」
 不敵に笑うカノンを、慈海は理解しかねていた。

*+*

「カノンちゃん、一緒にのりましょうね」
 そう言ってカノンと同じ馬車に乗るのはラピス・ヴェーラ(ga8928)、草壁 賢之(ga7033)、シェスチ(ga7729)、ラウル・カミーユ(ga7242)である。
 最初に目的地を聞かれたとき、カノンは明確に答えることが出来なかった。それは、この迎えの馬車がくるというのが一番の理由だったのかもしれない。栗毛色の馬は穏やかな目でカノンを覗き込む。その瞳をカノンが見つめ、ゆっくりと口元を撫で上げる。気持ちよさそうに鼻を鳴らし、自らカノンへと近付くようにした所で御者に止められる。
「カノン君は馬が好きなのか?」
「はい、動物は何もしてこないですから」
 草壁がたずねる言葉に、カノンは微笑んで答えた。その言葉が、何故か引っかかる。
「動物は?」
「ふふ、何でもありませんよ」



 考えてみたら引っかかって当然だった。俺は見たんだから。あの、服に隠された肌の痕を。どうしてなのか、何故あんな目にあっているのか。それはわからない。ただ、目に焼きついている事実だけはどうにも消せない。
 今回の事だってだ‥‥
 カノン君に付き合うのは問題ない。そう、全然問題ないさ。何が問題かって‥‥行く場所がわからないだけではないのだ。俺の勘が、何かを告げてる。誰かの、手の平の上で踊らされているんだ‥‥確実に。
 こんな筋書きは全部止めてやる。冗談じゃない、俺が丸く収めてやる‥‥

 左と右の拳をあわせ、気合を入れる。
 それにより衝撃が強く、身体を打ち震わせた。
「うしッ、謎が多い分気合いれていきますかッ」
 その気合と共に、草壁は馬車へと乗り込んだのだった。



 丁度カノンを挟む形となって座り、向かいに2人座る。
「何処に行くか分からない馬車‥‥ミステリー! あ、リンゴ食べる?」
 ラウルがカバンから取り出した林檎を渡してくる。少し困った顔をしながら受け取るカノンにラピスは声をかけた。
「カノンちゃん、お姉さんの事お聞きしてもいいかしら」
「姉‥‥のことですか?」
「はい、わかることがあると、探すお手伝いがしやすくなると思いますの」
「あ‥‥そうか。わかりました!」
 そうして話し出した特徴、それはすでに7年以上前の情報ではあるもののわからないよりはましであった。そっくりと言われるまでの容姿と、透き通る歌声。何よりも、いつもカノンを抱きしめつつ、意地悪な質問を繰り返してきた事。知らない家に連れて行かれた彼を励ましつつも、消して揺るがない強い意思を見せ続けた彼女。そして‥‥
「その姉は‥‥」
 勢い良く姉について語っていたカノンが表情を歪ませた。そっと手を取るラピス。
 ふと、悲しい笑みを浮かべカノンは続けた。
「ご主人様を刺し、僕を置いて、消えたんです」


*+*

「あの少年の未来についてどう思う?」
 Cerberusは慈海に質問していた。ラウンドクラウンの助手席に座りながら、目の前を走る馬車と周囲への警戒は怠らない。
「ん? カノン君のことかい?」
「ああ」
「そうだねぇ、取り合えず今わかっていることは彼が虐待を受けていること、それと‥‥」
「女が苦手ということだな」
「うん、世間知らずなのは仕方ないとして。その2点が重要なのかな?」
 ハンドルを握ったまま慈海は少し思い浮かべてみる。
「女性の接触を怖がるのは‥‥お姉さんからも虐待を受けていたのかな?」
「俺はそういう怖れ方ではないと思うな。どちらかというと‥‥普通に女慣れしていないだけのような」
「そういえば、ロジーちゃんぐらいだもんね。怖がってたの」
「ああ、そして懐きつつもある」
「青春‥‥なのかな?」
「くくっ。かもな」


*+*

「そういえば‥‥お二人は今日のカノンをどう見まして?」
 シザーリオのハンドルを握るロジーが、同乗したクリスとシエラ・フルフレンド(ga5622)に投げかけた。
「カノンさんか? うーむ、前回会った時よりは顔色はよさそうだったな」
 クリスは少し首を捻りつつ、カノンの様子を思い出していた。
「はいっ! でも、表情が少々優れなかったですぅ」
 そこにシエラは手を軽く叩きつつ、相槌を打つ。
「やはり、感じてまして?」
「この依頼といい、カノンさんの様子といい‥‥おかしくないだろうか」
「ん〜っ、あやしいですっ!」
 暫し、3人はこの依頼の疑問点について語り合うこととなった。


*+*

「あ? そうだなぁ‥‥こっちはまだ大丈夫だ。どうせ俺は後ろをついて行ってるだけだ。――ん? 今のところ変化は無しだぜ」
 一人、カプロイア社製のファミラーゼに乗り込んだアンドレアスは無線機で話をしながら、馬車を追っていた。
――何故通信機なんだ!? あれは距離制限が‥‥。まさかな‥‥近くでずっと見ているやつがいるってことなのか? それとも‥‥
くそっ! この間の痕といい、今回の依頼といい‥‥何故かしっくりこねぇ。何故だ? 俺たちを使って‥‥何がしたいんだ!?


*+*

「この村は‥‥?」
 それは森を抜け、少し拓けた場所に出た時だった。
 素朴‥‥その言葉しか浮かばない。まるで、昔の時代を描いた映画のような、その中で繰り広げられる情景そのものだったのだ。まだ文明の利器も到達していない、忘れられた村、そして‥‥
「ここ、慈海さんが調べた‥‥」
 不治の病によって切り取られた、不明の地域。カノンの一族とは隣り合った領土の‥‥「忘れられた‥‥地域」
 人が存在しているという話は載っていなかった。だが、ここには生活が繰り広げられている。人も、動物も‥‥植物もきちんと根付いているのだ。
 第一の印象は村に店が無いということ。普段コンクリートに囲まれて生活している分見慣れない町並みに驚きを隠せない。家の扉には不思議な模様‥‥そして、意外にも友好的な視線を向けてくる人々に興味が移った。

「さぁ、こちらへどうぞ」
 馬車を降りたのは、しっかりとした造りの古めかしい洋館の前であった。そこに、やや遅れて車組が到着する。村に入る手前で車を降り隠してきたようである。アンドレアスだけ、馬車の後を追いその場に乗り付けてきた。
 カノンの周りはCerberus、慈海を残し、他は村の方へと散っていった。
 アンドレアスとロジーはそのままアンドレアスの車へ乗り込み周辺へ、シエラ・クリスはこっそりとカノンたちの後をつける。ラピス・草壁、ラウル・シェスチは村の方へと聞き込みへ去っていった。執事に連れられ、屋敷の中へと通される。そこは、何処か消毒薬くさい、不思議な空間。何をやっているか尋ねると治療を行うんです、と返ってきた。
「この村は、以前危機的状況に見舞われたんですよ」
 客室に通されると、館の主だろうか、少し格式張った服を着た男が現れた。
「流行り病‥‥というのでしょうか、それより外部との交流が途絶えましてね。まぁ、その時自体も救いようの無い状況で‥‥」
「でも、いまは」
「ええ、あるお方のおかげで、我が村は救われたのですよ」
「あるお方?」
「はい、あるお方です」
 そうにっこりと笑う男はカノンへと声をかける。
「こちらへ」
「ちょっと待ってくれ、一人ではいかせられない」
「大丈夫ですよ、ベランダへご案内するだけですから」
「見える範囲でしょうか」
「はい、見える範囲でございます」
「それでは‥‥少しいってきます」
 そう言ってベランダへと移動するカノンをCerberusは見つめ続ける。慈海も表情に出さないものの、目が鋭く光っていた。
「さぁ、あの方から通信です」
 そういって男が周波数を合わせた通信機をカノンへと手渡す。
「――はい」
「ようこそ我が村へ。如何かね?」
「卿――」
「ふむ、ジュダが言ったように傭兵君たちを連れてきたのか」
「ええ、護衛を用意しろといわれましたので――」
「では、これから起きることを君は直視できるかな?」
「え!?」
「ふふっ、私は何も構わないんだ。彼らみたいな者が大好きだからねぇ」
「卿――何もしないと仰ったはずです」
「それを言ったのはジュダだろう? 私はジュダから君の考えを変えさせてくれと頼まれている」
「しかし!」
「無駄だよ。この村に来た時点で、君の運命は変えられない」
「! そんな事はありません!」
「では、これから起きる状況を楽しもうか」
「卿!!」
 そこで通信が途切れた。
 叫ぶカノンから男が通信機を取る。そして、告げる。
「これから、ゲームスタートだそうです」



 一方、カノンが通信機を使う様子より周波数を合わせていたシエラは、クリスとその発信源を突き止めようとしていた。その先にいる者を突き止めようと。傍受は意外にも簡単にでき、尚且つ会話の内容に不審がりながらも発信源の探索へと当たる。
 意外にも、それは早く見つかった。屋敷よりやや離れた森でその電波を感じ取ったのだ。
――近い
 足を急がせる。その合間に他の仲間へとカノンの通信内容を告げる。
――卿と呼ばれる者、そしてジュダ・カノンが仕えるものの計画を
「えっ? ここなのですっ?」
 着いた先はうっそうとした森、茂る木々達が暗い、闇への口を開けている。ふと視線を感じて顔を上げると、そこには一匹の大きめな鴉が見つめていた。



「おい、この村どう思う?」
 アンドレアスは細い道を走らせながら隣に乗車しているロジーへと投げかける。
「‥‥住民が不自然すぎますわ」
「ああ、ニコニコ笑いながら話しかけてきたのにはビビッた」
「普通、ここまで閉鎖した村でしたらあそこまで友好的かしら」
「俺は‥‥違うと思うぜ」



「ラピスさん、大丈夫?」
「あ、はい。グラたん」
「さっきから、変だよね」
「ええ、私たちが治療に来た‥‥そう思われてるみたいです」
「さっきの人なんて‥‥手が生えたとか言ってたね‥‥」
「‥‥義手、では無かったようでしたけど」



「退路、これで確保できた‥‥かな」
「うん。シェスっちこっちも把握OKだよ」
「さっきの会話‥‥なんだろう」
「‥‥これから、何かが起きる。僕はなんとしても守る、それだけだよ」


*+*

 銃にペイント弾を詰め込む。もしものため‥‥と。
 この違和感しか感じない護衛に、何をさせようとしているのかわからない謎の人物に‥‥僕が出来ることはカノンを守ることだけ。そう願いを込め、ラウルは銃を装着した。

 人の気配が、多くなっているのを感じる。
 屋敷を囲うように、気配が‥‥
 夕刻に差し掛かる頃、カノンは呼ばれて席を立った。その後に、Cerberusがつき従おうとするが、静止される。
 その様子に違和感を感じつつも、鋭い眼光でにらむ。
「大丈夫です。見える範囲ですから‥‥」
 そう応対する屋敷の主人に軽く頭を下げると、カノンはベランダのほうへと歩み寄った。
 通信機だった。
 どうやら、通信する範囲に入ってなかったのかもしれない。
 だが、昼間にも通信が有ったときに調べたのは何もなかったはずである。
 ただ、あそこにいたのは‥‥
「大鴉‥‥ですっ」
 窓の外のその気配に気付いたのはシエラだった。見ると、普段見掛る鴉よりも明らかに大きい。
「あれ‥‥どこかで見た事ある」
 草壁が小さく漏らした言葉に慈海も目を凝らす。
「間違いないかと‥‥あの鴉のようです」
「っち。よりによってゾディアックか」
「え!?」
 他の者達が、反応をしめす。
 草壁と慈海はその鴉に見覚えがあった。それは、先の依頼にて見た事があるものであったのだ。
「あの鴉さんでしたら、カノンさんの通信範囲を調べたときにいらっしゃったのと同じですよっ」
「あれ、クリス・カッシングのだ」
「クリス・カッシング‥‥?」
「あの、ゾディアックのか!」
「聞き捨てなりませんね、客人たちよ」
「な!?」
「私達を御救いしてくれたあの方を愚弄するなど‥‥流石に許せませんね」
「な、なに!?」
「我が村の救世主、クリス・カッシング卿」
「やべ‥‥この村、逃げるぞ!」
「カノン! こっちへ!」
「ダメです! 僕が行ったら、皆さんが!」
「カノたん! 僕は、僕たちは倒れないから! だからこっちに!」
「貴方を置いてなんて行けないわ!」
「カノン! このままでいいのか!」
「‥‥はいっ!」
 Cerberusはカノンを引き寄せると、そのまま走り出した。他の者たちも道を確保するのに対応する。流石に相手は人である。殺すことは、出来ない。
 その思いから、普段覚醒しながら戦っている面々も躊躇い、体術とペイント弾などで応戦している。
 階下に降りるたび、敵気を感じる。狙撃は足を‥‥行動不能と、人命の尊重に。
 流れる動作で道を確保し始めるのだ。
 閃光弾が放たれる。眩しさに翻弄する中、隙を見つけ屋敷内を抜け出すことへと成功した。
「こっちだ!」
 流石に村までは入れれなかった車の方角へと、走り出す。
 体力が無いカノンを、Cerberusは抱え上げた。
「無理するな‥‥俺がいる!」
 途中襲われるものの、慈海が虚実空間を発生させ、何とか乗り切る。車は‥‥もうすぐそこにあった。


 何とか村を逃げ出せたものの、脱出は困難だった。閉鎖された村のためか、もちろん確保していた退路も所詮一本道。そこに現れる人を殺さぬように避けつつ進んで行かなければいけなかったためだ。なかには、恐ろしい姿へと変貌を遂げたものもいた。何故だろうか、その姿はすでに人間と思えない、異形の者へと変わっていたのだ。
 なるべくカノンの眼に触れないようにと、庇い続けての逃げ道。最小限に過ぎたものの、その身は傷付き、癒しても後に残る血のあとがより痛々しく目に映る。

 着いた先は、最初の町。空港を共する、今朝までいたホテルの前であった。
 疲れた身体を癒すかのごとく、ホテルへと入っていく。しかし、何故だかカノンだけが入り口前から動かなかった。
 その様子に気付いたアンドレアスは、走りよって声をかける。
「カノン!」
 アンドレアスは願いを込めて差し出した手に少し骨ばった手が上に載る。
 掴み、そのまま引き寄せ自らの胸へと納めた。
――俺は、お前を‥‥その全てを受け止めるから!
 願いを強さに変え、掻き抱く。
 この青年を離してはいけない、そんな思いを抱いたまま。
「でも、アスさん‥‥このままどこへ行くというんですか?」
 顔を埋めたまま、カノンは囁いた。
 静かに心に波紋が広がる。
――俺が考えていた事、望んでいた事‥‥その行き着く先?
 何があるって言うんだろうか。彼は、何を‥‥
「ふふ、大丈夫です。僕の問題ですし‥‥皆さんに頼むべきことではないですしね」
 懐に風が吹いた。押し返された腕を掴むことが‥‥出来なかった。
 押されたはずの場所より、何故か左胸が軋んだような気がした。


 去り行くカノンを皆、何故だか止める事ができなかった。




++++

「カノン君‥‥お帰り」
 屋敷へと着くと開ける前に扉が開いた。きっと密に連絡を取っていたのだろう。
「サー、ただいま戻りました」
「それで‥‥君の結論は出たのかな?」
「‥‥あの方達に手出しはしないで下さい」
「ふふっ。今日だって手出しはしなかったじゃないか」
「‥‥」
「大丈夫だよ、君が僕を選ぶなら僕は何もしない」
「‥‥」
「さぁ、最後の時間は上げるよ。大丈夫。これが最後じゃない、まだゲームは始まったばかりなのだから」
 招かれる屋敷の中、僕は再び‥‥

 籠の中へと舞い戻った。


 だけど、一つ僕は祈る。
 この胸に抱いた彼らへの思いだけは、壊されないようにと‥‥