●リプレイ本文
●帰還
以前にも見たはずのフーバーダムは、どこか異様な雰囲気をまとって見えた。
『いますね‥‥』
『確実に』
鳴神 伊織(
ga0421)の声に、赤村 咲(
ga1042)が答える。
粘度の高い殺気が充満するその空間は、アルゲディ(gz0224)の存在を雄弁に語っていた。
「主の帰還した館、か」
雷電のコックピットで煉条トヲイ(
ga0236)は呟く。
『さて‥‥この舞台の最終章と行きましょうか!』
バージョンアップを施した愛機から、米本 剛(
gb0843)が気炎を上げる。
彼らは、今からそこへと乗り込むのだ。気圧されるわけにはいかない。
『厳しい戦いになりそうですね』
言葉とは裏腹に、ソード(
ga6675)はフレイアの中で笑顔を崩してはいない。
この時点で、能力者たちのスタンスにはややズレがあったといっていいだろう。楽観的か、そうでないかの違いというべきか。
ソードをその楽観する側とすれば、火絵 楓(
gb0095)の意識はややシリアスなものであった。
(「みんなで帰るんだ。今度は前と違うんだから」)
お気楽な笑顔の下で、楓はそう決意を固めている。
スタンスの違いはどうあれ、各々がそれぞれの決意をもってこの場に臨んでいたのは間違いない。
適度な緊張感が身体を満たすのを感じ、終夜・無月(
ga3084)は白銀のミカガミの中で少しだけ目を閉じた。
『‥‥行きましょう』
再び目を開くと同時に、彼は決然と告げる。
『ああ。後続が来る前に、可能な限り敵機を撃破する。――行くぞ!』
トヲイの声に応じるように、雷電のスラスターが咆哮した。
「ほう‥‥」
本星型HWの中で、アルゲディは感心したように声を漏らした。
能力者たちは、一気に突撃を開始していた。目標は、どうやら最前列のゴーレムらしい。
「数を減らす。定石だが、その切り口としては上々じゃぁないか」
青年は愉快そうに口元を歪めると、引つるような笑い声を上げた。
想定していた中で、最も彼にとって愉快な動きだったのだ。つまり、能力者たちの初動はほぼ完璧だった。
ダムを背にしていたバグアの機動兵器に対し、うかつな射撃は行えない。
逆に、居並ぶゴーレムやタロスからは砲撃が雨のように降り注ぐ。
その中を突破した能力者たちは必然的に、近接戦を挑まざるを得なかった。
乱戦となりやすい白兵戦はしかし、戦力比がバグアに有利な現状ではむしろ望むところだ。
『落ちろ‥‥!』
無月の低い呟きに合わせ、白皇がゴーレムにロンゴミニアトを突き刺した。
他の者との波状攻撃で欠けた装甲の隙間に穂先が食い込み、連続して爆裂する。内部からの圧力に耐え切れず、そのままゴーレムは弾けた。
『まだまだ行きますよぉ!』
それに続けとばかりに、剛が黄泉の邪断刀を振り下ろす。
硬質の激突音の直後、甲高い音を立ててゴーレムの装甲が裂けた。
どんな場合においても、流れ、というものがある。勢い、と言い換えてもいい。いずれにせよ、初期の突撃は能力者たちにそれをもたらした。
流れに乗れたならば、普段以上の実力を発揮できるのが人だ。
先の戦いであれだけ手を焼いたゴーレムを、突撃から10秒で2機撃破できたことはその証左だ。
イニシアチブは能力者が握った。
「そうでなくてはな」
アルゲディは一人笑う。
それが何を意味するのか、この時点では知る由はない。
ひとしきり笑うと、青年は本星型HWの操縦桿を一気に押し倒した。
2機目のゴーレムが反応をなくすのとほぼ同時に、タロスと本星型HWが動き始めた。
能力者たちもそれに応じて隊列を組み直す。
『上空、鹵獲フェニックスに動きが!』
と、後方の遠石一千風から警告が入る。
『うも〜、やっぱりあのフェニちゃんって、やっぱあの時のだよね〜』
楓が真っ先に反応し、ラーにスラスターライフルを構えさせる。
上空を睥睨する銃口の先に、錐揉みしながら地表に迫る2つの機影があった。
『鹵獲機か‥‥。来るなら、来い』
同様に咲も、RavenのGPSh−30mm重機関砲の照準を天へと向ける。
悪魔へと堕した機体に引導を渡すべく、楓と咲がまず分かれた。
『2人減ったか‥‥くく』
『やはり貴様か、アルゲディ』
突撃してきた本星型からの無線にトヲイが応え、その進路に立ちはだかる。
『ああ、なるほど。なるほど、トヲイか。道理で‥‥』
『‥‥この先には、行かせません』
無月もまたその機体を割り込ませる。
本星型はそれに逆らわず、静かに動きを止めた。
『‥‥2機か』
値踏みするように、アルゲディはHWをゆっくりと旋回させようとする。
それにあわせてトヲイと無月も機体を動かし、小さな円を描くように3機は動く。
その間に6機のタロスが伊織やソード、剛らと交戦を開始した。
まだ生き残っている最後のゴーレムを合わせ、彼らは7機を相手取ることとなったが、それでも臆する気配はない。
『あなた方には、早々に退場していただきます』
伊織は伊邪那美を駆って1機のタロスに肉薄すると、至近距離から獅子王を振り抜く。
防御の上からでも削り取る一撃に、タロスはたたらを踏んだ。
同様に剛も、双機刀を幾重にも閃かせ、生じた隙に輪胴式火砲を撃ち込んでいく。
奮迅の働きを見せる能力者の中でも、群を抜いていたのがソードだろう。彼は恐ろしい程に強化した機体を操り、同時に数機の相手をしていたのだ。
アテナイによる弾幕とダブルリボルバーの射撃が、戦場を彩る。
数に勝る敵を相手に、能力者は互角に渡り合っていた。
『加勢しないでいいのか?』
『安い挑発は、無用です‥‥』
嘲るようなアルゲディの声に、無月は冷静に切り返す。
その声に、男は合点したように言った。
『そうか‥‥思い出した。ムヅキ、とかいったか』
『‥‥』
無月は答えない。
だが、アルゲディは神経に障る声で笑い始めた。
『くく‥‥! きひひははは! 節操がないなァ? アキラの拠点からは逃げ、アイコは取り逃がし、そして今度は俺か?』
『‥‥言ったはずです。安い挑発は、無用‥‥と』
『その通りだ。俺たちはお前と戯言を交わしに来たわけではない!』
トヲイが円運動を止め、一気に機槍を突き出す。
それを難なくかわしながら、アルゲディは尚も笑い続けた。
『あっはははは! 俺は褒めているんだぞ? 大した奴だよ、まったく!』
『‥‥他人を見下して、満足ですか?』
『見下す? そうか、見下すように聞こえたか。‥‥くく』
静かな怒りを湛えた無月の声に、青年は意外だというような反応を返す。
『無月、構うな。こちらのペースを乱すつもりなんだ』
『ええ‥‥そうでしょうね』
意味深な台詞を並べるだけで、そこには実は何の意味もない。
それは初歩的な舌戦の戦術だ。
『その冷静さは流石だが‥‥果たして、本当にそうかな?』
『黙れ』
この期に及んでも言葉を弄するアルゲディをトヲイは一喝する。
今までの会話の間にも、仲間は激戦を繰り広げているのだ。その奮戦を無駄にしないためにも、敵のペースに惑わされるわけにはいかない。
『‥‥今日こそ、決着をつける。アルゲディ、俺はお前の幕を下ろす者――Deus ex machinaとなろう』
『ほう。オベロンにでもなるつもりか? まぁいい。そこまでいうなら、遊んでやろう』
『遊びで済ますつもりはありません‥‥!』
雷電と白皇の機槍が大気を貫く。
紙一重でその穂先を掻い潜ったHWから、耳障りな笑い声が響いた。
●烈火
『その首‥‥貰い受ける!』
神天速を起動した剛の黄泉が、3機目のゴーレムの首を刈り取る。
頭部を失ったゴーレムはもがくように火花を上げて沈黙した。
ほぼ同時に、鹵獲フェニックスへもmその着地際を狙った楓と咲の斉射によってかなりのダメージを与えることに成功している。
『両肩が紅いってことは‥‥やっぱりこのフェニックス、あたしのフェニちゃん!!』
陸戦形態となった鹵獲機の特徴に、楓が思わずというように声を上げた。
かつての愛機が不運にも敵となっていたのだ。
『やっぱり、あんなバカでも気にしてるのかな。‥‥自分の愛機だった機体と戦うって、どんな気持ちなんだろう』
その様子に、後方に控えていた冨美が呟く。
僚機のキッカ・小林・クルスがそれに応じた。
『まぁ〜気にはなるわな〜。でも、それに正面から会いに行くってのは‥‥まぁ、カエデらしいわな〜』
『‥‥少し気になるな』
そんな会話の脇で、ユーリ・ヴェルトライゼンがぽつりと零す。
『何か?』
『いや、敵の動きが妙というか‥‥上手く言えないんだけど』
一千風の問いに言葉を濁しつつ、ユーリは戦場を観察する。
何かが変だ。だが、何が?
考える間にも、戦闘は続いている。
『流石にしぶとい、ですなぁ』
言葉の端に僅かに疲れを滲ませながら、剛はタロスの攻撃を受け流した。
敵の性能それ自体も高いのだが、それよりも問題なのはその再生能力だった。
ダメージを与えたと思っていても、気がつけばそれは回復している。質の悪いイタチごっこのようだ。
『‥‥嫌な感じがします』
そんな中で、伊織もまたユーリと同様の感覚を得ていた。
手応えのなさ、とでもいうべきだろうか。再生能力にその原因がある、とは想像できるのだが、何かしっくりこない。
『弱気は駄目ですよ。こういう時こそ、強気です』
ソードは相変わらず複数の敵と渡り合いながら、どこか自分を納得させるように言う。
再生とて無限ではないのだ。いずれは、必ず限界が来る。
他方、アルゲディと相対するトヲイと無月も焦燥に似た感覚を抱き始めていた。
2対1であれば戦闘は優位に行えるはずであったし、事実として2人の損傷はそこまで酷くはない。
だが、本星型へと与えられたダメージもまた少なかったのだ。
『どうした? 俺はまだ強化型FFも使っていないんだがなァ』
明らかな挑発を黙殺しつつも、トヲイは心中で舌打ちをしていた。
アルゲディは射線上にダムが来るような位置取りを、決して崩さなかったからだ。うかつに撃ち込めば、それはダムに大きな被害を与えてしまう。いくら分厚いコンクリートで構築されたダムといえど、トヲイや無月ほどに強化した機体による射撃は、例えそれが機銃弾であっても無視できるものではない。
改造の弊害、というには余りに皮肉なものだ。
弾幕が制限されるならば、自然とその比重は近接戦へと傾いていく。だが、射撃という牽制の要素を大きく制限された接近戦は、致命打となり得なかった。
(「せめて‥‥あと1機居てくれれば‥‥」)
そんな悔悟が一瞬無月の脳裏を過ぎる。
逃避でしかないその思考を即座に振り払うと、彼は裂帛の気合を込めて機槍を突き出す。
穂先が僅かに本星型の装甲を掠めるが、その爆裂は多少そこに煤をつけたのみに終わった。
突撃から、一分程度が経過したのだろうか。
先程までは確かにあった勢いは、目に見えて失われていた。
あの違和感、暖簾を押すような手応えのなさによって、能力者たちの流れはスポイルされてしまっていたのだ。
それでもゴーレムは全機を撃破し、鹵獲フェニックスにも打撃を与えている。そして、タロスも再生の限度は近づいているはずだ。
戦力差は縮まり、敵にも消耗を強いていることは確かだ。
そうであるのに、能力者たちは徐々に焦りを実感していた。
原因が不明瞭なその焦燥は次第に苛立ちへと変わり、彼らの動きは少しずつ乱雑になっていく。
フェニックスからのフェザー砲を回避しながら、咲は改めて鹵獲機という特殊な敵に舌を巻いていた。
『奴らの手に渡ると、こうも厄介な敵になるとはな‥‥!』
シルエット自体はよく知るそれと寸分違わないのに、その出力は一回りも二回りも強化されている。
そして、人類のそれとはどこかズレている兵装の配置が間合いの取り方を難しくしていた。
『えっへへ! さっすがあたしのフェニちゃんだね!』
苦戦する咲とは対照的に、楓は紅い肩のフェニックスを相手に楽しげだった。咲とは、というよりも、他の者とは、という方がより正確かもしれない。
この戦場に臨んだ者の中で、楓はただ一人焦燥とは無縁だった。
それは彼女が抱く感情による。楓は、かつての愛機が敵に回ったことなどは、誤解を恐れずに表現すればどうでも良かったのだ。ただ、もう一度会えたことが純粋に嬉しかった。
だからこそ、苦戦はその喜びを増す要素にこそなれ、辛いという側面は持たなかったのだ。
ショルダー・レーザーキャノンとフェザー砲が交錯し、高電磁マニピュレーターとバグア式のソードウィングがぶつかり合う。
性能は鹵獲機が優れていることは確かだ。だが、楓のラーはそれと互角に戦っている。それは、戦いというものが如何に精神的要素に左右されうるのか、ということを端的に示していた。
逆にいうならば、初期の流れを失い、精神的にも動揺し始めていた他のメンバーの動きは精細を欠くようになってきていた。
それが最も早く現れたのは、ソードだ。
彼は複数を相手取っていたが故に、仲間の倍以上の疲労を受けていた。
それを感じさせなかったのはソードの経験と人柄故だろうが、だからこそ仲間によるフォローも遅れてしまった。もっとも、数に勝るバグアを相手に十分なフォローが行えたかは疑わしいのだが。
ともあれ、ソードは本人も自覚せぬうちに勝負を焦るようになっていた。
『‥‥あ』
ユーリの懸念を聞き、改めて戦場を観察していた一千風が何かに気づいた。
『何かわかったかい?』
『確証は持てないけど、敵の動きが何か‥‥そう、消極的に見える。数が多いから、それに隠れてわかりづらいけど』
『消極的‥‥?』
その言葉に、ユーリは思い当たる節があった。
思えば、バグアの動きは最初から妙だったのだ。数に任せて畳み掛ければ、如何に強力な機体が揃ったメンバーといえど押し切られていたはずだ。
だが、それをバグアは、というよりもアルゲディはしなかった。
『‥‥嬲るのが趣味って聞いたけど、関係あるんかねぇ〜』
『まさか、こんな土壇場で? 正気じゃできないよ』
キッカと冨美の会話に、いや、と一千風は思う。
あの男ならやりかねないという確信が、彼女にはあった。
『優勢を覆される方が、より絶望するから‥‥!』
後方の通信は、無論戦闘中の者にも届いている。
故に、彼らもアルゲディの思惑と違和感の正体を知った。
『アルゲディ‥‥! 余裕のつもりか!』
双機刀で鹵獲機をなぎ払いながら、咲は叫んだ。
自分たちの行動は、すべてあの男の想定内でしかなかったのか。
違う、と咲は自らに言い聞かせる。だが、確かに今まで抱いていた違和感は、それで説明されてしまうのだ。
『余裕だというなら、それを崩すまでです』
伊織は冷静にそういったが、抑えがたい怒気のようなものが滲んでいる。
そしてそれはソードも同様だった。
言葉こそなかったが、彼は相手をしていたうちの1機に生じた隙を見つけるや、迷いなく決断した。
『ブースト起動、PRM作動‥‥!』
フレイヤは一瞬でそのタロスへと肉薄すると、必殺の錬剣を抜刀する。
『このタイミング! シャイニング・ペンタグラム!』
光の刃が五度閃き、タロスの装甲が五芒星に切り刻まれる。
その中心に、ダメ押しのように輝く女神剣が突き刺された。
『浄化!』
一瞬で叩き込まれたその攻撃は、タロスを再生の暇すら与えずに葬り去る。
これで残るは5機。
その瞬間、アルゲディが哄笑した。
『何が――っ!』
何がおかしい。そう言おうとした剛は、言葉を飲み込まざるを得なかった。
突然、タロスが今までが嘘のように猛攻を仕掛けてきたからだ。
●幕間
突然動きを変えたタロスは、伊織と剛を抑えるように1機ずつがまとわりつき、残りは必殺技を使った影響で体勢を立て直し切れていないソードへと群がった。
『うわあああ!?』
前後からの衝撃に、ソードは思わず叫ぶ。
完全に無防備な瞬間をつかれたのだ。受けもままならず、タロスが振るった無骨な長剣は過たずにフレイアの左肩と右膝を打ち砕いた。
少しずつ積み重なっていたダメージと合わさり、機体のコンディションは一気にレッドゾーンへとぶち込まれる。
そしてその衝撃から回復する間もなく、ソードは眼前に広がる地獄の穴を見た。
フレイアのカメラアイに突きつけられたタロスのリニア砲が、頭部ごとそれを吹き飛ばしたのはその直後だ。
瞬間的なダメージ量の多さと、システムエラーによる過負荷がコックピットの電装系を直撃する。スパークが渦巻く操縦席で、ソードは意識を失った。
『そ、ソードさん! 応答してください! ソードさん!』
一転したタロスの猛撃を辛うじていなしながら、剛が必死に呼びかける。
だが、それにはホワイトノイズが返ってくるのみだ。
慌てふためくその様子を、心底おかしそうにアルゲディは笑い続けている。
『あっははははひははあひひははははひひははは! 余裕か! 余裕といったか! けひひひはははははは!』
『‥‥笑うな!』
『違うなァ‥‥これは、策というものだ』
端々に笑いを滲ませる男に、無月は氷点下の怒りを込めて槍を繰り出す。
それは遂に本星型HWを捉えた。が、一際強く輝いたFFによって、完全に防がれてしまう。
『おっと、いいのか? 弾丸を撃つなら俺は避けるぞ?』
ならばと無月が重機関砲へと持ち替えようとしたのを見越したように、アルゲディはいう。
先手を打たれた無月は一瞬だけ躊躇した。
『‥‥ふ。詰めが甘いな』
『無月、避けろ!』
トヲイの警告とほぼ同時に無月は白皇に回避機動をとらせたが、躊躇の分僅かに遅れる。
鈍い衝撃がコックピットを揺らした。
咄嗟に機体をチェックすれば、左大腿部に大きな損傷ができたことを示している。
「‥‥く」
これ以上の損傷は、不味い。無月は唇を噛む。
まだやることが残っている。深手を負うわけにはいかなかった。
自然と、彼と機体は守りの姿勢へと移行する。
『‥‥けはっ! かっひははははは!』
その様子を見て取ったアルゲディは、再びけたたましく笑い始めた。
耳障りなその声を努めて意識から排除しながら、咲は窮地に陥った他班を早急に援護すべくフェニックスへと反撃を開始していた。
『悪いが、落ちてもらうぞ!』
迎撃のフェザー砲と剣戟をかいくぐり、受け流して咲はRavenを肉薄させる。
双機刀も振るえない程に密着すると、Ravenは鹵獲機の頭部と胸部へと掌底を叩きつける。
『ただの打撃だと思うな‥‥!』
本命は、その後だ。PRMを起動させた掌銃「虎咆」が、敵機の装甲を抉る。
更に胸部へと高分子レーザーを突きつけると、砲身も溶けよと連射した。露出した内部機構が高出力のレーザーに耐えられるはずもなく、鹵獲フェニックスは内部へと溶け落ちていく。
その最期を見届けることなく、咲は機体をタロス班へと向けていた。
同じ頃、楓の戦いも佳境を迎えていた。
自らの愛機だったからこそ、だろうか。鹵獲フェニックスの挙動の癖を見極めた楓は、そのタイミングに全神経を集中させていた。
(「チャンス到来♪」)
程なく訪れたその機を逃すことなく、楓はラーに高電磁マニピュレーターを構えさせ、突貫する。
『スパちゃん、ラーちん、イクよ! あたしたちの必殺技パート1!! フェニちゃんフィンガ=====!!!』
フェニックスの真骨頂、SES−200エンジンが出力全開となり、弾丸のような勢いで飛び込んだラーの拳が鹵獲機の腹部を貫いた。
「ありがとね、フェニちゃん‥‥そしてバイバイ。きっとすぐ会えるから。‥‥知ってる? フェニックスってね、何度燃え尽きたって、何度だって蘇るの」
腹部からスパークを上げて沈黙する鹵獲機へ呟くと、楓は拳を引きぬいて距離をとる。
格上の相手とガチンコしていたせいか、ラーも立っているのが不思議なほどにボロボロだった。
『‥‥さーって、もう一頑張り! 楓ちんがんばっちゃうんだからぁ!』
それでも明るく声を張り上げて、彼女もまたタロス班へと向かった。
鹵獲フェニックスを倒した2機が回ったことで、タロス班の伊織と剛もなんとか持ち直していた。
だが、それでもギリギリのところで踏みとどまっているに過ぎない。咲と楓の機体もかなりの損傷を負っていたし、特に楓のラーなどはいつ擱坐してもおかしくはない状態に見えた。
(「正直、きついですね。不本意ではありますが‥‥」)
戦況が一変して以降、努めて思考を冷やしていた伊織はそう認めざるを得なかった。
このままでは、本星型の撃破はおろかタロスの全滅すら危うい。
それ以前に、こちらが全滅する可能性すらあった。そうなる前に、何とか撤退しなければならないだろう。
そのためには、後方に援護を頼まねばならない。
「‥‥私としたことが」
そこまで思考を進めたところで、彼女は気づいた。戦場には傭兵だけでなく、プレアデスと正規軍も存在していた、という簡単な事実にだ。
もしも、ゴーレムを2機落とした段階で援軍を要請していれば、単純な戦力比は逆転していたのだ。
そして、その時は確実に流れが能力者側にあった。勝てる可能性は大いに存在していたのだ。であれば、援軍要請も容易に受け入れられていただろう。
『‥‥不毛ですね』
『鳴神さん?』
自嘲気味な呟きを聞き返す剛に、伊織は、いえ、とだけ答えてから続ける。
『撤退しなければいけません。何とか、後方の味方が来るまで持ちこたえませんと』
『やはり、そうなりますかなぁ‥‥』
剛も、その必要性は意識していたらしい。
味方の半数以上が、すでに限界が近いのだ。タロスもまた同様だろうが、ここで無理をしてタロスを撃破したとしても、本星型が残っている。
被害がこれ以上広がらぬうちに、退く必要があった。
問題があるとすれば、敵がそれを大人しく見逃してはくれないだろう、ということか。
その頃、本星型と対峙するトヲイと無月もまた追い詰められていた。
無月が守りに入ったことは仕方のないことではあるが、時には無理をしなければ打開できない状況があるのも事実だ。
そしてこの場は後者であった。結果として、無月は完全に受動的な立場であることを強いられてしまった。
『‥‥ふぅ』
アルゲディは、あからさまに失望したようなため息をつく。
『勝利の余韻にはまだ早いぞ、アルゲディ!』
『いっそ哀れだな、トヲイ』
憐憫のような声には反応せず、トヲイは切り札の使用を決意する。
既に機槍の間合いは見切られており、アルゲディは容易にその距離へと入ってはこなかった。ギリギリのところで踏みとどまるのだ。
だが、トヲイはそれこそを待ち望んでいた。
『この攻撃の後も、その台詞を吐けるか?』
雷電にこれ見よがしに機槍を構えさせたトヲイに、青年は小さく笑う。
恐らくは、相打ち覚悟でブースト特攻を仕掛けてくるのだろう。そう読んだからだ。
その余裕、いや、この場合は油断だ、それを察したトヲイは心中で確信する。
そして繰り出されたロンゴミニアトは、ブーストの様子もなかった。アルゲディは僅かに失望し、直後に悟る。が、遅い。
『吼えろ、ハンズ・オブ・グローリー!』
『チィッ!』
雷電の手元で炸裂したカートリッジが、機槍の穂先を一瞬だけ延長させる。
それは回避の遅れた本星型HWの舷側に突き刺さり、炸裂した。
明らかにFFに防がれた時とは違う手応えと爆音が、一矢酬いた事を何よりも語っていた。
『やれやれ‥‥俺も迂闊だな』
爆煙が晴れると、そこには片翼の一部を失った本星型の姿があった。
直撃したはずにしては、被害が小さいように思える。やはり、強化型FFがなくとも防御性能は桁外れか。
『では、少々真剣にやろう‥‥』
装甲越しにアルゲディが口元を歪めたことを感じ取り、トヲイは唇を噛む。
味方はまだタロスに掛り切りのようだ。ここでアルゲディの自由を許せば、最悪の事態になりかねない。
「‥‥無理を通すしかない、か」
苦笑したように呟いて、トヲイは古の騎士のごとく雷電に機槍と機盾を構えさせた。
『30秒、稼ぐ必要があります』
幾度目かのタロスの攻撃を凌いだ直後、伊織はそう告げた。
先程後方の味方に支援を要請した。返答は『すぐ行く。任せろ』。
距離を考えて、到着までは最短で30秒だ。
『なら、俺が残ろう。火絵さんは一足先に下がって』
真っ先に名乗り出た咲に、楓は何かを言おうとして結局止めた。
ラーが限界なのは、彼女自身が一番わかっていたのだ。
『では米本さんは、念のため火絵さんを護衛してください。一人で下がらせるのは、恐らく危険ですから』
『‥‥わかりました』
剛もまた、反論はしない。
タロスとの攻防の最中、敵のレーザーブレードが黄泉の腰を掠めていたことを伊織は知っていた。腰部スラスターを持つアヌビスにとって、腰は要である。大事を取るに越したことはない。
おもむろに後退を始める2機をかばうように、伊邪那美とRavenがタロスの前へと進み出る。
待ち構えていたように、巨大なチェーンガンを引っ提げたタロスを先頭に5機が群がってきた。
砲声と剣戟音が連続し、比較的損傷の浅かった2機は一気に傷だらけになっていく。
『‥‥まだまだ。奴の思い通りになど‥‥!』
被弾の衝撃が身体を突き抜ける中で、咲は精神のみで反撃を行う。
双機刀がチェーンガンの砲身を切り裂き、誘爆した弾丸でタロスがよろめいた。
『一太刀は報いて見せましょう』
それを逃さず、伊織の獅子王が閃く。
頭部から両断されたタロスは、再生の限界を超えていたのかそのまま沈黙した。
その時、2人の後方から煙幕銃が撃ち込まれる。援軍だ。
「間に合った‥‥か‥‥」
緊張の糸が切れたか、咲はそう呟いた瞬間に意識を失う。
見れば、Ravenのコックピット至近に深い弾痕が刻まれていた。今まで意識が持っていたのが不思議だった。
一方で、トヲイの雷電も各所からスパークと黒煙を上げて擱坐寸前となっていた。
『削りきれなかったか‥‥』
呟いたアルゲディの声と同時に、ここにも煙幕が展開される。
白煙に包まれる視界の中で、トヲイはやっとのことで声を絞り出していた。
『‥‥何故、リリアに忠誠を誓った‥‥? お前にとって‥‥リリアとは一体何だ‥‥?』
『ふ‥‥そうだな。健闘の対価に答えてやろう。俺にとってのリリア様は‥‥絶望、だ』
問い返す間もなく、アルゲディは哄笑を残して飛び上がる。
残った4機のタロスも、それに追随して空へと飛んだ。見逃す、というつもりだろうか。
その意図はどうあれ、駆けつけた正規軍らによって能力者たちは撤退し、大破した機体とそのパイロットも無事に回収された。
「思わぬ追加公演、だな」
撤退していく能力者たちを眺めながら、アルゲディは暗い笑みを浮かべていた。
物語は未だ、青年の掌の上を逸脱していない。