●リプレイ本文
本日は晴天。風は心地よく、清々しい陽気である。
「ん〜! いい天気! 今日は宜しくお願い致しますね」
マリア・ケミカーは満面の笑みを見せ、丁寧なお辞儀で挨拶する。その相手は、彼女の戦闘技術訓練に協力してくれる傭兵達であった。
ここは郊外にある戦闘訓練施設。しかし、利用する者はそれほど居らず、雰囲気は「町営体育館」と言った感じと言った所だ。
「既に知っておられる方もいらっしゃいますが、私の夫は‥‥」
マリアは、これまでの経緯を語り始めた。夫の事、能力者になった理由、守れなかった子供達の事‥‥
「ケミカーさんだけのせいじゃないですよ」
トゥリム(
gc6022)が、子供の事を気に病むマリアを元気付ける。トゥリム自身も、あの事件依頼悩んでいた。「もっといい行動が取れたのではないか?」「人質が死ななければいけなかった原因は何か?」と‥‥
「あの時はすまなかったね。俺が無力だったばっかりに、罪のない子供達を死なせてしまった‥‥」
悩む者はここにも居た。共に誘拐事件解決に奮闘したヴァナシェ(
gc8002)だ。
「いいえ、無力なんて‥‥。私は頼りにしてますわよ?」
マリアにとって彼ら能力者――自分自身も同じ能力者なのだが――は、頼りになる存在であった。
「雑談はその位にして、そろそろ始めさせてもらおうか?」
すぐにでも訓練を始めたい錦織・長郎(
ga8268)がガラりと空気を変えてしまう。しかし、マリアは気に留める事もなく、すぐに錦織の指示に従い準備を始めた。
錦織が教えようとしているのは、戦闘中の情報収集についてだった。仲間との連携によって、相手の力量や動向を知る方法などであった。
相手の視線・手癖・得物・足捌き並びに敵や味方の位置取り等により、如何にこちらに踏み込むか見極める方法。ただ熟練者以上ならば、視線を用いたフェイントを駆使する場合も有り得るなど、具体的な方法などを教えていった。マリアはそれを真剣に、そして集中して聞き入り、錦織から学ぼうと必死だった。
そんなやり取りを見物する者が居た。訓練施設の近くを通りかかった際、マリアの必死な様子に興味を持ち、ソーニャ(
gb5824)は立ち止まり見学していたのだった。その傍らには、AU−KVが置かれており、それは能力者である事を容易に理解させた。
「あら? あの人も能力者の方ですね。どなたかのお知り合い?」
マリアがソーニャに気がつき、周りに尋ねたが誰からも返事はなかった。気がつかれたソーニャの方も、そんな雰囲気を察したのか近寄ってくる。
「何か事情がおありの様ですけれど、良ければ聞かせて頂けます?」
錦織との訓練を一旦終え、マリアはソーニャにこれまでの事を説明し始める。その説明の合間に、住吉(
gc6879)が【OR】ティーセットトランク(薬箱付属)からローズヒップ・ハイビスカス・ペパーミントの紅茶を取り出し、全員に振る舞い始めた事でティータイムとなった。
「てややや、英国紳士の様に戦争中でも優雅なティータイムを嗜む程度の心のゆとりを持たないと‥‥そのうち張り詰めた気持ちと身体がプッチン! と軽く逝っちゃいますよ〜?」
少々嬉しそうな住吉が、皆に紅茶を勧めると、先ほどのブレンドの説明などをしている。彼女によれば、先ほどのブレンドは「疲労回復と美肌効果」があるそうだ。その間にも、マリアのソーニャへの説明は続いていた。
「そんな事があったんだぁ」
マリアの説明を聞き終え、ソーニャが納得したかの様に相槌を打つ。
「でも、その誘拐事件でもっと多くの人を助けるとしたら、泣き叫ぶ子供達の悲鳴を前に冷静かつ迅速に動かないといけなかったね。でも、それって人でなしかな」
ソーニャの言葉に、マリアも少々困惑する。
「ボク等は仲間を犠牲にし、生き残った方が屍を踏み越え進む。まぁ、ボクの場合、もともとの人でなしで、せめてそんなボクでも人のためになると信じたいだけなんだけどね」
住吉の紅茶をググっと飲み干すと、ソーニャは立ち上がり元居た場所へ、AU−KVのある場所へと戻ろうとする。
「私は‥‥ソーニャさんの言う『人でなし』かも知れません。魂がそこに無いとはいえ、愛した人の魂の器を壊そうとしているのですもの。その為に、仲間さえ危険に巻き込んでしまってます」
マリアの言葉で、ソーニャがしばし足を止める。
「けれど‥‥憎しみがないと言えば嘘にはなるけれど、これが私の愛の形なんです。きっと私も信じたいだけなんです。これが夫の為になるって」
それを聞いたソーニャは、何か安心したかのような笑顔を見せ、訓練場を後にした。
ティータイムが終わると、住吉はこれまでの訓練の中でのマリアの行動に対し、色々とアドバイスをしていった。とは言っても‥‥一点だけである。
『一つの事に集中すると周りが完全に見えていない』という点であった。
これを言われたマリアは、自覚はあったようで‥‥あわあわと動揺してしまっていた。以前に起こした事件――砂漠に単独で向かった事など、まさに『周りが見えていない』事件だったからだ。
どうやら、見学者は他にも居る様だ。だが、こちらは気付かれてはいない。
「面白そうじゃから、しばし見学でもしてみようかのう」
少女の外見から遠くかけ離れた口調である。少女の名は、坂上 透(
gc8191)。歴とした能力者である。
見学しながら、独り言を言って居る様だ。
「いくら小手先の技術や知恵を身に付けたところで無駄じゃの」
やれやれ、と呆れた様子である。彼女からすれば、付け焼刃の訓練など無駄に感じるのだろう。
「インスタント食品みたく3分待って出来上がりなら誰も苦労せんわ」
―――
一方、そんな坂上の様子に誰も気がつく事無くヴァナシェの訓練が始まっていた。
「俺も、あの時の任務で自分の無力さを思い知らされた‥‥。皆を守れる程強くなりたいと言う貴女の想い、俺にはよく解るよ。共に皆を守れる位強くなろう」
ヴァナシェの訓練は、そんな言葉から始った。彼の訓練内容は、近接戦闘においての技術で「武器を持った敵への対応」である。
「相手の武器を持つ腕を‥‥こうやって」
ヴァナシェがナイフを持ち突き出しているマリアの手首を掴み、すぐに放す。
「これで一瞬だけ相手の腕を止めて、即座に肘と膝で手首をへし折る」
動きだけをゆっくりを見せ、マリアにわかり易く教えていく。しかし、あくまで実戦で使えるかどうかは、マリアの練習と素質次第だろう。
「次は、カウンターだ。そのナイフで軽く突いてきてくれ」
マリアが加減してナイフで突く。それをヴァナシェは横にかわし、ナイフを持った腕を掴み引っ張る。
「きゃぁ!」
マリアが体勢を崩し、驚きの声をあげる。
パシッ!
ヴァナシュが裏拳で、マリアの額を軽く小突く。
「これが、カウンターだ」
ヴァナシェが手加減したとはいえ、少々痛かったようで、マリアは涙目。
「いったぁ‥‥。ヴァナシェさん、あ、ありがとうございました」
赤くなった額を押さえながら、礼を告げる。そこに住吉が来て、くすくす笑いながらマリアの額の傷を治療してあげている。
「はいはい、ドクター住吉の出番ですね。御葬式の手配から、三途の川の船頭まで‥‥準備は万全ですよ〜♪」
少々、不吉なセリフもおまけつき。
最後にトゥリムが指導役である。トゥリムは愛用のライオットシールドを取り出すと。
「僕がいつも持っている盾、敵の攻撃を防ぐだけでなく安心感も生まれて、戦場で冷静な判断ができるようになります。盾を構えて突進とか、鈍器代わりにすることも可能です。武器が片手持ちに限られるのが難点ですが、装備の候補として考えてみてはどうでしょうか」
マリアにとっては、「盾」というのは考えになかった装備ではあったが、それが有用であるという事は、これまでのトゥリムの活躍からすぐに理解ができた。
「私、基本は銃を持ち歩いてはいるんですが、これなら片手で大丈夫ですし、盾を持つ事も出来そうですわ」
マリアも、新しいスタイルの戦闘方法に興味を持った様だ。
「他にもあります。例えば、僕が今持っている銃。これを床に捨てて相手を油断させて、ポケットに入るくらい小型の武器で不意を突くというのも有効だと思います」
そう言うと、拳銃「パラポネラ」と「小型超機械α」と「苦無」を小型の武器の例をして見せる。それらをまじまじと眺めながら、ふとマリアは考える
(あの人――ロビンの事――‥‥どこか抜けてる人だったし‥‥こういうのは効果ありそうかな‥‥)
マリアは、夫との想い出を思い出して、考え事をしている。しかし、今のロビンは別人なのだ。彼女の知る「夫のロビン」とは違う。その現実を受け入れきれていない自分に気がつき
「私は心も鍛えなきゃ‥‥」
小声で自分を戒める。それが聞こえたのか、ヴァナシェが話しを始めた。
「肉体的な強さはどう鍛えても限界がある、その上を行くにはどうしたらいいか。それは、想いを力に変える事だ。想いの力には限界は無い、想いを力に変える事が出来れば、貴女の力は何倍にもなるんだ」
それは、マリアにとって複雑な言葉であった。愛する夫の魂の器を憎きバクアに悪用され、愛と憎しみが複雑に絡み合う感情のマリアにとっては‥‥
「マリアと言ったか、なぜ強くなりたいのじゃ?」
唐突に聞きなれない声がする。全員が声のした方を見ると、そこには坂上がいつの間にか立っていた。
「あなたは?」
「坂上 透じゃ。いくら小手先の技術や知恵を身に付けたところで無駄じゃの。インスタント食品みたく3分待って出来上がりなら誰も苦労せんわ」
坂上の辛辣な言葉に、さすがのマリアも少々嫌な顔をする。
「強くなりたいと言うからには、それなりの目的がある筈じゃ。なら、その為に出来ることは何でもしてみよ」
「だから、こうやって‥‥」
マリアの言葉が終わるのを待たず‥‥
「戦闘技術を言うとるのではない、たわけが。もっと他人を頼れと言うておるのじゃ。一人の力なんぞ大したことはありゃせん。ちぃとばかし強くなっても、一人より二人のほうがよっぽどマシじゃ。だからの、他人を頼れ、頼るのが嫌なら利用しろ。他人を利用して、他人に己を利用させよ」
この言葉を聞いた皆が、その棘のある言葉の中にある優しさに気がつく。それはマリアも同じだ。
「そうですね。私の強さなんて、ちっぽけな物ですものね。どんな技術を見つけても、きっと一人で頑張っていてはダメ」
まるで、自分自身に言い聞かせる様なマリアの言葉であった。
「でも、一つ言わせてくださいね。私は他人を頼るつもりはありません。頼るのは‥‥」
今日一番の笑顔で、この場に居る者や、通りがかりに声をかけてくれたソーニャの顔を思い浮かべながら力強く言葉を綴る。
「頼りにするのは『仲間』です。他人なんかじゃありませんよ」
「それはそうじゃの。さて、ありがたい講釈をしてやった代わりに、夕餉を馳走にあずからんでもないぞ」
まさに締めの言葉だ。
「それじゃ、夕飯ご一緒しましょうか。そうだ! 先ほどのソーニャさんもお誘いしましょう!」
それから一時間程後、AU−KVで走るソーニャを拉致‥‥もとい、誘ってマリアの手料理が全員に振舞われた。それはそれは美味しい料理だったのだが‥‥この日一番厳しかったのは、マリアの食事マナー指導であった。