●リプレイ本文
「うぉ〜い、地下の連中は無事か〜?」
ロバート・夏(gz0451)が、別行動をしているB班に連絡を入れ、その安否確認をとる。
『足元の液体が邪魔で動きがとれないが、俺は無事だ』
ヴァナシェ(
gc8002)から直ぐに返事はあったが、その通信の後ろでは、ケルベロスの攻撃と思われる銃声が鳴り響いている。
『けっひゃっひゃっ、我輩も無事なんだね〜』
その銃声の大半が、ケルベロスの分析の為に動きまわるドクター・ウェスト(
ga0241)を狙っての攻撃だ。そして、その本人からも無事の返事が届いたわけだ。
(良くない状況、か。協力してくれた能力者の4人の内2人が監禁状態‥‥か)
ロバートの表情は暗い。罠の情報に踊らされただけでなく、協力者を極めて危険な状況に陥れてしまったからだ。
「それで、これからどうします?」
黙ったままのリーダーを見てビッグマウスの隊員が、ロバートに指示を仰ぐ事で場の空気とロバートの頭を切り替えさせた。悩んでも仕方がないとマイナス思考を振り払い、ロバートが通信器に向かって指示を飛ばす。
『全員聞いてくれ。まず、間違いなくこの通信だけでなく、普通の会話なども盗聴されている可能性がある。これまでの経験上、相手のエシュロンという組織の諜報スタイルは「シギント」だ。詳しく知りたい者は脱出後「シギント」を検索するんだな。とにかく、行動を読まれる様な会話は絶対タブーだ。わかったな』
この会話の直後、能力者達同士の通信は、事実上不可能となる。しかし、エトセトラも諜報活動はお手の物であり、その中でもロバートの率いる「ビッグマウス」隊は、潜入捜査や情報操作などを得意とする「ヒューミント」タイプ諜報活動のプロである。そんな彼らにとって、通信の盗聴など無関係であった。
『こちら、隊長。今日の夕飯のメニューは何ピザがいい?』
(訳・今直ぐに下の援護に行ける者は居るか?)
『作ってくれるのですか? 宅配ですか? オレはアンチョビ』
(訳・自力で行ける者ですか? 協力があれば行ける者ですか? オレはNO)
ビッグマウス内での暗号トークが始る。なお、YESかNOかは、ピザの種類の後に言葉を続ければYESで、NOは種類を言って会話を終わる。種類の後の会話は無意味な会話である。
『手作りは勘弁して下さい‥‥宅配ならミックスで、トッピングでサラミ。飲み物はウーロン茶でお願いします』
(訳・自力は無理ですが、協力があれば行けます)
さすがに、打ち合わせにはなかった暗号トークのため、能力者達はしばらくの間呆然と交信を聞くだけであった。そんな中、通信のやりとりを一旦無視し、UNKNOWN(
ga4276)は現状からの推測を始める。
「暗号による通信といった所ですか。さすがに内容までは解りかねますね。しかし‥‥、どうするのかを尋ねられた後の会話なら、何かの策だろうな」
煙草を咥え、狙撃に警戒しつつビル内の壁や床などをコツコツと叩きながら歩いていく。
コツコツ、コーン
音が違った箇所の壁を、銃で崩し中を調べると‥‥
「これは‥‥」
―――地下では‥‥
「‥‥近寄る所か、前に立つ事も出来ないな」
ヴァナシェは柱の影で、ケルベロスから身を隠す。膝の高さまである粘性の高い液体は、確実に障害となっている。走る事も、跳ぶ事もままならず、ケルベロスの攻撃を回避することは不可能な状況である。回避を捨て、被弾覚悟で正面突破も試みたが、対能力者用兵器の前には無謀だった。直撃を受けなくとも、かすめただけでも衝撃は凄まじく、壁に叩きつけられてしまう。
「アレは少々厄介だったからね〜」
ドクター・ウェストにとって、あの兵器には苦い思い出がある。まだ試作段階であった、対能力者用ライフルの直撃を受けた事があるからだ。その時よりさらに厄介さを増しているのだから、苦い体験を思い出すその表情は、険しい物となっている。
「まずはアレをどうにかしないとね〜。ヴァナシェ君、相談があるからこちらに来てくれるかな? 盗聴されては意味がないからね」
ケルベロスの攻撃が届かない場所で、二人は小声で相談を始める。
「我輩が‥‥するから、ヴァナシェ君は‥‥」
「その隙に‥‥だな。しかし、‥‥は大丈夫か?」
相談する二人と同じく、上では先ほどの暗号トークが繰り広げられ、二人の通信器からもそれは聞こえている。盗聴による情報収集がままならなくなったエシュロンの兵達は、焦りを感じていた。何しろ、策の上で上回る事でしか勝機はないのだ。相手が策を講じてくれば、即形勢逆転の狼煙となってしまう可能性がある。それは、エシュロンのボスも嫌と言う程理解していた。
●制限時間
「ふっ、敵ながら見事な暗号通信技術だ。だが、そう易々と策を練られては困るのだ。何しろ、ビル1つ丸ごと君達の墓標にくれてやるのだから」
ボスの不敵な笑みは、さらなる罠を意味していた。そして、ボスの指が1つのボタンを押し込む‥‥
カチッ!
それは時限爆弾の起動ボタンであった。そして、それを知らせる音声が、ビルの内部に響き渡る。
『残念なお知らせだ。あと30分でこのビルは爆破される。上層階はもちろん、地下のフロアも無事ではすまない。さぁ、狙撃の的となるか、瓦礫に埋もれるか、好きな道を選ぶがいい』
―――‥‥好きな道を選ぶがいい』
「まったく、ご丁寧に追い討ちの罠まで‥‥いやだねぇ。警察やってたころを思い出す」
帽子を目深に被り、ため息をついているのは、元刑事の会津 幣(
gc6665)である。ビルに流れた音声を聞き、やれやれと言った感じである。彼もUNKNOWNと同じく、A班として上層階に潜入していた。実際にA班と言っても、ビッグマウスの5人とは別行動で、能力者は単独で行動である。
「幸い、震動には困らない、と‥‥」
周囲のビルからの狙撃によって、絶え間なく震動がビルを震わせている。それを利用し、バイブレーションセンサーによる走査を始める。しかし、元々スキャニングを目的とするスキルではないため、これと言って何も判明しなかった。解ったのは、100m範囲に居る仲間の位置くらいである。通信器からは解読不能の会話、ビルが爆破されるのも時間の問題‥‥
「こういう時、ここらに罠があってね‥‥」
半ば当てずっぽうの元刑事の勘である‥‥が、意外にもいい勘だったようだ。柱の一部を叩くと、微妙な音の違いを発見。そこを手持ちのメトロニウムスパナで叩いて壊す。
ボコン! ボロボロ‥‥
「これは‥‥?」
崩した柱の中から、どこか見慣れた物が出てくる。
ピッピッピッピッピ
電子音と、デジタルパネル、そして、そこから伸びるいくつかの配線。そして‥‥
「ばく、だん?」
あまりに解りやすい。それは、時限爆弾そのもののイメージを具現化したような物であった。それが、ビルの柱に‥‥
―――残り時間20分
「さて、これはどうしようもないな」
UNKNOWNは下の階へと移動を試みていたが、やはり通常の手段では不可能であった。彼が壁の中から発見したのは、様々なセンサーであり、おそらくは、こちらの動きを知るためのセンサー類だろう。それによって、動きは完全に把握され、階段やエレベーターなどに近寄る事も不可能であった。
「少々、手荒な方法だが仕方がない」
ドドドドドドド!
その場でゆっくり回転しながら、カルブンクルスの連射で床を打ち抜いていく。そして、その弾痕が円を描き1つに繋がると――
ボゴンっ! ズズン‥‥
床が丸く切り取られた形となり、そのまま下の階へと繋がる。
「――服が少しよごれた、な」
同じ方法で、次々に下層階へと降りていく。爆破の時間は刻々と迫っている。
●ケルベロス突破!!
B班の方にも、爆破予告の音声は伝わっていた。緊迫した状況の中、ドクター・ウェストとヴァナシェが動き出す。
「その動き、我輩が支配させてもらうよ〜」
ケルベロスの前に立ち、攻撃が来る前に「攻性操作」を仕掛ける。
ギギギギギ‥‥
ケルベロスが嫌な音を出しながら、ぎこちない動きとなり、終には全ての銃口をあらぬ方向へと向けてしまう。
「さぁ、今のうちに頼んだよ〜」
「任せろ!」
柱の影からヴァナシェが飛び出し、必死にケルベロスへと向かう。しかし、液体に足をとられ、思うようには進めない。
「くっ! 走り難い‥‥」
「もうすぐ効果も切れるね〜」
ドクター・ウェストもヴァナシェに続き、必死に出口へと向かう。攻性操作の効果持続時間は1分程度。
「大丈夫、このまま行けば‥‥」
ヴァナシェが出口へ無事に到着すると確信した、その次の瞬間。
シュルルルッ
布が擦れる様な音と共に、白い糸の束が2人目掛けて飛来する。それにいち早く気が付いたのは、ドクター・ウェストであった。振り向き様にエネルギーガンで撃ち落とす。
「あれはキメラだね〜」
ドクター・ウェストの視線の先には、大きなクモタイプのキメラ1匹。天井の闇に紛れていたらしく、その姿を半分闇へと溶け込ませたまま、その怪しい複眼で2人を捕らえている。しかし、この場で戦っても勝機は薄く、確実にビルの爆破に巻き込まれると判断し、そのままキメラを無視して出口へと急ぐ。
シュル、シュルル、シュルル
次々に糸を吐きかけてくる。それが命中するその瞬間。
バシュ! バシュ! バシュ!
糸が炎によって一瞬で灰となり、液体の上に降り注ぐ。
「遅ればせながら、お迎えにあがりました」
UNKNOWNのカルブンクルスの攻撃が、キメラの糸を焼き払ったのだ。
「ドクター・ウェストさん、ヴァナシェさん、これに捕まって!」
会津がどこからか持ってきたモップを掴ませ、2人を液体から一気に引き上げ、無事にケルベロスを潜らせる。
UNKNOWNが床に空けた穴により、会津もまた地下への援護に来たのだ。そして、後ろにはビッグマウスのメンバーも居る。
「さ〜て、色々危機的なわけだが‥‥」
「そんな事よりキメラを!」
「あ? 大丈夫だろ? あのキメラは手も足も‥‥」
ロバートが、部下の指摘をさらりと流してしまった直後。
『ケルベロス、システムチェック終了。破損箇所確認。正常稼動可能。ガードを再開します』
ダダダダダダダっ!
ケルベロスが攻性操作から開放され、再起動。そして、即座に破損していない武器で一斉射撃を開始する。目標は‥‥
キィィィィィ!
クモのキメラが目標にされ、蜂の巣にはならないものの、対能力者用武器によって、ゴム鞠のように部屋中を弾かれまくっている。
「だろ?」
「‥‥なんか悲惨ですね」
「それじゃ、ひとまず撤退。と、言いたいが、ビルの外へ出ても的になるだけだ。残念だが、逃げる手段はない‥‥」
この場に居る全員が、この状況を打開する策をひねり出せないでいた。ビルの爆破も‥‥あと数分である。
「一応、ここに来る前に、会津が柱の中の時限爆弾を発見したんだが、これまたご丁寧にビル全体の柱に埋め込まれていてな。UNKNOWNも壁の中にある、震動センサーや集音マイクなどを見つけたんだよな?」
ロバートがUNKNOWNに確認すると、頷き、ポケットから見つけたセンサーの類を取り出し見せる。
「と、まぁ、見事にこっちの動きは把握されてる様だ。で、だ‥‥このビルの端だと狙撃が確実だったから、中央の柱の爆弾だけでも止めてきた。もちろん、周囲のセンサーも手当たり次第にな‥‥」
ここからの説明を要約すると、爆破によるビルの倒壊は計算されており、中央に崩れる様にセットされているそうだ。それを色々といじって、ビルが外側に崩れるようにセットし直したそうだ
「とりあえず‥‥。救援はどうにかした。あとは、ビル中央で運を天に任せるしかない」
●跡形もなく??
「どういう事だ‥‥何故キメラが‥‥」
エシュロンのボスは、モニターに映るクモのキメラを見て困惑していた。作戦の中にキメラの予定などなかったからだ。しかし、偶然とも思えない。作戦の内容を知った上で、あの場所にキメラが配置されていたとしか思えない。だが、エシュロンはまだバグアとそういう繋がりがあるわけでもなく、むしろ、関りを持つ事を今の段階では避けているからだ。
「キメラに知能などないはず‥‥なら、いったい誰が‥‥」
すでに、組織内のメンバーを疑っている。情報が漏洩したとしか思えないからだ。
ズズゥン‥‥ゴゴゴゴゴ‥‥
ビルに仕掛けられた爆弾が爆発し、ビルが白煙に包まれる‥‥が、予定の崩れ方と大きく違っていた。
ビルの壁面が次々に四方へと広がっていき、周囲のビルへとぶつかっていく。狙撃についていたエシュロン兵にも被害が及び、周囲一体を監視していた全てのセンサーや人員からの報告が一時完全に途絶える事となった。
「‥‥どうやら、今回は引き分けという所か。しかし、こちらは大きな問題を抱える事になった様だな」
――――
ビルの倒壊現場となった場所に、エトセトラの面々が救助に現れた。能力者がビルの爆破と同時に、降りかかる瓦礫を出来る限り破壊し、幸い誰一人死者は出なかった‥‥。が、ビッグマウスのメンバー1人と、ロバート・夏を発見することは出来なかった。
「やれやれ、だね〜。とりあえず、我輩も治療を手伝うとするかね〜」
「ふぅ〜(煙草の煙を吐きながら)。俺も手伝うとするか」
ドクター・ウェスト、UNKNOWNの両名も救助後の治療に加わる‥‥が、ビルの倒壊に巻き込まれながら、怪我程度で平然としている2人を見るエトセトラの面々の顔は半ば呆れ顔であった。