●リプレイ本文
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本部のモニターに映る依頼を目にして、シエル・ヴィッテ(
gb2160)は、手を口元に持って行き、考える。深い銀色の瞳が思案に揺れた。
「どう考えても嫌な予感しかしないよねぇ、これ」
「行方不明‥‥先日の事と無関係じゃなさそうよね。何事もなければいいのだけど」
ひとつに括られた、金色の髪が、光を反射するかのように豪奢に揺れた。ラウラ・ブレイク(
gb1395)は、空色の双眸をモニターに向ける。
「‥‥ペッパーさん、その付近で消息不明、なんですか」
依頼を見て、足を運ぶ黒瀬 レオ(
gb9668)は、先の依頼の仲間達に混ざると、やはりモニターに顔を向ける。優しげな青い瞳が心配そうに揺れる。
「ペッパーさん以外に現場に行った人はいるのかな? もし1人で行ったのなら‥‥無茶、だなぁ」
視線が下がる。
レオは、溜息を吐き出すかのように声を落とした。
「やな雲行きだぜ‥‥、ったく」
ぐっと唇を引き結び、杉崎 恭文(
gc0403)は、前髪をかき上げる。漆黒の瞳が剣呑な光を含む。
「この間の時も思ったが‥‥ペッパーの奴、大分切羽詰ってる感じしたんだよなぁ」
「理由って、何だろ」
シエルは軽く唇を引き結ぶ。
「あの男が原因なのかな? 前回は避難民がいたから、何とか耐えてくれたけれど」
先の依頼で会った強化人間を、大泰司 慈海(
ga0173)は思い出していた。名をロウと言った。彼女がその男を見たときの反応は、尋常ではなかった。
「親バグアに対して、感情的になる姿は見た事があったけれど、あそこまで激昂したのは、相当な憎しみがあったのかなあ‥‥」
やりきれない。
そんな溜息を慈海は吐き出す
「そうだとして、どうして1人で言ったのかな」
皆目見当がつかない。シエルは、首を横に振る。赤い髪が、ふわりと揺れた。
「あちらに今、仕事、無かったみたいだよね。1人で会いに行ったのかも。誰にも迷惑がかからないように」
ペッパーが、ロウに向かうのを我慢したのは、仲間が止めたという事もあるが、避難民の保護が仕事だったからだ。仕事を放って、ロウへと向かう事は彼女の責任感がかろうじて歯止めをかけたのを、慈海は肌で感じていた。
「ジープが粉々ということは、敵の攻撃を受けたということ?」
不安な要素は、幾らでも出てきそうで、慈海は考え込む。
「くそっ。付き合い浅くてももーちょい何かできたんじゃねーのか、俺は」
恭文は、かき上げた髪をがしがしとかき回す。
「‥‥本当のところは、まだ何も解ってないです」
ぽつりと、不知火真琴(
ga7201)が言葉を零した。
モニターをじっと見たまま。
何となく、そうなるのではないかという予感は真琴にあった。先の依頼で最後に見た彼女の姿が脳裏を過ぎる。彼女が自分の手を掴むには、言葉も、行動も足らなかったと解っていたから。
掴めたはずの手を、また、掴み損ねたかもしれないという考えが掠める。
悪寒に首を横に振る。白い髪に結んだ赤いリボンが揺れた。
「決まって‥‥ないです」
「まぁ、過ぎた事愚痴ってもしゃーねー。今は目の前の仕事を全力でな」
「話は終わったか? 出発だな」
隻眼が、仲間達を見る。抑揚の無い声だ。月城 紗夜(
gb6417)が、踵を返す。頭の片方に括られた、絹糸のような黒髪が、動きにつられて流れ、首の黒い首輪に下がる小さな金属が、小さく音を立てた。
「‥‥行きましょう」
思いつめた雰囲気の、真琴の肩を、軽く叩くと、朧 幸乃(
ga3078)は深い緑の瞳を僅かに眇め、口元を僅かに引き上げるだけの笑みを浮かべた。胸元の古びたロザリオが揺れる。
行方不明のペッパーに関しては、気にならないといえば嘘になる。
だが、それよりも幸乃が気になるのは真琴だ。
感情に翻弄されている彼女のもうひとつの目となろうと。
これから、何がどう変わろうとも、冷静に見ていようと、仲間達の背後から静かに頷いた。
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遠くに小さく戦闘の光が見え、時折地響きがし、不意に人々の足を止める。
列は所々で、大きく伸びる。歩みがまちまちだ。
それでも、同じ道を、同じ方角へと、ただ歩いていた。
3台のトラックが、前後に傭兵の護衛をつけて、その列の頭に辿り着いたのは、遠くに見える戦いの激しさが増した頃合だった。
UPC軍兵士が、救助に来た旨を、スピーカーで伝えれば、おっかなびっくりと、人々は足早にトラックへと向かう。躊躇するものも居るが、先の依頼のような頑迷な表情ではない。すぐに保護されるだろう。
「動け。不整地でヤバくなったら貴公達も手伝わせる」
その様を見て、紗夜は表情を変えずに言い放つ。惑う顔の者は、その言葉に弾かれたように動き出す。
故郷がバグアに襲撃された時の事を紗夜は思い出していた。
(「軍など、来てはくれなかったな」)
自力で走らなければ、殺される。
今でも鮮明に蘇る、その状況が。
紗夜はAL−011ミカエルの後ろに真琴を乗せると、エンジンを吹かし、人の列の横を駆け抜ける。
「あ、これ、子供達に」
沢山のマシュマロをシエルはラウラに渡す。競合地域では、甘いものひとつとっても、貴重なものだ。大人でも欲しそうな顔をする。
恭文が、シエルに声をかければ、二つ返事で返される。
DN−01リンドヴルムが唸りを上げて、後ろに恭文を乗せて、ミカエルに続いて人の列の横を走って行った。
「ひとり、1本づつ、持って乗ってね〜っ」
ジープから、慈海はミネラルウォーターを取り出して、積み上げていた。水を手渡された人々は、驚きに目を見張りつつ、謝意を告げて、トラックへと分乗を開始する。
(「ペッパーちゃんも心配だけどね」)
三山から聞いたペッパーの様子は、何時もよりも優しい言葉使いだったという事が、気にはなっていたけれども。今は、1人でも多く、自分の手の届く限りは、出来るだけ助けたいと、走って行った仲間達の背を見送った。
「ええとね、それで、どうしたいわけ?」
ラウラは、一緒に乗りたくないという家族の前に居た。どうも、老夫婦と若夫婦の折り合いが悪いらしく、孫を間に口喧嘩をしていたのだ。助かるとなって、ほっとしたという事もあるようだ。
だが、この事態に及んでも、そういう元気がある事に、ラウラは溜息を吐く。
「ボクはどっちが良い?」
「お父さん!」
「はい。では、お爺さんお婆さんは、向こうのトラック。ボクとお父さんお母さんはこっち」
すみませんと、頭を下げる若夫婦に、手を振って、先を急がせると、くってかかる祖父へと、にこりと笑う。
「救援の邪魔なら置いて行くわよ」
祖母がとりなし、ぶつぶつ文句を言いながらも、トラックに分乗して行くのを、ラウラは他の人達と話しながら、目の端で確認すると、苦笑する。
「‥‥大丈夫ですか?」
幸乃は、歩みの遅い人達へと向かっていた。やはり、怪我をしている。新たに手にしたその力は癒しを生む。
「‥‥怪我‥‥治っても、体力とか‥‥戻らないから‥‥十分気をつけて」
見る間に治る怪我を見て、人々は驚愕しつつ、感謝を述べて、トラックへと向かう。
「小さなお子さんの居るご家庭は、一番手前のトラックへ。年配者のみえるご家庭は、真ん中のトラックへ。そうでない方は、ご足労かけますが、最後のトラックへと向かって下さい」
穏やかな笑みを浮かべるレオに、避難民達は素直に分かれて、トラックへと分乗を開始していた。
「さて‥‥と。半分くらいかな。僕、少し後方へと回ります。慈海さん、遅れている人達、怪我人が多そうですので、お願いします」
まだ、この地は競合地域だ。
地響きに、僅かに動きが止まる。
戦場を見て小さく息を吐くと、レオは周囲の警戒にと、最後尾のトラックへと移動する人々に万が一の事が無いようにと、走って行く。
怪我人はどうしても歩くのが遅れる。半数を収容すれば、遅くなった一団が、目についた。慈海と幸乃は、それを確認すると、そちらへと向かう。
一旦トラックに乗った子供が、外へと走り出す様を見て、ラウラはやれやれと肩を竦める。子供には、待つという時間は果てしなく長いものなのだ。シエルから預かったマシュマロや、持参したキャンディなどを持って、顔を出す。
「面白い言葉なんだけど、知ってるかな?」
ラウラは、笑顔で、欧米で語り継がれる、古い童謡を歌いだす。韻を踏んだその早口言葉に、子供達は、目をキラキラさせて食いついた。
軽く手振りを入れれば、それすらも真似しようと必死になっている。
トラックの一角で、ほのぼのとした空間が広がっていた。
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そう、走らないうちに、すぐ路肩に、粉々になったジープを発見した。
AU−KV2機が、軽い土煙を上げて、停車する。
「うわぁ、これは酷い‥‥」
シエルは、惨状に顔を顰める。
「銃弾‥‥」
真琴が固まったそれを手にする。銃は無さそうだ。
「銃を忘れても、此れは携帯するだろ。弾丸が尽きると銃は木偶だが、ナイフは研いでやると戻る」
紗夜は無骨なそれを手にして、怪訝そうに呟く。
「消えたにしちゃ不自然だよなぁ、これ。銃弾‥‥はともかく、食料まで置いてくってのはどうよ。ナイフもありゃ便利だし、その辺がわからねー奴じゃないだろ」
恭文が拾い上げたのは、非常食。
「戻る気が無いのか?」
何か他には無いかと探しながら、紗夜は淡々と懸念を口にする。
「非常食にナイフに銃弾‥‥。車が壊れたとしても、絶対に持っていくべきものだよね、これ‥‥」
シエルが残骸をひっくり返すと、ころんと使い古されたバレエシューズが転がった。
「P?」
拾い上げると、元は白だったろう、サテンの布地に、同色で文字が刺繍されていた。
「PはペッパーのPか?」
紗夜は、その実用的では無い靴をしげしげと眺めた。今、この地域でバレエを踊るような環境は、ほとんど無い。人類圏で、戦火にさらされていない場所ならば可能だろうけれど。
「‥‥ここでは物が無いだろう。使い古されていても使うのなら必要なんだろうが」
軽く首を横に振る紗夜。
「連れ去られたか、死にに行く気か、戻る気もないか‥‥心中とかな」
状況から考えられる事は、それくらいかと、紗夜は思う。
恭文が、引き裂かれた写真を見つけた。
「あ、こっちにも。この写真‥‥、これが原因‥‥?」
シエルが、もう一枚、破られた片割れを見つけた。
「‥‥この写真の男、やっぱ今回のと関係ある、よなぁ」
写真に写っていたのは、新しい水族館を背景に、ペッパーとロウの2人だった。
「背景の水族館は、クリスマスの時、彼女と依頼をした場所です」
真琴が写真を食い入るように見つめて、呟く。
「前のキメラを率いていた奴か。関係があると見て間違いないな。ペッパーがバグア派になると言うのも無きにしも非ず。まあ、引き裂かれてる故憎いのか、それとも切ないのか。敵と接触した可能性も、あるな」
首元の黒い首輪を無意識に触ると、紗夜が感情を乗せない言葉を紡ぐ。だが、心中は複雑だった。
過去が美しければ、今が見せるそれは醜いものだろう。過去という偶像を捨てたいのならば、こんな中途半端に破いて行くだろうかと。
(「‥‥我の首輪と同じか」)
紗夜は思わず苦笑する。
「どこにも血痕が無いのが気になるかな。足跡らしきはあっちの方」
シエルが周囲を見て呟く。
「これは?」
「ああ、何か踏み潰されてるなあ」
シエルの言う方向を確認していた真琴は、草が不自然に薙ぎ倒されている場所を目にしていた。
恭文は目を細めて、そこを見た。それは、数メートルに及んでいる。
その周囲には、何の痕跡も無い。
こんな風になるのは、大きな物体が離着陸しなければ、ならない。
KVか、それともバグア機か。
「殺害されたのか、拉致されたのか‥‥。どっちにしろ、最悪の展開‥‥、かな‥‥?」
シエルが深く溜息を吐いた。
「‥‥『誰か』と連絡とって、連れて行ってもらった。とかな」
恭文は首を横に振る。
良い想定も想像も浮かんでこないからだ。
「やな予感がすんぜ‥‥」
「まだ確定したわけでは無いです」
真琴が呟く。
どんな気持ちで写真を引き裂いたのだろうか。このシューズは何か思い入れがあるから持っていたのだろうけれど、それは何だろうか。
「聞かなくちゃいけない事、沢山あるんです」
生きていてくれたら、きっと会える。そうしたら、沢山話をしようと真琴は思う。
けれども。
先の依頼の彼女の反応が焼きついて離れない。
ペッパーがカンに触って叫んだ言葉。そして、いざなったロウの言葉。
恭文もそれを思い出していた。
「力を求めるのはかまわねーが、求め方を間違えんなよ‥‥」
求める力が、敵を殲滅するものであれば。あるいは。
(「心中かバグアに走ったかは知らん。が、覚悟の上なら応えるのみ、殲滅する 」)
紗夜は真琴にまだ探すのならば手伝おうと声をかけると、踵を返した。
避難民の中にも、仲間を守るために警戒に当たる人物が居た。その人物にラウラは話を聞いていた。
「私達が来る以前に女の子を見掛けなかった? 明るい翡翠色の髪は短くて、背は私と同じくらい。車に乗ってたかも」
「その子は知らないが、一度黒いゴーレムが俺達の前に着地して、また飛んでいった」
何をしていたのかはわからないが、その場所を通過すると、ジープが粉々になっていたから、ジープを壊しに来たんじゃないかと思ったと。
ラウラはありがとうと笑顔を返してその男達と別れると、表情を引き締めた。
その状況は正しく‥‥。
仲間からの連絡を受けて、こちらの状況を連絡すると、深い溜息を吐いた。
「命は無事かもしれないね」
状況を飲み込むと、慈海は切ない笑みを浮かべる。
ロウのいざないが、彼女を動かしたのだろうと。
「‥‥女は男にはかなわない‥‥一般人は能力者にはかなわない‥‥得られない者へ、得た側がなげかける言葉なんて‥‥ね‥‥何かを為すための力に固執する人はその中で、力を得ることが目的になることも‥‥」
探索の仲間達が帰ってくる。
避難民は無事、トラックに収容し、後は戻るだけだ。
仲間が持ち帰った情報と、こちらの情報が交換される。
幸乃は、戻ってくる仲間を見て呟く。
ペッパーの生死は不明。攫われたのか、自らの意思で行ったのかも。
彼女がどうなろうと、どうする権利も無い。
この世界では、何時も何処かで起こっている些細な出来事に過ぎないとも。
(「‥‥だけど‥‥」)
幸乃は、戻った真琴の肩を軽く叩いた。
絶望的な状況に、レオは彼らのやって来た方角を見る。
戻って探したい。けれども、それは不可能に近くて。
葛藤を表情に浮かべると、首を横に振って、仲間の下へと戻る。
酷く、胸が痛かった。
「‥‥行こう。今の僕たちにできるのは‥‥彼らを救助する事、なんだよね。‥‥きっと」
人々は無事に人類圏に保護されていった。
そして、人類の手に戻った阜新空軍基地の中に、生死問わず、ペッパーはいなかったという報を受け取った。