●オープニング本文
前回のリプレイを見る 呼び戻される。
呼び戻しに来る。
あの、極北の彼方から――‥‥。
The Last Sympathy−3
ハーモニカの音色で、ヘラは数日ぶりに目を覚ました。
隣にはシアがいた。自分の枕元にも銀色のハーモニカが置かれている。
無意識に抱えていた羊の形をしたふかふかのクッションに顔を埋めて寝返りを打ったヘラは、紅い瞳でシアを見上げていた。
「目、覚めたか?」
「‥‥どのくらい?」
どのくらい眠っていたのか、と聞きたいらしい。三日、とシアは正直に答えた。
ヘラの衰弱は思った以上に遅く進んでいたが、それでも彼女の余命が残り少ないことは自明の事であった。それはもう、シアにもヘンリーにも、LHの高名な科学者や医者でもどうしようも無いことだった。
この程、ヘンリーは何かある度に、二人にグリーンランドに新設されたホスピスへの入所を勧めていた。
二人が疎ましくなったのではない。あそこには、仲間が少なからず収容されているからだ。セカンド・ハーモニウムを始めとする強化人間の簡易な救済措置や、手遅れの者の終の棲家とする施設である。
シアとヘラもそこに行けば、軍部の反対を大きく受けることなく延命措置が受けられるかもしれない、と言ったヘンリーにシアは首を横に振った。エゴだとしても、自分たちは運命を受け入れると、シアは言った。
けれども、残酷な事にヘラが弱れば弱るほど、その生命力を吸うかのようにシアの体調は快方に向かっていた。もしかしたら、そこに科学的な理由が存在するのかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
確実に、ヘラはシアより先に逝く。
その事実を受け止めたつもりでいたシアだったが、こうして数日おきにしか起きなくなってしまったヘラを見ると、声を上げて泣き叫びたくなる。
「‥‥シア? どうしたの?」
「いや、何でもない。‥‥と、水、無くなってるな。入れてくる」
「うん‥‥」
横たわるヘラを置いて、シアは部屋の外に出た。ポットを抱えたまま蹲る。
ヘラは死ぬ。死んでしまうのだ。この体を全て渡して彼女が生き長らえるのならば、即座にそうしただろう。
だが、それではヘラが喜ばない事をシアは知っていた。二人の願いは、あくまで二人が共にあることを前提とするのだ。
「‥‥ごめんな、ヘラ」
共に生きることも、共に死ぬことも出来無いかもしれない。
それでも、ヘラは許してくれるだろうか‥‥?
●
来る。
呼び戻しに来る。
私を、惨劇の元へ。血の滴る、紅い場所へ。
「‥‥さあ、ヘラ。行きましょう」
差し伸べられた手を、取ってはならない。
シア以外の手を掴まない事を決めていた――はずなのに。
「行きましょうか、ヘラ。君達の、始まりの場所に」
シア‥‥と最後に口にした名前が、ドアの向こうに届くことはなかった。
●
「ヘラッ! どこだ! ヘラ――――――ッ!!」
残業帰りのヘンリー・ベルナドット(gz0360)は自宅から聞こえる大声に急かされるようにドアを開け、双子の部屋へ転がり込んだ。床にこぼれた水がブーツに叩かれて弾ける。つま先に転がったポットの残骸達を視線で追えば、ベッドの傍で膝を折るシアの姿があった。
その先には、普段開けない窓が大きく開かれていた。
「どうした。ヘラはどこに行った?」
「目を離した隙に‥‥連れて行かれた‥‥!」
「連れて行かれただと? 連れて行かれたって、どういうことだ!」
「‥‥先生だ」
シアの言葉に、ヘンリーの表情が変わった。部屋に備え付けられた非常回線を殴るように開通させる。
応答したのは、諜報部所属のオペレーターだった。
『ベルナドット中尉。何事ですか?』
「おいおい、随分悠長じゃねぇか。監視をサボって珈琲でも飲んでやがったのか?」
双子の部屋には監視カメラが設置されている。仕事を怠っていなければ、ヘラが連れだされた現場は記録されているはずだ。
『モニタに特に異常はありませんが‥‥現在も、ヘラは眠りについています』
「‥‥っ、くそが‥‥!」
画面を差し替えられたのだ。
シアとヘラは軍部の管理下にあるが、その監視は実質、ヘンリーが比較的自由に指示を出せる北方軍が受け持っていた。
ハッキングの至難なLHの中枢で管理していなかったことを逆手に取られたのだろう。
「‥‥おい。ヘラにつけた発信機は生きてるのか?」
『解析します。お待ちください』
一応、捕虜の扱いである双子には念のために発信機が取り付けられている。とはいえ、ジャミングの影響が大きい今の地球では受信できる範囲は限られている。安全なLHか、敵勢力の掃討がほぼ完了しているグリーンランドかだ。
逆に言えば、この二箇所で引っかかってくれなければヘラの捜索は困難になる。
『出ました。ナルサルスアーク付近です』
「‥‥シア。心当たりはあるな?」
殆ど断定に近い口調のヘンリーにシアは頷いた。
この状況でヘラが行きそうな――あのオルデンブルクが連れていきそうな場所など、一つしかない。
「‥‥孤児院。俺たちの、生まれた場所だ」
苦々しく吐き捨てたシアの真紅の瞳は、怒りに燃えていた。
●リプレイ本文
最愛の妹が自分に向けた笑顔が、ずっと頭に残っていた――。
●
「見つからないように攫えたのだから逃げ切ることは可能だった。さらに、ヘラさんを治療するつもりなら既にしています」
そうシアに言ったのは春夏秋冬 立花(
gc3009)だった。
「そっちの方がシアさんも誘いやすいですしね。だから、先生には治療する気がないか、できないかの二択です。そして、本命はあなた。それを踏まえて揺さぶられないよう注意してください」
彼女にしてみれば、親切心のつもりだったのであろう。
ヘラは助からない――シアもその事は覚悟しているし、傭兵達よりも彼女の衰弱ぶりを間近で見てきている。
けれどもそれは、第三者から指摘されて平静でいられることとイコールではない。
「‥‥優しさってのは、残酷だな」
立花に聞こえないように小さく呟いたシアはそこで足を止めた。
そこから先に満ちている空気が、オルデンブルクが確かにいることを教えてくれる。
「シア。俺の言った言葉を覚えてるか?」
戦闘態勢を整えるシアに近づいた石田 陽兵(
gb5628)は言った。顔を上げたシアは小さく頷く。陽兵のくれたハーモニカは家に置いてきてしまったが、彼のくれた言葉と気持ちは共にあるつもりだった。
「俺の‥‥俺達の気持ちを、裏切らないでくれ」
「‥‥分かってる。心配しなくても、俺は大丈夫だ」
そう強がっているシアの瞳がいつもより弱い光を湛えていた事に、陽兵は言い知らない胸のざわめきを覚えていた。
●
オルデンブルクはヘラを抱き抱えたまま、傭兵達を悠然と待っていた。壁に凭れるようにして、到着した彼らに微笑みを見せる。
先手を打とうと一部の傭兵が動く前に御沙霧 茉静(
gb4448)が口を開く。
「戦う前に聞きたい事がある‥‥」
泰然とするオルデンブルクは、話を聞くことで時間を引き伸ばしているようにすら思えた。そのゆったりとした態度が、早くヘラを助けなければと構える傭兵達の焦燥感を駆り立てる。
「私は‥‥、シアさんとヘラさんは互いに生命力を共有していると思った‥‥。もし、シアさんの生命力をヘラさんに移せるなら‥‥」
言いかけた茉静を教師の小さな笑い声が遮る。
「失礼。ですが、そのようなお伽話のような事を、本気で信じているのですか?」
「‥‥」
「バグアの技術が仮にそこまで進歩しているとして、私がたかが手駒の一つに過ぎない二人にそこまですると? まあ‥‥それで二人がより苦しむのであれば、考えたかもしれませんね」
「‥‥ヘラさんを治す術はないの‥‥?」
「さあ、どうでしょう」
「答えて‥‥!」
刀の柄に手をかけて凄んだ茉静だが、教師は全く動じていないように見えた。それどころか、興味深そうに彼女を見つめてさえいる。
「シア。君は思った以上に多くの人間の心を動かしたようですね。ですが、それは正解だったのでしょうか?」
「‥‥」
「質問に答えていませんでしたね。ヘラを救う方法とは、君達は何を言っているのでしょう? ヘラを蝕んでいたウイルスは死んでいるのならば、後は手順通り、手術で治せば良かったのですよ。もっとも、それが出来無いからこうして私に尋ねたのでしょうが」
「どういう‥‥?」
「――もう良いだろ」
更に尋ねようとした茉静を遮って、アクセル・ランパード(
gc0052)が間に割り込んだ。その目が激しい憎悪を伴って教師に向けられる。
「この状況下、彼の言葉が真実という保証は全くない」
「そーだよ。この人相手に会話とか、何がしたいの? どーせ煙に捲かれて終わりでしょ!」
殺気を隠しもしない綾河 零音(
gb9784)が吼える。こうして長話をすればするほど、ヘラの命は削られていくのだ。
二人の言葉に教師は肩を竦めて苦笑した。
「つれない子どもたちですね」
「黙れ。今日はアンタと喋るつもりも、喋らせるつもりもない。ただ、彼女を取り返しに来た。それだけだ」
「もうすぐ死ぬかもしれないのですよ? それでも取り返しますか?」
「だからどうした? それで納得出来るような性格であればこうまで二人の事で悩みはせん」
太刀を構えたイレイズ・バークライド(
gc4038)が静かに言う。すぐに捨て置ける存在ではないから、こうして何度も二人に関わるのだ。
場に満ちていく戦意に、教師は小さく息を吐いた。
「‥‥まあ、良いでしょう。どこまで抗えるのか、見せてもらいましょうか」
●
「‥‥私は奴の首を取ることに集中する。シアとヘラは任せた」
構える零音に言った不破 霞(
gb8820)は教師をまっすぐに見据えた。双子に興味はない。狙いは彼の首のみだ。
「援護します」
機械剣を手に、後方に控えるのは柿原 錬(
gb1931)である。作戦を成功させるために、今は目の前の敵に集中する。
「――行くぞ!」
イレイズの声で、満ちていた戦意が一気に爆発する。彼と茉静はヘラの奪還を最優先に飛び出し、シアの安全を確保すべくアクセルは動き、零音と霞は数拍遅れてオルデンブルクを挟撃した。
「僕の力だけじゃ勝てないけど‥‥でも、援護くらいなら!」
気合の声を上げた錬がエネルギーガンで教師の足を狙う。見た目には分からないが、彼の片足は義足だ。そこが間違いなく、弱点の一つになる。
「見ず知らずの人に銃なんて向けたくないが‥‥シアが彼を敵だというなら、それは人類の敵だ」
番点印を構えた陽兵が言う。嘗て刃を交えた関係であったとしても、彼の中でシアは既に仲間だった。
仲間を傷つけようとする存在を見逃すわけにはいかない。
「おまえは、ここで止める!」
刹那、隙を突いて教師の足元を銃撃した陽兵の右肩めがけて短剣が飛んでくる。
番点印で弾いた陽兵は怒りに満ちた目を教師に向けた。
「はぁい先生。どうしたんですか? この劇に『道化師』の出番はもうないはずですが」
イレイズと茉静が攻撃する中、間を縫うように攻撃を仕掛けていた立花が口を開いた。彼女の機械刀を片手で捌く教師は視線を僅かに動かす。
「道化師? 私が、ですか?」
「自分の手の平で全てが運ぶと思っている辺り道化師でしょう?」
煽るように言った立花に、オルデンブルクが不気味に口角を上げた。
「そういう君は、どうなのでしょう?」
余裕綽々でオルデンブルクが言った瞬間だった。傭兵全員を激しい頭痛が襲ったのである。
直接頭に働きかける精神攻撃だ。恐らく要領はジャミングとそう変わらない。
違うのは、彼らの中にある不安な部分を意思とは無関係に増幅させる点だ。
「君達は、こう思っていませんか? シアやヘラを救って『あげよう』と。それはとても、エゴに満ちた考えでは、ありませんか?」
動きの数瞬鈍った傭兵達に今度はオルデンブルクが猛攻仕掛けた。
「姉さん‥‥うぅ‥‥!」
頭を抱える錬の右足に吸い込まれるように短剣が突き刺さる。声を上げてよろけた彼を狙い撃つように、反対の足を撃ち抜かれた。
「――――っ!」
だが、血の滴る足を踏みしめて立ち上がった錬は、残った力を振り絞って不敗の黄金龍を発動させた。胸の龍の紋章が短く明滅する。
「させねぇーんだよ‥‥、散々苦しめてきたんだろう!!」
吼えた錬がエネルギーガンを斉射する。数発教師に当たるかというところで、能力の限界を迎えた錬の覚醒が解ける。そこへすかさず、オルデンブルクの銃弾が襲いかかった。
直撃を受けた錬が悲鳴を上げる事無くその場に倒れた。
「おまえ‥‥!」
間近で仲間が凶弾に倒れるのを見た陽兵が語気を荒げた。その陽兵にも次々と苦無が飛んでくる。教師は依然、前衛の傭兵達の攻撃を浴びているのに、だ。
頭痛はどんどん酷くなる。そうすれば、集中力も落ちてくる。
狙いが外れれば、自身の銃弾でヘラを傷つけかねない。
「くそ‥‥!」
教師の攻撃を最小限に留めるのに精一杯で、陽兵の攻撃の手は完全に止まっていた。
●
精神攻撃は一度受けるとしばらく続くようだった。
どうにか頭痛を宥め、ヘラを奪還しようとイレイズと茉静の二人が迅雷でオルデンブルクに大きく詰め寄った。
「無理をするものではありませんよ」
「無理じゃない‥‥ですよ!」
嘲笑したオルデンブルクへ、いつの間に近づいていたのか立花が背中に飛び込んだのである。隠密潜行で死角から突っ込んだのだ。
だが、このタイミングが悪かった。
立花の突進を予期していなかったイレイズと茉静が既に攻撃を仕掛けていたのである。
少女が背後を突く前にイレイズが獅子牡丹を振るい教師の右腕を狙う。
「立花さん‥‥!?」
イレイズの反対側から仕掛けた茉静が立花の存在に気づき、慌てて攻撃の方向を変える。突っ込めば教師が躱した際に立花に当たるからだ。
ぎりぎりで方向を修正した茉静の刹那を乗せた渾身の一撃が、教師の左腕を強襲する。
三方向からの重い一撃に、土埃が舞い上がる。
武器を伝う、確かな感触。
「‥‥仕留めた、か?」
竜斬斧を構え直したアクセルが前線を見つめながら呟いた。
やがて、土埃が徐々に晴れていく。三人の傭兵と教師は止まっているように見えた。
そして、アクセルの言葉を否定したのは、彼の後ろに立っていたシアだった。
「ヘラ‥‥」
呆然と彼女の名前を口にしたシアの声は震えていた。
「‥‥これが、君達の傲慢さが招いた結果です」
オルデンブルクの穏やかな、けれども蔑む声が聞こえる。
イレイズ、茉静、そして立花の攻撃は確かにオルデンブルクに届いていた。
だが、三人の攻撃がオルデンブルク『だけ』を貫くのは、物理的に不可能だった。
「そ、んな‥‥」
「‥‥っ」
茉静の瞳から覚えず一筋の雫が零れ落ちる。
誰の刃だったのだろう。
オルデンブルクの右腕と左腕を貫いたのは。
誰の刃だったのだろう。
彼の腰と、ヘラの胸を貫いたのは。
●
最早不要と思われたのか、頭痛は収まっていた。
「‥‥っ、動じるな!」
この場で最も冷静であったのは、双子に対して深い感情を持っていなかった霞と零音だろう。咄嗟に叫んだが、オルデンブルクの方が早かった。
「ぼんやりしている暇はありませんよ」
硬直する茉静の腹を蹴り飛ばしたオルデンブルクは、力の抜けたヘラの体を彼女に向けて投げ飛ばした。少女の重みで我に返った茉静は、その先から教師が銃口をこちらに向けているのを見た。
「ヘラさん‥‥!」
叫んだ茉静はヘラに覆いかぶさった。直後に、背中に激痛が走る。
撃たれたのだと自覚する前に彼女は意識を手放した。
「茉静さんっ」
ハッとした立花が回復しようとオルデンブルクの前から飛び退こうとしたが、先に教師に腕を掴まれた。
「己の無力さを知りなさい」
腕が意思とは別の方向へ曲げられる。
激痛と共に、頭の中で腕のへし折れる音が鳴って、立花は声にならない悲鳴を上げた。
「オルデンブルクッ!!」
叫んだイレイズが二人の間に割り込んだ。その行動を皮切りに、霞と零音も同時に攻撃を仕掛ける。
「あたしの相棒が火を噴くよおッ!」
黒の大斧を振り上げた零音が竜の翼で斬りかかる。反対側で霞は身を屈め、刹那を乗せて教師の喉元を狙う。今の教師は両腕を負傷している上に、片腕は零音に封殺されている。
「ヘラを見捨てるのですか? 今助けなければ死にますよ」
この言葉を鼻で笑った霞は真燕貫突を加えた一撃を振るう。
「だからどうした。今の私はお前を殺すこと意外に考えることなど無い」
「血も涙も無い子だ」
そう言ったオルデンブルクの左腕が斬り飛ばされた。
だが、振り抜いて一瞬できた霞の隙に、彼はその喉を片足で蹴り飛ばす。
「ガ‥‥ッ!」
零音の刃を弾いて空いた手に持った銃で、吹き飛んだ霞の腹へ銃弾を叩き込む。墓標を薙ぎ倒すようにして霞の体が地面へ叩きつけられた。
続いてイレイズへ迫ったオルデンブルクは、至近距離から彼に斬りかかった。振り下ろされた剣を不動の盾で弾き返したイレイズだったが、直後の銃撃を受け流す余裕は残されていなかった。
「く‥‥っ!」
鮮血を吐いたイレイズはヘラとシアに視線を向ける。ヘラは重傷の中、茉静が少しずつ戦線から離しているのが見えた。シアは、未だアクセルが守っている。
「(ここまで‥‥なのか‥‥!)」
二人が一分一秒でも長く、持ち堪えてくれと祈り、イレイズは刀に支えられるようにしてその場に倒れた。
倒れた者に興味はないのか、オルデンブルクは零音の脇をすり抜け、休む間もなくシアの方へ向かう。
「‥‥っ、アクセル!」
叫んだ零音の声に反応したアクセルが、竜斬斧で教師の銃弾を弾き落とした。数発は捌ききれずに、足と腕から血が流れ出す。
「今回は私に何も言わないのですね?」
「‥‥言ったハズだ、アンタと喋るつもりも、喋らせるつもりもない、とな」
殺気を滲ませるアクセルはオルデンブルクに斬りかかった。狙いは彼の義足だ。
アクセルの意思を受け取った零音も同時に攻撃を仕掛ける。
「アンタは‥‥アンタだけは、ここで仕留める!」
渾身の一撃を受け止められたアクセルは、すかさず竜の咆哮でオルデンブルクを弾き飛ばす。よろけた教師の様子から、確実に彼も弱っているのが目に見えて分かった。
長期戦に耐えられないのは、オルデンブルクも同じなのだろう。
「オルデン‥‥ブルクッ!!」
身を屈めて叫んだアクセルは全ての力を込めて、オルデンブルクの義足を狙って竜斬斧を振りぬく。
義足が吹き飛ぶのと、アクセルの肩が深々と剣で抉られるのが同時だった。
「アクセルッ!!」
声を上げた零音が背後からオルデンブルクに肉薄する。
「回れ回れっ、ムーランルージュ!」
その頭部を狙って、インフェルノを目一杯振り切った。
頭を狙った一撃はオルデンブルクの肩に深く食い込む。
――代償に、零音は懐に教師の銃の接近を許した。
「‥‥惜しかった、ですね」
オルデンブルクが冷たい笑みを浮かべる。
鈍い痛みと共に、彼女は悲鳴を上げてその場に腹を押さえて力なく崩れた。
●
「シア‥‥!!」
僅かに残った力で立ち上がった陽兵の声が、激昂したシアの動きを止めた。
シアが止まっている間に、陽兵は火炎瓶を教師の傍へ投げ、銃で瓶を撃つ。
凄まじい炎が、瞬く間にオルデンブルクとシアを遮るように広がった。
「‥‥陽兵。陽兵っ」
倒れた陽兵を抱えたシアに、オルデンブルクの声が聞こえる。
「君は、生きていて良い存在なのでしょうか?」
ぼろぼろの傭兵達は誰一人として立ち上がることが出来なかった。
視界の端では、赤い血を流しているヘラの姿がある。
――多くの人々を傷つけてまで、二人で生きようとする意味は?
炎の中から尋ねられたシアは、オルデンブルクの姿が消えるまで、答えを口にすることが出来なかった。
翌日、シアの最愛の妹がこの世を去った。
続