タイトル:【七星】ユニセラリティマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/12/18 01:24

●オープニング本文


 星 【star】
 a)恒星、惑星、衛星などの宇宙空間にある物体(天体)の総称
 b)勝敗をあらわす白黒の目印
 c)犯罪容疑者、犯人を言う隠語

●Recollect
 俺は、ある事件をきっかけに左腕を失った。
 思い返すのも情けないが、それは、父の身体を使った強化人間と対峙した時のこと。
 目の前の強化人間は、もはや父ではない。それを頭で理解して居ながら、心で理解する事が出来なかったのは俺の甘さだ。
 結果、その甘さが油断につながり、父の姿をした強化人間の自爆に巻き込まれ、左腕を失った。
 俺は、結局最後まで‥‥繋いだその手を、離すことが出来なかったのだ。
 あの時、同行していた仲間が自分を父から引きはがさなければ、そのまま爆発に巻き込まれて死んでいただろう。
「命があるだけでも、奇跡みたいなもんだよな」
 こうしていられることが心底ありがたく、そして同時に申し訳無くも思えるのだ。
 ‥‥全く、俺は仕様もない人間だ。

●React
「シグマ! 今日から復帰するって聞いたわ。もう腕の方はいいの?」
 久々に本部に顔を出すと、馴染みのオペレーターが複雑な表情で出迎えた。
 彼女は、敢えて俺の左腕には視線を落とさなかったけれど。
「ああ。問題なく戦えるまでには、な」
 気にしてほしい訳じゃない。
 腫れものみたいに扱ってほしい訳じゃない。
 俺は生きてここにいて、あの事件の起こる前と変わらず生きている。
 自分の為にも、命を救ってくれた仲間達の為にも。
 そして、死んだ父の為にも‥‥こんな所で折れてる場合じゃない。
「早速だが、照会したい情報がある」
 俺はそう言うと、父が『死亡した』とされる依頼の報告書を手にした。
 以前これを見た時は、ただ何の根拠もなく認めたくないという気持ちが強かったが、今は違う。
 深く息を吐き、書類を目にする。そこにある、ただ一点の真実を求めて───

●Report
───イギリスの首都、ロンドン。
 市内のライブハウスにて、人型バグアの目撃情報が寄せられた。
 通報者は、当日そこで演奏を予定していたバンドマンの男。
 男はあまりに動揺しており、通報の途中で現場から逃亡したとみられ、誰が通報者か特定はされていない。
 ただちに討伐が依頼され、そのライブハウスへ8名の傭兵が急行する。
 そのうちの一人が、父であるジークムント・ヴァルツァーだった。
 バグアは発見され、討伐に成功。
 しかし、そのバグア死亡時の自爆に巻き込まれて3名の傭兵が死亡。
 いずれも遺体は発見できなかった───

 バグア一人に3名もの犠牲が出たわりに、報告書はやけにあっさりとしていた。
 まるで、その事件について二度と触れられたくない傷のような痛々しさをかすかに感じ取れるほどに。
 『爆発に巻き込まれて死亡し、遺体が発見できなかった』のが真実であれば、身体が残っているはずが無い。
 だが、事実その身体は強化人間となって俺の目の前に現れた。
 そこが腑に落ちない。
 じゃあ、爆発に巻き込まれても体は残っていたとしよう。部分欠損後バグア側で新たな手足を与えられたのか?
 ‥‥いや、まてよ。その前に、『誰がその身体を現場からバグア側へ持ち去った』んだ?
 爆発後、体がなかった。しかし、現場にいた人型バグアは討伐したと記載がある。
 爆発に見せかけて逃亡した可能性があると、そう言うことなのかもしれない。
 そもそも、『人型バグア』に関する詳細な記述が全くない事にここで気付く。
 外見は? 能力は? ヨリシロだったのか、強化人間だったのか?
 ‥‥それすらも、わからなかった。
「この依頼で生還した傭兵たちから直接話が聞きたいんだが‥‥」
 報告書に記載のある名前を、データベースから照会すると、オペレーターの表情が一瞬曇る。
「‥‥5名のうち、2名が既に死亡しているわ。生きている3名については別件の依頼で出払っているところよ」
「わかった。もし可能であれば‥‥その5名の資料をもらう事は出来ないか? 悪いようにはしない」

●Restart
 ロンドン市内は多くの人々が行き交っている。
 メインストリート沿いに並ぶファストファッションのディスプレイはどのマネキンも真冬の装いに身を包んでいた。
 街中に光る電飾は、クリスマスを待ちわびるように赤や緑に輝き、自分の存在を場違いに感じさせてくれる。
 メインストリートから路地に入り、都会の裏を歩く。すると、随分静かな場所に、ライブハウスが発見された。
 ‥‥俺は、父が死亡したとされる依頼の現場に来ていた。
 ライブハウスと言うより、元ライブハウスと言った方が相応しいであろうその建物は、廃墟の様に窓が割れ砕け、コンクリートが飛散し、基礎が剥き出しになっている。
 周囲の小奇麗な店とはあまりに場違いで、ロンドン市内を歩く俺の姿を見ているようだった。
「何をやってるんだ、そこで」
 気付けば、俺の背後で、太った男が眉をひそめている。
「あ、いや‥‥ここって、昔はライブハウスだったんだよな」
 咄嗟に俺は、自分の身分を隠す様にそう言った。
 ガトリングガンは、町中では物騒だとケースに仕舞ってきた甲斐があった。
 バリトンサックス程のケースを、男は楽器か何かと勘違いしたのだろう。
 俺をバンドマンとでも思ったのか、表情を一変して気さくな表情で応対してくれた。
「ああ。結構前に事件があって潰れちまったけどな」
「‥‥一体、何があったんだ?」
「人型のバグアが来てな、派手に暴れたらしい。駆け付けた傭兵も何人か死んだって話だぜ」
「そう、か。他に、けが人はいなかったのか? バグアを見つけて通報したのは、当日ここでライブをやる予定だったバンドマンだったようだが‥‥」
 そこまで言って、俺は気が付いた。
 自分がこの事件の事を知っていると、男に露呈したようなものだったからだ。
 男の眉間に、深い皺が寄る。
「‥‥事件を調べているんだな? お前さんがこの箱に思い入れがあるのかはわからんが、直接本人に聞いて見ちゃどうだ」
 そこまで言うと、男は一枚のライブの告知リーフレットを差し出した。
「丁度明日、通報した男‥‥名はサイラスというが、やつのバンドがライブをやる。ちなみに、その事件当日にライブをやる予定だった『もう1つのバンド』と対バンだぜ」
 ‥‥なんだと?
 奇妙な違和感を覚えて、思わず俺は聞き返していた。
「当日、『もう一組のバンド』がここにいたのか?」
「知らなかったのか? 二組とも、当時はワンマンやれるほど人気も知名度もなかったんだ」
 改めて感じるのは報告書に欠落している情報の多さと、不可解さ。
 思案顔で黙りこんだ俺の肩を、男は強く叩いた。
「何か事情でもあるんだろ? ここで会ったのも何かの縁だ。お前が行くと良い」
 そう言って、男は1枚のチケットを俺に寄越した。
「ライブが終わったタイミング、裏口で掴まえて話を聞くと良い。がんばれよ、若いの」
 俺はただ、手にしたチケットを見下ろすだけだった。

●参加者一覧

夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●なくしたもの
 傭兵達は今、目的地のクラブ前にいた。
「‥‥少しでも役に立てるといいが」
 その呟きは、以前のシクル・ハーツ(gc1986)の凛とした強さと比べ、随分儚げな響きを含んでいた。
 シグマもそれに気付き「頼りにしてるって、言ったろ」とシクルの肩を叩くも、どこか彼女の笑顔は無理をしているようにも見えた。
 それがシグマにとって辛くもあり、申し訳なくもあった。
「それじゃ行ってくる。そっちも、無茶はするなよ」
 イレイズ・バークライド(gc4038)は、秦本 新(gc3832)とシグマ、それぞれの肩を同時に叩いた。
 「無茶」の言葉にくすりと笑う新の隣で、「友の忠告はありがたくもらっとく」とシグマは肩をすくめる。
 そんな遣り取りを見つめ、一瞬切なげに夢姫(gb5094)が想いを馳せたのは誰のことだっただろうか。
「シグマさん、それじゃいってきますね」
 夢姫がその言葉に託した気持ち。
 それは俄に重なる自分との境遇を想い、力になりたいと言う願い。もしくは、真実を求める信念だったかもしれない。
 夢姫はそれを表に出さぬよう、ヤナギ・エリューナク(gb5107)の腕をとり、彼をじっと見上げて笑う。
「腕、組んでもいいですか‥‥?」
 その笑みは、小隊同僚であるヤナギへのちょっとした企みや、馴染みだからこそのくすぐったさも含まれていたのかもしれない。
 当のヤナギも事前の手筈通りとして、その腕をされるままにすれば「今日は頼むぜ」と小さく耳元へ囁く。
 一見すれば恋人同士の甘いやり取りに見えるだろう。
「さて、何が出て来るかねェ」
 そう呟いてクラブの扉へ視線を流すと、肺の底からゆっくり紫煙を吐き出し、静かに煙草の火を消した。

 運命の輪が、今、再び周り始める。

●前
「すまない、少し聞きたい事が‥‥」
 シクルを始め、御鑑 藍(gc1485)とイレイズは観客へ聞き込みを始める。
 彼らはジャーナリストと身分を偽り、情報収集を試みたのだ。
「お聞きしたいのは、以前ロンドンで起きた爆発事件なんですが‥‥」
 事件について藍が問うと、客は皆表情を曇らせた。
「今日来たやつは、大体その事知ってると思うぜ」
 この国でライブ通いしてる連中の間じゃ有名な話だ、と男は語った。
「そう、ですか。どの程度ご存じなんですか?」
 藍の問いから「バグアが現れ、傭兵達が駆け付けて討伐。傭兵がそこで数名命を落とした」と言う程度の認識が一般的であることが判明。
 報告書と大差ない情報が出回っているようだったが、しかし。
「その件‥‥通報者が誰か、知らないか?」
 シクルの質問に、一人の男が口を開いた。
「それ、サイラスだって聞いたぜ。「俺が通報したから、今お前らが無事なんだぞ」とか酒の席で自慢げに言ってるとか」
 サイラスの名に、3人は小さな反応を示す。
「当日の客やバンド、傭兵の動きについても教えてもらえるか?」
 このまま何か情報が掴めたら‥‥そうしたら、何かが見えるだろうか。
 シグマにとっても、シクル自身にとっても。
 闇の中、手繰り寄せようとするか細い糸。しかし、それは今、手中に収まる事は無かった。
「ライブリハの時に通報したとかで、入場時間に客が来た頃には全部終わってた。これ以上は、わかんねえ」
「いや、十分だ。時間をとって、悪かったな」
 イレイズが軽く礼を言うと、彼らは良い笑みを浮かべた。

「人探しをしている。この顔に見覚えは無いか?」
 バーカウンターで過去の事件に関わった傭兵の写真を見せていたのは新だった。
 ジークを含む計8名の傭兵達の写真をみせると、バーテンは思い出したように指をさす。
「ああ! 何人か見た事あるぜ」
 ‥‥この問いはクリティカルだった。
「やはり。詳しく聞いても?」
 新は確信めいた声色で、今まで闇に埋もれていた真実を少しずつ掘り起こして行く。
「見たことがあるのはこの5人。昔っから英国の箱に入り浸ってるUKロックファンで、ここ以外にも色んな所に足を運んでたぜ」
 バーテンが指差した5名を見て、新は確信したように呟いた。
「‥‥シグマさん。この5名は、件の事件で、生存した5名と一致します」

●中
 先にステージ上がったのは、the Plough(TP)だった。
 スポットが当り、現れたステージの中央に見えたのは、小さな人の輪郭。
 腰元まで伸びたストレートの薄茶の髪に、同じ色の瞳の華奢な女性。
 紡ぎだされる歌声はロックと言うには余りに透明で、純粋で、どこか蠱惑的な響きを含んでいた。
 酒を酌み交わしライブを心待ちにしていた観客は、思い思いにそのパフォーマンスを楽しんでいる。
「どのパートも良い音すんじゃん。‥‥けど、ダントツでボーカルが強いな。このバンド」
 ヤナギは聴きながらもメンバーの挙動に注目し、分担するように隣の夢姫はステージをよそに周囲の様子に注視していた。
 夢姫の考察が正しければ、恐らく観客の挙動に異変があるはず。
 そして、推察通り、夢姫はそこに答えを見つけた。
(あの人‥‥さっきから、全く動いてない)
 皆、ドリンクを呑んだり、身体を揺らしたり、時に連れと談笑するなど演奏を楽しんでいた。
 にも関わらず、ある時を境に、特定の男がその挙動をピタリと止めたのだ。
 響く重低音。高鳴る心音。
 夢姫の全神経が注がれていた。注視すればするほど、瞬きすらも殆どしていない様に見え、明らかに『異常』だった。
 瞬間、男は演奏の真っ最中に箱を退出する。それを夢姫が見逃すことはなかった。
 夢姫はヤナギの腕を一度強く引き、視線で訴えると、全てを把握したような頷きの応答が返る。
 二人はその男の後を追った。

 男が向かったのは、楽屋の方向だ。嫌な予感がする。
 そしてその予感は結果、現実のものとなって目の前に現れた。
「大丈夫ですか! しっかりして下さい!」
 楽屋への通路入口に立っていた警備員が床に倒れている。
 夢姫がそれを抱き起した途端、彼女は白い両手に暖かなぬめりを感じた。
 多量の出血。けれど‥‥まだ、息がある。
「夢姫、ここは任せる。俺は男を追う」
 救急セットを持ち込んでいた夢姫は、迷うことなく応急処置を施し始め、ヤナギは僅かな猶予もないと先を急ごうとする。
 そこへ、演奏中に会場の様子を調べていた新とシグマの二人が合流した。
 先程までは異常がなかったはずなのに、と新がこの光景に歯噛みするが、すぐに次の手に出た。
「俺達も同行します。シグマさんも、いきましょう」
 一刻を争う事態に、ヤナギは迅雷で、新は機鎧排除の後に竜の翼で通路を駆け抜け、楽屋の扉を開け放った。

「‥‥あんた誰だ?」
 楽屋にいたのは、Canes Venatici(CV)の面々だった。
 突然の出来事に、中にいた男たち3人は驚きとも怪訝ともつかぬ妙な表情を浮かべてヤナギ達に問う。
「サイラスはどこにいる?」
 しかし質問に答えている暇などない。バンドの顔でもあるサイラスが楽屋にいないのだ。
「いきなり何なん‥‥」
「どこにいるかって聞いてンだ!」
 ヤナギの鬼気迫る声色に、思わず一人の男が口を開いた。
「ついさっき‥‥便所に行くって‥‥」
「悪い様にはしません。ありがとう」
 新が一言だけフォローするよう付け加えると、直後、通路奥から物音が聞こえた。
 最大級の不安を押し殺す様に男子トイレへと駆け付けた先。
 トイレの中にはナイフを持った男の背と、床にへたり込んでいたサイラスの姿があった。
「た、助けてくれ!」
 サイラスの声を聞くまでもなく、新が素早く鉄扇を抜き取り、竜の咆哮で男を吹き飛ばす。
 ヤナギも武器を取り出すが、しかしナイフを持った男は、新の一撃で既に意識を手放していた。
「‥‥ただの一般人、ですね」
 新は倒れた男を抱き起こすと同時に、釈然としない様子で呟く。
「ライブの途中で様子がおかしくなったのに、夢姫が気付いてな」
 傭兵達のやり取りを、腰を抜かした様子で見ていたサイラスへ、ヤナギが気付いて手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
 もはや、ファンを取り繕う必要はなかった。
 ヤナギはただ、無事で良かったなと助け起こしてその背を叩く。
 ただならぬ様子に駆け付けた他のCVの面々に対し、サイラスが客に襲われた事実を新が説明すると、一同が顔を曇らせた。
「どうします? ライブ、中止したほうがいいんじゃないですか」
 サイラス自身が命を狙われた以上、今日ステージに立つことは得策ではないと、新たは暗にそう示唆したのだが‥‥。
「やる。やらなきゃ、対バンを申し入れてくれたthe Ploughに顔がたたねえ」
 サイラスは震える足を叱咤するように一度叩きつけると、ヤナギ達に頭を下げて拍手に湧くステージへと向かった。
「‥‥仕様がねぇな。俺らも舞台袖で待機といくか」

●後
 夢姫が警備員の応急処置を施し、救急搬送で見送った頃。
 丁度CVの演奏もフィナーレを迎えていた。
 観客らを見渡しても、別段様子のおかしな客もおらず、あれ以降、ライブは何事もなかったのだ。
 ヤナギ達にCV護衛を任せ、夢姫は演奏終了時に関係者の聞き込みに当っていた藍達と情報を共有し、楽屋へと向かった。

 藍が静かに扉をノックをする。
「どうぞ」
 奥から、透き通るような女性の声が聞こえてきた。
「失礼する。私達はこういうもので、the Ploughについて取材をさせてもらいたく、伺ったのだが‥‥」
 シクルが挨拶をすると、奥に控えるメンバーも興味深げに視線をシクル達へ向ける。
 しかし、当のボーカルの女‥‥ネトナは困惑気味の様子で口を閉ざしていた。
「事前にアポイントメントも頂いておりませんし、極力お断りしたいと、私は考えておりますが」
 見た目のか細さとは裏腹に、ネトナはきっぱりとそう告げる。茶の瞳は真っ直ぐシクルを捉え、その奥には強い意志をも感じさせた。
 そんな中、上手く言い訳を考えてきたイレイズが「回りくどく聞く前だが‥‥」と内心思いながら歌姫に視線を重ねる。
「単刀直入に言いましょう。前回、今日のバンドが対バンしたときの事件‥‥あれ以降、貴女達は活動を休止なさっていましたね」
 その件は、彼女達にとってやはり禁句だったのだろう。一瞬で表情がこわばったのが明らかに見て取れた。 
 しかし、歌姫が口を開く前に、イレイズが話を続けた。
「過去にそのような酷い事件がありましたが、それを乗り越え再び舞台に立つ貴女達の勇姿を応援したい。だからこそ、その為の記事を書かせて欲しいんです」
 整った顔立ちに上手く笑みを浮かべて、イレイズはさらりと答えた。

 初っ端から過去の件を聞くには、ネトナは余りに警戒が強く、シクルが尋ね方を思案していた時、藍がぽんと口を開いた。
「あの、まず最初にバンド名の由来について、伺っても良いですか? メンバーの皆さん、星と同じ名前、ですよね」
「え‥‥?」
 ネトナは驚いた様子で、しばし藍の顔を見つめていた。
「こういった取材を受ける事は初めてですけど‥‥素敵な質問をなさるのね」
 深く息をついた後、舞台で見せたのと同様の笑顔が、ネトナの顔に戻った。
 彼女にとって、藍の問いは何らかの線を緩めるものだったのかもしれない。彼女の口を開かせるに、非常に有効な問いだった。
「貴女のお察しの通りよ。この国では「the Plough」は「北斗七星」を意味するの。皆も、名前は本名ではなくパートごと名前を決めているのですよ」
 何気ない会話からスタートしたそれに、小さなキーは隠れているものだ。
「だから、気付きにくかったのかな‥‥。関係者から、活動休止前と一部メンバーが違うと言うお話を聞いたのですが、以前のメンバーとはどうして別れたのですか?」
 藍の質問に、一瞬ネトナの眉がきつい山を描いた。が、気付けば既に先程と同じ様な笑みを浮かべている。
「どんなバンドにも、よくあることでしょう。音楽性の不一致、とか。些細なことですわ」
「なるほど。ちなみにその活動休止の理由について、伺えるだろうか」
 シクルがたたみかける様に質問を繋ぐ。内容が内容だからか、徐々にネトナの表情が強張っていくのが見て取れた。
「‥‥傭兵の方が、何名か亡くなられたのですよね。私たちやお客様の命を、守る代わりに。そう思うと‥‥事件のショックから気持ちが弱り切って、歌うことができませんでした」
 イレイズは黙々とペンを走らせながら、ネトナの表情を注視していた。
 明らかに、特定の質問について反応を見せる。ただこの歌姫は中々厄介な相手だと言う事に気が付いた。
(こいつは食わせ者だな‥‥)
 挙動の不審さから、嘘なのではないかと感じる半面、一部に「真」を混ぜているのか、完全な虚言ではない様にも見えるのだ。
「ちなみに、事件当日の事について話を‥‥」
 藍が事件について詳細を聞こうとした時、突然ネトナは立ち上がった。
「‥‥もう、余り思い出したく無いのです。失礼致します」

 CVのメンバーが機材搬出を終えて搬入口に集った所を、夢姫達が出迎える。
 CVの面々は、傭兵達に礼を言うと、「喜んで質問に答えたい」と申し出てくれた。
「そうだ、俺が通報した」
 ヤナギ達の問いに迷いなく答えたのはサイラス。
 今日、あのような出来事があったからか、顔には余り生気が無く、嘘をつく様子には見えない。
「友人が、この件で苦しい思いをしている。‥‥だから、遭遇時の状況と、バグアの容姿を詳しく教えて欲しいのです」
 シグマはハッと顔をあげて新を見る。彼やこの件で走りまわっている皆を想い、思わず唇を噛んだ。
「‥‥すまん。確かに人型のバグアだと言う事はわかったんだが、実は容姿をはっきりは見てないんだ」
 当日彼は搬入の為に裏口から早めに入ったそうだが、その時、舞台袖からステージの上に明らかに『バケモノ』が居たのが見えたらしい。
「俺はにげようとしたんだが、その瞬間、そのバケモノが誰かに跪いたんだ。バケモノの頭には確かに人間の手が当てられてて‥‥何をしてるのかわからなかったが、あのバケモノよりもっとやばいバケモノがいるんだろうってのを感じた。だが、肝心の人型バグアは、その手以外見えなかったんだ。ステージの袖にゃ、沢山機材があんだろ?」
 機材の影で見えなかったと言い、身震いするように吐き捨てた。
 だが、新は諦めなかった。
「その状況、もっと詳しく教えてくれませんか。どんな機材でした?」
「機材はこれ位の高さだった。‥‥待てよ? この高さで、見えなかったってことは、結構小さい奴だったのかもな。そういえば、手も華奢だった気がする」
 話を聞いていた傭兵達の胸中には、嫌な予感が強く渦巻いていた。
「お待たせしました! こちらの聞き込みは終わりました」
 そこへ藍達が楽屋から駆け付け皆がその場に集結し、シクルが皆を見渡す。
「これで、大体の情報は揃ったか。後はこれを纏めてみよう」
 すり合わせた情報は、やがて大きな闇を暴く事になる──

●?
『‥‥どうしますか?』
『しばし、放置しろ。だが‥‥次は、殺せ』
『了解』